第71話 手紙
宝玉を取っていったのは、間違いなくライナスである。その言葉がルカリオにどれほど衝撃を与えたかは計り知れない。それはすなわち、ライナスが村を壊滅へと誘ったことを意味するからだ。
だが、何故ライボルトがその事実を知っているのだろうか。もしかしてライボルトも加担していたのかと不安になったヒトカゲが、何も言えなくなっている2人に代わって訊ねる。
「なんで、そんな事知ってるの? ライナスが取っていったなんて」
隣のラティアスも心配そうに見つめている。何を語るのだろうか、何がわかるのだろうか、不安が膨らんでいくのを感じながら、返答を待っている。
記憶を辿るように、ライボルトは瞳を閉じている。無言の状態がしばらく続き、今まで止んでいた風が吹き始めると同時に目を開け、口を開いた。
「グロバイルが壊滅する前夜、ライナスが私のところに来たのだ」
今から20年前、グロバイルが壊滅する前の日の夜、ライボルトの自宅に突然ライナスが顔を出した。いつものように依頼を持ってきたのかと思っていたが、様子がいつもと違うことに気づく。
「話がある。中へ入れさせてくれ」
彼の表情を一言で表すなら、「真」。確かにいつも真剣に依頼をこなしたりチームをまとめたりしているが、今回はそれを超越しているのが感じ取れた。ライボルトはそれを察し、中へと入れる。
「話とは何だ?」
すっかり暗くなった家の中で、密談するかの如く距離を近づける2人。周りを見て誰も隠れていないかなどを確認すると、ライナスは2通の手紙を取り出し、ライボルトへと差し出した。
「今から、私は行かなければならないところがある」
「行かなければならないところ?」
ライナスが遠まわしに言う理由がわからなかった。いつものように目的地の名前をはっきり言うことをしないだけでライボルトは違和感を覚えた。明らかにいつものライナスではないと。
「そうだ。自分がすべき事をしなくてはならないのだ。自分が生まれてきた理由がそうであるがために」
この言葉の意味を、理解することができなかった。そして未だに理解できていない。そんな意味深の発言を受け、ライボルトは返答に困ってしまう。
「そのため、私はこれからグロバイルへと向かう。1人でな」
「えっ?」
単独行動などありえないと驚いているライボルトを見ながら、ライナスは先程置いた手紙を再び手に取り、ライボルトに見せる。
「頼みがある。この手紙、1週間預かってくれ」
それは、しっかりと封がされてある、青色と緑色の封筒だ。誰かに渡してほしいというわけではなく、預かってほしいとのこと。ライナスは続けてこう伝えた。
「もし、1週間以内に私が戻ってきたら、それを返してくれ。万が一1週間以上過ぎてしまった場合は、死ぬまで預かっててほしい。そして、私の息子とグロバイルの村のポケモンが2人でやって来たら、それぞれに渡してくれ」
まるで遺書を思わすような言い方であった。これでライボルトは確信した。ライナスは、命を懸けた何かをしようとしているということを。
わざわざ自分のところに訪ねて言ったのだから、自分を1番に信頼してくれているだからだろうと信じ、黙って頷いてライナスの頼みを受け入れた。
「わかった。これを預かろう」
「恩に着る。頼んだぞ」
それだけ言うと、ライナスはライボルトの家を後にした。これが、ライボルトが見た、最期のライナスの姿であった。背中が妙に大きく見えたようだ。
「それから20年、私は未だにライナスに会っていない」
今までの経緯を簡単に語ってきたが、ライボルトも辛くないはずがない。まだライナスが戻ってきていないことが何を意味するかを考えると、今にも涙が出てきそうになる。
「親父、一体何したんだ……?」
問題はそこだ。ライナスがグロバイルに向かい、宝玉を取った理由が謎のままだ。ライボルト自身も推測しか立てていない。だが、それを知る術は残っている。
「ルカリオ、そしてジュプトル。これを読め」
ライボルトが差し出したのは、青色の封筒と緑色の封筒。それはまさしくライナスから預かっている手紙である。約束の期間を過ぎ、かつライナスの息子とグロバイルの民が同時にいる。条件は揃っていた。
ルカリオとジュプトルはライボルトから手紙を受け取り、それぞれ封を開ける。ルカリオは緊張しながら、ジュプトルはまだ冷めぬ怒りを覚えたまま手紙を読み始める。
