ヒトカゲの旅 SE












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第2章 再会
第31話 親の心
 おぼつかない足取りでみんなは病院へと向かった。幸い命に別状はないが、バルとルカリオはかなり体力を奪われたらしく、しばらくは絶対安静と告げられる。
 他の3人は2人から比べて元気がある方だ。とはいえ、今は真夜中。手当てが終わるとすぐに寝入ってしまった。サイクスのいびきが病室内に響き渡る。


 次の日の朝、一番に目覚めたのはアーマルド。まだ少し体が痛いのか、起き上がるのが辛そうだ。その足で真っ先に向かったのは、ルカリオが寝ているベッドだ。

(いくらルカリオでも、あの炎じゃ相当辛かっただろうな……)

 はがねタイプを持つルカリオにとって、炎は厄介なもの。しかもガバイトは威力の高い“だいもんじ”を放った。それで体が悲鳴上げないはずがないとアーマルドは心配する。
 ルカリオの顔を覗き込もうとした時、ちょうどルカリオが目を覚ます。半目の状態で見えたのは、普段より大きく見えるアーマルドの顔。それがはっきりアーマルドだとわかると、ルカリオは飛び起き、咄嗟に身を引いた。

「な、何、どうした?」
「……お前には前科があるからな」

 過去にルカリオはアーマルドのドジによって痛い目に遭っている。それを思い出したおかげで身の危険を察知し、反射的にアーマルドを避けたのだ。

「それより、絶対安静じゃなかった?」
「……あのさ、先に言ってくれよ。結構痛いんすけど……」

 今頃になってルカリオの体が痛み出す。そんな事をしている間に、ヒトカゲとサイクスも目を覚ましてしまった。しかし2人はベッドから出たくない様子で、かけ布団を取ろうとしない。

「おい、起きろよ」
『や〜だ〜、まだ出たくない〜』

 ヒトカゲとサイクスは声を揃えて言う。しかしそういうわけにもいかないため、アーマルドは2人をベッドから出すための、とっておきの言葉を告げた。

「もうすぐ朝御飯の時間だと思うよ」
『はい、起きますっ!』

 その言葉が耳に入ってから1秒もかからないうちに2人はベッドから出た。ルカリオとアーマルドは似た者同士のこの2人を呆れた目で見ていたが、だからサイクスがヒトカゲの兄的存在なのだろうと思ったようだ。


 朝食後、4人は依然目を覚まさないバルの周りに集まる。ヒトカゲ達が心配そうに見つめる傍ら、サイクスだけは頬杖をつきながら考え事をしている。

「……何で親父、そんな大事なモンを俺に預けたんだろ?」

 いくら考えてもそれらしき理由が思いつかないサイクス。深く息を吐いたその時、バルが唸り声を上げた。どうやら目を覚ましたようだ。
 4人が顔を覗き込むと、バルはちょうど目を開けようとしているところだった。そして半分目が開いたところでバルの目に真っ先に入ってきたのは、息子であるサイクスの顔だった。

「……サイクス……」

 真っ先に自分の名前を呼ばれたサイクスは動揺するも、父親の方へさらに近づいた。今は恨みも何もない。ただただ心配するばかりだった。

「まず、お前に謝らなければな」
「謝るって……?」

 バルの口から出た、謝罪を示唆する言葉。サイクスはそれに耳を傾けると、数年間想い続けてきた父親の事が全て違う方向を向いていたことがわかった。

「お尋ね者としてお前を捜し出し、カードを奪還しようとした事を、ずっと詫びたいと思っていたのだ」

 みんなはその言葉に驚かされると同時に、サイクスの言っていたことが間違いだということに気づかされた瞬間だった。まだ何のことかはっきりわからないサイクスはバルに説明するよう言う。

「私は数年前、ある探検家から依頼を受け、『赤の破片』を護るための場所を造ってほしいと言われて、その施設と鍵を造った」
「そ、その探検家って……」

 おもわず身を乗り出してルカリオは真剣な表情で訊ねた。その態度を不思議がるバルであったが、そこまで気にすることなく答える。バルから返ってきた答えは、彼の予想通りであった。

「名はライナス。お前と同じルカリオだ」

 やっぱりと言った顔をするルカリオ。だがそれ以上は、何故そんな依頼をしてきたのかということも含めて、何も情報を得ることはできなかった。さらにバルは続ける。

「そしてブラックカードとして私が鍵を使用していれば、気づかれるはずはないと確信していた。ずっと持っているものだからな」

 しかし、サイクスが間違ってそれを持ったままこの会社から出て行ったことに気づいたバルが、世間に内密に、かつ行方を確実に掴むために探検家達を使って手配したのだという。それでもまだ納得のいかないサイクスは、さらにバルを追求する。

「じゃあ後継ぎの騒動は何なんだよ? どんな手を使ってでも継がせるっつったから、俺を連れ戻そうと探検家を……」

 それを聞き、バルはまるで観念したかのように、大きく息を吐いた。あまり話したくなさそうにするが、覚悟を決めたのか、ぐっと真剣な顔つきに変え、真相を話し始めた。

「私はお前に後継ぎを無理やりさせようとは思ったことはない。自分の進みたい道を歩ませるためには、親の力を頼らずにやれと私は言いたかったのだ」

 その言葉から、サイクスは全てを悟った。バルは全てを知っていたのだ――サイクスが後を継がないで自分の道を歩みたいということも、そのための勉強をしていたことも。
 親に頼らずやれるか、それだけが心配だったバルは、後を継がせると言い張って自分が悪者に回ることで、わざと自分から引き離そうとしたのだ。後から泣きつくくらいなら最初からするな、そう訴えるために。
 偶然重なってしまったこととはいえ、サイクスはこの数年間大きな勘違いをしていたのだ。親父が本当は自分の事をよく考えてくれていたんだ、それがわかると自然と目からこぼれ落ちる物があった。

