ヒトカゲの旅 SE - 第9章 望み
第107話 あの後
 アーマルドの案内により、羽の持ち主だと思われる者――ミュウツーの家の付近まで一行は辿り着いた。町外れに位置し、周りは閑散とした光景が広がっている。
 ひっそりと建ったその家は簡素な造りではあるが庭付きで、そこには腰掛け用の椅子が1つ、ぽつりと置いてあった。それ以外に生活感が伺えるものはない。

「ここで間違いない?」
「うん。椅子あるのを覚えてたから、この家だ」

 確信を持てたところで、ゼニガメが率先して扉の前に立つ。ノックしようと手を伸ばすが、その手が途中で止まってしまう。ふと頭をよぎるのは、1年前の記憶。
 憎んでいるわけではない。恐れているわけでもない。ただ今の自分が会ったところで、どういった顔をしてよいのかがわからずにいた。相手からしたら、自分達は計画を邪魔してきた敵なのだから。
 そしてここは冥界。相手がここにいるということは、そういうことだ。第一声をどうするかを考えているうちに、がちゃりと音を立てて、扉は開いた。

「早かったな。少し待ってくれ」

 まぎれもなく、扉から出てきたのはミュウツー本人であった。一瞬にして緊張感を漂わせたあたり、1年前と変わっていないようだ。ゼニガメが声を発する前に、再び扉は閉められた。
 それからまもなく、再びミュウツーが扉から出てきた。その手には、小さな瓶が握られていた。よく見ると、その中にはホウオウのものと思われる羽が複数枚入っていた。

「こんなに大所帯で来るとは思ってなかった。そこで話をしよう」

 そう言われ指さされた方向を見ると、先程見つけた椅子があった。ひとまず言われるがままに、メンバーは庭へと移動し、ミュウツーは椅子へ腰掛ける。

「まず、なぜ私がこの冥界にいるのかについて知りたいだろう」

 まるでメンバーの思っていることが見透かされているかのように、ミュウツーの投げかけた言葉に動揺する。事実、ゼニガメやベイリーフ達が気がかりにしていたことではある。

「始めに言っておくが、1年前の争いで死んだわけではない」
『……えっ?』

 これにはメンバーがおもわず声を上げた。あの戦いの後、海に落ちて以降消息がわからないでいたため、全員があの場で力尽きてしまったと思っていたようだ。

「ちょうど半年前だな。寿命だ。人間の手で造られた“モノ”の限界だったのだろう」

 詳細までは語られなかったが、徐々に身体の自由がきかなくなり、死期を悟ったという。それまではアイランドからは離れたところでひっそりと暮らしていたという。

「死ぬことは怖くはなかった。だが、お前達が全力で私の計画を止めたことばかりが気がかりで、何もせずにはいられなかった」

 そう言うと、ミュウツーは“ねんりき”を用いて自身の記憶の一部をメンバーに送り込む。各々の頭の中に映像が流れ始め、再び驚きの声を上げる。

「ルギアがいる……?」




 半年前、身体の一部に痺れを感じ、死期を悟ったミュウツーはディオス島を訪れていた。慣れた足つきで島の奥へと入り、銀の結晶が置いてある部屋へ向かう。そこには、たまたまかどうかは不明だが、ルギアがいた。

「お前は……!」

 半年ぶりに見る敵の姿に、ルギアは困惑していた。再戦しに来たのかと身構えようとしたが、その前にミュウツーはその場に崩れるように跪いた。その異変に気づき、問いかける。

「手負いか?」
「寿命、というところだな。もう、そんなに長くない」

 ミュウツーから戦闘の意思は見受けられない、そう判断したルギアは「私に用があってここへ来たのか?」と質問する。その応えは、予想しないものであった。

「人間の世界へ連れて行ってほしい」
「人間の世界へ?」

 あれほど人間を憎んでいたにも関わらず、再び人間の世界へ行きたいと言う。何か危害を加えるのではないかと不安を抱き、ルギアが再度問いかける。

「なぜだ?」
「生きている間に、人間とポケモン、双方が共存している光景を見ておきたい」

 まるで人間との関係性に一定の理解を示したかのような答えが返ってきた。しかし逆に、人間の世界に行くためだけの偽言にも取れる。どちらで受け取るか、しばしの間考えた。
 ふと目をやると、岩にもたれかかっているミュウツーの姿がそこにはあった。見るからに辛そうにしている。このような状況下で嘘をついてまで人間の世界を滅ぼすとは考えにくい。そうルギアは結論づけ、応えた。

