第61話 とある1日
歩き始めたのはいいものの、疲れが溜まっていたせいか、結局グランサンで1泊することにした3人。翌日にレッドクリフを通過し、次の町へと繋がる平野の道を移動中の、とある1日。
朝はポッポやムックル達の餌の取り合いによる鳴き声で目が覚める。1番敏感なルカリオが、眠たそうな目を少しずつ開けていく。
「う……ん…………!?」
始めのうちは視界がぼやけてよく見えなかったが、直にはっきりすると、自分の目と鼻の先にラティアスがいることがわかった。ちなみに彼女はまだ寝ている。
今にも鼻と鼻がくっついてしまいそうな程近かったため、ルカリオは急に緊張し、飛び起きて後ずさりをする。息を切らし、顔を赤らめていた。
「な、な、な、何で……何でこんな近ぇんだよ!?」
1人で騒がしくしているうちに、ラティアスが目を覚ます。どんな状況になっていたかなど知るはずもなく、いつものように「おはようございます」と丁寧な挨拶をする。
「お、おい! お、俺はお断りだからな!」
「はい?」
何かを勝手に勘違いしているルカリオに、ラティアスはただ首をかしげていた。気分が落ち着かないルカリオは、自分の横で幸せそうに寝ているヒトカゲを無理矢理起こすことにした。
朝御飯を食べることにし、3人は野宿していた所の近くできのみを探し、大量に集めてきた。次の町までどれくらいの距離があるかわからないため、朝からしっかり食べて体力をつけようという考えだ。
「あー、今日も長い1日が始まるんだ。けっこう歩いたのになー」
リンゴをかじりながら、ヒトカゲは道の先を見ながらそう言った。果てしなく続く1本道の先はまだ何も見えないようだ。現実逃避するかのように残りのリンゴを口に押し込んだ。
「わぁ、ヒトカゲ君そんな芸ができたんですね」
「いや芸じゃねぇし」
まるで剣を丸呑みする奇術師を見る目でヒトカゲを見たラティアスは驚いているが、ルカリオにすれば飽きるほど見た光景だ。ラティアスに出会う前には、ヒトカゲは自分の頭ほどの大きさがあるきのみを一気に食べようとしていたのだとか。
「ヒトカゲ君、ひょっとして自由自在に顎を外せたり……」
「ラティアス、いいから気にせず食べてろ」
ルカリオに突っ込まれ、ラティアスの暴走は食い止められた。もしこのまま喋らせておけば、とんでもない発言をしそうでならなかったからだ。
食事を済ませ、3人は北へ向かって歩き始めた。普段は何気ない会話をしながら移動しているのだが、今日はヒトカゲの思いつきから会話が始まる。
「ねぇ、そういえばルカリオのお母さん心配してないの? 全然連絡してないけど」
まさかヒトカゲから自分の母親の心配をされると思ってもなかったのか、ルカリオの表情が一変する。驚きがそのまま顔に表れ、少しだけ戸惑った様子だ。
「お、お袋か? あ〜大丈夫だ。俺が家を出る時に、『探検家の修行する』って言って出てきたから。親父捜すなんて言ったら絶対反対するだろうからな」
そこで気になってしまうのは、ルカリオの母親がどのようなポケモンなのだろうかということだ。真っ先にその質問をしたのは、ラティアスだ。
「ルカリオのお母さんって、どんな方なの?」
それを訊くな……と、心の中でルカリオは呟いた。答えないと不自然だし、嘘をつくような事でもないため、ため息を1つつき、質問に答える。
「……お袋の名前はルッキー。別名、“南ポケラスの女帝”……」
『“南ポケラスの女帝”?』
ヒトカゲとラティアスはその別名を同時に聞き返す。言い過ぎたかとも思ったが、この際全部喋ってしまおう、その方が楽だとルカリオは考え、話を始める。
「そうだ。親父と結婚する前まで、南ポケラスで暴れまくってたんだよ」
何と、ルカリオの母親はいわゆる不良だったのだ。しかもその勢力は凄まじく、ポケラス大陸の南半分で頂点に君臨するほどだという。
ルカリオが生まれる数年前、ルッキーが危ない目に遭ったときに偶然助けてくれたのが、今の父親のライナスであった。その勇ましさに一目惚れし、全てを投げ出して結婚したのだとか。
「へぇ〜、素敵な出会いですね」
話だけを聞いていたラティアスは憧れの想いを込めてそう言ったが、ヒトカゲは別の事を考えていた。そうか、ルカリオが怒りやすいのは母親譲りなんだと。
「も、もういいだろ? 他の話しようぜ」
重大な事実を知ったヒトカゲだけがルカリオに対して頷くが、何も知らない、いや、ルカリオがキレやすい性格であると理解していないラティアスはつまらなそうな顔をした。
そんなこんなで1日中歩いたが、まだ隣町へは辿り着けず、今夜も野宿だなと3人は諦めかけていたところに、幸運にも近くに民家や店がいくつを発見し、入ろうか迷っていた。
よほど疲れてお腹も空かせているのだろう、ヒトカゲがわがままを言い出した。「たまには店に入るか」とルカリオもその気だったので、3人は食堂へと入っていった。
「いいか、1人600ポケ以下だからな」
ルカリオは財布の中身を思い出していた。確かラティアスから預かった金はほとんど使ったため、自分の財布の中の金で数日間苦労しないためにはどうすればよいかを考えた結果、この金額になったのだ。
