第64話 自責の念
生きていたか――その言葉は何を意味しているのだろうか。彼らに一体どんな関係があるのか、ヒトカゲ達は成り行きを見守るしかなかった。
「お前が姿を消してから数年……俺達はあらゆる手を使って捜し回ったが、見つけることができなかった」
ガブリアスが言うことをカイリューは無表情で、黙って聞いている。なんだかまずい展開になってきたなとルカリオは思っている。容易に口出しするような状況でもない。
「話してもらおうか。この数年間、どこで何をしていたのか」
それはヒトカゲしか知らない、この街に戻ってくるまでの空白の数年間。何があったかはヒトカゲが1番よく知っている。この場で言えるようなことではない。
カイリューとてこれは言いたくないはず、どうすればよいのだろうかとヒトカゲが考えていた。すると、沈黙を通していたカイリューがとうとう口を開いたのだ。
「……殺してた……」
「な、何だと!?」
「たくさんのポケモン達を、殺してた。自分を、止められなくて」
自らの口から、真実は語られた。特にためらいもなくすんなりと。滅多に驚きの表情を見せないガブリアスでさえ、これには驚かずにはいられなかった。
「お前、それは本当か!? 殺しは重罪だぞ!? そんな事して――」
「わかってる。だから開いたんだよ、この花祭りを」
少し強めの風がその場にいた全員に当たる。風に乗って花びらが舞い散る。再び彼らの間に始まった沈黙が物語るのは、必死で相手を理解しよう、させようという意思の表れだった。
カイリューの目は本気だった。以前の自分とは違う、曲がった道をまっすぐに直しているんだと言っているような、輝きのある目だ。
「僕は、異常だった。誰かを殺せば、戻ってくると思い込んでいたからね。それが何の意味もないことに気づいたのは1年前。それからは、僕の気持ちが天国に伝わるように、どうすればよいか考えたんだ。その結果が、花祭りってわけ」
ガブリアス達の頭の中にある、空白の数年間がカイリューによって埋められていった。愚かであるが、どれだけ辛い想いでいたか、どれほど悲痛であったかを理解するのに時間はかからなかった。
全てが語られた頃には、カイリューは泣き出していた。自分自身を振り返っているうちに、愛する者の思い出も一緒に蘇り、それぞれの想いが混じって涙となったのだ。
「泣くな、辛かったのはお前だけではない」
そっと優しい言葉をかけたのはボーマンダだ。その後ろでは、ゲンガーとメタグロスが涙を堪えていた。彼らもずっと同じ想いだったのだ。
「そうだ。お前の幼馴染であり、そして、俺達のマネージャー。失って辛かったのはお前だけじゃない……俺達もだ」
そう言いながら、ガブリアスは泣いているカイリューの肩を叩く。その時、ヒトカゲ達は初めて知った――カイリューの幼馴染・リユは、チーム・グロックスのマネージャーであったことを。
気分が落ち着き、みんなはリユの墓前に立ち、合掌する。それぞれが想いを込めながら、約1分、その場で会話しているかのように。
「さて……ヒトカゲ、今度は君の番だよ」
「ん、何が?」
合掌が終わると同時に、カイリューがヒトカゲに話しかける。もちろん何のことかわからずに、ヒトカゲは首を傾げながら訊き返した。
「ポケラスの、しかもこんな遠いところにいるんだから、何か目的があるんでしょ?」
さすがはカイリューと言ったところであろうか、勘が鋭い。あ、そっかと今になってようやく気づいたヒトカゲの顔はほんのり赤い。元から赤いためわかりにくいが。
「今は、ホウオウとディアルガを捜してるんだ」
「……ホウオウにディアルガ? また何か事件でも?」
神様を捜しているということに驚くカイリュー。すぐに事件性を疑った。だがこれに関してヒトカゲは多くは語れなかった。特にディアルガに関して言えば、パルキアに口止めされているせいである。
「おいヒトカゲ、いい加減話してくれよ。そのカイリュー、知り合いなのか?」
若干存在を空気にされていたルカリオが、カイリューについてヒトカゲに訊ねた。先ほどの話の内容から危険な存在な気がしてならず、ラティアスも心配している。
「あっ、うん。1年前に僕の命を狙ってたの」
『へぇ〜……はっ!?』
これには驚かずにはいられない2人。プテラに続き、ヒトカゲが犯罪者と普通に会話している光景を目にするのは2人目だ。改めて、ヒトカゲが何者なのかわからなくなってきたようだ。
「よろしくね、ルカリオ君にラティアスちゃん♪」
さらにカイリューが笑顔で握手を求めてきた。ちょっと空気読めよと言いたくなってしまったが、避けるわけにもいかず、恐怖に耐えながらルカリオとラティアスは握手を交わした。
