ヒトカゲの旅 SE - 第4章 友達
第51話 生きる壁画
「こ、これは何……?」

 目の前の光景を見て、ヒトカゲはただ驚いている。暗い密室で不気味に光る、緑色の線で描かれた壁画。よくよく見ると、それは生き物のようにヒトカゲの目に映った。

「これはな、この街の……いや、この星を造った神様そのものじゃ」

 コータスが言った事を、初めは理解できずにいた。その後に付け加えるようにコータスが言った内容を聞いて、ヒトカゲはさらに驚くことになる。

「大昔、長きに渡って降り続いた大雨を光と熱で全て蒸発させただけでなく、この星の陸地を生み出したポケモン――大地の神・グラードンじゃよ」
「ええっ!? こ、これがグラードン……!?」

 改めて壁画を見直すと、うつ伏せ状態のポケモンの姿に見えた。頭部と、大きく開いた両腕、平たい尾も含めて、まるで壁に張り付いているようにその絵が描かれている。
 そしてその絵を形作っている線はまるで鼓動を打つような光り方をしていた。それがヒトカゲをさらに驚かせている要因の1つでもある。

「そうじゃ。グラードンは、このグランサンとレッドクリフの間の地下で眠っておる。最近ここら辺が暑くなっているのは、数年に1度の目覚めるときが近づいている証拠じゃ」

 コータス曰く、グランサンは常にこの暑さではない、グラードンが目覚める前後で特性の“ひでり”が強くなるために起こるものだとか。

「この絵、光っているじゃろ? あれはグラードンの心臓の鼓動に合わせて光るのじゃ。光が強くなるほど、目覚めが近いことを表しているんだよ」

 壁画の話をしていたちょうどその時、ヒトカゲを心配したルカリオが迎えにやって来た。わざわざドダイトスに行き先を聞いたり波導を使ったりして捜してくれたようだ。

「何やってんだよ、さっさと……うおっ!?」

 ふと目線を逸らすと、ルカリオの目にグラードンの壁画が飛び込んできた。こういう反応に慣れているのか、コータスは小さく笑っている。

「それよりルカリオ、もうすぐグラードンが目覚めちゃうって!」
「なっ、何だと!? 逃げないと襲われて死んじまうぞ!?」

 切羽詰まった表情でヒトカゲが話したため、ルカリオも鵜呑みにして焦り始める。だがそれに対してもコータスは呑気に笑っている。

「はっはっはっ、死ぬはずなかろう」

 2人からしてみれば、どうしてこんなにコータスが余裕でいられるのかが疑問であった。慌てている2人を落ち着かせ、コータスはその根拠を話し始める。

「グラードンは襲ったりせんよ。むしろワシ達のことをよく気遣ってくれる、いいお方じゃよ」

 ヒトカゲとルカリオはグラードンの姿を知っている。図書館で見た書物に描かれていた凶暴そうな外見からは全くといっていいほど、優しい神だとは想像できなかった。
 ましてや、ガバイトが操ろうとしているポケモンだ。いくら穏やかなイメージを植えつけられても、凶暴なイメージをなかなか払拭できないでいる。

(はっ、もしグラードンが目覚めたら……ガバイトの奴、操ることできないんじゃ……?)

 急に、ルカリオの頭に仮説が浮かんだ。いくらなんでもガバイトがグラードンに敵(かな)うはずがない、目覚めてしまえば近づくことさえできなくなるだろうとういうものだ。

「ヒトカゲ、俺達に追い風が吹いているみたいだぜ」
「えっ、どういう事?」

 首を傾げているヒトカゲに、自身の仮説を説明するルカリオ。自信があるのか、説明に力が入っている。ヒトカゲもそれに応えるように頷き、納得している。

「そっか! グラードンが目を覚ましたら、普通のポケモンなら敵いっこないもんね」
「だから急いでるんだよ」

 その時だった。3人の背後から何者かの気配と共に声が聞こえたのは。後ろを振り返らずとも、声の主の正体はわかっていた。

『……ガバイト……』

 ヒトカゲとルカリオはゆっくりと振り返ると、2人の予想通り、目の前にガバイトが立っていた。相変わらずの不敵な笑みでこちらを見ている。

「久しぶりだなぁ、お前ら。まさかこんな所で会うとはな」
「俺らは会いたくなかったんだけどな」

 一触即発の睨み合い。恐怖のあまりコータスは首と足を甲羅の中に引っ込めた。しばしの沈黙の後、先に口を開いたのはガバイトの方だった。

「グラードンの目覚めが近い……目覚めるとさすがの俺も手出しが出来ん。お前の言うとおり、目覚める前に『赤の破片』を――」
「全部集めなければ……だろ?」

 ガバイトの話を遮ってルカリオが言い放つ。完全に自分達が有利にあると思っているため、自然と口元が笑っていた。
 ニョロトノの時も、バルの時も、ガバイトが『赤の破片』を奪うことを失敗させた者としては、今の段階で破片を全部集めきれていないことなど想像に難くなかった。
 ガバイトの計画はもうすぐ潰れる、そう確信したルカリオは腕組みしながら小さく笑う。だが、思いもよらぬ反応がガバイトから返ってきたのだ。

