第50話 グランサン
ヒトカゲ達がペラップの家に泊まっている日の深夜、某所ではとある2匹のポケモンがやりとりをしていた。どちらも低い声で話をしている。
「もうすぐ、例の件が実行できそうです」
立ち膝の姿勢で相手にそう話しかけているのは、ヒトカゲ達の知り合いから『赤の破片』を奪おうとしていたポケモン、ガバイトだ。目の前の存在に深々と頭を下げている。
「グラードンを操り、ポケモン達を殺戮か。我の計画の布石にもならんが……暇つぶしにはなるだろう」
そしてガバイトの前にいるのは、ガバイトよりも大きなポケモンだ。ガバイト自身、今いる空間がものすごく暗いため、未だかつてこのポケモンの姿を見たことがない。口調から察するに、ガバイトより上の存在であることしかわからない。
「ひ、暇つぶしだなんて……グラードンを使えば、向こうから姿を現すかもしれませんし……」
「そんなまどろこしい事をさせるために汝を生き返らせたわけではない」
焦っているガバイトにさらに追い討ちをかけるように、そのポケモンは強く言った。ガバイトは申し訳なさそうに頭を地面につける。冷や汗も流れている。
今の発言からすると、ガバイトが以前プテラに話していた「生き返った」という話は事実になる。ただし、その全容は全く持って不明である。
「我が力は未だ完全には戻っておらぬ。ましてや今の状態では完全などあり得ん。我の代わりに手足となって動いてもらわねば」
「し、承知いたしております……」
若干不満そうにはしているガバイトだが、顔に出さずに堪えている。このポケモンの存在があるため、動きを制限されている部分があるのだとか。
「よいか、我が望み……それは“滅び”。そう、滅びだ。汝の言うものとは訳が違う」
ガバイトもこのポケモンも、目的は“滅び”であるという。だがそれが意味するものが何であるのかは、この2人以外知る者はいない。
「……それを念頭に置き、事を運べ。わかったら行くがよい」
丁寧に返事をし、ガバイトはそのポケモンに背を向けた。しかし言い忘れたことがあったのか、その場で振り返り、大きめの声で呼びかける。
「1つ、お願いがございます。ボスゴドラとクロバットを仲間にしたいのですが」
「よかろう。明日までに用意しておこう」
軽く礼だけをすると、ガバイトはその空間からどこかへ行ってしまった。真っ暗な空間には、そのポケモン1匹だけが、何も言わずにその場に居続けている。
次の日、ペラップの家の前にヒトカゲ達の姿はあった。出発の準備を整えて、一宿一飯のお礼をペラップに告げた。
「しっかしお前さんたちよく食ったね! ワイの食料尽きたやんか、え、どないしてくれんの? なぁちょっと特にヒトカゲ君、キミだよキミ! 食いすぎだよもぉ〜!」
朝から何かと騒がしいペラップ。大きな欠伸をして頭がぼんやりしているヒトカゲの耳にはこの不満すら届かなかった。むしろペラップのことは視界の中にも入っていなかった。
「じゃ、ありがとな」
ルカリオはさらっとそれだけ言うと、みんなを引き連れてその場から歩き始めてしまった。当然だが、これでペラップの怒りが治まるはずがなく、さらに騒ぎ出す。
「ちょ、ちょちょちょそれだけかい!? そりゃないぜ君達! ってか行っちゃうのかい!? えっ、本気で行っちゃうわけ!? ワイにこんな仕打ちしといてからに〜!」
そんなペラップの様子をみんなは面白く見ている。だんだん離れていくにつれ、小さな鳥がその場で飛び跳ねている姿しか確認できなかったが、その姿が彼らをさらに笑わせた。
程なくして、ヒトカゲ一行は街の中心にたどり着いた。海に面していることもあり、建物などはシーフォードとあまり変わりないが、ポケモン達の活気はそこまでない。
その理由の1つとして、ここの気温がある。レッドクリフが近いことから、グランサンの地熱も比較的高い。そのため、足元から熱気が上がってきているのを感じることができる。
「何だよここ、気温も暑いし地面も熱いし……あ〜体力が……」
「うん、あっつい。でも動かないともっとあっつい」
うなだれながら歩いているのはルカリオとアーマルド。2人とも顔から汗が垂れている。そんな中でも元気そうにしているのは、ヒトカゲだった。
「えっ、みんな熱いの嫌なの? 僕大好きなのに♪」
もともと、ヒトカゲという種族は熱いものが大好きである。もちろんこのヒトカゲも例外ではない。げんなりしているみんなをよそに嬉しそうな顔をしている。そしてもう1人、熱そうにしていない者がいた。
「私は嫌じゃないですよ。足も熱く感じませんしね」
