第46話 幸せ者
ヒトカゲは迷っていた。次の街へどう行けばよいかということと、お昼ご飯をあまり食べてないので、早く間食をすべきかどうかということを。
ルカリオは悩んでいた。この先何かあったときに、ヒトカゲ達を巻き込んでよいのだろうかということと、夕飯代をいつもより少なめにしようかということを。
アーマルドは怯えていた。真剣な表情のルカリオを見ると、殴られてしまうのではないかということと、茂みの中からサイホーンが唸りながらこちらを見ていることに。
『はぁ〜……』
それぞれ心に何かを抱えながら、3人は同時にため息をつく。思えば、最近息つく暇もないほど色んな事が起きている。だが時間は彼らを待ってはくれない。
ホウオウやディアルガ、ライナスを捜すことももちろんだが、それより先に目の前にある問題――ガバイト、そしてジュプトルの計画阻止を優先しなければならない。
それは彼らにとって重荷であることには変わりないが、どうも1つ1つが結びついているような気がしてならないと、ヒトカゲとルカリオが口を揃えて言うようになっていた。
「それにしても、ゲンガー姉さんの言ってた通り、隣の街まだ見えてこねぇな」
すっかり気持ちが参っているせいか、疲れた様子のルカリオが小さく呟く。歩き始めてから半日も経っていないが、それでも全体の2割ほどしか歩いてないと考えると、相当遠いことが窺える。
「うん。俺そろそろ休憩したいな。水が飲みたい」
「僕も休みたい〜。お腹空いたから何か食べたいな」
そう言ってすぐに、3人は目の前に休憩スペース目的の建物を運よく発見した。その建物というのは、長距離を移動するポケモン達の憩いの場となっており、大広間と食堂、そして寝室が用意されている。
『天国へ向かってレッツゴー!』
ある意味、この3人、似たもの同士なのかもしれない。ヒトカゲを先頭にルカリオとアーマルドも全速力で走り始めた。
同時刻、その建物の中では、大勢のポケモン達が長旅の休憩を取っていた。その中に混じって、周りと少し空気が違うポケモンが2人、会話をしていた。
「ここって、地元と違って随分広大なところなんですね」
丁寧な言葉遣いと、少しばかり上品そうな口調でそのポケモンは喋っている。話し言葉から察するに、♀のポケモンのようだ。
「ええ、ここらは地元よりも自然も豊かで、昔私がいた時も住みやすかったですよ」
♀のポケモンの相手になっているのは、♂のポケモンだ。周りのポケモン達より体が比較的大きいためか、声が低い。しかしその体格からは想像し難いほど温厚な様子だ。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
「そうですね。あ、会計してきますので」
そう言うと、♂のポケモンは食事代を払うために係員のところへと行ってしまう。その場に残っていても仕方ないので、♀のポケモンは先に外に出て待とうとした。
扉が開き、前へ1歩足を出した、まさにその時だった。猛スピードでこの建物に向かって走ってきていたヒトカゲ達が、正面から彼女に思いっきりぶつかってしまった。お互いに体が地面に叩きつけられる。
その時に出た叫び声を聞いて、連れの♂ポケモンが慌てて外へ出ると、一緒にいた♀ポケモンが倒れている姿が真っ先に目に入った。
「だ、大丈夫ですかお嬢!?」
『……お嬢?』
うつ伏せに倒れているヒトカゲ達の耳に入ってきた、『お嬢』という言葉。ルカリオとアーマルドには違和感がある言い方だが、ヒトカゲには懐かしい響きである。
その声色からしても、また懐かしいものを感じたようだ。ヒトカゲはすぐに起き上がって声のした方を見ると、予想通りのポケモンの姿があった。
「……やっぱりドダイトスだ!」
「えっ、ヒトカゲか!」
大きい甲羅の上に生えている広葉樹が印象的な、陸亀のようなポケモン・ドダイトスがヒトカゲを見て驚きの声を上げる。嬉しさのあまり、顔が綻んでいる。
「じゃあぶつかったポケモンは……チコリータ?」
「ん〜、ちょっと違うかな?」
ヒトカゲの質問に答えながら起き上がったのは、頭には葉っぱ、首につぼみを持ち、黄色い体をしているポケモンだ。そのポケモンは、ベイリーフと呼ばれている。
「ま、まさかチコリータから進化したの!?」
「そっ♪ 数ヵ月前にめでたく進化しちゃったのよ♪」
チコリータ、もといベイリーフは嬉しそうにヒトカゲに擦り寄る。ヒトカゲも大はしゃぎしてベイリーフやドダイトスの周りを行ったり来たりしている。
