第109話 魂
「なるほど、時の力がヒトカゲに当たっちまったってことか」
ディアルガの話を聞いていたパルキアは、今まで不可解に思っていた疑問を解決していた。リザードンが時の力に偶然触れたことで、ヒトカゲに退化してしたということを。
「ヒトカゲとは?」
「あー、お前知らねーもんな。俺ら神族以外の、“詠唱”の使い手なんだぜ」
「詠唱を? 何故だ?」
状況を知らないディアルガにとって、ヒトカゲといえばどこにでもいる子供のポケモン。そんなポケモンがどうして神族しか持ち得ない能力を持っているのか、甚だ疑問である。
「俺が知りてーよ。でも、これで確証が得られたぜ」
自信で満ちた顔をし、パルキアはディアルガにヒトカゲについてと、彼が何故詠唱の能力を使えるかの推測を説明した。考えられるのは、これくらいだと。
「ふむ、あり得なくはないな。だとすると、今は好都合ということだな」
「そういうこった。あとはあいつさえこっちに来れば、ギラティナは止められるだろうぜ。早いとこしねーと、今、時間も空間もどんどん壊されちまってっからよ」
そう、世界の崩壊はゆっくりと進行しつつある。特に空間の崩壊により、一般のポケモンが別世界に簡単に行き来できる状態になっている箇所がいくつも存在し、そこに目をつけて1年前に騒動を巻き起こしたのが、ミュウツーなのである。
パルキアの考えに納得がいき、ディアルガも賛同する意思を見せた。ちょうど2人の体力もある程度回復したところで、急いでギラティナのいる所へ向かおうとする。
「じゃー、助けてやるかー。仕方ねーなー」
「まったくだ。世話が焼けるが、“家族”だからな」
その頃、ミュウツーからホウオウの羽をもらったメンバー一行は各自散らばってホウオウの魂を捜していた。さすがに居場所に検討がつけられるものでもなく、グラードンがテレパシーで問いかけても、相手が魂であるからか、返事がない。
手当たり次第に捜すしか方法はなく、とにかく焦っている彼らにとって苦痛以外の何者でもない。ホウオウの魂を捜しながら、全員同じことを考えていた。
「何故、ヒトカゲ達と引き離されたのか」だ。
ギラティナがメンバー全員で戦っても余裕で勝つほどの力を持っていると推測すると、不利な状況を回避するためではなさそうだ。神族だけで話し合いをするにしても、グラードンを引き離す理由がない。
そしてパルキアと同じく、「順調である」ということに疑問を抱く。後はホウオウの魂さえ見つけてしまえば、ギラティナは不利な状況になるのは間違いない。ただメンバーにとっては好都合なので、この疑問はすぐに消えた。
「闇雲に捜すしかないってのは非効率だ。何かいい手はないのか?」
もっと別の方法でホウオウの魂を捜せるのでは、とカメックスが考え始める。そんな時、カメックスの頬に圧力がかかった。あまりに突然のことで彼は驚き、反射的に全身をびくつかせた。
すかさず違和感を覚えた方に目をやると、頬を突いた犯人がいた。そしてカメックスはその犯人を見ると、再び驚きの表情を浮かべたのだ。
「ミ、ミュウ!?」
「おひさしぶりだね〜♪」
そこにいたのは、これまでの旅で何度か見かけた、通称“幻のポケモン”と呼ばれるミュウだ。目の前に現れただけでも驚きだが、どうしてこの場にいるのかが気になった。
「な、何でお前が“国”にいるんだ?」
カメックスが訊ねると、ミュウはいつものように楽しそうな笑顔をこれでもかと見せつけながら答えた。
「それはね〜、いまみんな困ってるかなって思って、お手伝いにね♪」
「お手伝い?」
何を意図して言っているのだろうかとカメックスは考えるうちに、ある結論に至った。少々の希望を込めて、お手伝いについてミュウに質問を投げた。
「もしかして、お前、ホウオウの魂がどこにいるか知ってるか……?」
この時ほど、穏やかでいられない気持ちはないとカメックスは後に思う。ミュウの反応はというと、首を傾げてう〜んと唸って思い出すフリをしている。しかし、すぐに返事が返ってきた。
「知ってるよ♪ 会いたい?」
「本当か!? 頼む! 今、世界が壊れ始めてるのを止めてぇんだ! そのためにホウオウに会わねぇと……」
「じゃあ、他のみんなも一緒に行こう! きっとホウオウも喜んでくれると思うよ♪」
願ってもないことが起きた。ミュウがホウオウの魂の場所を知っているというのだ。しかも案内までしてくれるとなると、今はこれ以上の喜びはない。これで一気に解決できるとカメックスは歓喜の声をあげる。
「おい! こっち集まってくれ!」
しばらくしてメンバーはカメックスのもとに集まり、彼から事情を聞いて各々把握した。奇跡とも言うべきこの巡り合わせに喜ぶ一方で、なぜミュウが冥界に、という疑問が浮かんだ。それを強く感じていたのは、グラードンだ。