「わかった。連れて行こう」
「……いいんだな?」

 少し体を起こしながら、ミュウツーは再度問いかける。

「私を人間の世界へ戻すのだぞ? 何をするかお前にわかるはずがないだろう。そう簡単に返事をしていいのだな?」

 半分脅しとも取れる言い方でルギアに問いかけてきた。しかしこれは脅しではない。自身の不安を潰すためにわざと口にしているとルギアはすぐに気づいた。

「わかるさ。今のお前は、半年前のお前ではない」

 その言葉に返す言葉がなかった。ミュウツーの中でまた変化が生じ、思考が停止している間にもルギアは背中を差し出し、すぐに向かう準備を整えていた。


 程なくして、2人は人間の世界へ辿り着いた。向かった先は、こちらの世界でいう、ジョウト地方のエンジュシティ。街から少し離れた場所に建つ、1件の家の前に降り立った。
 家の庭先で昼寝をしていたガーディがルギア達の存在に気づき、目を開ける。「主を呼んできてくれ」と言われ、ガーディは自身の前足で器用に扉を開け、中にいる主を呼びに行った。

「はーい、どちらさまで……えっ、えっ!?」

 中から出てきたのは、茶色い長髪がよく似合う、中高生くらいの女の子であった。玄関先に海の神と、その背中に人造ポケモンがいるとなると、驚かないはずがない。

「突然の来訪ですまない。お前を見込んで頼みがある」
「私に?」
「背中にいるこの者、覚えがあるだろう?」

 少女はルギアの背中に目をやり、そこにいるのがミュウツーだということをはっきりと認識した。若干弱っているように見えるその姿に、疑問を浮かべていた。

「ミュウツー、よね。でもルギア、なんであなたがミュウツーを連れてきているの? しかも、前に見た時より弱ってる状態で」

 冷静に状況分析をする少女は、2人と面識があるようだ。慣れた者とのやりとりである。ルギアも、いつもと同じ調子でここへ来た経緯を説明し始める。

「なるほどねぇ……」

 案外すんなりと状況を受け入れた少女。すると徐(おもむ)ろにポケットからモンスターボールを1つ取り出し、指で回し始めた。

「しばらくの間、ミュウツーと一緒に過ごしてほしい。そういうことでしょ?」
「さすがはチャンピオン、と言うべきか。頼めるか?」
「私はいいけど……」

 その少女が気にしていたのは、ミュウツーの意思だ。直接聞くべく、ミュウツーの元へ歩み寄り、話しかける。

「あなたはどうなの? 私と一緒に過ごすのは」
「……気になるのでな。何せ“あの主”だからな」

 そう言うと、ミュウツーは自らの意思で少女のモンスターボールへと入っていった。この瞬間、この少女の元で残された時間を過ごすことを決めたのだ。
 それからは、体に無理のない程度に動きまわり、少女と、彼女の手持ちのポケモン達と触れ合う時間を過ごしていった。食事、トレーニング、散歩――これらを団体行動すること自体が初めてで、どこか新鮮な気持ちになれたようだ。

 時が経ち、ミュウツーに寿命が来た。少女が用意した布団に体を横たえながら、徐々に遠のく視界を一生懸命に失うまいと意識を集中させていた。
 この時、まだミュウツーはいまいち納得できていないことがあった。ここまで確かに人間はポケモンに対して優しく接してきていた。だが共存をするまでの何かをつかめないでいた。
 しかしそれは、意識をなくす寸前、理解することとなった。

