第54話 追撃
『“あくのはどう”!』
クロバットの3体一斉攻撃により、彼らの標的になっているベイリーフ、ドダイトス、そしてラティアスは崖を下る羽目になっていた。ルカリオ達の姿は完全に見えない位置まで来ている。
「そろそろこちらからもやらねば。お嬢、いいですか?」
「私はいつでも大丈夫! ラティアスちゃんは陰に隠れてて!」
もちろん、ラティアスとしては一緒に戦いたいところ。しかしベイリーフとドダイトスは戦いに不慣れな彼女をいきなり出させるのはあまりに可哀想だと思い、あえてこう言ったのだ。
納得はできないが、今仲間同士で言い争っている時間もない。ラティアスは渋々ながらも、ベイリーフ達の背後にある岩陰に身を潜めた。
『せーのっ! “エナジーボール”!』
2人は同時に“エナジーボール”を放った。クロバット達の“あくのはどう”とぶつかり小爆発が起こると、爆風でクロバット達が体勢を崩した。
『“シャドーボール”!』
だがすぐに空中で1回転して体勢を立て直すと、再び3人同時に“シャドーボール”をベイリーフ達に向けて繰り出した。これも“エナジーボール”で相殺する。
それでもクロバット達は怯むどころか攻撃の手を止めようとしない。“あくのはどう”や“シャドーボール”だけでなく、“エアスラッシュ”などもランダムで繰り出していく。
「これじゃ埒があかないな……一気に片付けるしかないか。お嬢、下がって!」
息つく暇もなく攻防を繰り返していては、おそらく自分達が先にやられてしまうと考え、ドダイトスはクロバット達に致命傷となる攻撃を1発当てようと試みる。
「くらえ、“ストーンエッ……”」
「いいのか?」
ドダイトスが前足を思い切り上げたところで、クロバットが口を開いた。足を上げたまま、どういうことかとドダイトスは訊ねた。
「ここをよく見ろよ。こんなところで“ストーンエッジ”使ってみ? 崖が崩れて墜ちるのはもちろん……」
「……ちっ、運のいい奴らめ……」
“ストーンエッジ”は岩を砕いてからできる攻撃だ。ここで地面の岩を砕くということが通路を壊し、崖崩れを起こす危険性があることをドダイトスは考慮してなかったのだ。
『運も実力の内さ! “エアスラッシュ”!』
今度は3人同時に空気の力でドダイトス達に切りかかった。その空気の流れを変える方法が頭になかったベイリーフとドダイトスは避けようとしたが、2人とも足に攻撃を受けてしまった。
『ぐあっ!』
鋭い痛みが彼らの足に走った。力を入れることもできず、その場に崩れてしまう。“エアスラッシュ”を受けた足からは血が流れ出していた。
『おら行くぜ! “シザークロス”!』
クロバット達はさらに強力な“シザークロス”で攻撃を仕掛けてきた。ベイリーフ達の傷口にまた大きく傷をつける。 激痛が彼らを襲った。
痛みによる絶叫は辺りに響き渡った。もちろん岩陰に隠れているラティアスにもしっかりと。その声に驚いてしまい、思わず岩陰から飛び出してしまった。
「おっ、そこにいたのかカワイコちゃん」
「あっ……え……」
ただでさえ目立つラティアスの体を、クロバット達が見逃すはずなかった。 すぐにラティアスの元に近づき、彼女を取り囲む。そして身動きを取らせまいとクロバット達は翼をラティアスの首に当てた。
「黙っていれば何もしねぇよ。だけど下手に動くと、真っ二つだぜ?」
それは警告であった。ガバイトの計画の邪魔をするなと。邪魔しようがしまいが、ポケモン達を殺そうとしているのには変わりないが。
ラティアスが人質に取られている以上、ベイリーフもドダイトスも安易に行動を起こせない。しかも今は立ち上がれないとなると、このままでは3人いっぺんにやられてしまう可能性があった。
「いやああっ!」
『ラティアス!?』
突如、ラティアスが騒ぎ始めた。急に恐怖が走ったのだろう、体も震えている。異変に気づいたベイリーフ達が呼びかけるが、全く耳に入っていないようだ。
「ちっ、騒ぐんじゃねぇ! 黙ってろ!」
クロバット達も慌て出すが、ラティアスは暴れて追い払おうとする。それに加えて叫びっぱなしだ。このままでは手に負えないと判断したのか、クロバット達は翼を構えた。
「仕方ねぇ、今すぐここでやっちま……」
「きゃ――!!」
刹那、上空へ向けてラティアスの口から何かが放たれた。一瞬の出来事であったため、クロバット達、ベイリーフ、そしてドダイトスもそれが何かを判断することができなかった。
それから数秒後、流れ星の如く、空から無数のエネルギー弾が振ってきた。ラティアスを始めとするドラゴンタイプのポケモンの得意技“りゅうせいぐん”だ。
