第20話 山登り
翌朝、依頼を終えたゼニガメとカメックスは寝ていた部屋で次の依頼先へ行くための準備をしていた。ちょうどそこに、セロリを加えたルカリオが覗きにやって来た。
「おっ、次はどこ行くんだ?」
「インコロットとは逆方向の隣町だよ。ルカリオ達は?」
「実は俺達もそっちに行こうと思ってて……」
ルカリオはちらっとカメックスの方を見る。まだカメックスの事が怖いようだ。何か言われそうな気がしているせいか、ルカリオの顔が強張る。
「……何か言いたいならはっきり言え」
「一緒に行かせてくださいっ!」
やはり怖かった。
ルカリオの緊張はまだ続く。彼に待ち受けているもの、それは、ヒトカゲを起こすことだ。最近は1人で起きていたため何事もなかったが、今日はまだ寝ている。以前のように噛み付かれるのではないかと警戒していたのだ。
「あいつ案外噛む力強ぇからな、どう起こすかな……」
そう言いながらも、その手にはすでに“ボーンラッシュ”が作られていた。どうやら、“ボーンラッシュ”で殴って起こすか、突いて起こすかのどちらかで悩んでいるらしい。
「ヒトカゲには悪いが、やっぱここは殴って起こすか」
殴って起こすことを決めると、ルカリオは波導で作った骨を両手で持ち、ヒトカゲ目掛けおもいっきり振り下ろした。だがタイミングよくヒトカゲは寝返りを打ち、空振りとなる。
「…………」
気を取り直して、もう1度トライ。だがまたしても空振りに終わる。
「……ほ、ほぉ〜……いい根性してんな」
ルカリオの闘争心に火がつき、何としてでもヒットさせるべく、ルカリオはその名のとおり“ボーンラッシュ”をヒトカゲにくりだす。だが何回やっても当たらない。寝ている者の動きとは思えない身のこなしでヒトカゲは骨を避ける。
「はぁ、はぁ、イ、イラつく〜!! 何だよコイツ!?」
息を切らしてルカリオは嘆く。その時、隣の部屋から出掛ける準備をし終えたゼニガメがやって来た。ヒトカゲがまた寝ているのを確認すると、軽い口調でこう言った。
「しぶあまポフィン焼けたってー」
ゼニガメはそう言うと腕組みをしながらじっと待つ。すると数秒後にヒトカゲが唸り声を上げながら体を起こし、目を擦って欠伸をする。
「おはよ〜」
ルカリオがあれだけ苦労しても起きなかったヒトカゲが、ゼニガメの一言で簡単に起きてしまった。これが一緒にいる時間の長さからくるものかと思う反面、あれだけ頑張ったのにと悔しがるルカリオの気持ちは少し複雑だった。
だがこれだけははっきりしていた。「後で殴ってやる」ということだけは。
「ねぇ、僕何かしたの?」
「さ、さぁ……」
1時間後、ヒトカゲ一行は山を越えた先にある街目指して歩いていた。どういうわけか、ヒトカゲの頭には赤く腫れたこぶが1つできている。
「〜♪」
このグループの中で唯一ご機嫌なのが、ルカリオだ。その様子から、みんなはすぐにヒトカゲのこぶを作った犯人がルカリオだと察した。何があったかはゼニガメしか知らない。
「ところで兄さん、この山どれくらいで越えれるの?」
ちょうど山の麓に到着した頃、ゼニガメが何気なく兄のカメックスに訊ねる。その何気なくがいけなかったのか、後々この発言を後悔することになる。
「この山だと、最低2日かはかかるな」
『ふ、2日も〜!?』
しばらくぶりの野宿が確定してしまった瞬間だった。ヒトカゲにルカリオ、さらにゼニガメもこれにはうな垂れる。今までの生活が野宿みたいなものだったアーマルドだけは、どうしてみんながっかりするのだろうといった顔をしている。
「情けねぇ奴らだな、たかが野宿くらいで」
「アイス如きで激怒する奴の言うセリフかよ……」
小声でルカリオはつい口答えをしてしまった。だが悪口というものは普段どんなに耳が悪くても聞こえてしまうもの。今回も例外ではない。
「ほぅ……言ってくれるじゃねぇか、あ?」
一気に機嫌が悪くなったカメックスは、発言者であるルカリオにこれでもかというくらい顔を近づけて睨みつける。普段は短気なルカリオだが、カメックスを前にしては恐怖のあまり何もできないでいる。
「す、すみません……」
そんなルカリオの姿を見て、アーマルドは「くくっ」と小さく笑う。後にルカリオに泣かされるとも知らずに。
何だかんだで夕方になってしまった。山の夕方は想像以上に薄暗く、ヒトカゲの尻尾の火を灯りとしながら進んでいる。辺りの木々にはギーギーと鳴いているズバットが集まっていた。
