第59話 解放せよ!
「う、海の神……ルギアだと!?」
目の前の存在に、ガバイトは酷く動揺していた。さすがにヒトカゲとルギアに接点があるとは思ってもいなかったのだろう。焦りを隠せないでいる。
「……ということなの。緊急事態だから来てほしいって思って」
「そうか。こんな事態になっていたとはな」
ヒトカゲから一通りの説明を聞くと、ルギアはグラードンの方に目を向ける。そこにいたのは、目に輝きがなく、自分の意思で動けないでいる、ただの巨大な怪獣だった。
「私の友、グラードン。その強大な力ゆえ如何なる存在にも恐れられ、また神として崇拝されると同時に、力を利用しようとする者に支配されやすい、大地の神」
ルギアは今何を思っているのだろうか。悲しみか、怒りか、または別の感情か。突然そんなことを口にし、それを聞いていた他の者達は頭に疑問符を浮かべていた。
「今は深き眠りについているカイオーガがお前を束縛から解放するのが本来の筋であるが、“今回も”私がその役割を担うことになりそうだな」
刹那、ガバイトの表情がさらに険しくなり、ヒトカゲとルカリオも顔つきを変える。思わずもう1度聞き返したくなるような、そんな発言であった。
「ど、どういう意味だ?」
意味を把握しきれずにいたルカリオが訊ねる。その返答は、ルギアが現れたことでガバイトが1番恐れていたことが的中してしまうものだったのだ。
「過去に同じ事が起こり、その際私がグラードンを解放した、ということだ」
ヒトカゲとルカリオは驚きの声を上げ、ガバイトは口惜しそうに舌打ちをする。流れが一気にヒトカゲ達に向いた瞬間であった。どうすればよいのかと訊ねると、再びグラードンに目を向けたルギアが静かに言った。
「頭に浮かんでいる赤の破片を、打ち砕くのだ」
今までにガバイト以外は誰も気づいていなかったのだが、グラードンの頭部には、赤の破片が真紅の光を放ちながら浮いていたのだ。それが壊れると同時に、グラードンは自我を取り戻すのだと言う。
それなら簡単な事だと張り切る2人だが、さらにルギアが付け加えた説明によると、赤の破片を壊すのは並大抵のことではないらしい。過去に壊した時も、ライコウ・エンテイ・スイクンの協力があって壊せたのだと言う。
「それなら大丈夫さ。俺らの詠唱があればな!」
「……ま、まさか、お前も詠唱ができるのか!?」
今度はルギアの方が驚かされることとなった。ヒトカゲとルカリオは互いに1歩前に出て、瞳を閉じて意識を集中させながら、混沌語――カオス・ワーズを唱え始める。
【紅蓮の炎を操る神よ 我ここに誓う 我と汝の力ここに集結し時 我の前に現る悪を持つものに 粛清の咆哮を与えん】
【無辺、時に切り立ち大地よ 静寂、時に荒々たる海原よ そこから得ん万物が持ちし躍動よ 我が命に従いて 我が手に集いて力となれ】
全てが整った。気持ちも整理がついた。これ以上誰にも被害が及ばないように、全力で赤の破片を壊すことを強く思い、ゆっくりと目を開いた。
正真正銘の詠唱の使い手がヒトカゲ以外にいたことに驚きを隠せないでいるものの、こちらにとっては好都合だと、ルギアはすぐに気持ちを切り替えて行動に出る。
「……私の背中に乗れ。一気に近づくぞ」
ヒトカゲとルカリオはルギアの背中に乗り、グラードンの目の前でやって来た。赤の破片の位置をしっかりと把握し、攻撃する体勢に入る。
かなり焦っているガバイトにまともな指示ができるはずもなく、自分でも応戦しながら後はグラードンに任せようと考えていた。徐々に計画が潰れ始めていることに苛立ちを覚えている。
「グラードン! あいつらを殺せ! 灰にしちまえ!」
そんな指示の元で、最初にグラードンは口から勢いよく炎を吐き出した。“だいもんじ”で焼き払おうとしていることはすぐに想像できたようで、ルギアが反撃する。
「“ハイドロポンプ”!」
炎には水。ルギアは口から大量の水を勢いよく放出させ、炎を消すと同時にグラードンに直撃させた。グラードンに水の攻撃はよく効くようで、表情がきつくなっていた。
「じゃあ“かえんほうしゃ”!」
「俺は“ボーンラッシュ”!」
そこにすかさずヒトカゲとルカリオの攻撃が入る。炎と、波導でできたこん棒は赤の破片に当たったものの、傷1つつけることができなかった。
「塵にしろ! “ソーラービーム”だ!」
ガバイトの指示通り、グラードンは天を仰ぐような姿勢で口元にエネルギーを集めようとする。しかし思うように集まらず、時間がかかっている。
それもそのはず、先ほどグラードンが“かみなり”を使うために、雷雲を呼び寄せてしまったからだ。太陽が遮られている今、“ソーラービーム”はすぐに放てないのだ。
「雲か……ならば“ふぶき”!」
雲や大気に含まれる水分を結晶化し、自身の持つ自慢の翼でルギアは風を起こす。嵐を起こすことができると言われているだけあって、“ふぶき”の度合いもかなりのものである。
効果抜群の技のため、グラードンの受けたダメージは大きい。作りかけの“ソーラービーム”も不発に終わってしまった。ガバイトは圧倒的に不利な状況に陥っていた。