『げっ!?』
頭上を見上げてクロバット達の顔が青ざめる。自分達目掛けて強い光を放ったエネルギー弾が大量に降り注ごうとしているのだ。慌てた様子でラティアスから離れていった。
「“サイコキネシス”!」
そんな彼らを見逃さず、ラティアスは“サイコキネシス”を使って“りゅうせいぐん”のエネルギー弾を全てクロバット達に行くように曲げたのだ。
当然そんなものから逃れられるはずもなく、“りゅうせいぐん”はクロバット達に全て命中。気づいた時にはクロバット達の意識はなく、仲良く地面に倒れこんでいた。
「……ラ、ラティアス? いつからそんなに大胆になったの?」
「えっ……だって、怖かったんですもの……」
普段のラティアスからは考えられない行動に、ベイリーフとドダイトスは唖然としている。当の本人は無我夢中でやっただけだと言い張るが、2人の開いた口はしばらく塞がらなかった。
その頃、ルカリオとアーマルドの方も戦いが終盤に差し掛かっていた。相手のボスゴドラも含め、この場にいる全員が大分ダメージを負っている。
「はぁ、はぁ、さっさとくたばれ! “ドラゴンクロー”!」
「それはこっちのセリフだ! “ボーンラッシュ”!」
相手からの攻撃を防いでは反撃の繰り返し。ルカリオとアーマルドの力はこのボスゴドラと互角。どっちが勝ってもおかしくない。
「……ええい、めんどくせー! “はかいこうせん”!」
じれったく感じていたボスゴドラがとうとう痺れを切らし、“はかいこうせん”を放って一気に片付けようとした。ルカリオ達に向けて放たれたエネルギーが、ボスゴドラの目の前で爆発を起こした。
砂煙が舞い、視界が悪くなる。だがルカリオ達がやって来る気配がないのをボスゴドラは感じ、心の中で呟く。死んだな、と。
しばらくして砂煙が晴れると、そこにあったのは“はかいこうせん”によって空けられた穴だけだった。おそらく穴に落ちたか、吹っ飛ばされて滑落したかだろうと思っていた、その時だった。
「……何だ、この感じ……」
ボスゴドラは胸騒ぎを覚えた。嫌な予感がする、そう思いながら辺りを見回すが、何もない。気のせいかと一瞬思ったが、嫌な予感が当たっていたことに気づいたのはすぐのことだ。
地面から大量の土が噴き出したかと思いきや、その中から現れたのはルカリオとアーマルドだった。2人が飛び出た場所はボスゴドラと目と鼻の先のところだ。
「なっ……“あなをほる”か!?」
「正解者にはプレゼントだぜ! “シザークロス”!」
「俺からは“はどうだん”!」
アーマルドの“シザークロス”、そしてルカリオの“はどうだん”によるコンビ技がボスゴドラに命中する。これが決定的なダメージとなり、ボスゴドラは地面へ倒れこんだ。
「やったな! ようやく倒せたぜ!」
「うん! 俺達のコンビ技も上手くいったしな!」
2人はあまりの嬉しさに興奮気味だ。特にアーマルドに至っては、初めて自分の攻撃で悪を倒したということもあり、まるで子供のようにはしゃいでいる。
今まで生きてきた中で、こんなにすがすがしい思いをしたことがなかったらしい。その喜びを、ルカリオと分かち合っている。アーマルドの話を聞いているルカリオも自分の事のように喜んでいた。
「……あっ、月だ」
ふとルカリオが空を見上げると、薄暗くなった空に月がうっすら顔を出していた。アーマルドもそれを見るため、視線を上げた。2人はじっと月を見続けている。
だが、沈みかけた夕日から発せられる、鈍い茜色が何とも言い様のないほど不気味だ。何とも思っていないルカリオはただ月を見ているだけだった。
「じゃあ、そろそろヒトカゲのところにでも…………」
満足するまで月を眺めたルカリオがアーマルドの方を振り向いたとき、時間が止まったかのように、その光景が静止画として目に入ってきた。
「…………」
硬直しているアーマルドの顔、口から流れ出ている血、腹部に突き刺さった針金のように硬いツメ、そのツメの持ち主・ボスゴドラの姿。1つ1つがルカリオの目に映っていった。
「……アーマルド?」
実は、ボスゴドラは僅かながらに残っていた力を振り絞り、1番近くにいたアーマルドだけでも殺してしまおうと“メタルクロー”をくりだしたのだ。
ルカリオが状況を飲み込む前に、ボスゴドラが力尽きてうつ伏せに倒れる。力が入らずに腕にもたれかかっていたアーマルドの体はバランスを失い、崖下へと向かって落ちようとしていた。
「アーマルド!!」
無意識のうちに、ルカリオは危険を顧みず、アーマルドを追って崖から身を投じていた。