ヒトカゲの旅 SE












小説トップ
第3章 改心
第36話 あいつは今
 それから直に、活気ある楽器の音色が辺りに響き渡った。警察官任命式が始まる合図だ。警察学校の敷地内で、今回新たに警察官になるポケモン達の列の中に、バンギラスはいた。

「それでは、学長であるニドキング警視より挨拶を頂きます」

 この学校では、現役の警察官が学長を勤めることになっている。だが学長というのは名ばかりで、責任を負わされる、イベントに出席する等以外は、普通に警察官として勤務しているのだ。

「えー、新しく警察官として任命される諸君。長ったらしい話は嫌いだろうから、さっさと任命しよう。とりあえず、頑張れ!」

 立ちっぱなしのポケモン達を気遣ったのか、ニドキングが面倒くさかったのかはわからないが、本当に一言だけの軽い挨拶になった。ご機嫌な様子でニドキングは定位置に戻る。

「そ、それでは任命を始める。バッジを渡すので、呼ばれたら学長のところに来るように」

 そしてギャラリーや司会も呆れる中、任命が始まった。次々と、ポケモン達の名が呼ばれてはバッジをつけてもらっている。最後の方になって、ようやくバンギラスの名前が呼ばれた。
 よほど緊張しているのか、動き方がロボットそのものだ。その様子をヒトカゲ達はギャラリー席から笑いながら見ていた。あまりに笑いすぎたルカリオはイスから落ちてしまう。

「ラルフと同じ警察官だな。頑張れよ、バンちゃん」
「頑張ります、おじさん」

 ニドキング警視からバッジを受け取るバンギラス。それはまさしく、自分が小さい頃に自分の父親がつけていたものと同じだ。受け取った瞬間、心の中から凄く何かが湧き上がるものがあったという。
 憧れであった父親・ラルフ。今はこの世にいなくとも、彼の思い出の中でその命は輝き続けている。今その父親と同じ道を歩もうとしているバンギラスは、見るからに嬉しそうな表情だ。

「これにて、警察官任命式を終了する!」

 直に、任命式が終了した。ここから先は特に用事もないため、ニドキングがバンギラスと、ヒトカゲ達も一緒に警察学校内にあるカフェテラスへと案内してくれることとなった。



「は? ヒトカゲ、マジで言ってんのか!?」
「うん、大マジな話だよ。ホウオウとディアルガ捜してるの」

 約数ヵ月ぶりの再会となる2人の話は、近況から始まった。当然ヒトカゲがどうしてポケラス大陸にいるのかが気になったバンギラスがその理由を訊ねると、長く、そして驚く程の理由が返ってきた。

「ほぉ〜、それでこいつらと一緒に旅してるってわけか……『こいつら』と」

 バンギラスはルカリオとアーマルドをじっと睨みながらそう言う。朝の一件をまだ根に持っているらしく、まだこの2人の事を良く思っていない。

『す、すみません……』

 さすがに警察官を目の前にしては、2人も謝る以外にできることはない。気まずい雰囲気になりかねないので、ヒトカゲが間に入って話を進める。

「それだけならいいんだけど……もうはや敵が来ちゃってね」
「敵? 何でまたヒトカゲを?」

 バンギラスはヒトカゲが狙われていると思ったようだ。そうじゃないとヒトカゲが訂正して指差した先にいたのは、ちっちゃくなっているルカリオだった。

「こいつが? おい、何したんだよ?」
「いやいや、何もしてねぇよ」

 ルカリオの犯罪を疑うバンギラス。その時ふとルカリオの胸元を見ると、赤い稲妻マークを見つけた。それについて質問すると、いち早く気づいたニドキングが驚いた表情になる。

「お前、まさかライナスのガキ!?」

 ガキと言われあまりいい気分ではないが、とりあえず黙ったまま頷くルカリオ。少し興奮気味のまま、ニドキングは話を続ける。

「そうか……親父さん捜してるんだな?」
「あぁ……警察が捜査を打ち切ったから俺が捜してんだよ!」

 突如、ルカリオはその場に立ち上がって声を荒げる。明らかに怒っているのはその場にいた全員が見て取れた。この際にといわんばかりに、今まで思ってきたことを口にする。

「何で死んだともわかってないのに打ち切りやがって……なぁ、どうしてだよ!? どうして……」

 そう訴えながらニドキングに寄り縋(すが)り、泣き崩れてしまった。こんなルカリオを見るのはヒトカゲ達も初めてだ。誰にも言えずにいた、父親への想いが一気に出てしまったようだ。
 怒りや悲しみ、それらが全て入り混じって涙となって溢れ出る。ルカリオの肩に手をやりながら、ニドキングは彼の目線までしゃがみ込み、優しく語り掛ける。

「確かに、我々警察は捜査を打ち切ってしまった。お偉いさんは生存率が皆無だと判断したのだろう」
「ふざけんな! だから……」
「まぁ聞きなさい。だからと言って君の親父さん捜しを止めたわけではない」

 その一言が耳に入ると、流していた涙を止め、ルカリオはニドキングの顔を見上げた。真剣であり、かつ優しい表情がそこにはあった。目を合わせてニドキングが告げた真実は、驚くべき内容だった。

