第68話 詠唱封じ
すっかり夜中になっていたが、ルカリオがグロバイルに到着するのにそれほど時間はかからなかった。ハイボルから一本道をひたすら走り続け、最初に目にしたのは、倒壊した建物だ。
「ここか……カイリューの話のとおり、すっげー跡だな」
見るも無残な光景が広がっている。建物の残骸の他にも、草木が生える気配のない地面から舞う砂埃、何か強い力が加わって空いたであろう穴。異様としか言えないようなものだった。
辺りを見回し、ジュプトルを捜す。しかし隠れられるような場所はなく、気配も感じない。まだこの場所に来ていないのかと思っていると、不意に背後から声をかけられた。
「俺ならここだ」
一瞬、ルカリオの背筋が凍った。慌ててその場から離れて後ろを振り向くと、そこにはジュプトルがいた。完全に気配を消して近づいていたようだ。
「……ストーカーかよ、驚かせやがって」
さっさと波導を使って調べておけばよかったと、ルカリオは後悔した。とはいえ、思ったよりも早くジュプトルに会えたことに喜びのような感情を抱く。
「なぁジュプトル。せっかくここに来たんだ。いい加減、俺を殺そうとする理由くらい教えてくれたっていいんじゃないか?」
ここに来るまでに、ルカリオは様々な仮説を立ててきた。それが正しいかどうか、ここで証明されると思っているのだ。ジュプトルは少し間をおき、口を開いた。
「いいだろう。ただし、俺に勝ったらの話だ」
すかさず戦闘態勢に入るジュプトル。心の中ではさっさと片付けてしまいたいと思っているに違いない。そう感じたルカリオもぐっと構える。
それから数秒も経たないうちに、互いにわずかな体の動きを読み取り、それが戦いの始まりの合図となり、2人は自身の相手へと向かっていった。戦闘開始である。
「“でんこうせっか”!」
「“しんそく”!」
ジュプトルの“でんこうせっか”に対し、ルカリオは“しんそく”を繰り出す。どんな攻撃を仕掛けてくるか想像できなかったため、必ず先制してダメージを与えてしまおうとの考えだ。
素早く移動しているジュプトルの目の前にルカリオが突如として現れ、ジュプトルは体当たりされてしまう。“でんこうせっか”は不発に終わってしまった。
「“けたぐり”!」
「“しんくうは”!」
またしてもルカリオが先制を取れる攻撃になった。目には見えない衝撃波がジュプトルにぶつかり、“けたぐり”も失敗してしまった。今のところはルカリオ優勢に見えるが、いつまでも先制技を出すわけにはいかない。
「“りゅうのはどう”!」
おおよその動きがわかったところで、ルカリオは“りゅうのはどう”を放った。エネルギー弾がまっすぐジュプトルに飛んでいくが、既(すんで)の所でかわされる。
「“ギガドレイン”!」
ようやくジュプトルの攻撃が当たる。しかもダメージを与えるに加えて体力も回復、ルカリオにとっては少し痛いものになってしまった。
「マジか……こりゃ少し厄介だな」
そう、この技は与えたダメージの半分を回復できる技。ルカリオとジュプトルは互いにタイプ上の相性では大ダメージを与えることができないため、繰り返し使用されれば長期戦は避けられない。
もし大ダメージを与えるならば、詠唱をするしかない。だがかなり体力を消費することになることを考慮すれば、まだ詠唱するわけにはいかないのだ。
「考え事している場合か?」
意識が完全にジュプトルから離れていたルカリオはその声に過敏に反応した。気づいた時にはすでに目の前まで迫っていたのだ。距離をとろうとしたが、一瞬ではそこまで離れることができなかった。
「“れんぞくぎり”!」
右腕で1回、左腕で1回、ジュプトルはルカリオの体に×印を入れるような斬り方をした。直撃こそ避けることができたが、直に右肩から血が出ていることに気づく。
「や、やりやがったな。調子乗りやがって……」
「俺はお前を殺すためにやってるんだ。調子も何もない」
斬られたとはいえ、傷は浅い。まだまだ動けるなとルカリオは確信すると、次の手を考えた。少しでもジュプトルと距離を置くために、お得意の“あれ”を使うことにした。
「そろそろ、本気出すぜ。“ボーンラッシュ”!」
ルカリオは両手を前に出し、手のひらに気を集中させて波導を集めていく。それはやがて輝かしい青色を放つ、骨の形に似た棒になっていった。これを使って棒術を行うのが彼の特技なのだ。
「確かお前と最初に会った時、お前のぎんのハリとで戦ったよな。今その武器はないみたいだが、“リーフブレード”で十分戦える……どうだ?」
