第52話 赤崖へ
「だ、誰だ!?」
突如として現れた、救世主と思われるポケモン。姿を確認しようにも、岩陰に隠れているせいで全くわからない。だが聞き覚えのある声ということは間違いないようだ。
「ヒトカゲみたいなちっちぇ〜ガキにも容赦しね〜ってか? 恐いな〜」
相手の姿が見えないことに加え、小ばかにされているように聞こえていたガバイトは苛立っている。しきりに辺りを見回して声の主を捜していた。
「“りゅうのはどう”!」
それをいいことに、ガバイトの隙を窺って岩陰から“りゅうのはどう”を放った。それはガバイトの横を通り抜け、ヒトカゲとルカリオの足を塞いでいる岩に当たり、岩だけが砕け散った。
「や、やった! これで自由に動けるぜ!」
足を動かすことが出来るようになったヒトカゲとルカリオはぐっと身構える。一方のガバイトは2人に注意を向けないわけにはいかなくなり、注意力が散漫する。
「くっ、姿を現せ! “ドラゴンクロー”!」
声のした方にエネルギーを集中させたツメを振り下ろす。するとガバイトの目の前にあった岩の壁が音を立てて崩れ落ちていった。それと同時に、声の主の姿がとうとう現れた。
それはガバイトのよく知るポケモンであった。姿を見た瞬間、苛立ちが募り、思わず舌打ちをする。ガバイトの目に映ったのは、キバの鋭い翼竜と言うべき姿のポケモンだ。
『……プテラ!』
ヒトカゲとルカリオも思わず声を上げた。誰もが予想しなかった、プテラの登場。当のプテラは敵であった時と同じく、憎たらしいほどの笑みでガバイトを見ていた。
「おい〜っす、お2人さん。まさかこんなとこで再会するなんてな〜」
「な、何でここにいるの?」
当然だが、どうしてこの場にプテラがいるのかわからずにいる。ヒトカゲの問いに、プテラは目線をガバイトの方へ向けたまま話し始める。
「そりゃ〜このガバイトちゃんが危なっかし〜事しようとしてるから、こっそりついてきて止めようとな。そしたら偶然お前達がいたってわけよ」
プテラにずっと見られているガバイトは黙視を続けていた。だがその言葉を受けて苛立ちを抑えきれなくなったのだろう、ガバイトの口が開いた。
「よく言うぜ。本当は殺し損ねた標的(ターゲット)である俺を殺(や)りに来たんだろ?」
「はっ、冗談はよしてくれよな。俺ぁ改心したんだよ」
少しでも心理的に追い詰めたいガバイトだが、プテラは苦しむどころか笑っている。面白くないのだろう、ガバイトはプテラを睨みつけ、刺のある言い方で攻める。
「改心? 笑わせんな。今ここにいるってことは、てめぇに殺された俺が何故生き返ったのかを突き止めたい……違うか?」
(い、生き返ったって……?)
その一言が場の空気を変えた。プテラは図星を指されて何も言えなくなり、彼の表情を見たガバイトは悦に入った。そしてヒトカゲとルカリオはその言葉の意味を掴めずに困惑していた。
生き返った――その表現が何を意味するのか。あれこれ考えたが、1番当てはまりそうな意味は1つしかなかった。“失われた命が、再び蘇った”というものに。
「さしずめ、殺しを失敗したことが許せねぇって気持ちがあんだろ? まだ捨てきれねぇ悪の心を持った奴が正義面して何をほざいてんだ」
ガバイトの言葉がプテラに深く突き刺さった。今言われたことは全て図星だ。蘇りの真相を掴みたい反面、どこか自分に対する口惜しさがあったのは確かである。
1年前にバンギラスと戦った後には心を改めようと決意したのだが、数週間前にガバイトと対峙してしまって以来、『失敗』の2文字がどうしても頭から離れなかったのだ。
そのせいか、半ば諦めのような考えも浮かんでいたようだ。犯罪者が完全に更生するなんて無理なんだ、反省なんでできたもんじゃないと。
「……確かにな。お前の言うとおり、俺ぁまだ悪人だな」
「……プテラ?」
ふっ、と自分を嘲笑するプテラ。ヒトカゲの呼びかけにも反応せず、ただ黙って俯いている。想像とは違った反応を示したためか、ガバイトがプテラの事を気にし始めた。
実はこの時、プテラはある決心をしていた。それは悪の心、そして善の心の2つを持ったプテラならではの決心であった。
(ガバイトを放っておいたら、罪のない多くのポケモン達が死んじまう。どうせ俺は悪人のままだ。だったら……共倒れ覚悟でガバイトを……)
もちろん、今自分が何をしようとしているか自覚している。しかしそれよりも、多くのポケモン達が犠牲になってしまうことを恐れているのだ。
昔から知っている、ガバイトの脅威。1つの悪で多くの命が救われるのなら、やるしかない。そう誓ったプテラの表情は固くなっていた。
「だがな、これだけは言えるぜ。意味のない殺しよりはな、こっちの方が断然意味があるんだよ!」
刹那、プテラがガバイトに飛び掛った。あまりに突然のことでガバイトも抵抗する間もなく、プテラの両足によって地面に押さえつけられた。それと同時に首元に翼をあてられる。
