第26話 新たな情報
結局、天井の修理代が払えない3人は1日中宿の掃除をすることで管理人に赦してもらうことになった。そのせいで1日余計に滞在することとなり、3人とも溜息しか出ないようだ。
「そういえば、ジュプトル捜しどうしよう?」
床を磨きながらヒトカゲが言う。その言葉に一瞬つまずくルカリオ。やっぱりあの事を話すべきだろう、ちゃんと説明しなきゃいけないなと思い、打ち明けることにした。
「……実はな、俺、昨日会ったんだわ」
その一言にヒトカゲとアーマルドは掃除の手を止めた。どういうことかと訊かれ、ルカリオはありのままに話し始める。もちろん、あの事も。
「……で、聞いてくれ。俺、どういうわけかわからんが……ヒトカゲと同じように、詠唱技ができちまったんだよ」
『えっ、ええぇっ!?』
この日一番の大声を上げて驚く2人。特にヒトカゲの受けた衝撃は大きい。自分以外のポケモンが詠唱をできるなんて誰からも聞かせられてないため、当然ながら詠唱ができるのは自分だけだと思い込んでいたからだ。
「頭ん中にいきなり言葉がすらすらと出てきてよ、何が何だかわからないうちに力が漲(みなぎ)ってきたんだ。だけど何で俺が……」
何より一番不思議がっていたのはルカリオだ。20年以上生きていてこんな経験はなかったという。夢ではなかったかと疑心がつのり始めてきたからか、ルカリオはすっくと立ち上がり、ここで詠唱をしてみることにした。
【無辺、時に切り立ち大地よ 静寂、時に荒々たる海原よ そこから得ん万物が持ちし躍動よ 我が命に従いて 我が手に集いて力となれ】
この感覚だ――全身の毛が逆立ち、どこからか未知なる力が湧き上がるのを感じていた。それは傍で見ていたヒトカゲ達にもわかったようだ。ルカリオは詠唱技が使えるポケモンの1人であると。
「ホントだ! でもよかったよね、今以上に強くなれるんだからさ!」
「だよな。ちょっと羨ましいくらいだ」
ルカリオが何故詠唱をできるかは別として、これは今の彼らにとって願ってもない恵み物である。まだ使いこなせるわけではないが、いずれ詠唱になれれば、ジュプトルやその他の敵に勝てる確率が上がることは目に見えている。
「そ、そっか。そうだよな。よ〜し待ってろジュプトル、ぜってーボコってやっからな!」
「……誰をボコるんだい?」
そこにやってきたのは、宿の管理人であるモンジャラだ。声色からして怒っているようだ。モンジャラが見たのは、掃除用具がその辺に捨てられっぱなしの状況だった。
「天井壊しといて掃除をサボる気か――!!」
『や、やりますっ!!』
それから1日後、ようやく解放された3人はグリーネを後にする。あれから警察が規制線を張り、街の中を容易に動くことができなくなったため、ホウオウとディアルガに関する聞き込みを断念せざるを得なかったのだ。
「次はどこへ行くのかな〜」
ヒトカゲは道の看板を探しながら楽しそうに歩いている。あちこち見回しては小石に躓いてコケそうになったり、木にぶつかりそうになっている姿を見ると、ルカリオとアーマルドは微笑む。
「お前って、本当に子供なんだな」
「実年齢が俺ら以上って……想像つかんな」
冷静に考えてみれば少々呆れる部分も出てくるが、それもヒトカゲのいいところだろうと自分達の中に言い聞かせている。親の顔が見てみたいと思う2人であった。
そんな3人の歩いている道の向こう側から、何かが猛スピードでこちらに向かってきているのに最初に気づいたのはアーマルドだ。小さな黒い点が急に大きさを増す。
「あっ、あれ何だ?」
その声に反応してヒトカゲとルカリオも目線を合わせようとしたが、その時には自分達の横を颯爽と過ぎ去っていた。後ろを振り返ると、既にそれは再び点となっていた。
「えっ、何なに?」
ヒトカゲが目を凝らしていると、その点が再びこちらに向かってきた。先程よりはゆっくりしているため、今度は姿を確認することができた。茶色の毛を持つ、獅子のような風格のポケモンはヒトカゲ達の目の前までやってくると、威厳を保ちながら話しかける。
「……まさかここで会えるとはな」
「……エンテイ!」
ヒトカゲ達の前に現れたのは、アイランドの番人の1人・エンテイだった。約1年ぶりの再会に心躍らすヒトカゲとは対照的に、その風貌から高貴な存在であると悟ったルカリオとアーマルドは緊張感を募らせている。
「1年前は悪かったな。私やライコウ、スイクンも任務を優先していてな」
「ルギアから聞いたよ。実は今僕もホウオウ捜ししてくれって言われたの」
これにはエンテイも驚く。おそらくルギアから何も聞かされていなく、ロホ島で平和に暮らしているのだなと思い込んでいたのだろう。
「そうか……」
