ヒトカゲの旅 SE












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(短編)SE:Special Episode
Special Episode 8 -アーマルド-
 旅が終わり、約半年が過ぎようとしていた。春の心地よい陽気に浸りながら、アーマルドは街中で食材の買い物をしていた。なお、財布は彼自身のものである。
 現在、彼は野菜やきのみを育てて販売するのを仕事としている。元々彼の住んでいるインコロットは気候が良く、食物が育ちやすい環境である。また彼の作る野菜はおいしいと徐々に口コミで広がり、人気になりつつある。

「何たべよ。さすがに自作のきのみも飽きちゃった」

 アーマルドが自分の夕飯の食材を選んでいると、背後から親子であろうポケモン達の会話が聞こえてきた。後ろを振り向くと、ライチュウとピカチュウの親子が楽しそうな姿が目に映る。

「おかーさん! 今日はどんなごちそうにしてくれるの?」
「今日は誕生日だからね、あなたの好きなものをたくさん作るわよ!」

 ふと耳にしたその会話の中で、アーマルドは『誕生日』という単語が気になった。今までに何回も聞いたことのある至って一般的な単語であるが、どういうわけか今日に限ってその単語が気になってしまったようだ。

(そういえば、俺の誕生日って、いつなんだ?)

 あまり気にしていなかった、自身の誕生日。そしてなぜ誕生日にお祝いをするのか、その理由を彼は知らなかった。そう考えているうちにも、先程の親子は楽しそうに買い物を続けている。
 両親との離別があまりに早かったため、誕生日を祝ってもらうどころか、いつが誕生日なのかを知ることもないまま今に至っている。

(誕生日……なんか、楽しそうだな)

 ほんの少しだけ、羨ましそうに、そして寂しそうな顔をしながら、アーマルドは買い物かごに好物のポフィンを入れて買い物を続けていた。


 ある日、自分の畑を耕して食物の種を蒔こうとしている時、遠くから彼を呼ぶ声が聞こえた。その声の主は遠くにいるため誰かよく見えなかったものの、周囲のポケモン達が道を開けていくことから、それがカメックスであることがすぐにわかった。

「あれ、どしたの?」

 現界に戻ってから半年の間、アーマルドとカメックスは会う機会が増えていた。接するうちに以前のような恐怖心(主に顔の)が抜け、普通の友達として応対できるようになっていた。

「いま隣町での依頼が終わってよ、今日はもう何もねぇから散歩がてら飲もうと思ってな」
「まだ午前だけど……」

 カメックス曰く、インコロットの酒場は良店が多いらしく、ポケラス大陸で仕事がある時は大体寄り道をしているらしい。悪酔いすると、たまにアーマルドの家でお世話になることも。

「あ、聞きたいことがあるんだけど」
「ん、珍しいな。何だ?」

 そういえばと思い出したかのように、アーマルドは気になっていたことをカメックスに聞いてみることにした。先日の買い物中に見かけた、あの出来事についてだ。

「誕生日って、なにしてる?」

 あれ以来ずっと気になっていた、誕生日というイベント。旅の途中でこういったお祝いごともなかったため、身近な仲間達は誕生日をどうやって過ごしているか、興味を持っていた。

「俺のか? あんまり意識してねぇが、大体夜になるとゼニガメがプレゼントをくれるな」
「プレゼント?」
「あぁ。徳利だったり、最高級岩塩だったり……俺の欲しいもん、どこで調べたんだか」

 プレゼントが酒関連のものが多いのはさておき、さらに話を聞き、ちょっと豪勢な食べ物、サプライズのプレゼントでもてなされるのが誕生日なのか、とアーマルドは理解した。

「やっぱり嬉しい?」
「んな恥ずかしいこと言わせんな」

 若干困ったような、恥ずかしいような顔つきでカメックスは答える。普段ほとんど見ることのない表情に、アーマルドは余程なんだなと感じた。

「で、なんでこんなこと聞くんだ?」
「え、あ、えっとね……」

 アーマルドはカメックスに自分の経緯を説明する。そしてその時、カメックスは初めて、彼がいつ誕生日かを知らないという事実に気づき、困惑してしまった。
 そうか、だから誕生日というイベントを知らないのか……そう思うといたたまれない気持ちになってしまう。カメックスはひとまず、「なるほどな」と一言だけ呟き、後は話題を変えることにした。


 さらに数日後、ケイナで仕事を終わらせたカメックスはある家を訪ねることにした。扉を数回ノックすると、扉の影から彼の見知ったポケモンが姿を表した。

「どちらさ……げっ!?」
「貴様、死にてぇのか、殺されてぇのか、どっちか選べ」

 家から出てきたのは、ルカリオである。いくら良好な関係になったとはいえ、まだ気が緩んだ状態でカメックスの顔を見るのは抵抗があるらしく、思わず身を引いてしまう。

「それはさておき、何かあったか?」
「まぁな。ちょっといいか?」

 何かの相談事かと気になり、とりあえずルカリオはカメックスを家に招き入れた。両親は仕事、同居しているジュプトルも私用で外出しているため、家にはルカリオ1人である。
 ちょうど飲もうと思って沸かしていたお茶を淹れ、2人で椅子に座る。「どうしたんだ?」とルカリオが質問すると、カメックスは先日のアーマルドの件について語り始めた。

「はぁー、そっかー。誕生日を知らないのか……」

 今までこの事実に気づかなかったことに対し、申し訳なく感じてしまった。少々うつむきながら、2人は沈黙を続ける。なんとかしてあげたい気持ちは持っているが、どうすればよいかと考えあぐねている。

