第112話 進化
時の力を使ってリザードンに進化させてほしい、それがヒトカゲのお願いであった。このタイミングで来るとは思わず、ディアルガは少し動揺を見せた。
「今、リザードンにか?」
横にいたルカリオも、その理由を聞きたいような表情を見せる。ヒトカゲはその理由を説明すべく、あえてギラティナの方を向いて話し始める。
「僕の想いを全力でぶつけるには、退化した体じゃなく、もとの自分――リザードンとしてじゃないとだめなんだ。だから、元の体に戻る時間がほしい」
「構わん。待ってやろう」
意外にも、ギラティナの答えはすぐに返ってきた。これが何を意味しているかはその場にいた者たちはわからずにいたが、いずれにせよ好機なことには間違いない。
だが、ヒトカゲがリザードンに戻ることに関し、少しためらう者がいた。これまでずっと一緒に旅をしてきて、事情をよく知っている、旅の良きパートナー・ルカリオである。
「な、なぁ、ヒトカゲ」
「どうしたの?」
「その、俺が言うことじゃないかもしれんけど……リザードンに戻っていいのか?」
本来、ヒトカゲはリザードンに戻るためにディアルガ捜しをしていた。だが今戻るのは本意ではないのではないかと、ルカリオは心配しているのだ。きっとヒトカゲは全てが片付いた後に気持ちの整理をつけて、進化したいのではないのかと。
それに対し、ヒトカゲの答えは彼の心配を払拭させるくらい、はっきりとした物言いだった。
「確かにルカリオの言うとおりかもしれないけど、今戻っておかないと、後悔する気がするんだ。だから、僕は……大丈夫!」
いつもの元気な声色、自信に満ちた目の色。ルカリオが求めていた、1番信頼できるヒトカゲの答え方であった。だとしたら否定する理由などどこにもなかった。
「そうか。なら、お前の好きなようにしろ。いくらでもついていってやっからよ!」
彼の返事もまた、嘘偽りのないものであった。わかった、お前がそうするなら、俺は信じて一緒に戦うぜと目で言い放っているのをヒトカゲも感じ取ることができた。
これで、何も迷いはなくなった。
「では、ヒトカゲ。よいか?」
ディアルガが静かに問いかける。すうっ、と深呼吸をひとつ、ヒトカゲは静かに息を吐く。
「うん。お願い」
返事をしかと受け、全員がヒトカゲに注目する。この姿もこれで最後かと、ルカリオやルギアはこれまでの旅の記憶を思い返しながら目に焼き付けている。
ディアルガは気を集中させ、時の力を増幅させている。その力は胸にある水晶のような器官と、全身にある筋状の器官から放たれる光が増すことで可視化されている。青白い、不思議な光だ。
そういえば、こんな色だったっけとヒトカゲは思い返す。以前自分がリザードンで、ルギアと共にアイランドでミュウツーと戦った時に受けた時の力の色と。
「準備できたぞ。ヒトカゲ、その場から動かずに、光を浴び続けるのだ」
「わかった」
全ての準備が整い、元の体に戻れる状態になった。少し怖くなったのか、ヒトカゲはウインディから渡されたお守り代わりのほのおのいしをぎゅっと握りしめている。
【この世の全てを創りし神よ 我が意志により時の力にて 此の者の時を歪めん】
ディアルガはそう唱えると、体中の光を一層輝かせた。ちなみにこの文言は詠唱ではなく、第一神族が力を使うときに行う、創造の神・アルセウスへの“報告”であると、ルギアがこっそりルカリオに教えていた。
「じっとしていろ」
次の瞬間、ディアルガの口から発せられた青白い光線がヒトカゲを完全に包み込んだ。外部からヒトカゲの姿を確認することは不可能なくらいに、眩しい光だ。
それは、“国”から様子を見ていた仲間達にもはっきりと分かるほどだ。何事かと慌てふためく一同だが、グラードンの説明によりあれは時の力だと判明すると、じっと成り行きを見守り始めた。
光は範囲を広げていき、その大きさは2m程度にまで膨れ上がっていた。やがて光の強さが弱まってくると、うっすらと、輪郭のようなものが現れ始めた。
翼竜を彷彿させる、大きな二対の翼。
頭部から突出している、2本の角。
輪郭や体型は西洋の竜を思わせるものへ変貌を遂げていた。
光の中から、大きな赤い灯火が浮かび上がってくる。
一歩踏み出したそのポケモンは、先程までそこにいたヒトカゲではなかった。
ヒトカゲの意志を持った、かえんポケモン――リザードンであった。
「成功したようだな」
