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第9章 望み
第117話 本音
「お別れ? 何いってんだ?」

 突然の発言に、いつもの寝言かと笑いながら応対する。だがリザードンの様子は一向に変わらない。笑いも段々と小さくなっていき、一同は困惑し始める。

「どうしたんだ? ちゃんと言ってみろ」

 仲間に促され、ようやくリザードンの口が開く。

「“国”に来る前に言ったけど、僕はホウオウに1度生き返らせてもらってるんだ。だから……2度目はないんだよね」

 そう言いながら、リザードンは1年前にステュクスでホウオウに言われた言葉を思い出す。


《ただし、我がお前を生き返らせるのはこの1回だけだ。次にここへ来ても、我はお前に救いの手を差し伸べることはない。……命とはそれだけ重いものだという事を理解し、これからを生きることだ》


 もちろん、このことはホウオウも覚えている。かといって自らこれを話すと強制力があるように解釈されかねないと感じ、リザードンの口から話すまでは黙っていた。
 嘘だろうという表情で皆はリザードンを見ている。バツが悪そうにしているが、覚悟を決めて“国”まで来たと思うと責めるものは誰もいなかった。

「ホウオウ、何とかならねぇのか? もう1回、生き返らせてあげられないのか?」
「此ればかりは、世の理也。我が思ひ分かれず」

 ホウオウですら、この世のルールを曲げる判断をすることは出来ない。融通をきかせられる範疇ではないと、神族達も申し訳なさそうな顔つきでうつむいた。

「それじゃあ、本当に……ここで……」
「うん、お別れなんだ」

 仲間達は事実を受け入れられず、衝撃を隠せずにいる。もちろん、誰もこの結果は望んでいない。かといって、仕方ないで割り切れるものでもない。
 状況が飲み込めてくると、静かに涙がこぼれ落ちていく者が後を絶たない。一時のお別れではない、永遠の別れがすぐそこに迫っているという事実に。

「でも、大丈夫。僕との記憶は、現界に戻ったらなくなるから」

 “国”に来る際にルギアが忠告したことを思い返す。


《お前達一般のポケモンが冥界に行くということは、お前達は死ぬも同然だ。しかも、肉体ごと冥界に移動すると、世界の歴史上から存在が消えることになるのだぞ》


 これが本当であれば、現界に戻った者は以前と変わらぬ状態に戻り、“国”にとどまった者は世界から存在が抹消されるということになる。
 それが意味するのは、これまでの一緒に過ごした時間や思い出、友情が全て抹消されるということだ。“なかったこと”になるのだ。

「大丈夫、じゃないだろ! そんな悲しいこと、あってたまるか……」

 声を荒げてゼニガメが想いをぶつける。それに同調するように、他の仲間達もゼニガメに続く。

「そうよ。この悲しい気持ちは、なくならないのよ……」
「俺らのこんだけ長い付き合いが、そう簡単に失くせるものなのか?」
「俺はやだ! 誰がなんと言おうと!」

 みんなの想いがリザードンには全部伝わっている。リザードン自身もこれまでを振り返り、楽しかった思い出や辛い思い出を蘇らせている。
 それでも、リザードンはニッと笑顔を絶やさず、思いの丈を述べていく。

「ありがとう。僕は、みんなにそう思ってもらえて幸せだよ」

 出逢いは偶然だった。敵対していたり、助けたり、様々な出逢いから気持ちを通い合わせることで今の仲になった。リザードンが出逢ってきた仲間達は心の底から大切に想っている。

「もちろん寂しいけど、一緒にいたことを僕は絶対忘れないし、みんなも新しいスタートを……」

 そこまでリザードンが言いかけた時、彼の元へ早足で駆け寄るものがいた。それは怒りに似た表情を持ち合わせたルカリオであった。目の前まで来ると、大声でこう言い放った。

「お前、何強がってんだよ!」

 強がっている――リザードンが誰かからそんなことを言われたのは初めてである。驚いてどういう表情にすればよいかわからず、戸惑ったような顔つきになる。

「いっつも前向きで、逆境にも屈せず立ち向かっていって、笑顔で振る舞ってくれる。そんなお前が好きだけどよ、今のお前はどう見ても無理してる。強がってる!」

 たまに落ち込むことはあるが、リザードンは基本的に明るく笑顔で接してきた。それが魅力の1つである反面、悪く言えば自身の弱いところを出さない。今がまさにそうだとルカリオに指摘される。

