第57話 神の暴走
ヒトカゲ達の目の前で、グラードンが覚醒した。特性である“ひでり”によって辺りの空は一気に明るくなり、まるで太陽が接近しているかと思ってしまうほど眩しく、暑い。
それに加え、神と呼ばれるポケモンが放つ強烈なプレッシャーが襲い掛かる。それを感じるだけで、大抵のポケモンなら恐れをなして逃げ出してしまうほどだ。
「さぁ、ショータイムのはじまりだ!」
グラードンの頭部側面にある刺に乗っているガバイトが叫ぶ。同時にグラードンが迫力ある雄叫びをあげると、開いた口にエネルギーを溜め始めた。
「ルカリオ、に、逃げて!」
「言われなくてもわかってらぁ!」
2人が驚いている間にグラードンが攻撃しようとしている。慌てて二手に分かれて攻撃を回避しようとするヒトカゲとルカリオを見ながら、ガバイトはツメで指示を出す。
刹那、グラードンが桁違いのエネルギーを放った。太陽エネルギーを集めた“ソーラービーム”だ。それはレッドクリフを過ぎてグランサンに面する海へと真っ直ぐ突き進む。
その直後、海は大爆発が起こったかの如く荒れ狂った。とてつもなく大きな海水の柱ができ、辺りにいた鳥ポケモン達を飲み込んでいく。
「あ、あれが“ソーラービーム”だって言うのかよ……半端ねぇ威力じゃねーかあれ……」
ヒトカゲもルカリオもただ腰を抜かすしかなかった。同じ技は何度も見たことがある。しかしこれ程までに凄まじいものを目にしたことはこれが初めてだ。神と呼ばれしポケモンの力を改めて感じたようだ。
「どうだ、グラードンの威力は。たとえお前達が束になったところで、俺の計画は最初っから止められるものじゃなかったってことだよ」
高笑いするガバイトを、ヒトカゲ達はただ見ていた。戦意喪失とまではいかないが、グラードンを抑えるという強い決意が崩れかけているようで、体が動かない。
しかし、ヒトカゲは何度窮地に追いやられても、必ずできると信じて困難に立ち向かってきたことを思い出す。ルカリオは今この場にいない者の想いを再び思い返す。
“絶対に止める”――2人は自分自身に対して心の中でそう言った。その想いは先ほどまでの障害を簡単に破り、体も思いどおりに動くようになった。
「僕達に不可能はないってこと、今から証明するよ!」
「じゃあやってみろ。すぐに散っちまうだろうがな! ハハハ!」
ヒトカゲは、不可能はないと宣言したが、この時点でグラードンを打破する方法があるわけではなかった。まずは手探りで解決策を見いだすしかない。
「“ほのおのうず”!」
まず、ヒトカゲが炎を吐き、グラードンを炎でつくられた渦に閉じ込める。“ひでり”による効果で炎は通常より強めである。
多少なら動きを止められるかと思いきや、グラードンはそれを簡単にはらってしまった。少しだけ落胆しているヒトカゲの次に、ルカリオが前へ出た。
「“はどうだん”!」
ルカリオは得意としている“はどうだん”を、グラードンの顔面目掛け放った。実は顔面を狙ったのには訳がある。操られている際に、自我を失っているのか、それともただ命令を聞くようになっただけなのかを調べたかったのだ。
だが、そんなに甘くなかった。グラードンは片手で“はどうだん”を、およそ倍の速度で弾き返してきたのだ。受け止められるはずもなく、ルカリオは走って“はどうだん”を避けた。
「グラードン、“ふんか”」
ガバイトの指示に従うグラードンの口から、まるでマグマを思わせる炎が上空へ向かって噴き出てきた。さらに地面からも間欠泉の如くマグマが噴出する。
炎が苦手なルカリオは逃げるしかなく、炎はある程度大丈夫なヒトカゲにとっても、ここまで桁違いの攻撃では太刀打ちできず、ルカリオ同様、逃げる他なかった。
「潰しちまえ。“アームハンマー”」
逃げ惑う2人を高らかに見物しながら、ガバイトは次の指示を出す。拳を作り、気を集中させて力を込めると、グラードンはヒトカゲ達目掛け一気にその拳を振り下ろした。
『う、うわあっ!』
間一髪、避けることができた。振り返ってみると、グラードンの“アームハンマー”によってできた穴の大きさが、その威力を物語っていた。
それに見とれている暇もなく、すぐさま再び拳が降りかかってきた。何度か攻撃を試みるも、全くと言っていいほど効果がない。
(これじゃ、詠唱しても攻撃が……いや、それどころか詠唱している間にやられちゃう……)
ヒトカゲは知恵を絞って対策を練ろうとするが、頼みの綱でもある詠唱をしてもダメなのではという思いが強く、なかなか踏み切れずにいた。
