第34話 個別の特訓
成り行きで出会ってしまったとんでも野郎、バシャーモ。そして促されるままに特訓をすることになったヒトカゲ、ルカリオ、そしてアーマルド。彼らの特訓はすでに始まっていた。
「おら、もっと早くしろ!」
威勢のいい掛け声をかけるバシャーモの目線の先には、走らされているヒトカゲ達の姿。「まずは基礎体力の強化だ」と言われ、同じ場所を何周も、一定のペースを保ちながら走れと命令されたのだ。
「もう何十周したと思ってんだよ! ったく!」
「なんだと!? お前だけもう10周だ!」
もう勘弁とばかりにルカリオが不満を漏らしたばかりに、彼だけもう10周追加されてしまった。ヒトカゲとアーマルドが疲れてその場に座っている間、ルカリオだけ短距離走並みの速さで走らされた。
「つ、次は何するの……?」
息を切らしながらヒトカゲが訊ねると、腕組みをしたバシャーモが次の特訓メニューを2人に告げる。この間、ルカリオはまだ走っていた。
「次は個別に俺様が鍛えてやる。まずヒトカゲ、お前からだ」
できれば休みたいと思っていたが、せっかく特訓してくれているのだからいい子にしてようと、あたかも、いつもの行いを反省しているかのように心の中で呟くヒトカゲ。実際は本人以外わからない。
「はぁ、はぁ……よ、ようやく終わったぜ……」
ちょうどそこに、追加10周を走り終わったルカリオが、ぜえぜえと息苦しさを全面に出しながら戻ってきた。しかしバシャーモは無視、ヒトカゲも気づいていない。唯一アーマルドが声をかけてくれたが、「お疲れ」の一言だけだった。
「じゃあヒトカゲ、本気でかかって来い」
「わかった!」
本気でいいと言われ、ヒトカゲは正直に全力投球で向かっていこうと考えた。両手を合わせ、瞼を閉じ、強く念じ始める。そう、ヒトカゲがやろうとしているのは、詠唱だ。
【紅蓮の炎を操る……】
「ちょっと待った」
突如、バシャーモによってヒトカゲは詠唱を止められた。ヒトカゲを中心に巻いていた渦が治まり、独特のオーラも消え去った。どうして止めたのかを問うた。
「何かあったの?」
「以前、聞いたことがある。何かを唱えると強くなるポケモンがいるっていう話を。お前の事だったのか」
どうやら、ヒトカゲの事が徐々に知れ渡っているようだ。どうやってバシャーモが知ったかは知らないが、“ブラストバーン”を使えることまで知っていた。
「だがその力に頼りにしすぎるのもどうかと思う。確かに強くはなるが、お前自身の土台がぐらついていては、真の力を発揮できないのではないか?」
この理論は筋が通っている。強い力を手に入れても、それを使う者次第では生かすことにも殺すことにもなる。その者がしっかりと下積みをしていれば思いがけない力を発揮することが可能だが、そうでなければ自分自身の持つ容量(キャパシティ)を超え、その身を滅ぼすことになるのだ。
もちろんヒトカゲの詠唱もこれに当てはまる。ヒトカゲの体で発せられる“ブラストバーン”は普通、ヒトカゲの体で放つには耐えられないもの。それ故体力の消耗が著しく激しくなるため、ふらふらになったり、意識を失ったりするのである。
「わかった、詠唱なしでやってみるよ!」
その事を1番よく知っていたヒトカゲは、すぐに返事をした。そしてバシャーモから言われた特訓の内容は、「ずっと“かえんほうしゃ”を放ち続けろ」というものだった。
「1秒でも長く放つ練習をしろ。そうすれば容量は増える」
バシャーモの言葉に強く頷くと、ヒトカゲは近くにある岩壁に向かって炎を放ち続ける練習を始める。次にバシャーモは、ルカリオとアーマルド、2人同時に呼び出した。
「お前達には、コンビ技を習得してもらう」
『コンビ技?』
聞き慣れない言葉に2人は首を傾げる。ちなみにコンビ技というのは、2人以上のポケモンで協力し、より強力な技を出すことを指す。
「お前達で力を合わせて、俺様に強力な1発をお見舞いしてみろ。いいか、“2人で”だからな」
強く念を押すようにバシャーモは言う。戸惑いながら、まずは考えてみようということで、ルカリオとアーマルドは話し合いを始めた。
「コンビ技って言ってもなぁ……アーマルド、お前“シザークロス”と“ロックブラスト”以外に何か使えるのか?」
「俺? 大体の技は覚えてるけど?」
まさかの発言に大声を出して驚くルカリオ。しかしそれなら技を考えるのが大分楽になったと感じ、あれこれと自分達のできる技を頭の中で組み合わせていく。
威力が上がりそうな構成、自分達ならではの技の構成、どれがいいのだろうと考えていた時、姿勢が悪かったせいか、ルカリオの肩に激痛が走った。