「お前との想い出が全部なくなっちまうのに、俺らがこんなに辛いのに……何で平然を装った顔で俺らを見れるんだよ! お前が1番辛いはずだろ!」

 ルカリオの言葉に、無意識に笑顔を繕っていたのだろうかとリザードンは思わされた。戸惑っているのをよそに、ルカリオに続き他の仲間達もそれぞれの想いをぶつけていく。



「俺ら、1番長い付き合いだろ? それでもいいってのか!?」

 そう叫んだのはゼニガメ。リザードンが旅を始めて最初に仲間になったポケモンだ。番長と呼ばれるくらいの度胸があり、持ち前の行動力で引っ張っていく存在だ。

「長くて苦しい旅だったけど、それを楽しい思い出に変えてくれたのはあなたよ!」

 ゼニガメに続いたのはベイリーフ。彼女は外の世界を見たいと言って旅に同行した。お嬢様とは思えないほど勇敢な振る舞いで、時にはお姉さんのように慕ってくれた。

「お前の存在があったから、俺も、みんなも、変われたんだ」

 そしてドダイトス。ベイリーフの護衛役として彼らと一緒になった。普段は皆に対して温和に接し、勝負時は持ち前の強さで敵を圧倒する、まさに縁の下の力持ちだ。

「お前との出逢いを通して、たくさんのことを学べたんだ!」

 次にバンギラス。ピンチの時には必ずやって来てくれる相棒だ。正義感が強く頼りがいがある一方、愛嬌ある性格で周囲を和ませるムードメーカーを担っている。

「リザードン、お前のいない世界なんて楽しくない!」

 続くサイクス。ヒトカゲ時代から遊んでくれた兄的存在。陽気で大食らいの漫画の主人公のような性格だが、ずば抜けた頭の良さで何事も助けてくれる。

「俺の心を抉ろうってのか? お前は」

 涙するのを堪えているカメックス。陰で旅を支えてくれたゼニガメの兄だ。強面で屈強な存在だが誰よりも気配りが出来て頼りになる、絵に描いたような兄貴分だ。

「俺に勇気をくれたのに、まだ恩返しできてない……」

 もう泣いてしまっているのはアーマルド。旅の中で1番成長したメンバーだ。基本無口で人見知りではあるものの、意思が強く、気づいた時には頼りにしている、そんな存在だ。

「私もそうよ。あなたに憧れて旅にでたのに、いなくなっちゃうなんて……」

 同じく涙しているラティアス。リザードンに憧れを抱いて一行に同行することに。天然で危なっかしいところはあるが、技の威力が凄まじく、危機を救ったこともある。

「貸し、返してないままおさらばってか?」

 いつものように鋭い目つきのジュプトル。最後に一員となったかつての敵だ。集団行動を通じて徐々に打ち解けていき、今ではからかい上手になるまでに信頼を寄せている。



「どうだ、みんなこれだけお前のこと想ってんだぞ。それでもお前は、忘れられるから大丈夫って言えんのかよ!?」

 みんなの声を1つ1つ、リザードンは受け止めていた。1人で始めた旅から生まれた、信頼できる仲間達。彼らとの出逢い、道中の想い出、それら全てが頭の中を駆け巡っていた。
 辛くも楽しく、そして温かかった仲間達の心――それに触れることができなくなるのはリザードンも同じであった。そう感じると、急に寒気が走る感覚に陥った。

