第48話 旅に出る前に
早速、ラティアスは旅に出る支度を始める。彼女にとって旅は初体験なので、何を準備すればいいさえわかっていないようだ。
「ラ、ラティアスちゃん、それは何でしょうか?」
ラティアスの事が気がかりになり、ドダイトスが準備の様子を伺いに来た。そこに広がっていたのは、およそ2m四方の布の上に山のように置かれている荷物だった。
「えっ、寝床用の藁と、兄の持ってた便利アイテムに、料理道具、大切なジラーチぬいぐるみ、それと……」
「あ、あの〜ラティアスちゃん? 旅にそんなに荷物はいらないですよ?」
見かねたドダイトスが一緒に荷物の整理を手伝う。旅に必要なものはまずは食料だと指導し、家にあるきのみをできる限り入れていく。
「それから、お酒です。お酒は消毒の代わりにもなるので、絶対に入れておかなければ……」
「ドダイトス、ちょっと来て」
食料の貯蔵庫にあった酒を袋に入れようとした時、ベイリーフの優しい声がドダイトスの耳に入った。ドダイトスはベイリーフが怒っているのを確信し、身震いする。
「は、はい……」
警備員たるもの、護衛する相手の言うことを聞かなければならない。たとえ何をされるかわかっていても、足を運ぶしかないのだ。ベイリーフに呼ばれて数秒後に、外からドダイトスが絶叫する声が響き渡った。
「おい、ラティアス」
「な、何でしょう?」
戸惑っているラティアスの元に、ルカリオがやって来た。ルカリオは誰のときでもするような接し方のつもりだったが、ラティアスにとってはぶっきらぼうなものの言い方に聞こえたようだ。若干恐がっている。
「この家にある金は全部出せ。そして全部無くなる覚悟を今のうちにしとけ」
まさか金を要求されるとは思ってもいなかったラティアス。目を丸くして驚いている。しかも全部無くなると言われると、どうも怪しいと疑ってしまう。
「ル、ルカリオさん。私のお金を一体どうしようと? 遊びに使うのだったら出しませんよ!」
「ちげーよ。全部食費に消えていく運命だ……」
悲しそうにルカリオが小さくため息をつき、自ら財布を差し出す。ラティアスがその中を確認すると、数枚の硬貨しか入っていなかった。金属音が空しく聞こえるのみ。
これは可哀想だ、助けてあげたいと思ったラティアスは財布をカバンから取り出し、その中から100ポケ硬貨を見つけると、それをそっとルカリオの右手に置いた。
「これで、パンくらいは買えると思うわ。これからはちゃんと働いて自分で貯めたお金で買ってくださいね」
「おい、お前何か勘違いしてないか?」
渡された100ポケ硬貨を見ながら、ルカリオは口元をひくつかせている。その様子を見て、ラティアスは「しょうがないですね」と言い、さらに50ポケ硬貨を渡す。
「……ぜってーわざとだろお前! 何で俺が無職の貧乏人みたいな扱いされなきゃいけねーんだよ!」
「ち、違いました?」
150ポケぽっち渡されたルカリオは憤慨する。ラティアスは何で怒られているのかわかっていないご様子。しっかり硬貨を握り締めたまま、ルカリオはさらに怒鳴る。
「俺達全員の食費になるんだっつーの! ヒトカゲとアーマルドが所持金ゼロだから財布がこうなってるだけなんだよ!」
「……あっ、なるほど」
どうやらこのラティアス、天然な部分があるらしい。ようやく金を要求する理由を理解すると、ラティアスは財布ごとルカリオに渡した。怒りの収まらないルカリオは強引に財布をぶん取る。
「しばらくは俺が管理する。ヒトカゲに任せると1日でなくなるし、アーマルドに財布持たせると何買うかわかんねぇからな」
そう言いながら、しっかり自分のカバンに財布をしまうルカリオ。中身は確認していないが、手持ちの金が増えたことに変わりはなく、安心した表情を浮かべていた。
それからも準備に手間取り、旅支度が終わった頃にはすっかり太陽が赤色に染まり、沈みかけていた。街灯がないため、太陽と反対の方角はすでに暗くなっている。
暗い時間帯に行動するのは少し危険を伴うことと、よく考えてみるとヒトカゲ達は昨日から一睡もしていない。さらにこの先に休憩小屋がある保障もない。となると、選択肢は1つしか残っていなかった。
「結局、お泊りになっちゃったわね」
苦笑いしながらベイリーフがさらりと言う。それにつられるようにみんなも苦笑いする。部屋の隅の方を見ると、ラティアスが一生懸命荷造りしたカバンがポツリと置かれていた。
