第27話 よく食べ、よく寝ろ
3人は果てしなき道を歩いていた。北へ向かうのはよいが、そこにあるのは1本道のみ。周りには青々しい雑草が生えているだけで、いい加減景色にも飽きてきたようだ。
「ねぇ、次の街までまだ〜?」
歩き疲れたのか、ヒトカゲはぐったりした様子で2人に話しかける。だが、横にいる2人も相当ぐったりしていて、前かがみになりながら歩いている。
「し、知らねぇよ、俺に聞くな……」
ルカリオは弱々しい声で話す。肩から提げているカバンには一応地図は入っているが、今はそれを取り出す気力さえないようだ。
「この様子だと、まだだな……」
その横で、今にも干からびそうな声で話すアーマルド。この3人、朝から何も飲まず食わずのまま数時間以上歩いていたのだ。近くにはきのみどころか川もなく、水すら飲めない状況下だ。
『ふぇ〜〜……』
先ほどの勢いはどこへやら、3人は何とも情けない声を漏らしている。しかし、この3人以外にも辛い思いをしているポケモンがいることに気づいたのは、それから直のことであった。
ぼーっとしているヒトカゲの目に、不自然な光景が入ってきた。草むらの上に、何かがある。それが気になったのか、駆け足でそれに駆け寄る。
そこにたどり着くと、それがうつ伏せで倒れているポケモンであることがわかった。深緑色の毛で覆われた背中で、おそらく自分の約3倍の体格はある。そして可愛らしい耳がついている。
「あれ、もしかして……」
何か思い当たる節があるのか、ヒトカゲはそのポケモンを力の限り引っ張り、仰向けにさせた。そして顔を確認すると、衝撃が走った。
「……ああっ、バクフーン兄ちゃん!!」
ヒトカゲが見たのは、鼻血を出して目を瞑っているバクフーンで、ロホ島に住んでいるヒトカゲの兄的存在・サイクスの姿だった。ヒトカゲの叫び声を聞いて慌てて駆け寄った2人も、驚きのあまり一歩後退してしまう。
「えっ、な、何だこれは……」
「し、死んでるのか?」
よくよく顔を見ると、鼻血を出している以外は目立った外傷もなかった。それでもやはりこんな状況で心配しない人はいない。ヒトカゲはとにかくサイクスの体を揺さぶった。
「起きて! 起きてってば!」
胸倉あたりを掴んで大きく体を揺さぶると、そこに待っていたのは何ともベタな展開であった。
「……zzz……」
サイクスから聞こえてきたのは、何とも気持ちよさそうな寝息。それを聞いた3人は何ともいえぬ表情のまま固まってしまった。
「……ん〜、ほぇ?」
そういているうちに、サイクスの目が半開きになった。どうやら眠りから覚めたようだ。むっくと起き上がり背伸びをしている。
「あ〜寝ちゃっ……あれ、ヒトカゲ?」
まるで何事もなかったかのようにヒトカゲを呼ぶサイクス。もちろん彼の鼻には鼻血がついたままだが。それに突っ込まざるを得ないヒトカゲは恐る恐る訊いてみた。
「そ、それ、それ……」
「ん? それって……あれ、鼻血!? 何でこんなに!?」
ヒトカゲに言われて鼻に手を当ててみると、手にべっとりと血がついていた。最初はどういうわけかわからず戸惑っていたが、すぐにその原因がわかったようで、手を叩いて納得する。
「これ、たぶんさっきピーナッツいっぱい食った後にめっちゃ走ったから、血圧上がったんだわきっと」
『ピ、ピーナッツ?』
よりにもよって原因がピーナッツだとは誰も信じたくなかったのだろう、サイクス以外の3人は顔を見合せている。さらにサイクスは続けて説明する。
「んで気持ちいいから昼寝しちゃってさ、寝ている間に出たんだな、鼻血♪」
すごく心配したのに、とヒトカゲは半分呆れていたが、サイクスの笑い顔を見ているとそれもどうでもよくなってきたようだ。
「ま、それよりもさ、俺この血何とかしたいからさ、さっさと次の街行こうぜ」
一応止まってはいる鼻血だが、顔についているものだけでも量的にはかなりある。よく死ななかったなと3人は思いつつも、元気に歩きだしたサイクスを追いかけ始めた。
「ぷはーっ! 気持ちいぃ〜♪」
街の少し手前で川を見つけ、4人はそこで休憩をとることにした。サイクスは鼻についた血を洗い流し、ヒトカゲ達は水を飲んで元気を取り戻している。
「やべ〜生き返る〜!」
たらふく水を飲んだ3人は幸せそうな顔をして芝生の上に仰向けに寝転んだ。そこにサイクスも混じって仰向けになる。空を見上げると、太陽の周りを回るようにオニドリルが飛行している。