「……フフッ……フハハハハ!」

 どういう訳か、突如ガバイトは大声で笑い始めたのだ。笑みを浮かべていたルカリオはその反応に驚き、笑うのを止める。それでもガバイトは笑い続けていた。

「な、何がおかしい? 恐怖で気でも狂ったのか?」

 意外な反応にヒトカゲもルカリオも焦り始める。しばらく経ってガバイトは笑うのを止めると、いつもの悪人面へと表情を一変させた。

「つくづく平和な奴らだなぁ、お前らは! 見ているこっちまでボケちまいそうだぜ!」

 そこには、ルカリオが思い描いていた、悔しそうにしているガバイトの姿はなかった。今ある姿は、自分より下の者を高いところから見下している百獣の王そのものだ。

「ど、どういう意味だよ!?」
「お前らはとんでもねぇ勘違いをしてるってことだよ!」

 とんでもない勘違い――一体何を勘違いしたのだろうか、それともガバイトの脅しだろうか。2人の頭の中では様々な憶測が飛び交っていた。

「1つ、いい事を教えてやるよ」

 そう言ってガバイトが取り出したのは、中から赤い光を放っている水晶のような石の一片。そう、『赤の破片』の1つだ。次の瞬間、ガバイトはとんでもない事実を2人に告げた。

「お前らはこの破片が全部集まらないと、グラードンを操れないと思っているみたいだが……破片は1つあれば十分なんだよ!」
『なっ……!?』

 我が耳を疑いたくなるような発言。そして目に映るのは、グラードンを操ることができる石の破片。優位と思っていたヒトカゲ達の立場は一瞬にして逆転してしまったのだ。
 その場に固まってしまう2人。心の中では焦りがさらに募っていく。2人の心理状態が顔に出てしまっているため、ガバイトはそれを見て鼻で笑う。

「苦労したぜ、見つけ出すのは。まぁ、お前らが守った市長が吐いてくれたおかげで、その後はすんなり事が運んだがな」

 何と、今ガバイトが手にしている赤の破片は、以前ヒトカゲ達がロルドフログで守ったものだったのだ。バルが保護している破片を奪い損ねた後再びロルドフログまで出向き、美術館にある破片を奪うことに成功したのだという。

「ま、待てよ……そしたら市長は……」
「あいつか? あいつには消えてもらったぜ。破片さえ手に入れちまえば用はねぇし、何より警察に知られちまうといろいろと不都合だからなぁ」

 ガバイトが楽しげに言ったその言葉は、大きなショックを2人に与えた。そしてそれは徐々に大きな怒りへと変わっていった。
 わなわなと震える手を頑張って抑えようとしているヒトカゲ。だが限界に達したのか、感情が高ぶり、涙を流しながら怒りをガバイトにぶつける。

「……どうして、どうしてそんな酷いことをするのさ!」

 ついこの間まで生きていたニョロトノの死の悲しさ、用無しという理由で自身の仲間を死に追いやった非情なガバイトへの怒り、混じった感情のこもった言葉は重いものになるはずだが、ガバイトには一切届いていなかった。

「どうして? 言ったはずだ、俺の目的は“滅び”だと。いずれ訪れる悠久の眠りにつくのを早めてやった俺はむしろ感謝されるべきだろう」
「……貴様ぁー!」

 怒りに任せてルカリオが飛び出した。波導でこん棒のようなものを作り出し、それをガバイトに向けて振り下ろす。“ボーンラッシュ”だ。
 すかさずガバイトは両腕を交差させてガードする。互いに目を合わせたまま、鍔(つば)迫り合いをしている。両者とも一歩も譲らない状態はしばらく続いたが、ガバイトが押し返した。

「“がんせきふうじ”!」

 押された拍子に転倒するルカリオを確認した瞬間に“がんせきふうじ”をくりだした。ヒトカゲとルカリオの足元から岩が飛び出し、足を塞いでしまった。

「そこで待っているがいい。俺がグラードンを連れてきてやるからよ。グラードンに仲間が殺されていくのを見届けな」
「くそっ!」

 何とか頑張ってみるが、身動きが取れない。笑みを浮かべてゆっくりとガバイトが立ち去ろうとした時、出口の方から聞き覚えのある声がした。

「あら〜どっかにお出かけですかな〜、ガバイトちゃん?」

■筆者メッセージ
おはこんばんちは、Linoです。

ようやく落ち着き始めたので更新も再開です。もうちょっと早くできたと思うのですが、PCいじれなかった時期の鬱憤がすごく、怒涛の勢いでサーフィンしてたのです(

さて、ガバイト登場! そしてグラードンも目覚めが間近! おまけに破片は1つでもOK! という状況です。やばいです。だけどピンチヒッターらしき「あいつ」が登場して……次回へ。
Lino ( 2014/04/21(月) 01:03 )