第23話 犯人捜し
日が暮れるまで、3人は各々ジュプトルについて情報を聞いたり捜したりしていた。身を隠していられそうな宿屋を中心に回るも、その場にいるどころか、そこにいた形跡すらない。
ヒトカゲ、ルカリオ、そしてアーマルドが必死に捜し回っても、その姿を見つけられずにいた。それもそのはず、この3人は尾行されていたのだ――彼らが血眼になって捜している、ジュプトル本人によって。
先程のポケモン達の集まりの後方でその様子を確認していると、偶然ルカリオを発見してしまったのだ。それと同時に、ヒトカゲとアーマルドがルカリオの連れであることが発覚してしまう。
「あいつの仲間か。まぁいい。何かあればその場で口を塞げばいいだけの話……」
ジュプトルはそう呟くと、物陰に隠れてヒトカゲ達の行動を見張っていた。そう、彼らが作戦を立てていた時には既に行動を把握されていたのだ。籠の中の鳥状態である。
ヒトカゲ達がばらばらに分かれて行動した時には、ルカリオだけをつけていったジュプトル。よほど彼に対して何かがあるのだろう、その目つきは鋭い。
ジュプトルがルカリオの事を殺害しようと計画したのはつい最近の話だ。今日までに殺したポケモンの数は4人。フォレトス、ヨノワール、ヤドラン、そして今回のエレキブル。
もちろん何かしらの想いがあって殺害したのだろうが、まだ殺害していないルカリオに対する想いは特に強い。
それ故、ルカリオの殺害が彼の最優先事項になっていた。頭の中でその事を考えれば考えるほど、怒りのような感情が溢れ出てくる。そうすると余計に殺意が強くなるのだ。
「ルカリオ。生まれてきた事を後悔するんだな。自分の運命が……末路が……哀れなものになることを後悔するのだ――」
一体何が彼をここまで狂気に満ちたポケモンに変えてしまったのだろうか。それは今のところ本人以外、知る者はいない。
日が暮れると、ヒトカゲ達は1度集合場所に戻る。お互いに成果を報告し合うが、当たり前のように首を横に振って答える。そして同時に溜息を漏らす。
「ま、そんな簡単に見つけられねーよな。この街を出た可能性だってあるわけだしな」
そうは言うものの、ジュプトルに1番接触したいのはルカリオである。こんな真剣な空気の中、ぐうという音が3人の耳に入ってきた。もちろん、これは空腹時になる音だ。
「……休憩にしないか?」
お腹が鳴ったのは珍しくヒトカゲではなく、アーマルドだった。一気に場の空気が和み、ヒトカゲとルカリオが笑い出す。恥ずかしそうにアーマルドは顔を赤らめる。
「僕もお腹減っちゃった〜。何か食べて一服しようよ!」
「そうだな。よしっ、飯食いに宿に戻るか!」
3人は休憩をとるため、一旦宿へと戻っていった。この様子も、後ろからジュプトルにしっかと見られていることも知らずに。
「はぁ〜、ゴーストから食べ物もらっといてよかったぁ〜」
部屋についた3人はすぐさま食事にありつく。ゴーストから頂戴したきのみやお菓子などをほおばりながら、お互いに雑談を交わす。
「そういやさアーマルド、前にもいったけどさ、お前喋るようになったよな」
「……えっ?」
ルカリオにそう言われ、アーマルド自身気づかされたようだ。自分でも気づかぬうちに自然と口が開くようになっていたらしく、今更ながら驚いている。
「そうだよね。僕達が最初に会った時なんか、基本無視だったもんね〜」
「あ、いや……ごめん」
すっかり受け答えもできるほど喋れている。あとは黙ってても口が開く回数は増えていくだろうとヒトカゲとルカリオは思ったようだ。3人の顔が綻(ほころ)ぶ。
だがその一方で、ルカリオの心には心配事もできていた。せっかく明るくなったアーマルドのこのまま自分と一緒に行動させてよいのだろうかと。
もし万が一、自分のせいでアーマルドに最悪の事態が起きてしまったらどうしようか、ジュプトルに目をつけられてしまったらどうしようかと、改めて思いつめている。
「どうしたの?」
食料を掴む手が止まったルカリオをヒトカゲは不思議そうに見つめる。だがその声が耳に届いていないのか、頬杖をついてぼーっとしながら考え事を続けていた。
「ルカリオ、どうした?」
今度はアーマルドがルカリオの体を揺すって呼びかける。ようやく気づいたルカリオは辺りを見回し、頭の上に疑問符を浮かべている。
「な、何だ? どうかしたか?」
「こっちが聞きたいよ。フルーツ食べないでぼーっとしたままだったからね」