「ところでさ、お前ら誰だっけ?」
今更になって、サイクスはルカリオとアーマルドについて興味が出てきたようだ。突っ込みたくもなるが、そこは抑えて自己紹介をする2人。
「俺はルカリオ。探検家で、ヒトカゲと一緒に旅してるんだ」
「俺、アーマルド。よろしく」
一通り自己紹介を終え、今度はサイクスの番になった。身軽に起き上がって背中についた土を掃うと、胸に拳を当ててカッコつけながら自己紹介を始めた。
「俺はヒトカゲのお兄ちゃんみたいな存在のポケモン、バクフーンのサイクスだぜ!」
ちょっと自慢気な顔をしてサイクスはそう言ったが、重大なミスを犯していた。普段は名乗ることのない本名“サイクス”までうっかり言ってしまったのだ。
「……げっ!? 言っちゃった!?」
慌てて言い訳しようとしたが、その時にはもう遅かった。サイクスは恐る恐るルカリオとアーマルドの顔を見ると、2人は口を開いたまま固まっていた。
しばらく沈黙が辺りを支配した。直にそれはルカリオによって破られたが、その口から語られたのは、ヒトカゲも知らない事実であった。
「サイクスって……見つけたって情報だけで数千万ポケ払ってくれるほどの懸賞金が掛けられてる、あのサイクス!?」
それを聞くと、サイクスは顔を逸らしてしまった。ばつの悪そうな顔をし、小さく舌打ちする。ヒトカゲはこれに戸惑い、どういうことかをルカリオに訊ねた。
「ね、ねぇ、懸賞金って何?」
「詳しくは知らねぇけど、探検家の間ではかなり有名だぜ。サイクスって名前のポケモン見つけたら大金だってな」
それに続けてアーマルドも、自分が知っている“サイクス”の情報を話し始める。
「……前にさ、『サイクス』って名前のポケモン知らないかって、訊かれたことあったよ」
2人の話が耳に入っているのかいないのか、サイクスは黙ったまま動こうとしない。額からは汗が滲み出て、それが集まって流れ落ちる。
明らかに様子が変だ。ヒトカゲが心配になってサイクスの手を引っ張って呼びかけるが、本人は反応すらしない。
その時だった。街の方向からポケモンの集団がこちらに向かってきていた。その中の1人がこちらを指差しながら、大声を張り上げる。
「おい、いたぞ! あいつがサイクスだ!」
その声に気づいて後ろを振り向くと、遠くにポケモン達が5人、6人……それ以上いた。それを見るや否や、サイクスはさらに慌て出した。
「頼む、俺と一緒に逃げてくれ!」
『え、逃げろって!?』
「後でちゃんと説明すっから! 猛ダッシュで行くぞ!」
刹那、サイクスはヒトカゲを背中に乗っけて走り出した。訳もわからぬままルカリオとアーマルドも駆け足でサイクスの後を追うようについていった。
「あっ、逃げるぞ! あいつらを追え〜!」
集団のリーダー格らしきポケモンが残りのポケモンに指示を出す。威勢のいい掛け声と共に、全員がサイクス達を追い掛け回し始めた。
約10分後、全力疾走で何とか次の街『アイスト』に到着したサイクス達。路地裏に潜んでどうにかサイクスを追いかける集団を巻くことができ、ほっと胸を撫で下ろす。
「ねぇバクフーン兄ちゃん、あいつら誰なの?」
心から心配そうにしているヒトカゲが思い切って訊ねてみた。それに対してやはりたじろぐサイクス。目を泳がせていると、ルカリオと目が合ってしまい、さらに驚く。
「何を隠してんだよ? 俺らに言えねぇほどまずいことしちまったのか?」
「あ、いやそれは……言えねぇ! 絶対言わねぇ!」
サイクスは質問に答えるのを頑なに拒否する。壁側に追いやられても一切口を割ろうとしない。明らかにいつものサイクスでないとヒトカゲは感じ、余計心配になる。
「お願い、知ってること話してよ」
少々涙で潤んだ目をしながらヒトカゲが言う。元々優しい性格のサイクスがこれを見て何も言えないはずがない。徐々に彼の気持ちが揺れ動く。
「……ふぅ、わかったよ。全部話すよ」
ようやく決心したのか、脱力気味にサイクスが言った。まるで真相を暴かれた殺人犯のように、その場にうなだれるように座り込む。
「その代わり、絶対誰にも言うなよ。表沙汰にしたくねぇことだからよ」
そう言うと、静かに、そして聞こえるか聞こえないかくらいの小さい声で、サイクスは事の真相をヒトカゲ達に話し始めた。