ディアルガは静かにそう言うが、ディアルガ以外はその姿を改めて見入ったりしている。特に状況整理に追いつけていない“国”のメンバーはただただ驚くばかりだ。
「え、えっ! あいつ進化したぞ!?」
「とうとう元の姿になったか!」
「ヒトカゲ、じゃなかった、リザードンになったのね!」
冥界でも、横にずっといたルカリオが唖然とした表情でリザードンを見ている。突如として目の前に化物が現れたときの感情に似ている。
「おま、マジか……」
そして誰よりも驚いていたのは、進化した本人であった。
「すごい……僕、本当にリザードンに戻ってる!」
声色こそ野太くなっているが、口調は以前のヒトカゲと変わりなかった。だがどうもこの声色と口調に、ルカリオも、ルギアも、そしてパルキアでさえも、違和感だらけでもどかしさを覚えている。
「ディアルガ、ありがとう! そしたら次は……ホウオウ」
ディアルガにお礼を言うと、リザードンはホウオウの方を向く。目が合った瞬間、ホウオウは彼の言いたいことが理解できたようで、小さく頷いた。
「詠唱、だな?」
「うん。力、借りさせてもらうね」
今回の旅ではあまり使うことのなかった詠唱。ヒトカゲ、もといリザードンは自身の力のみで解決できるものはやっていこうと心に決めていたため、自ら詠唱を使うことを極力封じていたのだ。
だが今回は全力でぶつかっていくため、最大限の力を持って自信の想いをぶつけたいと強く願っていることから、進化した上で詠唱を発動させたいと思っている。
リザードンは両手を組み合わせ、念じ始める。リザードンの周りが渦を巻き始めた時が、詠唱の合図だ。
【生命を与えし七色の神よ 我に力を授けよ 我ここに誓う 我と汝の力ここに集結し時 全ての悪を持つものに 悪の滅びと善の再生を与えん また誓う 全ての善を持つものに 清らかなる生けし力を与えん】
詠唱が終わると、金色に近い光が彼を纏った。
「次はルカリオの番だよ」
「……あぁ」
あまり心の準備ができておらず、リザードンに言われてはっと気づいたルカリオであるが、彼とて今や神より選ばれし者。自分の使命をしっかりと頭の中で復唱し、身構えた。
【無辺、時に切り立ち大地よ 静寂、時に荒々たる海原よ そこから得ん万物が持ちし躍動よ 我が命に従いて 我が手に集いて力となれ】
青い光がルカリオの全身を包み込み、詠唱は成功した。
目を合わせた2人は、詠唱を使うのはこれが最後になるだろう、最後であってほしいと願った。
「準備できたよ。これで僕らは、ギラティナに想いを伝えられそうだよ」
「真っ直ぐに、正面から受け止めてくれよ」
リザードンとルカリオは、ギラティナと目を合わせてはっきりと言い放った。ギラティナはこの時、不思議な感覚に陥った。目の前にいたポケモンは、先程ほぼ戦闘不能にしたポケモンとは違うと。
2人の体力は確実に限界に近い。それなのに、まるで体力があり余っているくらいの覇気が感じられたようだ。加えて、自身の中で変化が起きていることに動揺を隠せずにいる。
長い期間、混沌へ帰し全ての世界の再構築を強く望んでいたはずなのに、徐々に違う想いに侵食されつつある。それが何なのかを具体的に理解できないところに苛立ちに近い感情を抱いている。
(我が望みを変えんとする此の感情は如何なるものか? 此の者達の所為か?)
いや、ありえない。一般のポケモンの言葉が自分の心に干渉するなんてことはありえない。ギラティナの頭の中では必死に、自身の中で起きている感情の揺らぎについて否定し続けていた。
「“だいもんじ”!」
ギラティナは冷静さを失っている中、リザードンによる“だいもんじ”をもろに受けてしまった。ヒトカゲの時との威力は桁違いに大きく、それなりにダメージを受けたようだ。
(ば、馬鹿な。我が他の攻撃を許すなぞ……)
攻撃を受けてようやく我に返り体勢を立て直すが、焦りは消えていなかった。このままでは自分が“折れて”しまうのではないかという恐怖に、初めて支配されつつある。
「ギラティナ、僕は絶対に諦めないからね」
リザードンはそう言うと、ルカリオと共に身構える。その後ろでは、神族達も同様に戦闘体勢を形成していた。後はギラティナの合図を待つだけのようである。
今一度、ギラティナは自身の為すべき事を復唱した。この世界を混沌に帰し、再構築する、さすれば長年苦しんできた“離別”は解消される、と。
「……我とて同じ」