その3人で和気藹々としているため、ルカリオとアーマルドは存在を忘れられている。擦り傷程度の怪我ではあるが、誰からも気にされないとなると痛みも大きく感じてしまうものだ。
「おい、俺らを無視すんじゃねぇ」
傷口を押さえながらルカリオとアーマルドがヒトカゲ達の元へやってきた。ルカリオが若干苛立っているのを感じたヒトカゲは、一瞬全ての動作が止まってしまう。
「あっ、彼らは誰なんだ? ヒトカゲの新しい友達か?」
彼らの存在に気づいたドダイトスがヒトカゲに訊いた。それにすぐ答えたのはヒトカゲではなく、何故か胸を張って堂々としているルカリオだ。
「俺はヒトカゲの養育係、ルカリオだ。訳あってこうやって一緒に行動することになった、よろしくな」
(よ、養育係……)
ヒトカゲにベイリーフ、ドダイトス、そしてアーマルドまでもがこの発言に引いた。ベイリーフとドダイトスはルカリオの第一印象を「変な犬」と心の中で呟いた。
後々の説明で、自分はライナスの息子であるとルカリオは明かしたが、それでも最初の一言というものは印象が強く、「変な犬」のレッテルは貼られたままだった。
「ま、まぁ、随分個性的な方なのね……」
そう自分に言い聞かせることで、どうにかベイリーフは心を落ち着かせることができたようだ。彼女は次にアーマルドに興味を移す。
「俺、アーマルド……よろしく」
特にこれといって紹介することもないアーマルドは簡単に挨拶だけを済ます。それだけかと思わず聞き返したくなってしまったベイリーフとドダイトスだったが、ヒトカゲに止められる。
「あ、アーマルドはあまり喋るのが得意じゃないんだ。これでも喋れる方になったんだよ」
(よ、余計な事言うなよ……)
この説明にアーマルドは顔を赤らめる。周りにはただの大人しいポケモンだと思われたいらしく、いらない説明をされて急に恥ずかしくなってしまったのだ。
すっかり俯いてしまったアーマルドの元にやってきたのは、ベイリーフだ。きっと自分を慰めてくれるんだ、何て優しいポケモンなんだと、幸せな気分いっぱいなアーマルドの心の中は、一瞬にして沈むことになる。
「わ〜、やっぱり体かたいのね〜!」
「……そっちかよ……」
ベイリーフは“つるのムチ”でアーマルドの体を軽く叩いて硬さを調べている。お嬢様ならぬ行動をドダイトスがすかさず止めに入る。アーマルドはすっかり意気消沈だ。
「と、ところで、2人は何でこっちにいるの?」
ヒトカゲはアーマルドを少し慰めた後、ドダイトスにポケラス大陸にいる理由を訊ねる。すると、ベイリーフもドダイトスも、顔を赤くしてにやけ始める。
「……ぬはっ」
感情を抑えることができなかったドダイトスが、思わず笑みをこぼしてしまった。地団太を踏んだり首を左右に振ったりと、恥ずかしがっているようにも見える。
これは手に負えないと判断し、ベイリーフに質問をし直す。彼女も照れくさそうにはしているが、はっきりと質問に応じてくれた。
「実はね、今私達、旅行中なの。2人だけでね♪」
幸せそうな顔をしているベイリーフとドダイトス。どこからどう見てもカップルにしか見えない。ヒトカゲ達はどう接していいか戸惑っていた。
「まぁ、婚前旅行とも言えますな♪」
調子に乗ってドダイトスがそう付け加えた。だが結婚の予定は一切ないということを伝えていないため、ヒトカゲ達はその場で飛び上がるほどかなり驚いていた。
全員が落ち着いた頃、ヒトカゲは自分のこれまでの経緯についてベイリーフ達に明かした。ホウオウにディアルガ捜しだけでも大変なのに、と愚痴を漏らしてしまう。
ベイリーフ、そしてドダイトスも1年前ヒトカゲと一緒に旅をしてきたが、今回の方が断然大変だと感じている。そう感じた際、ルカリオの方をちら見したのは気のせいだろうか。
「そうなの……なら、この先にある友達の家まで一緒に行こうかと思ったけど、やっぱり邪魔になっちゃうかな?」
申し訳なさそうにベイリーフが言った。しかしそのような理由で同行を断るヒトカゲではない。むしろ一緒に行きたくてうずうずしていたところだ。
「そんな事絶対にないって! だから一緒に行こうよ、ね?」
ヒトカゲは必死になってベイリーフとドダイトスにせがむ。ここまで行きたそうにしているのを無理に断ることもできない。2人の答えは決まっていた。
「じゃあ、私とお嬢と行きますか!」
嬉しさいっぱいのドダイトス。ヒトカゲが喜ぶ姿を見てベイリーフも自然と笑顔になる。そしてそれはルカリオとアーマルドも同じである。
こうして一緒に行動することになった、ベイリーフとドダイトス。まずはベイリーフの友達がいるという隣町に向けて歩き出した。