「痛っ!? くっそ、何だって俺が真剣に考え事してるっつーのによ……」
よほど痛かったのか、ルカリオは肩を押さえて痛みが止むのを待っていた、その時だ。その様子を見ていたアーマルドが何かひらめいたようで、顔を上げた。
「それ! それだ!」
「……はい?」
「よし、大分長く出るようになったな。常に一定の量で炎を出せる練習をしろ」
ヒトカゲの特訓の様子を見ていたバシャーモが次の指示を出す。ヒトカゲは自信のありそうな顔をして頷き、特訓を再開した。
「おいバシャーモ!」
威勢のいい声で名前を呼ばれたバシャーモが振り向くと、そこにも自信満々といった顔つきになっているルカリオとアーマルドがいた。どうやらコンビ技が完成したようだ。
「もう思いついたのか、なら俺様にその一撃を加えてみろ」
そう言うと、バシャーモは両手をいっぱいに広げて立ち竦んだ。自分からは一切攻撃をするつもりはなく、とにかく技の完成度を見たいということらしい。
「いいか、アーマルド? さっきの通りにいくからな」
「わかってる。そっちこそしくじるなよ」
お互いに頭の中で先程までやっていた練習を念入りに思い出す。しくじればコンビ技ではなくなってしまう、2人の気持ちが一体とならなくては完成しないことは練習中に理解している。後は信じてやるだけだ。
『せーのっ!』
掛け声と同時に2人はバシャーモに向かって走り始めた。横一直線に並び、足並みも揃っている。息はピッタリのようだ。
バシャーモの姿が近づくにつれ、緊張感が募っていく。だがもう後戻りはできない。バシャーモのところに辿り着く寸前に2人は構え、走りながら攻撃をくりだした。
「“シザークロス”!」
「“はどうだん”!」
アーマルドが“シザークロス”、ルカリオが“はどうだん”をほぼ同時にくりだした。このくらいなら耐えられると思っていたバシャーモだが、彼が想像していたようにはいかなかった。
「……ぐうっ!?」
物凄い激痛が体に走ると同時に、軽々と後方へ吹っ飛ばされてしまったのだ。背中を木に打ってようやく止まったが、その木は簡単に折れてしまった。
技の具合を見ていたが、練習通りできたようで、2人はハイタッチを交わして喜んだ。しばらくして何とか戻って来たバシャーモは、2人にこの技について訊ねる。
「こ、これは凄いぞ。威力が半端じゃない。だが“シザークロス”と“はどうだん”だけでどうやってこの威力を……?」
「自分の腹、見てみろよ」
ルカリオにそう言われ、バシャーモが技の当たった自分の腹を見た。そこには、×印と、その交点に火傷のような跡が残っていたのだ。これを見て、バシャーモはこのコンビ技の正体を見破った。
「そうか、『撃力』か!」
撃力――それは打撃などによって瞬間的に物体に作用する、とても大きな力のことを指す。それを利用した技だったのだとルカリオとアーマルドは言う。
まずはアーマルドが“シザークロス”で攻撃。そしてその攻撃の瞬間にルカリオがバシャーモにつけられた×印を見極め、その中心に至近距離から“はどうだん”を放ったのだ。バシャーモにとっては体がちぎれる程の勢いで殴られた感覚だったようである。
「これがあれば、どんなに強いポケモンでも怯むはずだ。俺様をここまで驚かせるとは……やはり只者ではなかったな」
やられた奴にカッコいい決め台詞を言われ、ルカリオは少々悔しい思いをする。
(……俺にも、できることができた。戦いで役に立てることができるかもしれない)
その一方で、アーマルドは歓喜していた。旅に出てから、まだ戦いで手助けすらできていない自分に悔しさを感じていたのだ。それが今回の特訓によって払拭され、自信に繋がったと後に語る。
「さて、俺様の特訓は終わりだ」
夕方になり、バシャーモはみんなを集めて話をする。特訓と言ってもバシャーモは指示するだけだったので、3人は個人的に技の練習をしたという感覚の方が大きい。
「これで、お前達は正義のヒーローの仲間入りだ。悪事を働く者に正義の鉄槌を下せる」
結局は仲間が欲しかっただけなのかよという突っ込みを心の中でしたヒトカゲ達。正義のヒーローという名前には嬉しさを感じているようである。
「よし、明日、俺様を隣町まで案内したら、解散だ!」
『やだ』
突如、ヒトカゲ達は案内をしたくないと言い出した。特訓はよかったものの、それ以外は存在すら嫌だと思っていたらしく、思い切って口にした。よほどのショックだったのか、バシャーモの頭に雷が落ちた。
「……困っているポケモンを放っておくとは言語道断! 成敗してくれる!」
変な奴と知り合いになってしまった――3人の頭痛の種がまた1つ、増えてしまった。