何と、まるで過去を懐かしむかのように、ルカリオは勝負の提案をしたのだ。最初に対峙した時と同じく、“剣術”対“棒術”で挑みたいらしい。
「面白い。いいだろう」
その提案に乗るジュプトル。これは何かの作戦なのだろうかと疑っているが、実はそうではない。ルカリオがこう提案したのには意味が込められている。
以前、同じ戦い方でルカリオは負けていた。殺される寸前のところまでやられたのを、後から悔やんでいたのだ。そして今回、サシで戦う最後の機会であることを考え、同じ戦い方で勝利を収めてやる、というルカリオの強い気持ちを意味しているのだ。
「じゃあ行くぞ。“リーフブレード”!」
「どっからでも来い!」
ジュプトルがルカリオに向かっていく。“ボーンラッシュ”をしっかりと持って構えているルカリオのもとに、最初の一振りが下ろされる。金属音に似た音を出して、互いにぶつかり合う。
“リーフブレード”はジュプトルの両腕の葉に似た器官にエネルギーを集中させ、刀の刃のようにして斬りつける技。そのため、斬りつけた腕とは逆の腕で追加攻撃が可能なのだ。
今、“ボーンラッシュ”と右腕の“リーフブレード”が押し合い状態になっている。ジュプトルは気づかれないように左腕も構え、横からルカリオを斬りにかかろうとした。
「そうはいくかよ!」
左腕が振られたと同時に、ルカリオはその場で飛び上がった。その下を“リーフブレード”が綺麗な弧を描いていく。そのついでに、“ボーンラッシュ”を強く押し付けてジュプトルから離れる。
それから数分間に渡り、2人は激しい戦闘を繰り返す。相手の隙を窺っては一発当てようとするが、“みきり”を使わずとも交わされてしまう。互角の勝負であるとはいえ、だんだんと互いに疲労の色が見え始め、動きも若干ではあるが鈍くなってきた。
「うらっ!」
再び、押し合いの状態になった。2人とも息を切らしながら、震え始めた腕を懸命に押し合っている。先程と同じように空中に飛び、反動を利用して離れようとルカリオが考えていた矢先、予想しなかった事態が発生する。
「……おらあっ!」
何と、ジュプトルが足で“ボーンラッシュ”を蹴り上げてしまったのだ。ジュプトルの脚力はルカリオの握力よりもはるかに強いため、ルカリオは自然と手を離さざるを得なかった。
「しまっ……」
「くらえっ!」
“ボーンラッシュ”がなくなり、がら空き状態のルカリオに、すかさずジュプトルが“リーフブレード”で斬りにかかった。それは見事に命中し、ルカリオの左肩に大きく傷をつける。
「があっ!?」
痛みのあまり、その場に倒れこんでしまった。しかしすぐさま立ち上がり、出血している左方を右手で押さえる。これで両肩を負傷したことになる。
そろそろ危うくなってきたと感じ、詠唱をくりだろうかと考えていたルカリオ。まさかそう考えるタイミングをジュプトルによって作られていたとは思ってもないだろう。
数分間も“ボーンラッシュ”と“リーフブレード”による攻防を繰り返していたのは、体力を削って早く詠唱を使わそうとするジュプトルの策略だったのだ。
「“やどりぎのタネ”」
何故か、“やどりぎのタネ”をルカリオにではなく彼の近くにばらまくジュプトル。タネは地面に強く根を張って、小さく芽を出している状態までになった。
「な、何をする気だ?」
その光景はルカリオにとって奇妙なものにしか見えなかった。攻撃するわけでも回復するわけでもない、このタネが何のためのものか、ジュプトルはすぐに明かしてくれた。作戦の1つとして。
「“くさむすび”」
刹那、“やどりぎのタネ”から出ている芽が急速に伸び始めた。目にも止まらぬ速さで蔓状の植物になり、その蔓がルカリオの両手、そして口へと巻きつき始めたのだ。
「なっ……んっ!?」
あっという間に、両手と口が植物によって縛られてしまった。解(ほど)こうともがくが、解ける気配が全くない。それを楽しそうな目で見ているのは、ジュプトルだ。
「どうだ? それが俺の“詠唱封じ”だ」
(え、詠唱封じ?)
口を開けないため、言葉にならない声でルカリオが訊ねる。彼の滑稽な姿を見て、鼻で笑いながらジュプトルは説明を始める。
「お前と攻防を繰り返せば、必ずお互いに体力は削れる。そうなればお前は詠唱を使うだろうと踏んで、詠唱させないように口を縛っただけだ。ついでに手も縛れば……翼のない鳥同然だ」
先読みしていたジュプトルが完全優勢な状態である。怪我を負い、詠唱を封じられ、両手を縛られたルカリオの勝算はほぼゼロだろうと予期できるほどであった。