第62話 神に誓え
その夜、金のない3人は店から出ることができず、呆れた店長が哀れに思ったのか、軟禁の意味なのかはわからないが、店の2階に泊めてくれることになった。
もちろん、食器洗いや店の掃除をすることが条件だ。一見大変そうに思えるが、ラティアスの“ミストボール”のおかげで物凄く早く片づけることができた。
「はぁ……もう寝よ」
気疲れしてしまったせいか、みんな倒れるようにその場に寝始める。床がひんやりしているため、すぐに深い眠りへ入っていった。
深夜、辺りの住人もみんな寝静まった頃、ヒトカゲ達が寝ている店の前にとあるポケモンが現れた。体の大きさはルカリオの3倍程ある、巨大なポケモンだ。
「ここかぁ。確かに感じるぜ……」
何かを確認すると、そのポケモンはその場から一瞬にして消え去った。だがすぐに別の場所へ姿を現す。その場所とは、ヒトカゲ達の寝ている部屋だ。
ヒトカゲ、ルカリオ、ラティアスの順に目で確認すると、怪しげな笑みを浮かべ、ゆっくりと目を閉じる。何かを念じているようで、しばらくその状態を保つと、何やらエネルギー弾のようなものをつくり、3人に向けて放った。
「これでいいな。始めるか」
一体何をしたのだろうか、3人は怪我1つしていない。そのポケモンは首を鳴らして準備を整えると、目の前で寝ているヒトカゲ達を起こすべく、大きく息を吸い、大声を出す。
「……起きやがれ――!!」
怒鳴り声が耳に入り、ルカリオとラティアスは飛び起きる。何事かと辺りを見回すと、今までに見たことのない光景が飛び込んできた。
『なっ、何だこれは!?』
それは今まで寝ていた部屋ではなかった。一言で言えば「何もない」。水の上に落とした絵の具のような模様が絶えず流動しながら全体を包み込んでおり、上下左右もわからない。
突然のことで驚いているばかりで、自分達の後ろにいる存在に気づいていなかった。苛立ちを隠せないそのポケモンは、2人の頭に水を吹きかける。
「俺を無視するなんて、肝据わってんな、おい?」
恐る恐る後ろを振り返ると、そこには見たこともないポケモンがこちらを見ながら怒った表情をしていた。しかも見上げなければならないほど巨大だ。
二足の西洋ドラゴン風の体形、大きな翼、全体的に薄紫色で、両肩には宝石を思わせる器官が備わっている。そして2人が1番着目したのは、真っ赤な瞳だ。
「だ、誰だ? ここはどこだよ? 俺らに何しやがった?」
軽くパニック状態に陥りながらも、状況を整理すべく質問をするルカリオ。それに答えようとするが、まだ気に入らないことがあるらしく、不満そうな表情でこう言った。
「その前に、そのガキ起こせ」
いまだに爆睡しているヒトカゲが気に食わないらしい。ラティアスがゆすって起こそうとするも、全く反応がない。仕方ないとルカリオが腰を上げ、殴って起こすことにした。
「で、どちら様ですか?」
ヒトカゲは半分寝ぼけた状態でそのポケモンを見ていた。ようやく答える気になったようで、上から目線で話を始めた。
「俺の名はパルキア。空間を司る神だ。覚えとけ」
今ヒトカゲ達の目の前にいるのは、神の中でも高位な存在である、空間を司る力を持つパルキアだ。言葉使いはライコウのそれよりも荒く、オーラも顔つきも恐い。
だがカメックスの恐さとはまた違うようだ。パルキアに対しての言動を間違えると全てが終わる――そんな感じがしてならなかったと3人は後に語る。
「さて、紹介はこんなもんにして……今から俺の言うことをよーく聞け」
何やら重大なことでも告げるかのような口調でパルキアはそう言った。聞き逃してはならないと、3人は集中してパルキアの話すことに耳を傾けた。
「まず、今から話すことは絶対に誰にも話すな。いいな? もしバラすと、命はないと思え」
秘密厳守、といったところであろうか。それを約束してもらった上で話をするという、何とも一方的な要求であるが、3人はその要求を呑まずにはいられなかった。
恐い。それしか感じ取ることができなかったのだ。もし断れば殺されてしまうのでは、そう感じさせるほどだった。黙って頷くと、パルキアは本題に入る。
「てめーらのことはルギアから聞いている。ホウオウを捜して旅してるんだってな。だが俺が知りてぇのはそんな事じゃねぇ。お前達が捜している、もう1人の奴のことだ」
これに1番心当たりがあったのは、ヒトカゲだ。おそらくパルキアが言いたいであろうそのもう1人のことを頭に浮かべ、恐る恐る、小さな声でその名前を言ってみた。