「一応、聞き込みしてみるか?」
「んー、あいつの誕生日知ってるやつがいるとは思えにくいよなぁ」

 2人とも事実を追うのは困難だと感じている。でもどうにか経験させてあげたいといろいろ思考を巡らせている中、ルカリオはあることを思いついた。

「ちょっと待っててくれ」

 そうカメックスに言うと、ルカリオは居間を離れて自室へと向かう。そして自身が愛用しているカバンをあさり、奥の方にしまわれていた1つの手帳を持って居間へ戻った。

「手帳? それに書いてあんのか?」
「違うけど、ちょっと待って……」

 テーブルの上に手帳を広げると、ルカリオは何かを思い出すようにページをめくっていく。何をしたいのかわからないカメックスはただ成り行きをじっと見るしかなかった。
 そして、あるページでルカリオの手が止まった。そこに書かれてある文章を指差し、カメックスに読ませる。文章の内容を理解すると、互いに顔を見合わせ、笑みを浮かべる。

「なるほどな」



 それから1週間後の夕方、アーマルドがいつものように畑を耕し終えて家に戻ろうとしていた。道具を片付けているときに、どこからともなくルカリオが姿を現した。

「よっ! お疲れさん」

 いつもの軽い調子でアーマルドの肩をぽんと叩く。突然どうしたんだろうと驚いているが、そんなことはお構いなしにルカリオは話を続ける。

「仕事終わったか? 飯食いに行こうぜ」
「え、いいけど……なんでまた急に?」
「そういう気分なんだよ! さ、早く行くぞ!」

 半ば強引に片付けを切り上げさせ、ルカリオとアーマルドは夕飯へと向かった。店はルカリオが予約した場所にしようということで、案内は彼に任せることにした。
 何を食べようか考えながら、着いた先は少々大きめの2階建てレストラン。外からは中でわいわいがやがやしているポケモン達の影が見える。

「予約してあっから、早く入ろうぜ」
「あ、うん」

 言われるがままに、店へと入って行く。中は大勢のポケモンで賑わっている中、ルカリオ達が案内されたのは2階。だが階段を上がった先には大きな扉が1つあるだけであった。
 ここもレストランなのか? と思わせるような重厚な扉であるが、大丈夫とルカリオが自信満々に言う。彼に促され、アーマルドはその扉を開けた。


「……えっ?」


 扉を開けると、アーマルドは固まってしまった。彼が目にしたのは、ヒトカゲやゼニガメ、バンギラスにドダイトス、ラティアス達を含めた旅の仲間達全員であった。
 訳がわからずただただ驚いている中、ヒトカゲの合図と共に、全員が持っているクラッカーを鳴らし破裂音を部屋中に轟かせる。そして声を揃えてアーマルドにこう言った。

『誕生日、おめでとうー!』

 “誕生日”という言葉を聞き、アーマルドはさらに混乱する。自分の誕生日は今日なのか、だとしたら何故だ、等、いろんな疑問が頭を駆け巡る。そんな様子を見て、ルカリオが説明する。

「お前、誕生日わからないんだろ? だったら、今日が誕生日だ」
「ど、どういうこと?」

 生まれた日がわからないのに、今日が誕生日とはどういうことだろうか。戸惑っているアーマルドにルカリオは壁に貼ってあるカレンダーを指差し、今日が何日かを見るように言った。

「今日は4月19日。何の日か覚えてるか?」
「……んー、ぱっと思いつかない……」
 そりゃそっか、と半笑いしながらも、ルカリオは続けた。

「今日は俺らが初めて仲間になった日だ。俺らの知ってるアーマルドは、今日、生まれたんだ」

 このレストランは、ルカリオとヒトカゲとアーマルドを結びつけた、想い出のレストラン。そして今日は、アーマルドが旅の仲間に加わった日である。
 ルカリオは旅の途中も毎日日記をつけており、この出来事についても日付と一緒に記載していた。それを思い出し、カメックスとこの日に向けて誕生日会を設定しようと動いてくれたのだ。

「誕生日はこの世に生を受けた日でもあるけど、それまで無事に過ごせたことや、出逢いに感謝する日でもあるんだぜ。だから、俺らにとったらアーマルドの誕生日は今日ってこと!」

 みんなで笑いながら、おめでとう、ありがとうとそれぞれの想いを伝えていく。その1つ1つがとても嬉しく感じ、アーマルドは泣き出してしまった。

「……そっか、俺にも、誕生日、あったんだ……」

 当たり前だろ! とバンギラスが背中をどつくと、辛くてアーマルドはむせて咳き込む。強く叩きすぎだと今度はバンギラスがドダイトスにどつかれ、笑いの渦が巻きおこった。
 この温かみを感じたのは、旅をしていた頃ぶりだ。そして、これまで1人ぼっちでいた彼にとって、このメンバーとの出逢い、繋がり、それら全てが最高の贈り物となっている。

「さ、改めて楽しもう! もっかい、せーの!」
『誕生日おめでとう!』

 全員のメッセージとともに、カメックスが自身の大砲から特大の紙吹雪を打ち出した。久々に全員集まったこともあり、旅の想い出やその後の出来事に話を弾ませながら会場を盛り上げた。
 途中、ドダイトスの背中の木に仕込んであったプレゼントを渡したり、ヒトカゲ特製のひのこキャンドルでライトアップしたりと、充実した時間を提供することが出来たようだ。


(……誕生日って、いいもんだな)


 4月19日、この日アーマルドは“誕生日”を心の底から喜んだ。

■筆者メッセージ
おはこんばんちは、Linoです。

本編が終わり、短編初投稿です。
各メインキャラの追加エピソード的な位置づけで、気長にフリーダムに書いていきますね。

いろんな小説でハートフルボッコされた皆様、このお話でハートフルを取り戻してもらえると嬉しいです。
Lino ( 2019/04/06(土) 23:40 )