第43話 逃げろ!
(あそこにいるのって、あのボーマンダ!?)
ヒトカゲは咄嗟に物陰に隠れて様子を伺う。自分の目の前にいるのは間違いなく、ガバイトと戦ったときにメタモンが変身していたボーマンダのオリジナルだ。
今の段階でボーマンダが敵か味方かはわからない。だが本能的に危険を察知したのだろう、ヒトカゲは、今は顔を合わせない方がよいと考えた。
「俺が来るまでいい子にしてたか?」
「うん、ちゃんとしてたノ!」
その一方で、ソーナノとボーマンダは普通の親子と何ら変わりない口調で話している。その様子を見る分には、敵のようには見えない。
しかしヒトカゲには苦い経験がある。良いポケモンだと思っていたプテラが実は敵だったと知った時、計り知れないショックを受けた。それ以来、安易に心を許さないようにしてきたようだ。
(どうしよう……もしボーマンダがガバイト達の仲間だとしたら、まずい事になるのは目に見えている。そもそも、メタモンは何故彼に“へんしん”したんだろう?)
ふと、ヒトカゲは考えた。メタモンという種族は、1度目にしたことのあるポケモンにしか変身できない。そうすると、このボーマンダに何らかの形でメタモンが見たということになる。
何も知らない一般のポケモンにわざわざ化けることはないとなると、このボーマンダは只者ではないという結論に至る。無数の傷跡がそれを証明している。
「今日はお客さんが来てくれたノ♪」
「お客?」
その言葉が耳に入ると、ヒトカゲの胸の鼓動が一気に高鳴った。万が一自分の存在に気付かれたら、何をされるかわからない。絶対回避せねばと、息を殺してヒトカゲは部屋の奥へと戻っていった。
「お昼にきのみを分けてくれた優しいお兄ちゃん達で、おじさん来るまで遊んでくれてたノ!」
「そうか、それならお礼を言わなくてはな」
2人は並んで歩き始める。その足音はヒトカゲにも聞こえていた。足音が大きくなるにつれて、恐怖心も大きくなってくる。それでもできるだけ気配を消して動いていた。
そして、ソーナノとボーマンダが居間に顔を覘(のぞ)かせた。しかしそこにいるはずのヒトカゲの姿はどこにもなかった。風が窓から入ってきているだけだった。
「あれ、どこにいったノ?」
ソーナノは首を傾げている。ついさっきまでこの部屋に一緒にいたのにと不思議がっている横で、ボーマンダは状況を判断していた。
(……雨が降っているのに、不自然にも窓が開いている……)
30cm程しか開いていない窓。熱帯夜でもない、しかも雨の日に開けっ放しにする必要性はどこにもない。ソーナノがするはずないと思い、ボーマンダは訊ねた。
「そのお客さんって、どんな奴なんだ?」
「えっとね、ヒトカゲさんと、ルカリオさんと、アーマルドさんなノ。もしかして帰っちゃったのかな?」
ヒトカゲ、ルカリオ、アーマルド――頭の中でその言葉を言い聞かせると、ボーマンダは小さく、不敵な笑みを浮かべた。緩んだ口元からは、鋭い牙がちらりと見えている。
「……そうか……」
降りしきる雨の中、ヒトカゲは走っていた。追っ手と思われる者から逃げるために、ルカリオ達が行ったと思われる森林へ向けて。
すると向こう側からも誰かが走ってくるのが見えた。影は2つ。その時点で、あの2人はルカリオとアーマルドだと確信したヒトカゲは、動かしている足をさらに速める。
「ヒトカゲ、どうした!?」
ルカリオ達もヒトカゲの姿を確認すると、すかさず声をかけた。どうしたと言ってみたが、実際は何が起こっていたか大体見当がついていた。
「い、家にソーナノのおじさんが来たんだけど、そ、そのおじさんっていうのが……」
「あの時のボーマンダ、だろ?」
自分の言おうとしていたことを先に言われ、ヒトカゲは驚いている。まさかとは思ったものの、一応ヒトカゲはアーマルドにどういうことかと訊いてみる。
先程自分達の横を通り過ぎていった者の、青色の、傷が多数ある尻尾。そこから推測できるのはあのボーマンダしかいないという結論に至ったと、ルカリオの方を見ながら言う。
「偶然出逢ったとはいえ、敵かもしれない相手にのうのうと顔を出すわけにはいかないだろ。それに、味方である可能性の方が少ない気がしてならないぜ」
最後にそう付け加えたルカリオ。彼らもヒトカゲと同じ考えだった。小さく頷くと、3人は走り出した――早くこの場から逃げなければ、その一心で。
「どこへ行くんだ?」
だが、運命はヒトカゲ達を悪い方へと向かわせた。走り出したと思った矢先に、自分達の背後から声をかけられたのだ。3人は足を止めるしかなかった。