そこには、全てが書かれていた。この場にいる全員が知っておくべき内容が詰まっている。ルカリオの手紙にはこう書かれていた。
【愛する我が息子へ】
おそらく、この手紙を読んでいるということは、お前は立派に成長してルカリオになっているだろう。そして父さんのことを捜してくれているのだと思う。だがそれは同時に、父さんがこの世にいないことを意味することになる。辛いかもしれないが、許してくれ。
記憶にあるかどうかわからないが、お前が小さい時に父さんはお守りを渡した。それは今隣にいるであろうグロバイルの村人のものだ。返してやってくれ。
それは、父さんがグロバイルの村をある脅威から護るために取ったものだ。脅威はそれを壊そうと狙っていた。だが上手くいかなかったのだな。村もきっと大きな痛手を負っているに違いない。手助けをしてほしいと思う。探検家に憧れているお前なら、きっとやってくれるはず。
本当なら、今のお前をこの目で見たかった。それが叶わなかったのは非常に残念だ。それだけじゃない。お前と遊んだり、学んだり、笑ったり……もっと一緒に過ごしたかった。だがこれが運命というものだ。運命には従うしかない。
最後に、これだけは話しておこうと思う。それは父さんの夢だ。父さんの夢はな、有名になることでも強くなることでもない。探検家をやめることだ。決して嫌になってやめたいという意味ではなく、世界中の謎を解明し終わり、世界が平和になり、誰も困り事や悩み事がなくなるようにしたいという意味だ。
本当に、悔しい。不甲斐ない父さんでごめんな。お前が胸を張って誇れる父親になりたかった。
手紙の内容はこれで全部である。全部に目を通した時には、ルカリオは震えていた。目からは大粒の涙が零れ落ち、ぽたぽたと手紙に当たっている。声を詰まらせてむせび泣いていた。
「……お、親父……」
意外な形で知ることになった父親の死の事実は、あまりにも深い悲しみをルカリオに与えてしまった。手紙に書かれている一言一言が沁(し)みている。
その間にも、もう一方の手紙をジュプトルは読み進めていた。彼に渡された手紙の内容もまた、全員が知るべき内容が書かれていた。
【グロバイルの民へ】
このような形で報告することになり、また、村を完全に護りきれなくて、多大な被害を被ったに違いない。心から詫びたい。
謝っても許されることではないと十分にわかっている。だが、私は村長のトロピウスとの合意の上で、村の宝玉を持ち出したのだ。これを破壊し、壊滅へと導こうとする脅威からグロバイルを救うために。それだけは理解してほしい。
とはいえ、結果的には護りきれなかった。ただの泥棒、いや、村を滅ぼしたポケモンだと思われても仕方ない。私がしたことがそうなのだから。
償いをしたくても、既に私の命はない。だからといって怒りの矛先を他の者に向けることだけはやめてほしい。悪いのは全て私だ。罪なき者に痛みを与えないでくれ。
今、貴方の横にいるのは私の息子だ。彼は私がグロバイルで行った事を何一つ知らずに育ってきたはずだ。だから私の息子という目で見ずに1人のポケモンとして、グロバイル復興の手伝いをさせてやってほしいと思う。
それから、私が持ち出した宝玉は、息子に託してある。おそらく大切にしてあるはずだから、返してもらってくれるだろうか。そしてそれを再び祀れば、村長も喜ぶことだと思う。
本当に申し訳のないことをした。どうか、怒りを鎮めてもらいたい。
ジュプトルは愕然とする他なかった。今の今まで、自分がとてつもなく大きな勘違いをし、そのせいで、復讐という名目で少なからず命を奪っていったのだから。
力が抜けたように跪(ひざまず)き、地面に手をついた。嘘だと信じたいと心の中で言うが、この手紙が偽りでないことは読めば理解できる。ようやく、自分が間違えていたことに気づかされたのだ。
「……俺は、一体何のために……何のためにこんなことをしてきたんだ!」
自然と目から流れ落ちる涙が感じられないほど、ルカリオと同じく身を震わせ、自分自身を嘆いていた。今までの半生が全く無意味なものであったと言わんばかりに。
ヒトカゲ、ラティアス、そしてライボルトも、2人の手紙の中身を読まずとも、その様子からおおよそのことを理解できた。2人の気持ちを察すると、声すらかけられない。
ルカリオ、そしてジュプトル。先程まで相反する存在であったが、今は違う。ライナスという寛大で勇気のある、思いやりのある存在によって繋がりを持っているのだ。