「でもドダイトス達と一緒なの久しぶりだから、僕はお泊りでよかった」
うつ伏せに寝転がり、顔だけ上げた状態でヒトカゲは話をする。アーマルドも足を伸ばして座っている。この2人は完全にリラックスモードだ。
「あ、あの……」
そこに、ラティアスが何か言いたげな様子で入ってきた。みんなの視線がラティアスの方へ向くと、恥ずかしそうにヒトカゲに質問する。
「今って、何をするために旅しているの?」
昼間にも同じ質問をされたが、長くなるからと先延ばしにしていたのをヒトカゲは思い出した。旅の途中で言おうと思っていたが、今質問に答えることにした。
「今はね、ホウオウとディアルガを捜してるんだ。あとは、ルカリオのお父さんも」
この話をすると、ヒトカゲの口は止まらない。話は自分の家出話までさかのぼり、今に至るまでを細かく説明していくのだ。特にバンギラスの話をすると長くなる。
「へぇ〜、すごい旅をしてきたんですね」
「うん。自分でもびっくりするような事の連続だったよ。詠唱だって知らな……」
ふと、ヒトカゲの頭に疑問が生じた。そういえば、どうして僕は詠唱ができるポケモンなのだろうか、しかも人間の世界にいたなら必要なものではないのにと。
ルカリオを含めると、さらに謎が深まる。生まれた時期も世界も異なるのに、同じ詠唱ができるポケモンが存在するという偶然など有り得ることだろうか。
(何だろう、怖い。偶然じゃない気がしてならない。どういうわけか……怖い)
腕組みをして、ヒトカゲは考え込む。急に話をやめたヒトカゲをみんなはおかしく思い、アーマルドがツメでヒトカゲのわき腹を突いた。
「どうした? ヒトカゲ、何かあったか?」
「えっ? いや、何でもないけど。言葉が出てこなかっただけだよ」
ヒトカゲは言い訳してごまかした。その後すぐにドダイトスが「もうはや痴呆症ですか?」と全体を笑いに誘っていったので、特に突っ込まれることはなかった。
だが、ルカリオだけはヒトカゲの嘘を見抜いていた。どうも怪しいと思って波導を読み取ると、緊張感漂うものが感じ取れたのだ。しかしここで問い詰めて事を荒立てたくはなかったようで、この場は黙っていた。
「じゃあ明日に備えてこの辺で夕食にして、もう寝ましょう」
ベイリーフの提案で一同夕食をとることになった。そこでラティアスはようやく、ルカリオがあんなにお金を必要としてたことを実感することとなる。
時を同じくして、ラティアスの家から遠く離れたところに位置する、小さな村“グロバイル”の跡地にあいつはいた。ルカリオを執念深く殺そうとする、ジュプトルが。
グロバイルは噂どおり、既に壊滅していた。今もその時のままの状態で残っている。倒壊した建物や、炎によって焼けた跡、散乱した道具など。
辺りに風が吹き、砂埃が舞う。ジュプトルの視界は遮られるも、それが落ち着くと彼の視界には、目的のものが入ってきた。太めの枝で作られた、2つの十字架だ。
それを見つけると、すぐさまジュプトルは十字架に向かって走り出す。息を切らしてそこにたどり着くと、その十字架をじっと見つめている。
「……もう20年経ったのか……」
周りに誰もいないが、ぽつりと呟くジュプトル。どういう訳か、表情がいつもと違う。殺気立ったものではなく、哀しみにくれた表情をしている。
十字架にそっと手を伸ばす。十字架は大分前に立てられたものらしく、かなり傷んでいる。それを壊さぬよう優しく触り、ゆっくりと瞳を閉じた。
(父さん……母さん……俺、辛くなってきた……)
ジュプトルは十字架に向かって、心でそう語りかけている。そうしたところで返事がくるわけではないが、今の彼に本音を語れる者がいないのだろう。
(だけど、やるって決めたんだ。必ず……)
想いを伝えるために、そして自分に言い聞かせるように、強く念じた。目を開けると、表情をいつものものに戻した。目つきを鋭くし、怒りを出している。
(必ず……父さん達の命を奪った、そして、この村を壊滅に追いやったライナスを……殺す!)
地面に一発、拳を打ち込むジュプトル。怒りを表している顔からは涙もこぼれていた。
しばらくして気持ちを引き締めると、ジュプトルはすっくと立ち上がり、その場を後にしようとする。もう1度十字架の方を振り向いて、小さく頷いた。
「次は……ライボルトだ」
体勢を低くして、一気に走り出した。陽が完全に落ちた闇夜の中を駆けている。まるで、自分の心の闇に飛び込んでいっているように。