そう言ったのはドダイトスだ。足が大きいせいか、ルカリオ達と比べて熱さの感覚が鈍いのだろう。だがその事に対して、ラティアスはとんでもない発言をドダイトスにした。
「あの、ドダイトスさんって、足に神経ないんですか?」
一同硬直。神経がないと言われたドダイトス本人も口を開いて唖然としていた。みんなの様子をおかしく感じたのか、ラティアスが焦り始める。
「ラ、ラティアスちゃん、私にだって神経くらいありますよ、ははは……」
苦笑いするドダイトスの目にはうっすら涙が浮かんでいた。ラティアスが小さい頃から知っているが、ここまで心にグサッときたことは初めてだという。
「わ、私何か酷いこと言いました……?」
「い、いや大丈夫よ。それより行きましょう」
戸惑っているラティアスをベイリーフが落ち着かせながら、みんなは再び歩き始めた。賑やかになったところで、熱さが紛れたわけではないが。
しばらく街中を歩いてはみたものの、熱さを凌げるような場所はなく、結局海沿いの砂地にやってきた。束の間の休息という名目で、海に入って遊んだりしている。
「冷たっ! てんめ〜“みずのはどう”!」
「うわっ! やったな、“みずでっぽう”!」
遊んでいるはずなのだが、ルカリオとアーマルドを見ていると、どうも普通のバトルをしているようにしか見えない。遊びがエスカレートしてしまったらしい。
「ラティアスちゃんそっちやって」
「じゃあベイリーフちゃんはこっち側ね」
ベイリーフとラティアスはといえば、“つるのムチ”と“サイコキネシス”を使って砂を操り、自分達の3倍以上の高さがあるお城を造っていた。ものの数秒で完成し、中に入って遊んでいる。
そしてドダイトスは、そんな彼らを見つめながら、砂場に腰を下ろしている。首を伸ばしてリラックス状態だ。頭の中では、昔の思い出が蘇っていた。
懐かしい思い出に浸っているときに、横からヒトカゲが突いてきた。我に返ったようにはっとして、ゆっくりと自分の横を見る。
「ヒトカゲ、どうかしたか?」
「ちょっとだけ出かけたいんだけど、いいよね?」
ドダイトスがどこに行くんだと訊ねると、近くに探検できそうな洞窟があったから入ってみたいとのこと。この中ではヒトカゲが1番強いため、ダメだという理由はない。
「暗くなる前に戻って来いよ」
それでも、ヒトカゲの事は子供扱いだ。ちょっとふくれっ面をしながらも、ヒトカゲは嬉しそうにその洞窟へと向かっていった。
海岸沿いに少し歩いていくと、小さめの洞窟が1つある。海岸に来る途中偶然見つけたものだ。ヒトカゲは何の躊躇もすることなくその中へと入っていった。
「うわ〜この中も熱いんだ〜♪」
中は例えるなら蒸し風呂状態。岩の間から蒸気が噴出しているところもある。その中をヒトカゲは意気揚々と歩いている。辺りを見回しては、何かないのかなと確認していた。
程なくして1番奥と思われるところに到着した。そこは今まで通ってきた道とは異なり、大きめの部屋のように空洞が広がっている。
「すっご〜い、誰かが掘ったのかな?」
ヒトカゲが驚いていると、誰かから声をかけられたような気がした。気のせいだと思い無視していると、今度は大声で怒鳴られた。
「誰じゃいこんなところに入ってくるくせ者は!」
耳元で怒鳴られたためか、ヒトカゲの頭に矢が刺さったような痛みが走った。思わず耳を塞いで声のした方を振り向くと、そこには年老いた、橙色をした亀のようなポケモン、コータスがむすっとした表情で立っていた。
「お、おじいさん何ですか?」
「誰がヨボヨボのくされジジィじゃと!? ったく、これだから最近に若いモンは……礼儀を知らん!」
このコータス、高齢特有の“何でも悪いように聞こえてしまう症候群”を持っていた。ヒトカゲはそれでも大きな声でここに入ってきた理由などを話し続ける。
ヒトカゲの言いたい事が通じたのは、それから20分も後のことである。ヒトカゲは散々大声で喋ってきたせいで喉は枯れ、疲れた表情を見せる。
「あー君はヒトカゲで、遊びで入ってきたわけじゃな? そしてワシが何者かとな?」
「そ、そういうこと……」
ようやく理解すると、コータスはヒトカゲを自分の甲羅に乗せ、ゆっくりと歩き始めた。訳のわからぬまま、ヒトカゲは黙って乗せられている。
そして1分も経たないうちにコータスの動きが止まった。年寄りだから疲れたのかとヒトカゲは思ったが、そうではないようだ。
「ヒトカゲ、あれが見えるかね? ワシはあれを守っているのじゃよ」
ヒトカゲの視界の先にあったもの――それは大きな岩の壁に、淡い緑色の線で描かれていた、古代様式の絵であった。