第42話 意外すぎる存在
「どういう事かちゃんと説明しろよ」
わずか数分で辿り着いたソーナノの家の前で、ただ連れてこられたルカリオとアーマルドがきちんと説明しろとヒトカゲに促す。
「夕方までこの子の保護者が来なくて、1人ぼっちなんだって。可哀想じゃない」
目を潤ませてヒトカゲは訴えかける。どうしてもこの子と一緒に居てあげたいんだと。だがそれだけではルカリオの心は動じなかった。
「確かにそうかもしんねぇけど、今はそれどころじゃねぇだろ。早くグロバイル見つけてあいつボコったり、ガバイトの計画を阻止したり……」
口ではそう言うものの、実際はめんどくさいだけである。そしてヒトカゲや、旅の途中でブイゼルに会って以来、どうも子供が苦手になっているようだ。
このままでは事がうまく運ばない、そう察知したヒトカゲはアーマルドにこっそり相談する。するとアーマルドはたった一言でその問題を解決してしまう。
「お前、探検家だろ?」
「うっ……」
ルカリオは父親から何度も言われた言葉を思い出した。困ったポケモンを助けないのは探険家として失格だということを。それを怠るのは探検家精神が許さない。
「ちっ、都合のいい時に言いやがって……わかったよ、夕方までな」
これにはルカリオもなくなく承諾するしかなかった。ヒトカゲもアーマルドも喜んでいるが、アーマルドが喜んだのは、いとも簡単にルカリオを扱えたことによるものだ。
ひとまず、3人は家の中へと入る。子供1人で住んでいる家だからか、全体的に造りが小さく、狭い。アーマルドがようやく通れるほどの枠組みになっている。
「ヒトカゲさん、これ読んでほしいノ♪」
早速部屋の奥から、ソーナノが絵本を持ってきた。まるでソーナノの父親になった気分でヒトカゲはその場に座り込み、絵本を読み始める。一緒になってルカリオとアーマルドも聞くことに。
「えっと……シ、『シスコンの絆』?」
その絵本の表紙には『シスコンの絆』と書かれていた。ヒトカゲがそれを読み上げると、ソーナノ以外の者はおもわず目を丸くした。
「な、何てもん絵本にしてんだよ」
「シ、シスコンって……」
何故そんな絵本があるのかは別として、世の中には不思議なものがあるな、という解釈を無理にしたようだ。とりあえず、ヒトカゲは絵本を開いて朗読し始める。
「“昔々、妹が大好きな兄のラティオスがいました。ラティオスがちょっかいをかければ、妹は兄をぶん殴る、そんなこんなで平和に過ごしていました。”」
出だしの時点でもはや絵本の題材としてはおかしい内容になっていた。それでもソーナノのお気に入りなのか、楽しそうにヒトカゲの朗読を聴いている。
一方のルカリオとアーマルドは何とも微妙な顔をしている。無理もない、子供が読む絵本の題材がシスコンなのだから。
「“……というわけで、めでたし、めでたし。”ふーっ、ようやく終わった〜」
数十分かけて、ヒトカゲは絵本を読み終えることができた。ソーナノは大満足なようで、ヒトカゲに向かって拍手している。
「じゃあ、次こっち読んでほしいノ♪」
そう言ってソーナノが次に持ってきた本は、『美女と野獣の物語』というタイトルの絵本だ。今度はまともな絵本のように見える。ヒトカゲ達もほっと胸を撫で下ろした。
「はいはい。えっと……“昔、黄緑色の鎧を纏ったような外形の野獣がいた。その野獣は、1人の美しい小鳥に恋をしてしまいました。”」
ヒトカゲがそれを読んだ瞬間、ヒトカゲにルカリオ、そしてアーマルドは吹いてしまった。絵本の内容が面白かったわけではなく、とある想像をしてしまったためである。
(これ……バンギラスとポッポだよ絶対!)