「それって、ディアルガ……?」
「そうだ、ディアルガだ」
やはり間違いなかった。パルキアが知りたがっているのは、ディアルガについてだ。何故ディアルガの名を出したのか、それについてはすぐ語ってくれた。
「実は俺もディアルガを捜してんだ。あいつがいないせいで、てめーらの世界に異変が起き始めてるはずだ」
異変が起きていると言われたが、特に思い当たる節はない。自分達の知らないところで何か起こっているのだろうと解釈し、続きを聞くことにした。
「そんな事は、あっちゃならねぇ。唯一神がいなくちゃ、世界はすぐに混沌に陥る。そうなったら、てめーら全員お陀仏だぜ?」
言っていることは理解できるが、それを表現するのに神様がお陀仏とか言葉使うのかと、ルカリオは素直に思った。もちろん、口に出して言えない。
「それに……どうも只事のように思えなくてな。だからてめーらをこうやって異空間に連れてきてやって話してんだ」
3人がわかったのは、ここはパルキアが創り出した異空間であることだ。わざわざ自分達を異空間へ連れ込む必要がどこにあるのだろう、ふと気になったラティアスが訊ねてみた。
どうして、これを口外してはいけないのか。他の者達に協力を得れば早く見つかるのではないか。それに対するパルキアの答えは、何とも意外なものであった。
「これに関して俺は誰も信用しちゃいねぇ。てめーらが慕ってるルギアも、表向きではホウオウ捜してるみてーだがな」
「表向きって……どういう事?」
これは聞き捨てならない発言だ。3人、特にヒトカゲが全信頼を置いていたルギアでさえも、パルキアにとってはディアルガ失踪に関係する容疑者なのだから。
それにその言い方からすれば、他の神または神に仕えるポケモン、エンテイやライコウにスイクン、さらにはグラードンなどもまた疑われているのだ。その理由を訊くと、ヒトカゲ達も知らないことを教えてくれた。
「たとえばルギアの奴、ホウオウ以外にも何かを捜してるようだ。誰にも知られないようにな」
正直、ヒトカゲは軽いショックのようなものを受けた。万が一、自分達を裏切るようなことをしたらと考えてしまいたくなったが、それを考えることがルギアに対する裏切りになってしまうと直感し、忘れることにした。
「とまぁ、今の段階で信用できんのは俺と一切関わりのないてめーらだけだ。そこで交渉だ」
3人がパルキアの言いたいことを大体理解したところで、今度は交渉を持ち掛けられた。一体何を交渉しようとしているのか、恐い思いをしながら、ヒトカゲ達は黙ってそれを聞く。
「ディアルガ失踪の真実を掴むことを誓え。そうすればこっから出してやる」
「ち、誓えって?」
パルキアは間違いなくそう言った。何とも理不尽な交渉を持ちかけたものだ。そんな交渉をすんなりと受け入れるはずもなく、ルカリオが反論する。
「じょ、冗談じゃねーよ。そんな勝手すぎねーか? 勝手に連れ込んで、受け入れなきゃこっから出してもらえねーって……」
刹那、パルキアは右肩の宝石のような器官にエネルギーを溜め込み、それを利用して右腕を大きく振り払った。パール色を帯びたエネルギーの刃が向かってくる。“あくうせつだん”だ。
それは空間を切断するという技。ヒトカゲとルカリオの間を縫うように、空間が切れていった。落ちたらどこに行くか全くわからない。3人は絶句する他なかった。
「俺は神だ。神の言う事は絶対だ。だから誓えって言ってんだ。わかったな?」
『……はい……』
強制的に、ディアルガ失踪の真実を掴むことを誓わされてしまった3人。それにしてもこのパルキア、「神だから」と理由だけで無茶苦茶なことを言うようだ。
「じゃあ、てめーらを返してやる。いいか、絶対に口外すんじゃねーぞ。わかったな?」
無言のまま3人が頷くと、パルキアは指をパチンと鳴らした。次の瞬間、3人は自分達が寝ていた部屋へと戻っていた。異空間ごと、パルキアも消えていた。
頼む、夢であってくれ。ヒトカゲ達は絶対そう思ったに違いない。窓の外を見てもまだ真っ暗。現実逃避するかのように、3人はすぐに眠りについた。
「当てになるとはあんま思ってねぇが、あいつらぐれーしか探れそーな奴いねーしな」
自分のいるべき空間へと戻ったパルキアが、ヒトカゲ達のいる世界を映し出した水晶を見ながらそう呟く。彼がどういう思いでヒトカゲ達に命令したのか、それはパルキア自身しかまだわからない。
「楽しみにしてるぜぇ……どんな結果になるのかをよ……」