「ライナスは私の親友だ。親友を放ったらかしにするほどバカではないぞ」

 意外にも、ニドキングとライナスは親友であったのだ。事実を明かしたニドキングは、さらにその詳細について説明を始める。

「だが私だけの力では限界がある。そこで、信頼のおける奴らにライナス捜しを手伝ってくれるよう、私は頼んだのだ」

 完全に集中して話を聞いているルカリオ。わずかではあるが、希望が見出せたのだ。自分以外にも、父親が生きていると思ってくれているポケモンがいたことが、彼にとって何よりの救いとなった。

「それは一体、誰に……?」

 逸(はや)る気持ちを抑え切れずに、ルカリオは父親捜しをしてくれている者達について訊ねる。ヒトカゲ達も前のめりになりながらニドキングの答えを聞こうとした。

「ライナスの探検隊“チーム・レジェンズ”に匹敵すると言われている、ガブリアスがリーダーをしている“チーム・グロックス”だ」

 チーム・グロックス――それはガブリアスを中心とした、現時点で右に出る者はいないと言われるほどの凄腕探検家達だ。メンバー編成は明らかにされていないが、ガブリアスを含めて5人という事だけはわかっている。
 チームで固まって行動することはあまりなく、ガブリアスが指示し、仲間が単独で動くことが多い。そして彼らもチーム名を名乗る事はない。

「“チーム・グロックス”……知らん」

 ルカリオは首を傾げながらそう言った。ニドキングはコケそうになったが、ヒトカゲやアーマルド、さらにはバンギラスもポッポも知らないと言う。

「ま、まぁ表向きには有名でないのかもな、ハハ……」

 苦笑いをして、ニドキングはツメで頬をかいた。当然かとも思ったが、彼らが有名な探険家を知らなかったことに少々残念な気持ちになったようだ。

「んで、そのチーム・グロックスってのはどこにいるんです?」
「それなんだが……私にもわからん」

 おもわずもう一度聞き返したくなる答えがニドキングから返ってきた。わからないというのはどういう事なのか、そう訊かれたニドキングは説明をする。

「彼らは常にどこかで活動している。だから所在を特定するのはかなり困難で、誰かからの情報を得るしかないんだよ」

 それを聞いて、つまらなさそうな顔をするルカリオ。どうしようかと考えているところに、自分の前方からあの警察官が歩いてきて、ニドキングに話しかけた。

「それなら、あいつが知っているのでは?」
『……ピジョット警部!』

 ピジョット警部の登場にヒトカゲ達がおもわず声を上げた。「久しぶりだな」と声をかけると、ピジョットはニドキングと話を続ける。

「あいつ……あぁ、プテラか」

 刹那、バンギラスの表情が曇る。実は今、プテラは刑務所を出て、社会奉仕を行っているのだ。いくら改心したとはいえ、自分の父親を殺した犯人をそう簡単に信用したりできるものではない。
 それを知らないルカリオは、プテラに会いに行くと言い出す。本当ならそれを止めたいバンギラスであったが、警察官という立場上、私的理由を持ち出すわけにはいかない。
 だがやはり、気になってしまう。そして少しではあるが、プテラに会って話がしたいという気持ちも出てきている。ダメ元で訊いてみようと思ったのか、バンギラスはニドキングに声をかける。

「……あの、おじさん……」

 そこまで言いかけた時だった。ニドキングはバンギラスの方に手をむけ、それ以上言うなという素振りを見せた。そして、ニドキングは大声でこう告げた。

「バンギラス巡査。カレッジ圏外での捜査命令を下す。捜査内容は……“チーム・グロックス”の居場所を特定すること。そしてプテラから情報を聴取すること」

 ニドキングにはバンギラスの考える事がお見通しだった。だから命令という形でバンギラスを自由にさせてくれたのだ。目からほろりと涙が落ちる。

「……了解!」



 翌日、彼らは警察学校前にいた。ヒトカゲ達の準備はとっくにできていたが、バンギラスの方が慌しく荷物の確認をしている。

「手帳入れた? ハンカチは? 道具は? 食料は? おじさんの写真は?」
「あーっもうちょっと黙っててくれよ! わかんなくなるだろ!」

 何かと心配なポッポは気を使ってあれこれ言うが、内容が多すぎてバンギラスにはお経のようにしか聞こえていない。なるべく聞かないようにして荷物を整理する。

「……うしっ、準備完了! ヒトカゲ、OKだぜ」
「うん、じゃあ行こっか!」

 旅の支度ができ、出発できる状態になった。さて行こうとなった時に、ふとバンギラスは声を掛けられる。後ろを振り向くと、ピジョット警部、ニドキング警視、そしてポッポがこちらを見ていた。
 互いに何も言わず、敬礼を数秒間行った。その表情は真剣そのもの。警察官として初めての仕事でもあり、今後の人生にも影響しかねない事であるからであろう。

「じゃ、行ってくる!」

 そういい残し、バンギラスはヒトカゲ達と一緒に歩き始めた。こうしてヒトカゲ達の旅のお供に、今度はバンギラスが加わったのだ。

■筆者メッセージ
おはこんばんちは、Linoです。

最近、拍手メッセージをいただく機会が増えました。ありがとうございます。1つ、「SEって何の略ですか?」って聞かれたのですが、SE第1話の最後(このメッセージ欄)に書かれてますよ! お読みになって!

さて、バンちゃんも旅のお供に。そして1年ぶりに、プテラへ会いに。かつての敵と面と向かう時、どんな気持ちになるでしょうか。バンちゃんやプテラの対応がどういうものになるでしょうか。
Lino ( 2014/01/24(金) 04:26 )