「……親父……」

 息子のくしゃくしゃになった顔を見つめながら、そっと微笑みながらバルは本音を語り始める。

「ここを出てった時も私は心配で仕方なかった。数年がかりでも行方が掴めなかったからな。こんな形での再会になってしまったが……嬉しいぞ、サイクス」

 気がついた時には、サイクスはバルに抱きついて泣いていた。そして「ごめんなさい」と何度も言い続けた。自分は何てバカだったのだろう、親の事について何もわかっていなかったと反省するかのように泣き続けたのだった。
 この様子を見ていた3人ももらい泣きをしそうになった。特にアーマルドは羨ましそうに、ルカリオは脳内で自分とライナスに置き換えてその姿を見ていた。自分も親についてわかっている事など少なすぎると思わされ、過去を振り返っている。
 そんないい雰囲気をいとも簡単にぶち壊したのは、もちろんあいつだった。

「おいサイクス、お前そんなに泣き虫だったか? ……って、鼻水を私の体で拭うな! あっ、鼻かむなサイクス! やめなさいっ!」



 しばらくして、気持ちが落ち着いたサイクスがヒトカゲ達の紹介を始める。頭の上には2つほど、バルによってつくられた痛々しいげんこつがあった。

「こいつヒトカゲ。ロホ島にいる弟みたいな奴なんだ。んでこっちはアーマルド。ヒトカゲと一緒に旅してるんだと」

 ヒトカゲとアーマルドは軽く会釈する。バルは1人1人の目を見て会釈で返す。旅の以上は話すと長くなるから後にすることにし、サイクスは残りの1人の紹介をする。

「そしてこいつが、俺が飼ってる犬君。ほら犬君、おすわりは?」
「……2回くらい半殺しにしていいか?」

 ここにきても犬扱いされるルカリオ。怒りのあまりこの場でサイクスに殴りかかろうとしたが、バルの咳払いを聞き、一気に大人しくなった。

「サイクス、ちゃんと説明しなさい」
「はいな。こいつルカリオ。探検家なんだとさ」

 サイクスの説明を聞いてようやく、バルはルカリオがライナスの息子であると推測できたようだ。ヒトカゲ達と一緒にいることから、こう考えた。

「……父親を捜しているのか?」

 まさかの発言に少し驚きながらも、ルカリオは「はい」と返事をする。すると、バルはいきなりどこかに電話を掛け始めた。「あれを持ってこい」と一言だけ言うと、電話を切ってしまった。

「あの、何を……?」

 当たり前だが、その行動に疑問を持ったルカリオが問う。これに対しバルの答えは、これまた驚く内容――願ってもない、嬉しいことであった。

「ライナスが忘れていったものがある。それを渡そうと思ってな」

 驚いている暇もなく、看護師のラッキーが病室に入ってきて「バルさん宛です」と、小さい荷物をバルに渡す。その中から取り出したのは、手のひらサイズのメダルだった。

「これだ。息子の君に預けた方がいいだろう。持っていきなさい」

 バルの手から渡されたメダルをルカリオはじっと見る。メダルに描かれていたのは、葉っぱが3枚のみ。大分古いものなのか、傷や汚れが目立つ。

(何だこれ? 親父が持ってたもんだから、何か大事なもんだとは思うけどな……)

 そう思う反面、忘れていくくらいだから大事なものでもないなと思ったルカリオは、とりあえずバルにお礼を言って、そのままカバンにしまった。


 4日後、ルカリオの退院が許されたため、また旅を再開しようとヒトカゲ達は準備を始めていた。宿で支度をしていると、そこにサイクスがやって来た。

「あ〜、お前らに言っとかなきゃいけないなって思って……」
「どうしたの、バクフーン兄ちゃん?」
 ツメで頬をかきながら、申し訳なさそうな顔をするサイクス。荷物を整理する手を止め、みんなはサイクスの元へと集まった。

「ホントは一緒に行こうかと思ったんだけど、親父んとこにもうちょっといようかなって……」

 なんだ、そんなことかと3人は笑う。まだ入院中のバルに付き添ってあげるは必要だからと言ってサイクスを安心させる。
 だがサイクスが申し訳なさそうにしているのは、それとは別の理由だ。言いにくそうにしていたが、今後のためと思ってちゃんと伝えることにした。

「俺がいねぇから、ブラックカードは使えないぜ?」

『…………』

 また貧乏生活に逆戻りになってしまった3人は、笑いながら涙を流していた。

■筆者メッセージ
おはこんばんちは、Linoです。

とうとう正月休みが終了しました。こんなに悲劇的なことがありますでしょうか。信じられません。しかし卒業がかかっている以上、あと1ヵ月は耐えなければなりませんね。早く社会人になりたいです(

さて、バルとサイクスの暖かい話。追っ手がいたのはカード奪還のため、バルが強引な態度を取ったのはサイクスの想いを図るため。IQが高くても、相手の感情を理解することは容易ではないのです。
Lino ( 2014/01/06(月) 04:12 )