第39話 拷問
ヒトカゲ達によって、ジュプトルは体に縄を縛られた。そして逃げられないよう常にバンギラスとアーマルドが見張っている。観念しているのかはわからないが、その場に黙って座ったままだ。
「俺達に負けた気分はどうかな?」
ジュプトルの元に現れたのは、念願の勝利を収めて笑顔になっているルカリオだ。その姿は憎らしく見える。ルカリオの言葉に対してジュプトルは黙ったままだ。
「だんまりか、まぁいいか。ヒトカゲ、ちょっとこの近辺から食いもんいっぱい探してきてくれ」
「えっ? うん、わかった」
どういう訳か、ヒトカゲをその場から離れさせるルカリオ。近くの木が生い茂る林道にヒトカゲが入っていくのを確認すると、再びジュプトルの方を向く。
「さて……ジュプトル。お前の知っていること、今から全て吐いてもらうぞ」
突如ルカリオは表情を険しいものに変えた。利き手である右手には自然と力が入る。理由も語らず自分を殺そうとしてきた奴を目の前にして、憤りを抑えきれなくなってきているのだろう。
そう、これから行うのは拷問だ。吐くまで如何なる手段も選ばないつもりであるようだ。そのため、絶対に止めに入るであろうヒトカゲをこの場から遠ざけたのだ。
「じゃあまず1つ。お前の目的は何だ?」
ジュプトルの目線まで屈(かが)んでルカリオは訊ねる。声に反応してジュプトルはルカリオと目を合わせ、凝視する。
「…………」
しかし、何も喋ろうとはしない。まだ想定の範囲内、いつかは何かを話す気になるはずだとルカリオは思い、質問を変える。
「そしたら質問を変える。俺を殺してメリットでもあるのか?」
実はルカリオが1番気になっていた事を質問に出した。自分に殺されるような理由がないとすれば、相手が自分を殺すことで何らかの利益を得ること以外考えられなかったのだ。
「…………」
だがまたしても沈黙を続けるジュプトル。彼らに捕まってからというものの、一言も言葉を発しようとしない。それどころか、逃げようと暴れたりもしないのだ。
この様子にルカリオ達も首を傾げるしかなかった。逃げるチャンスを窺っているのか、それとも気持ちの整理がつかないのか、いずれにせよ十分警戒する必要があると再確認する。
「あんまり気が進まねぇが、あまりに沈黙してるとぶん殴るからな」
ここで自分の短気さを思い知らせるような発言をした。力を入れた拳をジュプトルに見せ付ける。これくらいの脅しでは何も喋らないとわかっていても、理性が少しずつ抑えられなくなっている彼はこうする他なかった。
それから1時間後、何度も質問を繰り返すルカリオであったが、ジュプトルの口は一向に開かない。その間にヒトカゲも帰ってきたため、ジュプトルを捕まえた時と同じ地点に戻っている。全く以って意味のない時間だったのだ。
「強情な奴だなこいつ……何も吐こうとしねぇな」
バンギラスは溜息雑じりにそう呟く。疲れてきたのか、構えていたツメがだんだん下がってきているのがヒトカゲに見えた。
見張りの手が緩んでいるこの隙に、誰かを攻撃して逃げることもできるだろう。ジュプトルにとっては容易いことだろうが、それでも逃げない。それには訳があるのではないかと推測し始める。
「……だったら吐かせるまで!」
刹那、ルカリオが叫んだ。苛立ちが頂点まで達したのか、とうとうジュプトルの顔を殴ってしまう。バキッという乾いた音だけが辺りに響き渡る。
当然だが、ヒトカゲ達は突然の事に驚く。慌てて止めに入ろうとするが、「止めるな!」とルカリオは一喝。その声を聞いて本能的に足止めされてしまった。
「おい、言え! 俺の親父と何かあるんだろ!? だから俺を狙ってるんだろ! 吐け!」
「…………」
今の一撃で口の中が切れ、口から血を流しているジュプトル。それでも堅く口を閉ざしたままだ。敵であるにもかかわらず、ヒトカゲは少し心配になる。
「ル、ルカリオ、ちょっとやりすぎじゃ……」
「冗談じゃねぇ! 俺はこいつに殺されかけてんだ、やりすぎも何もあるか!」
止めるようにアーマルドは促したが、聞く耳持たずといった状態だ。冷静さを失い、怒りがルカリオの心を支配している。
父親の事についても幾度も頭を過(よ)ぎる。一刻も早くこいつから父親の情報を聞き出したい、その気持ちも彼の殴るという行為を後押しする。
ルカリオの尋問、ジュプトルの沈黙、そしてルカリオによる殴打。この一連の流れは数度続いた。正気に戻った時には互いに息を切らしていた。
正気に戻ったとはいえ、同情する余地はないという思いは消えていない。若干苛立ちが残っているルカリオはジュプトルを睨んだ後に舌打ちし、背を向けた。