「な、何をする!?」
「ヒトカゲ! ルカリオ! 聞いてくれ!」
もがいているガバイトを押さえつけながら、プテラは大声で何かを伝えようとしている。2人はいきなりの行動に驚きながらも、耳を傾けた。
「今すぐレッドクリフへ行け! そしてグラードンを起こせ! こいつは俺が止めておく!」
「えっ、でも……」
「俺の事は気にしなくていい! 黙ってたら多くのポケモン達の命がこいつに取られちまうぜ!」
その一言一言が2人に重くのしかかった。同時に今までに見たことのなかった、プテラの必死さが伝わってきた。まるで別人みたいだとヒトカゲは感じていた。
プテラの姿を見る限り、そこには金のためなら平気で殺しをしていた昔のプテラの姿はもうない。今あるのは、多くの命を救いたいと願っている、正義感あふれる姿だ。
『……わかった!』
想いを受け止めたヒトカゲとルカリオは、洞窟の出口目指し走り出す。これで大丈夫だと、わずかながらに安堵の表情を浮かべたプテラの気が緩み、ガバイトが押し退けて起き上がる。
「けっ、随分勝手な真似してくれんじゃねぇか、あぁ!?」
邪魔されたことにガバイトは相当怒っている。一刻も早くヒトカゲ達を止めに行きたいところだが、目の前にいる邪魔者を始末しないと腹の虫が収まらないといった具合だ。
「ま〜そう言うなよ。せっかく2人きりになったんだからさ〜」
「……へっ、確かにな。だったら、この場で殺(や)り合おうじゃねぇか!」
お互いを睨みつけ、いつでも攻撃できるよう身構える。先ほど壊された岩の欠片が地面に転げ落ちたときになった音を合図に、2人の殺し合いは始まった。
一方ヒトカゲ達は、その足でアーマルド達のいる海岸まで走った。再会するや否や「理由は走りながら」と言い、すぐさまみんなを連れて走り出した。
ヒトカゲとルカリオが状況説明をすると、ガバイトがいたこと、そしてグラードンが近くで眠っているという二重の驚きを示した。緊急事態の理由を理解したようだ。
「でもレッドクリフのどこにグラードンがいるの?」
「わからねぇ、塒(ねぐら)でも探すしかないだろ!」
レッドクリフに何があるのかもわからない。だからと言って街で聞き込みをする時間など少しもない。1秒でも早く目的地に行って探す、それしか方法はない。
とにかく、ただ走り続ける以外に何も考えないことにした。雨が降りそうな薄黒い色をした雨雲が辺りに立ち込めてきた、その時だった。
「あれ、みんな急いでどこに行くの〜?」
みんなの頭上から聞こえてきた、子供っぽい口調の声。その声につられてみんなが上を向くと、薄いピンク色の妖精みたいなポケモン・ミュウがいた。
『な、ミ、ミュウがいる!?』
誰もが驚かずにはいられなかった。特にベイリーフにドダイトス、そしてラティアスはミュウを目にするのが初めてということもあり、息が詰まるほど驚いたようだ。
「だから〜、前に言ったけど、僕だってみんなと同じポケモンなんだからそんなに驚かないでよね」
相変わらず、驚かれるのが嫌らしい。ふくれっ面のミュウをかまっている時間もないため、この立ち止まっている時間がもったいなく感じるルカリオは苛立ち始める。
「それで何だよ、用でもあんのか?」
「こっちが訊いてるんだよ、どこに行くのって」
いちいち答えなければいけないのかと思うと、ルカリオの顔は渋くなる。驚きっぱなしのベイリーフ達はまともに喋ることができないため、ヒトカゲが答えた。
「グラードンを起こしに行かなきゃいけないの! そうしないとガバイトに操られちゃうんだ!」
ヒトカゲはさらに手短に詳細を説明する。重大なことであるはずなのに、ミュウの反応は「ふーん」というものだけ。表情も一切変えていない。
状況がよくわかっていないのか、それとも他人事だからこういう反応を見せるのだろうかとみんなが疑問を抱いていると、ミュウが口を開き、こう言った。
「ダブルでアタックすれば大丈夫だよ♪」
『ダブルでアタック?』
もちろん、それだけでは意味がわかるはずもなく、みんなは首を傾げる。ミュウもふざけてみんなと同じように首を傾げ、笑っている。
「うん、それでうまくいくはずだから、頑張ってね〜♪」
そう言うと、ミュウは手を振りながらどこかへ飛んでいってしまった。引き止める間もなく、気づいた時には既に声の届かないところまで行ってしまっていた。
「行っちまった……また訳のわかんねーフレーズだけどよ、きっと役に立つだろうぜ」
事実、“グロバイル”という名前をいち早く教えてくれたのはミュウだ。そうなると今回のこの言葉も何かしらの手がかりになるに違いないと、ルカリオは確信したのだ。
再び、みんなはレッドクリフへ向けて走り出した。ガバイトによる、グラードンを操っての大量殺戮を阻止するために。