笑顔の彼を見て、ガブリアスの表情が緩くなる。もう大丈夫だろう、今のあいつならちゃんとやっていける、これ以上犯罪を繰り返すことはないと思えたようだ。
「カイリュー」
呼びかけられた方を向くと、ガブリアス達全員がカイリューを見ていた。その顔はガブリアスとボーマンダを除けばみんな綻んでいる。
「俺らはもう行くが、リユの事、頼んだぜ」
何も知らない者が聞けば、何てことのない別れの挨拶。だがカイリューやグロックスのメンバーにすればこれはとても意味の深いもの。互いに通じ合っているかの確認になる。
この言葉に、カイリューは右手を握り、それを胸にあてた。そして深く頷いた。大きな使命を授かった軍人の如く、しっかりとした眼差しで。
「それじゃ、何かあった時には本拠地(アジト)に来てくれ。グランサンより少し先にある」
「……ありがとう」
互いに気持ちが通じ合ったのを確認できたようだ。同じ者を想う気持ちは今でも変わらない、だからこれからも大切にしていこうと、改めて誓った瞬間でもあった。
グロックスのみんなを見送った後、カイリューは話題を戻す。だがさすがのカイリューでも神様レベルの情報は持っていないようで、首を傾げるしかなかった。
「こればっかりはわからないな〜。う〜ん……他の神様は知ってるのかな?」
『他の神様?』
神様って他にもいたの、と言ったような顔で3人はカイリューを見た。神様はどれだけいるのといったような顔つきの3人を見てカイリューが苦笑いをする。
「そ、そうだよ。代表的なのだけ言ってくと……海の神・ルギア、生命の神・ホウオウ、大地の神・グラードン、水の神・カイオーガとか……さらに高位なのに、時の神・ディアルガ、空間の神・パルキア、冥界の神・ギラティナとか。そして全ての頂点にいるのが、創造の神・アルセウス」
他にも意志の神・アグノムなど、全ての神様を列挙し終わった頃には、ヒトカゲ達の頭は蒸気が出てしまいそうな程混乱していた。こんなに神様がいると思ってもみなかったようだ。
「だ、大丈夫? まあそれはおいといて、僕ちょっと訊きたいことがあるんだ」
そう言いながらカイリューが振り向いた先は、ルカリオの方。どうせ「君もしかして、ライナスの息子なの?」という質問だろうと思っていたルカリオは度肝を抜かれることになる。
「なんか最近、ジュプトルって奴が君のお父さんの仲間を殺し回ってるみたいだけど、どしたの?」
ルカリオの正体は既にカイリューに知られていた。それどころか、ジュプトルの存在まで知っている。驚きながらもルカリオは身を乗り出し、すがるような思いで情報提供を乞(こ)い願う。
「頼む! どんなことでもいい! あいつの事に関しての情報を持ってたら教えてくれ!」
その必死な姿から緊急性を感じ取ったカイリューであったが、残念ながらジュプトルの事はよくわからないという。たまたまエレキブルが殺された時に目撃しただけだとか。
興奮が一気に冷め、落胆したルカリオをヒトカゲ達がなだめる。カイリューもどうにかしてあげたいと思っているが、昔のように「僕が殺してあげよっか?」とも言えない。戸惑うばかりだ。
「やっぱり、グロバイルに行って本人に聞くしかないね」
ルカリオをなだめるつもりでヒトカゲは言ったのだが、これに1番反応したのはルカリオではなく、カイリューの方だった。おもわずヒトカゲに今の言葉を訊き返した。
「えっ、今、グロバイルに行くって言った?」
「うん。ひょっとして……グロバイルって知ってる?」
そのカイリューの反応が気になるヒトカゲ達。全員がカイリューの目を見て返事を待っている。当の本人は無表情のまま、何故か黙っている。次の瞬間、思いがけない答えが返ってきた。
「それって……ドラグサムの近くにある、グロバイル村の跡地のこと?」
『ち、近く!?』
何と、グロバイルはドラグサムとそれほど離れていない場所にあったのだ。ようやく、ジュプトルとの決戦に一歩近づくことができて嬉しそうだ。
「な、なぁ、他にグロバイルについて何か知ってないか? 何があったのかとか」
「まぁ、そこまで詳しくは知らないけど、ある程度なら……」
これまた好都合だ。ジュプトルについて情報があればあるほど、ルカリオの父・ライナスの情報も入ってくる可能性が高くなっていくからだ。ルカリオは是非聞かせてほしいと頭を下げる。
「オッケーだよ♪ だけどここじゃマズいだろうから、うちまで来てもらおうかな?」
そう言うと、カイリューが「ついてきて」とヒトカゲ達を案内しようとする。カイリューがあまりに速く飛び去ってしまい、ヒトカゲ達が迷子になりかけ、無事にカイリューの家に着いたのは出発してから1時間後のことだった。