そう言われてよく見ると、目の前にあった食料が一瞬にして消えていた。そこでようやくルカリオは、自分が無意識に手を止めていたことに気がつく。
「あ、あぁ……急に腹いっぱいになったからな。俺ちょっと夜風に吹かれて胃を落ち着かせてくるから、俺の分残しとけよ」
少し言い訳がましい言い方だが、ヒトカゲとアーマルドは特に気にすることなく、再び目の前の食料に手を伸ばす。その横を静かにルカリオは通り過ぎ、部屋を後にする。
(一緒にいたがるのを無理に引き離すのも悪いし、かといってあいつに危険が及ぶのは……)
ルカリオは夜道を歩きながら先程の事をずっと考えていた。あのメンバーに本当の事は言えない。言ったら傷つくかもしれない。そう思い、1人で部屋から出てきたのだ。だが、本当の理由はもう1つあった。
(今更だとは思うが、あいつらを俺の事で巻き込むわけにはいかない……標的にされるのは、俺1人でいい)
どうやら、ルカリオは1人でジュプトルと戦うつもりで外に出たようだ。元々ヒトカゲに声をかけられる前に決心し、頃合を見計らって部屋を後にするつもりだったのだ。
宿から離れた、人気のない街の入り口付近の並木道。周りに誰もいない事を確認すると、徐にルカリオは普段より少し大きめの声でこう言った。
「おい、近くにいるんだろ? 出てこいよ」
しばしの間静寂が辺りを支配していたが、ある時になると、木々の葉が擦れ合う音がだんだん大きくなっていくのがわかった。それが風によるものではないと、ルカリオは直感で把握した。
「いい根性だな……」
どこからともなく聞こえてきた声。それは確かに、ルカリオの聞き覚えのある声だった。低く、恨みがこもったその声は、聞くだけで他を圧倒する程の威圧感を秘めていた。
気配を察知したルカリオが背後に目をやると、そいつはいた。今ルカリオが最も会いたくない、冷酷非道なポケモン――ジュプトル。
「聞きたい事がある。この街のエレキブルを殺したのはお前か?」
ジュプトルが現れると同時に、今回の事件の焦点となるべき質問をルカリオはする。エレキブルの胸に刺さっていたものから犯人はジュプトルだと確信していたが、本人の口から言わせないと証拠になり得ない。
「……だったらどうする?」
「動機が気になるな。何故お前がエレキブルを殺ったのか、それだけだ」
ルカリオが質問すると、ジュプトルは目を閉じて黙ってしまった。しばらく沈黙が続いた後、一気に目を見開いたジュプトルが口を開いた。
「お前と同じだ」
自分と同じと言われても、自分を狙っている理由がわからないためピンと来ない。さらに続けてルカリオは訊く。
「どういう意味だ?」
「そんな事、あの世で聞け!」
刹那、ジュプトルは“リーフブレード”でルカリオに襲い掛かった。咄嗟にルカリオは後退して攻撃を避ける。
「怖ぇ〜、もう殺す気かよ?」
余裕の表情を見せながらルカリオはジュプトルを見る。間合いを取って再び対峙する2人。次の瞬間、ルカリオは恐れていた事が起こっていたことを、ジュプトル本人から聞いてしまう。
「お前の仲間……ヒトカゲにアーマルドがいないからな……」
「なっ!?」
ルカリオの恐れていた事――ジュプトルにヒトカゲとアーマルドの存在を知られていたのだ。前回の事もありヒトカゲが知られるのは百も承知であったが、まさかアーマルドの存在まで知られているとは思ってもなかったのだろう。冷や汗が頬を伝う。
(くそっ、あいつにはお見通しだったのかよ!)
舌打ちして悔やむが、どうにもできなかった。存在を知られた以上、今回ジュプトルに逃げられた場合に次の標的に追加される可能性も無きにしも非ずなのだから。
「お前は1人でわざわざ殺されに来たんだ。いつ死んでもいい覚悟があるから来たんだろう?」
「その逆だな。お前に勝てる自身があるから来たんだ。それに、今お前にはぎんのハリがない」
その言葉を聞き、ジュプトルははっとした表情になる。だが「知っていたのか」と思うだけで、心に動揺は見られない。
「だからどうした? 俺にはこの腕がある」
そう言うと、2人は同時に身構える。一歩も退けぬ空気の中、互いに気持ちを高ぶらせている。絶対に成し遂げる――2人の頭にはそれしかなかった。
「前回言った通り、その身体、ズタズタに引き裂いてやるからな……!」
「じゃあ俺は、お前の顔が原型留めないくれぇにボッコボコにしてやるぜ!」
2人の目の前を飛んでいた木の葉が地面に落ちた瞬間、生きるか死ぬかの戦いが、再び幕を開けた。