第49話 長い道のり
次の日、ヒトカゲ一行はここから1番近い街『グランサン』を目指して走っていた。何故走っているかというと、事は数時間前に遡る。
その日の朝、1番早く起きたアーマルドはラティアスの家の外で朝日を浴びていた。大きく口を開けて欠伸をし、まだ少し眠たそうにしている。
ふと空を見上げると、ペリッパーが空中からチラシを辺り一帯に撒いている。そのうちの1枚がアーマルドの頭に落ちると、それをツメで刺してチラシを読んでみる。
「えっと……“グランサン出港の船が明後日の運行をもって一時運航停止。北方面へ用のある方はお早い乗船をお勧めします”」
実は、これはとてつもなく重要なチラシであった。この先にある街・グランサンの周りは切り立った崖に囲まれており、その先を越えて北に移動するには船が一般的に使われている。
ところがその船が運航停止となると、移動手段は険しい崖を登って越えていかなければならない。その崖の名は『レッドクリフ』――文字通り、赤色の崖である。
その名の由来は、土に含まれる金属のせいで赤色をしているというものと、あまりの険しさに途中で滑落し、命を落とした者の血で染まったからという2つの説がある。
しかもそこは、温泉が湧き出てもおかしくないというほどの地熱が発生しているのだ。そう考えると、崖を越えることが相当な困難であることは容易に想像できる。なので、ここは頑張って船に乗る必要があるのだ。
「……これはマズい!」
チラシを読んだアーマルドは一目散にラティアスの家へ戻り、みんなを叩き起こしてこのことを説明した。するとどうだろうか、鈍感なはずのドダイトスも大慌てで準備をするほど、家の中は混乱に陥った。
ものの数分で全ての準備を終わらせ、みんなはグランサンへ向かって走り出し、そして今に至るのだ。
「はっ、はっ、あーあとどのくらいで着くんだ!?」
息を荒げながらルカリオがドダイトスに訊ねると、このペースでギリギリ間に合うか間に合わないかだという返事が返ってきた。つまり、あと2日かかるということだ。
一同、さらにその足の動きを速める。誰でもこういう時に限って、足の速いルカリオやラティアスが先にグランサンへ行って船を停めておく等の考えが思いつかないものだ。
「ね、ねぇ、ベイリーフの家って船持ってたりしないの!?」
「それがあったら今頃走ってないわよ〜! お父様ったら自分の趣味にしかお金使わないんですもの!」
ヒトカゲの質問にさりげなく不満をぶちまけるベイリーフ。メガニウムのことであるはずなのに、ドダイトスの胸にも刺さるものがあったのか、一瞬固まってしまう。
「つ、つらい……!」
「ほら頑張って、アーマルドさん! まだまだ先なんですから!」
足が遅めなアーマルドを想って、ラティアスは腕を引っ張って先導している。しかしラティアスが速すぎるせいだろう、アーマルドの足はもつれている。
このように、みんなは必死になってグランサンまでの道のりを走ったのだ。長い長い道のりを、共に励ましあいながら。その結果、ヒトカゲ達はグランサンに着いた瞬間に、絶叫した。
『……船行っちゃった――!!』
間に合わなかったのである。グランサンに到着したのは、船が出てから1時間ほど後だったのだ。あれほど頑張ったのにと嘆きながら脱力し、その場に座り込む。
これで、ヒトカゲ達の進路は否応なしにレッドクリフを越えることになった。それだけでもやる気が減るというのに、2日間頑張って走った甲斐がなかったことが1番応えている。
「あー……もう無理、しばらくは勘弁」
大の字になって、ルカリオは空を見上げて呟く。他のみんなも、喋る気力が残っていないのか、黙って頷いて答える。そうだ、北へ急ぐ前に聞き込みでもすればいい、それくらいに思っていたのだ。
当然ヒトカゲもそう思っていたが、それ以外に、個人的にレッドクリフに興味を持っていたことや、ホウオウばかりでなくディアルガの事についても調べなければと思っていたことを考えると、好都合だったのかもしれない。
「じゃあ、とりあえず明日は聞き込みをしよ。そしてから今後の事話そうよ」
すっくと起き上がり、ヒトカゲは地面に倒れこんでいるみんなの顔を1つ1つ覗き込みながら言った。だがすっかり意気消沈しているみんなの口から返事は返ってこなかった。
そんな時、後方から見慣れないポケモンがヒトカゲ達の元へやって来た。頭部が音符の形をしている、色鮮やかな鳥のようなポケモン・ペラップだ。
「えー何なにナニ!? みんなどーしちゃったわけ!? 何で寝っ転がってんの? ここ道だよ? 風邪引いちゃうよ? いいの!? いくないしょ! そこのヒトカゲ君、説明しんしゃい!」
早口かつ騒がしい程の大声でペラップが話しかけてきた。正直なところ、ほとんど聞き取れていないヒトカゲ。素直にもう1度何て言ったかを訊ねることにした。
「え、えっと〜、今何て……」
「何、越冬だって!? 冗談でしょ!? こんなとこで越冬だなんてありえないでしょ! しかもまだ冬まで期間あるし! どーすんのこれちょっとマズいよ道端でおねんねなんて!」