「もういい。明日警察に突き出して、そこで喋ってもらう」
拷問は断念する形となった。しばらくはバンギラスとアーマルドが見張ってくれることになったので、ヒトカゲとルカリオが先に仮眠を取ることに。
いつものように、ルカリオはカバンからある物を取り出す――父親から預かっている、神秘的な水晶のような玉だ。それを首にかけようとするところを、ジュプトルは偶然目にした。
「…………!」
その瞬間、ジュプトルの顔つきが変わった。その眼は、長年捜し求めていたものが見つかったときのそれと同じだ。目線を離そうとしない。
都合のいいことに、バンギラス達の注意が少し薄らいでいる。隙を見て、ジュプトルは腕にある葉のような器官に力を込めると、縄を切ることに成功した。
「あっ、てめぇ!」
バンギラスが気づいたときには、既にジュプトルはルカリオの背後まで迫っていた。その気配に気づき、ルカリオは回し蹴りをするが、難なくかわされる。
「どういう事だよ? 今まで黙ってた奴が何でいきなり逃走を図ろうとする?」
今度は冷静に対応するルカリオ。腕組みしながらジュプトルを睨みつける。完全に回復していないジュプトルは呼吸を乱しながら、静かに呟く。
「……やはりお前が……」
「やはり? 何が言いたいんだ?」
「……返せ!」
そう叫ぶと同時に、ジュプトルはルカリオに向かって飛び掛る。だが先程受けた攻撃のせいで、全身に鈍い痛みが走った。その場に跪(ひざまず)いてしまう。
沈黙を通し続けていたと思ったら、再び攻撃を仕掛けてくる。ただならぬ様子にヒトカゲ達は混乱していた。何を考えているのか全く検討がつかなかったのだ。
そうこうしているうちにジュプトルはゆっくりと、自分を奮い立たせいるように立ち上がり、辛そうな表情を浮かべながら、こう言った。
「……『グロバイル』へ来い。そこで全てを終わらせる」
それだけ言うと、残っている力を振り絞って全速力で逃げていった。ヒトカゲ達は追おうとしたが、それをルカリオが止める。「おそらく今の奴には戦う気力がない」とのこと。
「な、なぁ、グロバイルって、こないだの……」
自分の記憶を再確認するかのようにアーマルドは言う。バンギラスは何の事だという顔をしているが、彼以外はその言葉をしっかりと覚えていた。
「あぁ、あのミュウが言っていた言葉だな。間違いねぇ」
「ミ、ミュウだと!?」
話についていけないバンギラスが説明してくれと言ったので、ヒトカゲがそれまでの経緯を説明し始めた。何かのキーワードとなっていた『グロバイル』、それがジュプトルの口から出てきたことを。
「……っていうわけなんだ」
「そういうことか。だが何でミュウがいきなり現れて『グロバイル』なんて言ったんだ?」
「そこが謎なんだよ。でもグルって可能性はなさそうだしな……」
バンギラスの問いに、ルカリオは手を顎につけて考え込む。だがわかったことは、ミュウが言っていたことが本当であった事だけだ。
知恵や経験を持ち寄っても答えが出るようなものでもない。それを先に悟ったのか、アーマルドが1歩前に出てみんなに話しかける。
「『グロバイル』って、おそらく地名だろ? 考えるより行った方が早いぜ、きっと」
おそらく、アーマルド自身が活動的な言葉を言ったのはこれが初めてだ。そのせいか一瞬驚くヒトカゲ達だったが、すぐに首を縦に振った。
「うん、行こう、グロバイルへ。そこで全てがわかるんだから!」
「……うしっ、あいつから来いって言ったんだ。行ってやろーじゃねーか!」
意気揚々とヒトカゲとルカリオが声を張った。アーマルドも含め3人が気持ちを切り替えて歩き出そうと足を上げたところで、バンギラスに止められる。
「お、おい待て。その前にプテラんとこ行くからな」
『……忘れてました』
夜明けも近い頃、何とか逃げ切ったジュプトルであったが、傷ついた体が限界に達し、その場に倒れこむ。息をするのが精一杯といった様子だ。
起き上がろうとしているのか、それとも怒りをぶつけているのか、手に力を込めて地面をガリガリと削る。
「あいつら……絶対ただじゃ済ませんからな……!」
やっとの思いで立ち上がるも、ふらついてそのまま木にもたれかかってしまった。今のジュプトルの原動力は、ほとんどが復讐心によるものだろう。身体を自由に動かせない程だ。
ジュプトルは俯きながら決意を口にして、その復讐心をさらに強めていった。
「20年前のあの日、ライナスのせいで俺は全てを失った。今度は俺の番だ……お前の全てを、俺が奪ってやる……この世から消してやる!」