「ミュウ。何故、汝が?」
「なぜって、みんな困ってそうだったからだよ♪」
「それだけなのか?」
その会話を聞いていたサイクスが割って入る。この際だからと、きちんと疑問をはっきりすべくミュウに質問を投げかける。
「みんなの話聞いたら、お前、突然現れては何かアドバイスしてたらしいな。今回も……どう考えても上手く行き過ぎている気がしてならねぇんだ。お前、何者なんだ?」
ギラティナに追い出されてから今に至るまで、大きな苦労をせずにここまで来れている。それが腑に落ちないとみんなが感じている。それに対し、ミュウは一言だけ、返事をした。
「全部終わったら、話してあげるよ♪」
屈託のない笑顔に返す言葉も見つからず、「さっ、行こう♪」と全員を先導するミュウの後ろを追うしかなかった。味方には変わりなさそうと心に言い聞かせ、ホウオウの復活を優先させた。
街中から少し離れた、小さな丘の上。そこにそびえ立つ、濃い緑の葉が全体を覆う1本の白い木。特に何かを象徴しているものではないが、目印代わりに使われることがよくある木だ。
その丘に駆け上がってきたのは、ミュウを先頭にしたメンバー一行だ。ぞろぞろと大勢で訪れたことに驚いているかのように、木が揺れている。
「ここだよ♪ きたよー!」
案内が終わるやいなや、ミュウは木に向かって呼びかける。何も姿が見当たらないとメンバーが辺りを見回していると、木に生えている葉っぱが1枚、淡い光を放ち始めた。
「この木はね、魂の休憩所みたいなところなんだ♪ どんな魂でも利用できるし、邪魔されない場所になってるんだって!」
その光は輝きを強め、やがて葉っぱから1つの光の球体が現れた。それが何かを知らなかったが、本能的に全員が、これが魂というものなのだと理解した。
1つの魂はその場にとどまり、まるで自分達を見ているかのように感じられた。直に、その場にいた全員の脳内に、ある言葉が聞こえてきた。
《虹色の羽を、我が元へ投げよ》
声が聞こえた瞬間にゼニガメは本能的に、これはすぐにしなければいけないと悟ったようで、自身が持っていた小瓶から羽を取り出し、軸先を魂に向けて思い切り投げた。
虹色の羽が魂に当たると、辺りが光に包まれた。とてつもなく強い光で、全員目を開けていられない程だ。
しばらくしてそっと目を開けると、見慣れない姿が目に入ってきた。
朱色と黄色の羽が織りなす美しさ。見る角度によって異なるその羽は、まさに虹色。
猛々しい顔つき、鋭い足の爪。不死鳥の名の如く、強さが見て取れる容姿。
容姿とは裏腹に辺りに包まれる柔らかく温かさが象徴するのは、平和。
第2神族に属する、生命を司る神様――ホウオウが、復活した。
「我が名はホウオウ。生命を司る神也」
見事なまでに、魂から復活を果たしたホウオウ。放つ神々しさは同神族のルギアやグラードンのそれ以上に見えたと、後にメンバーは語る。
「汝ら、我が身を復活せんとし、見事成し遂げた。感謝するぞ」
『い、いえ……』
衝撃や圧が大きすぎ、出したい声も出せず、メンバーはいえというのが精一杯だったようだ。その横では、ミュウがニコニコしながら全員を見回している。
「ホウオウよ、よくぞ元の姿に戻られた」
同階級神族のグラードンであっても、敬意を払うように頭を下げながらホウオウの復活を喜んだ。ホウオウも、グラードンの方を向き一礼する。
「此処へ来た、それは窮地に陥っているに他ならん。否か?」
魂の状態ではあったが、ある程度の状況を把握していることもあり、詳しく説明をせずとも何をすべきかホウオウは理解していた。メンバーは首を縦に振ると、ホウオウに助けを求めた。
「ギラティナが、全てを混沌に帰そうとしている。今、冥界で仲間が戦っているはず。助けないと! 世界を取り戻さないと!」
「承知。冥界へ行かん」
ホウオウの言葉を合図に、全員が冥界への入口へと足を走らせた。きっとヒトカゲとルカリオが頑張ってくれている、ギラティナを押さえ込んでくれていると思いながら。
程なくして、メンバーは冥界の入口近くまで辿り着いた。鏡のように光っている場所を確認し、あそこから出てきたとホウオウに説明する。
「中の様子は窺えるか?」
冥界へ行く前に、現状をどうなっているかを確認したいと言う。それを受け、代表してゼニガメが冥界の中を覗こうと身を乗り出したと思いきや、彼はその場で固まってしまった。
「どうした、見えないのか?」
固まったゼニガメを気にかけ、バンギラスが彼の横から冥界の中を覗いた。すると、バンギラスの動きもその場でピタリと止まってしまった。表情も一瞬にして青ざめたものとなったのが端から見てわかる。
精一杯の力を込めて、バンギラスは口を動かし、見えたものを全員に伝えようとした。
「あ、あ、あいつら……倒れて動いてねぇ……」