ペラップは全く聞き耳持たずといった具合である。ヒトカゲが何かを言いかけようとしても先に嘴が動いてしまう。それに加えて早とちりが甚だしい。
「いんやーとりあえずみんなワイの家来なさいな! 越冬なんてバカなことやめてワイの家でゆっくり談笑でもしようじゃないの! な? ほら決まった事にはすぐ行動!」
半ば、いや、完全に、そして強引に自分の家へ来いと言っている。耳障りだと思いつつも、確かにここでだれているよりはいいと考えたみんなは、重い腰をようやく上げてペラップについて行った。
程なくしてペラップの家に着くと、みんなは遠慮することなく中に入っていく。住んでいるのはペラップだけであるが、中はとても広い。お金持ちかとも思ったが、木材と藁のみで造られた家だとわかると少々残念がる。
「そんで、皆さんは友達同士? それよりどうしてあんなとこで越冬しようとしてたん? あ、ちなみにワイはペラップな。あっ、そそそそそ、聞いてくんない? 聞いてちょ〜だいな!」
(うっせぇこの鳥……)
右から入ってくるペラップの滑舌のいい言葉を、ルカリオは左へ軽く受け流している。だが次にペラップが発した言葉からは、受け流すことをやめざるを得なかった。
「つい最近の話なんですなこれ、ワイ幸せになれるんだわ! 何たってあのホウオウを見ることができたんでっせ!? ホウオウでっせ!? ワイチョー感激で涙枯れたわちょっと!」
『……なんだって!?』
先ほどまで興味のなかったペラップに一気に詰め寄るヒトカゲ達。自分の自慢話に食いついてくれたのが気持ちよく感じたようで、ペラップは嬉しそうに話を続けた。
「もーきれいな翼バッサバッサ羽ばたかせながら飛んでったの見れて、ワイ心奪われたわ! でもどこへ飛んでったんだろな、あんな北なんか行っても特にこれといってないのに」
『北へ行った!?』
気迫あふれる顔がいくつもペラップの視界に入ってきた。さすがに驚いたのか、若干腰が引けている。ペラップが口を開くまでみんなは凝視しているつもりか、離れようとしない。
「そ、そう北。レッドクリフ越えた先だから……たぶん『オース』に行ったんじゃないかな? オースより北なんて海しかないし。うん、きっとオースに行ったと思う」
ペラップのいう『オース』とは、ポケラス大陸最北端に位置する岬のことである。そこには岩山のようになっている崖が1つあり、それには洞窟も存在している。
そのオースの洞窟に、神と呼ばれしポケモン達が休息をしに来ることが稀にあるという。もしかしたらホウオウもそこへ行ったのではないかというのがペラップの推測だ。
「オース……そこに行けばホウオウに会うことができる……」
ヒトカゲの旅に明るい兆しが見えてきた。ペラップの言うことが本当であるならば、ホウオウがオースに行った可能性は高い。他に有力な情報があったわけでもないので、これを信じることが1番だとヒトカゲは確信した。
「ヒトカゲさん、どうします?」
そんな中、心配そうな表情でヒトカゲに話しかけてきたのはラティアスだ。何か気になることでもあるのかと訊くと、小さな声で相談を始める。
「あの、しばらく船動かないじゃないですか。オースに行くならレッドクリフを越えなきゃ行けないですけど、そこは危険がいっぱいみたいですし……」
話を聞く分には、どうやら進路に迷っているらしい。ラティアスはここで足止めされたと思い込んでいるため、ここグランサンにずっといなければならないのではとヒトカゲに質問した。
「そんなの、決まってんだろ?」
ラティアスの質問に最初に答えたのはルカリオだ。逆に不思議そうにしているルカリオの顔を見てラティアスは首を傾げる。それに続けるようにして答えたのはアーマルドだ。
「レッドクリフ越えればいい話じゃん」
「……えっ?」
それはラティアスにとって意外すぎた答えだった。危険とわかっていてどうしてそこへ行こうとするのか、それが彼女にはわからなかったのだ。それを補足したのがベイリーフとドダイトスだ。
「そうよ。危険だからってそれから逃げちゃ、できることができなくなっちゃうこともあるからね」
「それに、いざとなれば皆さんがいますしね。そうやって、私達は旅をしてきたのですよ」
みんなの自身溢れる顔が、ラティアスには輝いて見えた。どんな事にも立ち向かっていける気持ち、それが私には足りなかったのだと学ぶことができたのだ。
自分を変えるため、旅に同行することを決意したラティアスが、早くも自分を変える場面に出会えたのだ。心の中でしっかりと気持ちの整理をし、ラティアスはしっかりとした口調で答えた。
「……そうですね。わかりました。越えましょう!」
危険に立ち向かう自信がついたラティアスの顔を見て、みんなの顔が綻ぶ。これでもう大丈夫だ、一緒について行けると確信できた瞬間だ。
だが、この時誰も予想していなかった――この後に起こる、想像を絶する出来事が彼らを待ち構えていることを――。