「言ってみろよ! お前の本当の気持ちを!」

 急に苦しくなる胸。無意識に抑え込んでいた悲しみの感情が体中を流れて侵食し始め、受けきれない感情は涙として外へ出されていった。

「……やだ。やだよ! 忘れられないよ!」

 みんながリザードンの顔を見た時には、すでに彼は泣きじゃくっていた。一体どれだけ辛い思いを封じ込めるのに我慢していたのだろうと思うと、同情せずにはいられない。

「僕だって! 本当はみんなと帰りたい! みんなともっといろんなことをしたい! それに……僕との想い出も、忘れてほしくなんかないよ――!!」

 今までに誰も見たことないほど、リザードンは大泣きした。これが嘘偽りのない、彼の本当の気持ちである。これをずっと心の奥底に押し込めていたのは、彼らしい性格の現れである。
 神々の力――詠唱を使える存在として、自身の存続を賭けても世界を護らなければならないのだと、いつしか思うようになっていた。それ故、無事に片付いたあかつきには、みんなにはいつも通りの日常を送ってほしいと思っていた――が。

“帰りたい”

 冥界に来る前にみんなで笑ったあの瞬間、その気持ちがどっと溢れ出すのを必死に抑えた。仲間って、こんなにいいものだったのかと改めて思わされた瞬間でもあった。
 そして今、彼らから自分がいないとだめだと言われると、もう我慢する理由もない。わがままかもと思う間もなく、本音をぶつけた。

『リザードン!!』

 仲間達がリザードンのところへ駆け寄り、彼と同じように声を荒げて泣き始める。彼らも、この気持ちを消化するためには泣くしかできないのだ。
 さすがにこのような状況になると、神族も複雑な気持ちになる。自分達の事情でこうしてしまったのかと責任を感じてしまい、見かねたルギアが他の神族に対し、禁忌(タブー)を口にする。

「……アルセウス様に、相談できないか?」

 その言葉に、他の神族がはっとした顔つきになる。特に第1神族であるディアルガとパルキア、そしてギラティナはすごく渋い表情をし、頭を捻って唸りながらもどうすべきか検討する。

「この世の理を曲げることになるが、それを良しとするか……」
「とはいえ、何とかしてやりてーのはあるからなー……アルセウス様に土下座すっかー?」
「我が愚行に免じ、現界へ戻せんと乞い願うか」

 正直なところ、神族も困っていた。創造の神・アルセウスは絶対的存在。第1神族といえど、気軽に接触を試みたり頼み事を出来るような関係ではない。
 それを突破してでも、アルセウスに許しを得てリザードンを生き返らせようと考えが固まり始めていた、そんな時だ。

「もういいんじゃないか?」

 延々と泣いている仲間達の後ろに立っていた、ライナスが呟いた。彼の目先にいたのは、ギラティナが冥界から出られるように“はっきんだま”を作るのを手伝ってくれた、ミュウだ。

「私の手伝いを含め、彼らの旅に助言を与えたりして、結果ここに辿り着くように――運命を1つの方向へ導くようにした。そうだろう?」

 ライナスの話に、仲間達は泣くのを止めて耳を傾ける。
 彼らにも思い当たる節がいくつかあった。大事な選択の前には必ずどこからともなくミュウが現れ、助言を残して去っていったのを思い出す。それが意図的なものだとしたら、と想像している。

「この世界を壊したくなかった、だが自らそれは言えない立場にあった。だから運命を変えられるであろう者達に助言をすることで、自然と運命を導いていった……」

 次の瞬間、ライナスの口から出た言葉は、誰もが想像を絶するものであった。



「ミュウ、いや……“創造の神様”――」

■筆者メッセージ
自分を犠牲にしてでも護りたかった仲間達は、誰よりも自分を必要としてくれた。
そんな仲間が失われることが分かった時、あなたはどうしますか?

事実を受け止めて、悲しみを封じ込める。
神頼みをしてでも、運命を変える。
あるいは――


次回はエピローグ前のお話なので、実質最終話っぽくなります。
Lino ( 2018/12/17(月) 00:21 )