少し申し訳なさそうに思うものの、ヒトカゲに頼んだということはそれなりの力があると見込んでのことだと理解したエンテイは、小さく頷いて納得する。
「ところで、そいつらは新しい仲間か?」
「あ、うん! 紹介するね!」
そう言うと、ヒトカゲは後ろで緊張して固まっているルカリオとアーマルドを無理にぐいぐいと前へ押しやる。2人の目の前に近づいてきたのは威厳あるエンテイの姿。臆するのが当然だ。
「あっ……えっと、ル、ルカリオです」
「……俺、アーマルド」
ぎこちない返事に対し、「エンテイだ」と軽く返すエンテイ。怯えられるのには慣れているためだろう。逆にヒトカゲのように気軽に話すポケモンの方が珍しいと思っている。
それからエンテイは、どうしてポケラス大陸から離れる方向に向かっていったのかを話す。それによると、ルギアに会うためだという。何かある度1回1回アイランドまで戻っているのだ。
「あっ! そういえばいいものあるよ!」
事情を知ったヒトカゲがカバンから取り出したのは、旅に出る前にルギアからもらった“海神笛”。ルギアを呼ぶための笛を使う時が来たようだ。
ヒトカゲはそっと口を近づけ、笛を吹いてみた。その音色は柔らかくも澄み切った音だ。1分ほど笛を吹き続けたヒトカゲは、静かにその手を下ろす。
「これでルギア様が来るのか?」
半信半疑のエンテイにこくりと頷いて答えるヒトカゲ。その場で黙って待つことにした。
わずか数分後の事であった。エンテイよりも素早く、空からポケモンがやって来た。ヒトカゲ達はそれを見るとすぐに確信した。あれはルギアであると。
「私を呼んだか?」
またしても目の前に現れた高貴な存在を目にし、ルカリオとアーマルドは緊張感をさらに募らせた。心臓の鼓動が大きくなっているのがはっきりわかるほどだ。
「私がルギア様を呼ぶように頼みました」
一歩前に出てエンテイが言う。「何の用件だ」とルギアに訊ねられると、ここにいる全員に聞いて欲しいことがあると、エンテイは一呼吸おき、話を始めた。
「実は、ホウオウを目撃したというポケモンがいまして……」
「本当か?」
「はい、子供だったので嘘ではないかと思われますが……つい数週間前に、北の方角へ飛んでいったという証言が得られました」
何と、実際にホウオウを見たというポケモンがいたのだ。エンテイによれば、グリーネの隣町でつい先日聞いた話で、信憑性も高いという。思ってもない朗報にみんなは喜ぶ。
「よかった、これでホウオウが見つかりそう♪」
大きく両腕を広げてヒトカゲは嬉しそうにする。ただ、北に向かったという情報だけなので見つかるという確証はない。それでも今まで得られなかった有力な情報というだけあって、自然と高揚してしまう。
「そうか……ヒトカゲ、そしてルカリオとアーマルド。これからも頼むぞ」
『了解!』
3人は元気よく敬礼した。神と呼ばれるポケモンに期待されるというのは物凄く気持ちのいいものだとルカリオとアーマルドは実感したようで、嬉しくてたまらないようだ。
「それからエンテイ、この事をすぐにライコウとスイクンにも伝えてくれ」
「了解しました。それでは、失礼します」
エンテイはルギアに向かって頭を下げると、すぐにライコウ達を捜すために走り去っていった。姿が見えなくなるまで見送りすると、ルギアはヒトカゲ達の方を向く。
「ディアルガについては何かわかったか?」
「う〜ん、姿だけわかったけど、どこにいるとかは全く……」
「そうか。私もあちこち見回してはいるが、そう簡単にはいかないな」
軽く溜息をついて残念がるヒトカゲ。その様子を哀れに思ったのか、なだめるようにルギアはそっと言葉をかける。
「リザードンに戻りたい気持ちはよくわかるが、急ぐと返って逆効果だ。焦らず思い続けていれば、必ず会えるはずだ。私も協力する」
それを聞いて気持ちが落ち着いたのか、ヒトカゲは笑みを浮かべる。ルギアに続くように、この2人も励ましの言葉をかける。
「俺らもいること忘れんなよな。少しは頼りにしろよな」
「できること、俺らなりにやるからさ。頑張ろうよ」
ヒトカゲが振り向くと、優しい表情のルカリオとアーマルドもいた。こういう場面だからか、いつもより逞しく、そして頼りがいのあるように見えている。
「そうだよね。じゃあ見つかるまでずーっと一緒にいてもらうからね!」
ふざけて上から目線の態度をとってみたヒトカゲ。それに応えるように笑いながらヒトカゲの頭を殴るルカリオ。その様子を見て笑うアーマルド。この3人がいれば大丈夫だろうと、傍からみていたルギアは思ったようだ。
「では、失礼する!」
地面を強く蹴って空高く舞い上がると、ルギアも北の方角へ向かって飛んでいった。しばらくしてから、元気な掛け声と共に、3人はルギアを追いかけるように北へ向かって走り始めた。