第17話 チーム・ブラスタス
「はっ、はっ、はっ……」
某日、ロルドフログの人気のない道を、1匹のストライクが血相変えて走っていた。その後方からは、ゆっくりと巨体のポケモンが近づいてきている。
「はっ、はっ……し、しまった!!」
ストライクは路地裏に逃げ込んだが、そこは行き止まり。本当なら羽を使って飛び去りたいところだが、どうやら羽にダメージを負っているらしく、飛ぶことができないでいた。
「……手こずらせやがって」
慌てふためいている間にも、ストライクを追っかけていたポケモンが来てしまった。そのポケモンを見たストライクは命乞いを始めた。
「ま、待ってくれ! ポ、ポケ違いだ! 俺じゃねぇ!」
「この期に及んでガキでもわかる嘘をつくとはな、つくづくムカつく野郎だぜ……」
この会話から察するに、ストライクが目の前のポケモンに何かをやらかしてしまったようだ。そのポケモンはあからさまに怒っている。
「わ、悪かった! 金ならいくらでも払う! だ、だから……」
「金で解決しようってか? 悪いが、俺はそういう奴が大っ嫌いなんだよ!」
刹那、そのポケモンは“ラスターカノン”をくりだした。3本の光線のうち2本は羽を撃ちぬき、残りの1本はストライクの顔の横すれすれを通り、壁を破壊した。
撃たれたのは羽だけだったので、ストライクは痛みを感じることはなかったが、言い切れぬ恐怖を感じたようで、腰を抜かしている。さらに追い討ちをかけるかのように、そのポケモンはストライクの首を片手で持ち上げた。
「さぁ、俺を怒らせた罰だ。底なしの恐怖を味わうが……」
そのポケモンがそこまで言いかけた時、その後ろにまた別のポケモンが現れた。かなり小柄で、2人に比べて幼さを感じるくらいのポケモンだ。
「兄さん、遅れちゃうよ! あと10分しかねぇよ!」
“兄さん”と呼ばれたポケモンはそれを聞くと、ぱっとストライクの首を持っていた手を離した。よほど苦しかったのか、ストライクは噎せている。
「そうか、なら行くか」
そう言うと、ストライクに背を向けてそのポケモンは歩き始めた。だが最後の足掻きなのか、ストライクは大声でそのポケモンに向かって叫ぶ。
「こ、この事警察に言うからな! 何者だお前!?」
そう訊かれたそのポケモンは立ち止まり、再びストライクの方を向いた。鼻が当たるくらいまで顔を近づけて、隻眼であるそのポケモンは質問に答えた。
「上等じゃねぇか。この俺、チーム・ブラスタスのカメックス、逃げも隠れもしねぇからよ」
それを聞いた瞬間、ストライクの顔は青ざめた。そんな事に興味すら示さず、カメックスは連れのポケモンとその場を後にした。
「チ、チーム・ブラスタスのカメックス……あのポケ助けのスペシャリストで有名な……」
「兄さん、いくらぶつかってアイス落とされたからって、あれはやりすぎ……」
「聞け、ゼニガメ。あいつは俺の好きなソーダアイスを落としたんだ。当然の報いだ」
カメックスは連れのポケモン――自分の弟であるゼニガメと話をしながら目的地へ向けて歩いていた。ちなみに先程までカメックスが焼きを入れていたストライクは、通行途中にぶつかり、カメックスのアイスを落としてしまったのだ。
「アイス落とした上に、この俺をおじさん呼ばわりするような奴を見逃せってか?」
「いやそうかもしれないけど……」
ソーダアイスがお気に入りのカメックスは相当腹を立てていたようだ。1時間近くストライクを追いかけまわしていたのだとか。
「あの野郎……今度見かけたら殺虫剤かけてやる……!」
(……たかがアイスごときで……)
内心まだお怒り気味のカメックスは自分の拳を掌(てのひら)にぶつける。ゼニガメは呆れているが、言ったところで怒りが治まらないとわかっているせいか、何も言わなくなった。2人は待ち合わせの場所へと急ぐ。
それから約1時間後、ロルドフログにある大きな屋敷で、ヒトカゲ達は昼食を取っていた。昨日ディアルガの彫刻を見せてもらった後、殿様ことニョロトノ市長に泊めてもらうことになったのだ。
3人は貧乏なため、ここぞとばかりに食べ物を食らう。ルカリオに至ってはきのみやフルーツを自分のカバンに入れている。いざという時の食糧対策なのだろう。
「ほっほっほ、みんなよく食べるのぉ」
そんな3人を笑いながら、ニョロトノはほのぼのとお茶を飲んでいたその時、玄関のチャイムが鳴り響いた。時計を見ると、きっかり13時を差していた。
「おっと、お助け隊が来てくれたみたいじゃな」
そう言うと、ニョロトノは1人、足早に玄関へと向かう。お客が来るにも関わらず、3人は食事に夢中のままだ。特にアーマルドは嬉し泣きしながら料理を食している。