「……はっ!?」
「ど、どうしたバンちゃん?」
同時刻、隣町のカレッジの警察学校にて、ニドキング警視と話をしていたバンギラスは、背後から何かを感じ取ったようだ。しきりに辺りを見回している。
「……おじさん、今、誰か俺の事呼んだ気がしたんだけど……」
「私には聞こえなかったが? きっと空耳だろう」
バンギラスは首を傾げるも、あまり深く気にせず、再びニドキングと話を始めた。
この絵本も程なくして読み終わり、またしてもソーナノは満足なご様子。ヒトカゲ達は込み上げる笑いを耐えるのに必死だった。
「最後これ読んでほしいの!」
またしてもソーナノは奥の部屋から絵本を持ってきた。今度こそまともな絵本を持ってくるかと思いきや、明らかに題材としておかしいものが表紙に書かれていた。
「ゴ、『ゴッドブラザー』……」
絶対に絵本にそぐわない内容とわかっていても、仕方なく読み始めるヒトカゲ。もう突っ込む気さえなくしてしまったようだ。
「“むか〜しむかし、極悪ポケモンがこの地域を牛耳っていました。そしてそのポケモンに逆らうと、とてつもないお仕置きが待っていたのです。”」
ヒトカゲはそのまま朗読を続けるが、ルカリオとアーマルドだけは何故か身震いし始めた。絵本の内容を知っていくうちに、絵本に登場する極悪ポケモンに思い当たる存在が頭に浮かんでしまったからだ。
(……カ、カメックスだよな、これ……)
「おい、てめぇ一体どういうつもりだ?」
時を同じくして、とある場所ではカメックスがまたしてもストライクを追いつめていた。仕事の途中に目撃してしまい、路地裏に連れ込んだのだ。
「い、いやだからもう絶対にしませんって言ったじゃないですかー!」
「はん、どうせ言い逃れだろ。言っておくが、俺の機嫌はとてつもなく悪ぃぜ?」
何故かしら機嫌の悪いカメックス。ルカリオ達の念を遠くから感じ取ってしまったのだろうか。そしてストライクにとって最悪なことに、ストッパーであるゼニガメがいなかった。
「……覚悟しやがれ!」
『……はあっ!?』
今度はルカリオとアーマルドに強烈な悪寒が襲った。そして同時に心に何か鋭利なものが突き刺さったような息苦しさを覚えた。両手を床について大きく息をする。
「ど、どうしたの2人とも?」
『い、いや、何でもない……』
絵本を読んでいただけのヒトカゲにとって、どうして2人がこのような状態になってしまったのか、全くもって理解できずにいた。
「ありがとうなノ! とっても楽しかったノ!」
絵本を読んでもらったソーナノの機嫌は良い。一段落してヒトカゲがふと窓の外を見ると、空が茜色に染まっていた。すでに夕方になっていたのだ。
「もう夕方か……どうする? 俺らがきのみでも採ってくるか?」
気分転換がてら、ルカリオとアーマルドは夕食になるきのみを捜しにいこうとする。ヒトカゲも一緒に行こうとするが、ソーナノが尻尾を掴んで離さない。
どうしたのかと訊ねると、おじさんが来るまでは一緒に居てほしいとのこと。そんなソーナノが可愛く思えてきたヒトカゲは、2人で留守番することにした。
「じゃあヒトカゲ、俺の荷物よろしくな。あとアーマルド、俺の財布は置いてけよ」
「……何でバレた?」
それから30分後、ルカリオとアーマルドは近くの森林できのみを採取していた。彼らはきのみを取りつつ、ちゃっかり半分近くその場で食べてしまっている。
その行いに罰が当たったのか、快晴だったにも関わらず突如として雨が降り始める。いくら平気とはいえ、風邪を引いては今後に支障が出てしまうと、2人は同じ事を思う。
「ルカリオ、早めに帰ろう」
「わかってる。何でいきなり雨なんだよ、ったく……」
ルカリオとアーマルドは木の上に登り、いそいそと再びきのみを採取し始めた、その時だった。アーマルドの目に遠くから何かが向かってきているのが見えた。
とはいえ、今は夜。しかも雨が降っていて姿をはっきりと見ることはできていない。だがこれだけはわかっていた。猛スピードでこちらに飛んできていることだけは。
『……うわっ!?』
それは一瞬の出来事だった。アーマルドがルカリオに「危ない」と言おうとした時には、既に自分達の横を通り抜けていったのだ。あまりの速さに木々が揺らぎ、ルカリオは木から落ちそうになる。
「な、何だあれは一体!?」
木にしがみつき、何とか体勢を立て直したルカリオ。アーマルドと共に、何かが飛んでいった方向をずっと見ていた。
「……あの尻尾……」
「へっ?」
突如、アーマルドが呟いた。一瞬であったが、彼は飛んでいったものの尻尾をかろうじて見ることができたのだ。そして驚いたのが、それは見たことのある尻尾だった。
「青色の……傷だらけの尻尾だった」
その頃、ヒトカゲとソーナノはずっと窓の外を見ていた。先程から降っている雨が気になっているようだ。
「雨、全然止まないノ」
「そうだね〜。ルカリオ達大丈夫かな?」
ちょうどその時、扉を叩く音が聞こえた。最初は雨によるものかと思って無視したが、再び扉を強く叩く音が鳴り響いた。どうやら来客のようだ。
「あっ、きっとおじさんが来たノ!」
刹那、駆け足でソーナノは玄関へと向かった。ヒトカゲも挨拶をしなくてはと思い、ゆっくりとした足取りでソーナノの後を追う。
「おじさん、いらっしゃいなノ♪」
「遅くなってすまんかったな」
玄関先から2人の会話が聞こえてきた。早く挨拶しようとヒトカゲが玄関へ辿り着いた時、自分の目を疑う光景がそこにはあった。
青、もしくは水色をした身体。真紅の翼。カイリューとはまた違うが、ドラゴンに属する体形。そして1番の衝撃は、その者の特徴とも言える、体中にある無数の傷跡。
そう、玄関にいたのは、以前ガバイトと対峙した時にメタモンが変身していたポケモンの1人――ボーマンダだったのだ。