十中八九、声の主はわかっていた。ヒトカゲ達はその場でゆっくり後ろを振り向き、自分達の目でその正体を確かめた。
『……ボーマンダ……』
そこに立っていたのは、全身に無数の傷跡が存在する、青色の身体と紅色の羽を持つ西洋の竜のようなポケモン、ボーマンダだ。冷静な表情でこちらを見ている。
「お前らが一緒に旅をしているという、ヒトカゲ、ルカリオ、アーマルドか?」
「だったら何なんだよ?」
ケンカ腰の口調でルカリオが応える。どうせ殺すだの何だのという答えが来るのかと思いきや、意外な答えがボーマンダから返ってきた。
「俺について来てもらおうか」
ついて来い。その一言でその後のシナリオが予想できてしまった。このままついていくと敵のアジトに進入、ボスと顔合わせした後に抹殺、そんなところだろうと3人は考える。
敵だと思い込んでいる以上、このボーマンダとガバイト、メタモンとの関係は切れないものとなってくる。それについて遠まわしに訊いてみることにした。
「僕達を、仲間のところへ連れていく気?」
「……まあ、そんなところだ」
ヒトカゲの質問に、笑みを浮かべるわけでもなく、ただ無表情のまま答えたボーマンダ。その風格はジュプトルを髣髴(ほうふつ)されるものがあった。彼と違うところがあるとすれば、憎悪の念がないことだ。
「これでガバイトやメタモンが大喜びするってとこか?」
そうルカリオが言い放った時、今まで変わらなかったボーマンダの表情が若干変化する。口元が緩み、目を少し見開き小さく驚いた。
それからすぐに再び表情を変える。今度はその緩んだ口元が小さく笑う。それはヒトカゲ達に更なる緊張感を与えるものだった。
「ガバイトに会ったか……だったらなおさらついてきてもらう必要があるな」
やはりガバイトと関係あることは間違いなかった。そうなれば選択肢は2つ。危険と判断してこの場から逃げるか、敢えて相手に従ってついていくか。
大体予想はできてはいるが、確認の意味も込めてヒトカゲはボーマンダに訊ねる。
「もし、嫌だって言ったら?」
「その時は、無理にでも来てもらう。お前達を連れてくること、それが俺に与えられた任務だからな」
ボーマンダの言葉により、ヒトカゲ達の選択は決まった。ひとまず逃げるしかない。その思いは皆同じで、互いに頷いてそれを確認する。
「せーの」と小さい声で言うと、ボーマンダの横をすり抜けるように走り出した。背を向けてしまっては攻撃されかねないとの判断だ。
「逃げるつもりか。そうはさせん」
ヒトカゲ達を追わず、ボーマンダは空を見上げた。身体の中心に意識を集中し、エネルギーを溜め込む。十分にエネルギーが溜まったところで、口から上空に向けてその塊を発射する。
エネルギー弾が上空まで辿り着くと、分裂して四方八方に飛び散った。分裂したエネルギーは地面へ向かって勢いよく落下していくこの技は、“りゅうせいぐん”だ。
『うわわっ!?』
突如として目の前に降ってきたエネルギー弾によって足止めされる3人。避けようと後ろを振り向くと、目と鼻の先までボーマンダが迫っていた。
「さあ、来てもらおうか」
挟み撃ち状態になってしまい、3人は戸惑いを隠せないでいる。だが残された選択肢は1つ――強行突破しかなかった。
「“はどうだん”!」
青白い波導を集め、一気に放ったルカリオ。詠唱なしでもこれは相当なダメージを与えられるはず、という彼の考えは甘かったようだ。
確かにボーマンダに“はどうだん”はぶつかったが、それによって発生した煙が晴れると、一切動じていない様子のボーマンダがそこにはいた。
「なっ……!?」
これにはさすがに驚かずにはいられなかった。どうしようかと考えている間に、今度はヒトカゲとアーマルドが前に出て攻撃態勢に入る。
「“かえんほうしゃ”!」
「“ロックブラスト”!」
2人による同時攻撃。単純に考えて威力は先程の2倍となる。ヒトカゲが放った炎はボーマンダの体全体を覆っている。
しばらくして攻撃の手を止めるが、ヒトカゲ達は驚愕する。炎が止んだ瞬間のボーマンダは全く堪(こた)えている様子がなく、ただヒトカゲ達を見下ろしていたのだ。
「……これで満足か? なら俺に従え。無駄な争いはしたくない。だがどうしても従わないと言うのなら、次は“りゅうせいぐん”がお前達の体を貫くことになるぞ」
逃げても“りゅうせいぐん”が放たれ、攻撃したとしても全く効かない。これで逃げる術を失ってしまった。まさに四面楚歌の状態だ。
ヒトカゲ達は否応なしに、ボーマンダの要求に従うこととなった。