第41話 蘇り
「何年ぶりだろうな、お前に会うのは」
プテラの前に姿を現したのは、あのガバイトだった。ガバイトの言葉から察するに、どうやら知り合いのようである。だがプテラは警戒心を解こうとはしない。
「な、何故だ……? 何でお前がここに……?」
「そうだよなぁ、そういう反応が普通だよなぁ」
そんなプテラとは逆に、まるで再会を喜んでいるかのような様子のガバイト。不敵な笑みを浮かべ、じりじりと2人の距離を縮めていく。
耐えられなくなったのか、とうとうプテラは、今持っている恐怖心の原因となっている謎について訊いた。
「答えろ……俺がこの手で殺した奴が、何故ここに平然といる!?」
それは数年前の話。仕事の依頼を受けたプテラはとあるポケモンを手にかけた。その相手こそ、今まさに目の前にいる、ガバイトなのだ。
確かにあの時死んだのを確認した、なのにどうして生きている、どうしてこの世にいるのだ。そう考えているプテラの頭はおかしくなりそうな程混乱している。
その様子を見ながら、ガバイトは鼻で笑う。「いいだろう」と返事をすると、プテラの質問に対してこう答えた。
「俺は蘇った。お前によって奪われたこの命を、再びこの身体に宿すことができたんだよ」
一瞬、プテラは我が耳を疑ってしまう。ガバイトの言った事は、非現実的な言葉の羅列。到底信じられるものではないと思うのが当然だが、実際にガバイトは目の前にいる。
「よ、蘇った、だと……?」
「そうだ。あるお方が俺を生き返らせてくれたんだよ」
ますますガバイトが生きている理由がわからなくなってきたプテラ。とりあえず頭の中で整理しようにも、言葉がそのまま並ぶだけで、意味不明でしかなかった。
「あるお方? 何だ、神様みたいな奴でもいるってーのかよ?」
「いるんだぜ、こんな事ができる神がよ……」
ガバイトは自身が生きていることを「神によるもの」という。これ以上追求しても混乱するだけだと思い、プテラは質問を変える。
「そんで? 俺の目の前に現れたってーことは、復讐として俺を殺しにきたんだろ?」
蘇ってまで自分の前に現れたということは、目的は1つ。自分を殺すため。確証は得られていないが、十中八九そうだとプテラは考える。それに対してガバイトの答えは、少々違っていた。
「確かにそれもある。できれば今すぐお前を消し去りてぇが、今はやらなきゃならねぇことがあるからよ。お前の生前の顔を拝みに来ただけだ」
そう言うと、プテラの横を通り過ぎて背中合わせになる。その時、プテラは感じ取った――ガバイトから放たれる、漆黒の闇の気(オーラ)を。
それはプテラの心を簡単に蝕むものであった。闇に飲まれるという表現が相応しいほどに、禍々しく、黒い濁流が心の中に一気に押し寄せてくるものだ。
プテラが我に返った時には、ガバイトの姿は既になかった。恐怖の呪縛から解放されたせいだろう、足の力が抜け、その場にうつ伏せになってしまう。
一瞬の出来事とはいえ、余程息苦しかったのか、呼吸が大きい。こんな経験は初めてのようで、動揺を隠し切れない。
「はぁ、はぁ……な、何だったんだ今のは……? これが、あいつの言う神の力なのか……?」
しばらくしてようやく落ち着きを取り戻すことができたプテラは、まだガバイトの事を考えていた。どう考えてもおかしいことだらけであったが、今冷静に考えると、ある推測が立ってきた。
(もし命を蘇らせる神がいるとしたら……まさか、あいつを生き返らせたのは!)
それは可能ならば信じたくない推測だった。その推測が正しいとすると、神は悪人を生き返らせたということになるからだ。
そしてプテラは、以前ガバイトが行っていたことを思い出す。確か、確かと口ずさみながら記憶を辿っていくうちに、ようやく思い出すことができた。
(あいつ、もしかして“やらなきゃならねぇ事”って……グラードンを操ることか!? だとすれば、さっき俺を殺さなかったのはわざとだ!)
再び身体を震わせるプテラ。恐怖心が戻りつつあったのだ。自分の推測はおそらく正しい、ならば確実に言えることはただ1つと、結論を導き出した。
(ガバイトはグラードンを操り、大地を破壊し……この世界にいるポケモンを大量殺戮する気だ!)