数分後、ニョロトノはリビングに戻って来た。その表情はとてもにこやかだ。
「さあさあ、お入りなさい」
その声を聞いて、ようやくヒトカゲ達は食事を一旦中断した。ニョロトノのいる方を向くと、小さい影と大きい影が1つずつ、開いた扉の向こうから見えていた。
その影がだんだん大きくなってきたと思うや否や、その影の主は姿を現した。1人は水色の体をした、まさしくカメ。もう1人は甲羅からバズーカを思わせるものが出ている、これまたでかい強面のカメ。そう、あの2人である。
「……ゼニガメ!? カメックス!?」
その影の主が自分の親友達だとわかると、ヒトカゲはかなり興奮しながら大声でその名を呼んだ。それに気づいた2人も驚いた様子でヒトカゲを見る。
「えっ、ヒ、ヒトカゲじゃんか!?」
「ど、どうしてこんなとこにいるんだ?」
「……ほえ、君達、知り合いなのかね?」
ゼニガメ達を連れてきたニョロトノも驚いている。その場の空気が一瞬止まり、次の瞬間それが弾け飛んだかのように大騒ぎするヒトカゲとゼニガメ。久々の再会に心躍らせ、子供の如くはしゃいでいる。
「あれが、俺と出会う前に一緒に旅してた仲間なんだな」
ヒトカゲの事を見ながらそう言ったのはルカリオ。ゼニガメ達の存在を以前ヒトカゲが話してくれたのを思い出していたのだ。そんな中、ルカリオはカメックスと目が合った。
「ん? 誰だお前は?」
先に声をかけたのはカメックスだ。強面・隻眼・そしてその低い声にルカリオは恐怖を覚えた。その時には既に頭の中ではある式が浮かび上がっていた――「カメックス=ヤクザ」だと。
「あ、俺はヒトカゲと一緒に……」
「もっとでかい声で喋ってくれ。聞こえねぇ」
このカメックスの発言を聞いただけでルカリオは失神寸前まで陥った。そんなルカリオの状態を知ってか知らずか、代わりにヒトカゲが答える。
「一緒に旅してくれてるルカリオだよ。そっちにいるのはアーマルド。2人とも新しい友達だよ」
「ほぅ……」
納得したのか、カメックスはルカリオから少し離れた。それに安心し、ルカリオはほっと胸を撫で下ろす。その代わり、今度は別の者が恐怖を覚えることになる。
「…………」
カメックスはアーマルドに近づいたのだ。アーマルドもルカリオと同じく、カメックスに相当怯えているようで、冷や汗が額から流れ落ちている。
「おいヒトカゲ、こいつ口きけねぇのか?」
黙ったままのアーマルドを指差しながらカメックスは訊ねた。固まっているアーマルドを見てヒトカゲはフォローしてあげることにした。
「あ、いや、声が出ないとかそういうのではないけど、いろいろあって喋るのがとても苦手なんだ」
ヒトカゲの説明を一通り聞いたカメックスは、数秒間考え事を始めた。そして何を思ったのか、いきなりアーマルドの首に手をかけた。さらに何と、そのまま片手でアーマルドを持ち上げた。その場にいた全員が驚愕する。
「おい、本当は喋れるのを隠してんのか? 答えてみろ」
カメックスの問いにアーマルドは首を振って必死に否定する。カメックスがアーマルドの顔を見ると、彼は半泣きしていた。
「……本当に苦手なんだな?」
首を縦に振って訴えるアーマルド。それを見てようやく理解したらしく、カメックスは「悪かった」と言いながらアーマルドを降ろし、その手を離した。
「兄さん、今機嫌悪いんだよね。後であのアーマルドに謝っといてくれねぇか?」
「うん、僕から言っとくよ」
カメックスから離れたところで、ヒトカゲとゼニガメは小声でそう話している時、2人の元にルカリオがやって来た。何やらゼニガメに話があるようだ。
「ゼニガメ……ったな。お前の兄貴、ヤクザなのか?」
『はあ?』
まさかの発言にゼニガメだけでなく、横にいたヒトカゲもおもわず聞き返した。2人共、少なくともルカリオよりは長く一緒にいるため、カメックスの事をそう思ったことは1度もない。
「だってよ、どう考えてもあの威圧感は……」
「……誰がヤクザだと?」
その声にルカリオは背筋が凍るような感覚に襲われながらも、恐る恐る後ろを振り向いた。予想通り、そこにはあからさまに不機嫌そうな顔をしたカメックスがいた。
「てめぇ、ちょっとこっち来い。“詰めて”やる」
物凄く危険な発言をしながら、カメックスはルカリオを連れ去ろうとしたが、慌ててニョロトノが止めに入る。
「あ〜カメックス殿、そろそろ本題に……」
「……そうだな」
うまく話題を逸らすことに成功し、ルカリオは難を逃れることができた。もう2度とカメックスの目の前でヤクザという言葉を使わないようにしようと心に決めたのはこの時だ。
「それじゃあ市長。早速だが、詳しい説明をしてくれ」