『は〜い♪』
ヒトカゲとラティアスはとても嬉しそうだ。どんなものを食べようかメニューをはしゃぎながら見ている。一方のルカリオはというと、疲れた様子でイスに座りながら天井を見上げている。
「はぁ〜……親父の手がかり、全然入ってこねぇな〜……」
昼間に母親の話をしたせいか、ふと父親の事が思い浮かぶ。もちろん行く町行く町で聞き込みは行っているが、有力な情報は何1つ得られていないのだ。
「20年もどこほっつき歩いてんだよ……俺、もう立派に成長したんたぞー」
まるで父親に語りかけているように、そう呟いた。目はどこか哀しそうで、声にも力がない。滅多に見せない自分の弱い部分が出てしまうほど、気分が晴れないのだろう。
今のところ、何かしらの情報を持っていると思われる者は2人。チーム・レジェンズの生き残りであるライボルトか、何故か自分を殺そうとしてくる、ジュプトルだ。
この2人に接触する方法を探らなくては、そう心に決めてルカリオは自分もメニューを見ようと姿勢を元に戻した、その直後に目の前の光景に愕然とする。
「お、お前ら、まさか俺の分まで……?」
そこにあったのは、明らかに多すぎる皿の数と、その上に載っているきのみやポフィンのくず。推測するに、ルカリオの分まで注文し、食べてしまったのだろう。
「だって、ずーっと上向いてたから寝ちゃったかと思って」
「寝てたとしても起きたら食うだろ普通! それに寝てねーよ! 見りゃわかるだろ!」
案の定、キレ始めたルカリオ。それでもヒトカゲは申し訳なく思うわけでもなく、「食べたいなら注文しちゃおうよ」という始末。ヤケになったルカリオは財布の事を考えずに注文し、料理を平らげていった。
悲劇は食後に発生した。会計をしようと3人が席を立ち、店員のいる入り口で財布と取り出そうとルカリオがカバンの中を漁るが、どこを探しても自分の財布がなく、空になったラティアスの財布しかないのだ。
「あれ、どこいった?」
思い切ってカバンの中身を全部出してみる。地図、父親から預かった玉、ラティアスの財布、いつだかのメモ用紙、バルからもらったメダル、そして少量の食料しか出てこなかった。
盗まれるはずはない、落とすはずもない、じゃあ一体どうしてなくなってしまったのだろう、ルカリオは頭を掻きむしるほど必死で考えた結果、ある結論に至った。
「……あーっ! アーマルド!」
それしかない、レッドクリフに登る前にアーマルドが自分の財布を持ち出したに違いない、絶対そうだと結論づけ、一気に怒りが込み上げてきたようだ。
「あいつ、俺があの世に逝ったら意地でも見つけてボコボコにしてやっからな!」
(そ、そこまで……)
苦笑いする2人であったが、その様子を見たルカリオの怒りがヒトカゲに飛び火した。もとはお前がわがまま言うからだと言いがかりをつけてくる。
「それに、俺の分まで勝手に注文して食いやがって……ほら、早くしろ」
「早くって……何?」
首を傾げているヒトカゲをルカリオが抱き上げ、店内のとある場所へと連れて行かれた。それは金の払えない3人にとって、唯一の救いとなる物がある場所だった。
同時刻、カレッジではあるポケモンが忙しなく動いていた。書類の整理や会議の準備などと、夜になっても仕事が終わりそうにない。そんな中、別のポケモンに声をかけられた。ニドキングだ。
「バンちゃ……じゃなかった、バンギラス巡査、電話」
「あ、今行きます、おじさ……いや、警視」
職場では互いに役職名で呼び合わなければいけないため、いつもつっかかってしまうらしい。そう、ここはカレッジにある、バンギラスが所属する警察署なのだ。
珍しく、バンギラス宛てに電話がきたことに驚いているものの、誰だろう、もしかしてポッポの奴かと少しばかり期待して電話を取ると、その画面には久々の顔が映し出されていた。
「あっ、バンギラス?」
「……あー、ヒトカゲか」
心の中ではへこみながらも、ヒトカゲからの電話だ、それはそれで嬉しかったようだ。ヒトカゲが何か言おうとしたが、言いたいことがあったのか、バンギラスの方が先に話し始める。
「昨日ドダイトス達から聞いたぞ。なんつーか……残念だったな」
「あ、うん。でももう大丈夫だよ」
心配してくれたのはヒトカゲにとってとてもありがたい事だが、今はそれどころでない。会話が止まった一瞬の隙を突いて、ヒトカゲが用件を切り出した。
「あのね、バンギラス。実はお願いがあって電話したんだけど……」
「俺にお願い? 何だ?」
警察官になって一層頼りにされてるんだなと、鼻を高くして話を聞こうとしたバンギラスだが、実際に話を聞くと、一気に脱力してしまった。
「僕達、お金持ってないのに食堂入っちゃったの! だからお金貸して!」
「……は、はぁ?」
事情を聞いたバンギラスは呆れながらも、「翌朝にピジョット警部に届けさせる」と言って電話を切った。その横では、「金貸しも立派な業務だ」とニドキング警視が笑いながらバンギラスの肩を叩いた。