一方で、その事実を知っていても、まだ大丈夫だろうと思い込んでいたヒトカゲ達がいた。グラードンを操るための『赤の破片』がまだ奴らの手に渡ってないことがその理由だろう。
「ところでさ、グロバイルってどこにあるんだろうね?」
「さぁな。あいつから来いって言ったくせに、場所も言わねぇなんてな」
ヒトカゲもルカリオも小難しそうな顔をする。そんな中、アーマルドは直感的に思ったことを口にしてみる。
「俺達がグロバイルを捜している間に、体力回復したり、作戦を企ててるのかもしれねぇよ」
なるほど、と感心する2人。しかしそうなると行き先をどこにしてよいやらわからなくなってきた。とりあえずはホウオウが移動したと見られる北の方角を進んでいるが、それでよいのだろうかと思い始めてきた。
「とりあえずはこのまま北へ進もう。情報はその途中で集めていけばいいよ」
「そうだな。今回の戦いで、俺らにとって歯が立たねぇ相手じゃないってわかったしな」
ヒトカゲの意見に、ルカリオとアーマルドは大きく頷いた――時は必ずやって来る、そう心に言い聞かせて。
「じゃ、早いけど飯食おうぜ」
まだ出発してからそれほど時間は経ってないが、アーマルドが昼食にしようと言い出した。もちろん2人の返事は決まっている。
『賛成〜!』
ヒトカゲとルカリオは早々にカバンを広げて食料を取り出す。バンギラスが持たせてくれたもの、道中で自分達が採ってきたもの、それらを次々と草むらの上へ置いていく。
そしてヒトカゲが好きなリンゴを手に取った、その時だった。手が滑ってしまい、リンゴが地面へと落ちてしまった。それだけならまだしも、運の悪いことにそれが転がってしまう。
「あっ、僕のリンゴ!」
慌ててヒトカゲはリンゴを追っかけていく。だが行く先は坂道になっていて、リンゴが止まる気配はない。むしろ加速していった。
「待ってよ〜!」
一生懸命追いかけてはいるものの、リンゴの速さに追いつけない。リンゴがようやく停止したのは、ヒトカゲからは見えない草むらに隠れていた、ソーナノの足下だ。
「ありま、これリンゴナノ!」
リンゴを食べられると思って嬉しくなり、ソーナノはその場で跳ね上がる。そこにちょうどヒトカゲがやって来て、リンゴを持っているソーナノに話しかける。
「はぁ、よかった。それ、僕があっちから落としたリンゴなんだ。返してくれないかな?」
「えっ、そーナノ?」
ヒトカゲが落としたリンゴだとわかると、ソーナノは素直にそれを返してあげた。しかしとても残念そうな顔をしているのをヒトカゲは見てしまう。
「……ねぇ君、ひょっとしてお腹空いてる?」
それに対して、「そーナノ」と返事をするソーナノ。話を聞いてみると、今日はまだ何も食べていないのだとか。
このままさよならするのは何だか気が引ける、そう思ったヒトカゲは、リンゴを半分に割り、片方をソーナノに渡してあげた。
「もらっていいノ?」
「うん、あげるよ。食べて♪」
ソーナノは嬉しそうにリンゴを平らげた。いい事をしたヒトカゲの顔も綻んでいる。そのままヒトカゲはその場を去ろうとしたが、ソーナノのことが少し気になっているのか、再び話しかける。
「ねぇ、1人なの?」
「うん。ひと月に1回おじさんが来てくれるノ」
ソーナノが言うには、そのおじさんというポケモンがソーナノの世話をしてくれて、家にやって来る際に食料を持ってきてくれるのだ。そして次にやって来るのが今日の夕方らしい。
「でも昨日よくばって食べ過ぎちゃったノ。そしたら今日の分なくなっちゃったノ!」
(誰かに似てる……)
今までに会ってきた大食いの仲間を思い浮かべれば、ソーナノに似ている者が誰なのかは想像に難くない。もちろん、ヒトカゲは自分と似ていると微塵も思っていない。
夕方になるまでソーナノは1人。それもまた可哀想だなとヒトカゲは気持ちを察し、そっと手を差し伸べた。
「じゃあ、そのおじさんが来るまで一緒にいようよ」
「……ホントなノ?」
夕方までだったら大丈夫と判断し、ヒトカゲは首を縦に振った。彼の返事にソーナノは再び気を良くし、その場で飛び跳ねている。
ちょうどそこに、いつまで経っても戻って来ないヒトカゲを心配したルカリオとアーマルドがやって来た。これはグッドタイミングと言わんばかりにヒトカゲは2人に駆け寄る。
「おい、何やってたんだよ?」
「夕方まであの子の家にいることに決定したから」
『……はい?』
訳もわからぬまま、ルカリオとアーマルドはヒトカゲに手を引っ張られ、ソーナノの家へと歩かされた。