「暗いの怖〜い」
自分の視界が1番明るいはずのヒトカゲが怖がっている。それに便乗して「ヤクザ怖〜い」と言いそうになったルカリオ。ヤクザのヤの字を言ったところで何かを感じ取ったのか、それ以上言葉を発することはなかった。
「ヒトカゲ、そんな暗がりだっけ?」
「最近変な夢見てるせいか、ちょっとね」
1年前を思い出しながらゼニガメが訊くと、少しだけ悩んでいるような表情をしたヒトカゲが答える。具体的にどういう夢かは言わなかったが、同じような夢を何回も見るのだとか。
「ん〜何でかわからないだ」
「そうなんだよね〜」
ヒトカゲの隣にいるゴーストが頭を掻きながら悩んでいた。ヒトカゲもそれに頷く。
「“ゆめくい”で、悪夢見てるとかと、違うだ?」
「そういう感じではないと思う。毎日じゃないしな〜」
あれこれ考えてはみるものの、考えれば考えるほど頭がごっちゃになっていくヒトカゲとゴースト。同じタイミングで首を傾げたり頭を掻いたりしている。
『う〜ん……』
「ヒトカゲ、いい加減突っ込んであげないとこのまま永遠と続くぞ」
横からゼニガメが突っ込みを促した。その声に反応したヒトカゲがみんなの方を見ると、表情が固まっていた。そして自分の横を見ると、ゴーストが嬉しそうな顔でこちらを見ている。
「……あー! ゴースト!」
絶対狙っていただろと言われても仕方がないくらいのボケぶりを発揮したヒトカゲ。今知ったかのように驚き、ゴーストに飛びついた。
「久しぶりだだ。さっき偶然見かけてついてきちゃっただ」
相変わらずの強い訛口調でゴーストは喋る。よく状況がわかっていないゼニガメ以外のみんなにヒトカゲはゴーストを紹介した。
「ところでさ、何でここにいるんだ?」
ふとゼニガメが訊ねる。ゴーストが言うには、この山にゴーストの姉が住んでいるらしく、久々に遊びに訪れようとしているのだとか。その道中、たまたまヒトカゲを見かけたらしい。
「姉ちゃん、アイランドで起こったこと、知らないだ。ついでだから、ヒトカゲ達にも着てほしいだ。事実を、伝えたいだ」
ゴーストの強い思いを汲んだのか、カメックスは「1日くらいなら構わん」と言ってくれた。今このチームの主導権は完全にカメックスにあるといってよさそうだ。
「ありがとうだ。ところで……そこの2人は誰だだ?」
ゴースが自分の両手で指したのは、ルカリオとアーマルド。ゼニガメの兄であるカメックスは別として、ヒトカゲとの関係がわからないので教えてほしいと言う。
「俺はルカリオ。探検家だ。よろしくな」
「……俺、アーマルド。よろしく」
3人は同時に握手を交わした。しかしルカリオとアーマルドの握っているのは手そのもの。そこからくっついているものがないせいか、どことなく不気味に思えた。
「ゴーストだだ。よろしくだ」
互いに挨拶を終えると、一同無言状態になってしまった。これといった話題がないわけではないが、ゴーストは大切な話の半分以上を盗み聞きしていたため、これ以上の話もあまり聞く必要がないといったようだ。
「……じゃ、みんなで行くだ」
ヒトカゲ達も特に話すことがなかったので、ゴーストに従い、ゴーストの姉の家目指して進み始めた。
「ところで、ルカリオ」
「何だ?」
不意にゴーストから声をかけられたルカリオは振り向いて、何かあったのかと尋ねる。次の瞬間、ルカリオは一気に恐怖のどん底へと落ちるはめになる。
「さっき、『ヤクザ怖い』って、言おうとしてなかっただ?」
「うげっ!? バ、バカッ、おおお俺がそんな事……」
明らかにルカリオは焦っていた。その姿が、彼がそう言ったという確たる証拠となってしまった。ルカリオの視界はだんだん何かの影で暗くなっていく。
「おい、お前……俺が黙ってりゃいい気になりやがって……」
「あっ、いいいや別にカメックスの事をい、言ったわけじゃなくて、そのあの……」
ルカリオが顔を上げると、眉間にしわを寄せ、鋭い目つきのヤクザ、もとい、カメックスが怒っていた。ゼニガメが後から言うには、あからさまに怒った表情をするのは珍しいという。
「2度とその口開かねぇようにしてやる。来い!」
とうとうカメックスはキレてしまった。ルカリオの口を右手で塞いだまま道から逸れた雑木林の中へと入っていった。ルカリオは半泣きしながら助けてくれと目線で合図を送ったが、誰もなす術がなく、見ているしかできずにいた。
その後、数分間に亘り山中に悲鳴が響き渡った。