そして、それはルカリオも同じであった。通常の技であれだけ軽々と弾かれる程の力を持っているグラードンに対して、真正面からぶつかっても意味がないと思っている。
「大人しく観念しろ。お前達はどのみち死ぬ運命なんだからな」
冷たく笑いながら、ガバイトが告げたのは死の宣告。この場であろうとどこであろうと、大量殺戮が目的のガバイトにとってはヒトカゲ達を始末することに、ほとんど執着などないのだ。
「だ、誰が死ぬかよ! もし死ぬとしても、それはお前を倒してからだ!」
そう、絶対に計画を阻止すると心に決めたばかりだ。どんな困難にも屈してはならないんだと、自分に言い聞かせるようにルカリオは言い放った、ちょうどその時だった。
「よく言った! それでこそ俺様の弟子だ!」
どこからともなく聞こえてきたのは、偉そうな口調で自分の事を「俺様」という奴。ヒトカゲとルカリオの知り合いの中で、そんな奴は1人しかいなかった。
『……バシャーモ!?』
振り返ると、いたのはバシャーモだけではなかった。バシャーモを乗せて飛行しているメタグロス、その横を浮遊しているゲンガー、その後ろからはボーマンダとガブリアスも来ていたのだ。
「うわ、グロックスのみんな来てくれたんだ!」
「……なんだと?」
ヒトカゲ達も当然驚いていたが、1番驚いているのはガバイトだ。尾行されていた気配もないし、ヒトカゲ達と共に行動していないことも知っている。だが何故こんなにも早く駆けつけてきたのだと疑問に思っている。
「復活しちまったのか……グラードンが」
やれやれ、といった表情でガブリアスがため息を吐く。横にいるボーマンダも困った顔をしている。だからと言って、彼らには“恐れ”があるわけではなかった。
「でも想定してたじゃない。それに復活しようがしまいが、“私達がやること”に変わりはないもの」
「そうだ。まあ、ちょっと大変にはなるが」
彼らと同様に、ゲンガーもメタグロスも落ち着いていた。その落ち着き加減が気に食わないこともあり、ガバイト側から質問を彼らにぶつけた。
「おいてめぇら。俺の行動がお見通しって感じだな。どういうことだ?」
これに関してはヒトカゲ達も疑問に思っている。グラードンが目覚めてから今までの時間はほんの十数分。偶然近くにいたならすぐに駆けつけられるかもしれないが、そうは考えにくい。
その質問に答えたのは、ガブリアスだ。首を鳴らし、面倒くさそうな顔つきだ。
「お前が死んだと思い込んでる奴が、俺らんとこに土下座しに来たんだよ」
「な、なんだと!? あいつが!?」
ガバイトはかなり動揺していた。確実に死んだと思い込んでいたプテラが生きていたことに驚きを隠せずにいる。そんなガバイトを無視して、話を続ける。
「まさか、俺らを恐れていた奴が直々に顔を出し、『ガバイトを止めてくれ』って言うとは思わなかったがな」
そう、プテラが言っていた「“厄介者だった”奴ら」というのは、チーム・グロックスのことなのだ。怪我した身体を引きずって、わざわざ頭を下げて頼み込んだのだと言う。
一通り事情を聞き、グラードンの目覚めが近いことも知らされたため、すぐに駆けつけたとガブリアスが語る。これが、彼らがここへ来れた理由だ。
「……あの時、やはり首を掻っ切るべきだったな……」
後悔している様子のガバイトだが、ここまで来たらもうどうでもよかった。すぐに開き直った態度を見せながら、目下の者達に話を始めた。
「おい、そんな大人数で束になったって、グラードンを倒すなんざ無理な話だろうよ。今さら命乞いしたって遅ぇぜ」
「はぁ? 貴様は何か勘違いをしているのか?」
脅しをかけるつもりでガバイトは言ったのだが、バシャーモはそれに全く動じず、それどころか呆れた顔をしている。再び気に食わなくなったガバイトがどういうことか訊ねた。
「勘違い? 何がだ?」
「俺達は、グラードンの暴走を止めるために来たわけではない」
無表情のボーマンダがそれに応えた。これだけ聞いたヒトカゲとルカリオは驚いてしまうが、それを補足するかのようにゲンガー達が付け加えていく。
「そうよ。グラードンには敵わない。だけど問題はそこじゃない」
「元凶さえ取り除けば、問題なしだ」
遠まわしに話しているせいで、ガバイトは理解できずに苛立ちを募らせた。直にその苛立ちをあてつけるように怒鳴り始めた。
「じれってぇな! はっきり言いやがれ!」
もちろん、彼らにとってはこれも作戦の1つ。理性を欠かせれば隙もできるだろうとのこと。その隙ができるのを窺いながらみんなは構えつつ、ガブリアスがこう答えた。
「俺らの目的はグラードンを止めることじゃねぇ……お前を止めることだ」