「くそっ! 落ちろ! “かみなり”!」
だがガバイトも機転を利かせ、雲を使って再び“かみなり”を落とさせた。天から勢いよく落ちてきた雷は3人に直撃。ルギアはバランスを崩すも、何とか持ちこたえることができた。
「ぐうっ! 2人共、大丈夫か?」
『な、なんとか……』
ヒトカゲとルカリオも耐えることができた様子。2人の無事を確認すると、グラードンとガバイトの様子を窺いつつ、小声でルギアは作戦を伝える。
「今から私は“エアロブラスト”を放つ。それと同時にお前達はグラードンの頭に飛び乗り、赤の破片を壊せ。今のお前達なら、“ブラストバーン”と“はどうだん”で壊せるはずだ」
それは、時間がないのでもう決着をつけるという意味だった。今の状況を見たガバイトなら“かみなり”を連発して戦闘不能にしてくるだろうと予想し、決断したのだ。
2人も同意見だった。いつまでも長引かせるわけにはいかないと感じていたが、今のルギアの言葉を聞いて決心することができたようだ。“ブラストバーン”と“はどうだん”で絶対に止めると誓った。
「うん、わかったよ!」
「それで止められるんなら、やってやるぜ!」
自信を持った2人ははっきりと返事をする。ルギアも頷いて応じると、すぐに攻撃する体勢に入った。ガバイトに気づかれぬように息を吸い始める。
「しぶてぇ奴らだな! グラードン! もう一発“かみなり”だ!」
予想通り、ガバイトはグラードンに“かみなり”を指示した。雷鳴が響き始め、いつ雷が落ちてきてもおかしくない状況の中、先手を打ったのはルギアの方だった。
十分息を吸い込んだ後、それを一気に吐き出すだけの技。だがそれは建造物を簡単に壊してしまうほどの威力を持つ、“ひと息の空気弾”なのだ。
「“エアロブラスト”!」
ルギアの放った空気弾――“エアロブラスト”は“かみなり”が放たれる前にグラードンに命中した。強い衝撃を受け体勢が崩れると、それにつられてガバイトも刺から落ちてしまう。
「う、うわああっ!?」
一方“エアロブラスト”が放たれたと同時にヒトカゲとルカリオはルギアの背中から飛び上がり、無事にグラードンの頭へと着地した。グラードンは怯んでいるせいか、動けないでいる。
近くを見回すと、すぐに赤の破片を見つけることができた。グラードンにダメージを与えないようにしっかりと位置を確認し、2人は同時に指示された技を放つ準備をした。
「ルカリオ、大丈夫?」
「あぁ、もう準備オッケーだ」
一瞬、ルカリオの頭にアーマルドの顔が浮かんだ。まるでそばで応援してくれているかのような表情に見えた。それに対し、ルカリオは小さく「ありがとよ」と呟く。
そしてヒトカゲは、ミュウの言葉を思い出していた。「ダブルでアタック」とはこれを意味していたのだろう、自分達が成功すると確信していたからそう言ってくれたのだろうと思っている。
2人は同時に顔を上げ、互いに目を合わす。気持ちを確かめ合うと、意識を集中させ始める。ルカリオの「せーの」の合図で、各々の技は放たれた。
「“ブラストバーン”!」
「“はどうだん”!」
炎の塊、そして波導によるエネルギー弾がぶつかり、大爆発を起こす。あまりの衝撃に2人は吹き飛ばされるが、駆けつけたルギアが“サイコキネシス”で宙に浮かせ、そのまま背中へと乗せる。
しばらくして爆発による煙が晴れると、先ほどまであった赤の破片がなくなっていた。どうやら完全に壊すことに成功できたようだ。
『やったー!!』
思わず歓喜の声を上げるヒトカゲとルカリオ。ハイタッチするほど喜んでいる。そしてルギアはというと、グラードンが心配なのか、声を掛ける。
「グラードン。私だ、ルギアだ。意識があるなら返事をしてくれ」
だがグラードンはルギアの声に反応もなく、体も動く気配がない。顔を覗き込もうとしたその時、グラードンの目が一気に開く。さすがのルギアもこれには驚く。
「……我が盟友、ルギアよ。何をそんなに驚いている?」
「…………」
返す言葉も見当たらないとは、この事だろうか。グラードンに操られていた間の記憶は一切なく、眠りにつく前、つまり数年前の記憶が最後だという。
「お前は、また操られていたのだ。その支配から解放した者達に礼を言え」
ルギアは事の成り行きを説明すると、背中からヒトカゲとルカリオを降ろし、グラードンと対面させる。数分前まで戦っていた相手ということもあり、少々緊張気味だ。
「我を支配から解放してくれたのは汝等か? 深く感謝する」
グラードンの言葉に畏(おそ)れを感じたのか、2人はただ黙って頭を下げることしかできなかった。神と呼ばれる存在はやはりオーラが違うと、ヒトカゲは改めて感じ取ったようだ。
「……ところで、我を支配せんとした輩は、何処だ?」
そうだ、ガバイトはどこだ。その場にいた全員がガバイトの姿を探すが、どこにも見当たらない。死ぬほどのダメージを与えていないことから推測できるのは、逃走だった。
誰もが嘆いていた中、ヒトカゲだけが何とも言い難いものを感じていた。この先もっと、いや、おそらく自分が生きてきた中で1番恐ろしいことが起こるのではないかという、恐怖に近いものを。