 ミュウツーの顔にぽたりと落ちた、涙だ。

 記憶が正しければ、視界の中の少女はとても悲しい表情をしながら涙を流していた。そして理解した。ああ、これは私のために泣いてくれているのだと。
 それは同時に、共存するまでの何かをつかめていたのではなく、すでに共存していたことに気づかなかった、ということに気づいた瞬間でもあった。
 同じ時間を過ごし、感情を共有し、脳にそれを刻んでいく――この世界に来た時から、ミュウツーは人間と共存出来ていたのだ。そして意識をなくす最期に、こう思った。

 ――もう少し、生きたかった――



「こうして、私は冥界へ来た。当たり前だが、ここに人間はいない。もう共存だの信頼だのを言える環境ではないのだ」

 全員の想像と裏腹に、ミュウツーは変わっていた。あれだけ人間を恨んでいたはずが、1人の少女との出会いでここまで変化するものなのだと驚かされていた。

「それで、本題だ。私はこの羽をパルキアから預かった。これはお前達に渡してよいものなんだな?」

 小瓶に入れられた、ホウオウの羽。これがあれば、活路を開くことができる。今のミュウツーなら話が通じると確信した彼らは、躊躇することなく首を縦に振る。

「これがあれば、ギラティナの暴走を止める最大の打ち手になる。そして、自分達の世界の崩壊を食い止めることができる。もちろん、人間のいる世界も含めて」

 ゼニガメが、ミュウツーの目を見てはっきりと伝えた。自分達の住んでいる世界を護りたい、人間達のいる世界も護りたい、神様の都合で簡単に消されていいものではないと。
 これで羽を渡してもらえるはず、そう信じていたメンバーは、この後に発せられたミュウツーの言葉に返事を詰まらせてしまうことになる。

「世界を護ったとしても、私は生き返れない。人間のいる世界に戻ることもできない。羽を渡すことで私はどうなるのだ?」

 その通りである。冥界に来てしまった者は生き返ることは本来不可能。一見するとミュウツーにとって利益を被ることは何もないように見えるが、それは違うと口を開いたのは、アーマルドだ。

「今生きているポケモンや人間の人生、そしてミュウツーを含めた冥界に来た者の次の人生、それが良いものになるためには、世界が失われては叶わない」
「次の人生?」
「そう。新しい命となって、どこかの世界に蘇る。その時に、今回のように“生きたい”と思えるような環境を造るには、どれかが欠けてもダメなんだ。全部があって、初めてできるものなんだ」

 世界に命を宿し、他の命と出会い、沢山の生きた証を残すことが、次へ繋がるとアーマルドは語る。決して憶測ではなく、自身の経験がそれを物語っている。
 望んだ形ではないものの、生きている間に出会えた仲間達とこうして再会できている。それが何よりも嬉しく思っている。彼だからこそ、伝えられることなんだと他のメンバーも納得した。

「……次、か。私にも次があるのだろうか。“生きたい”と思える人生が」

 ふっと笑みをこぼし、ミュウツーはアーマルドの話を飲み込んだ。顔を上げると、そこには頷くメンバー達の顔があった。それを見ると、ホッとしたような気持ちになったようだ。

「ならば、この羽根を託そう。ヒトカゲが私の想いを変えたように、今度はお前達が変えてみせよ。希望があるというのなら、賭けてみようではないか」

 そう言うと、アーマルドの元へ“ねんりき”でホウオウの羽の入った小瓶を渡した。しっかと受け取り、メンバーは大きく首を縦に振った。必ず、変えてみせると意味を込めて。


 メンバーが家から去ってから、ミュウツーは椅子の上で軽く目を閉じた。視界に広がっているのは真っ暗な光景ではなく、かつて味わった、温かみのある“共存”の世界だった。

■筆者メッセージ
おはこんばんちは、Linoです。

わりと自分で書いた内容を忘れていて昔のword原稿を読み返しているのですが、楽しく書いていたんだろうなぁというのが滲み出ていました。
しみじみしております。

さて、ミュウツーさんとメンバーが久々のご対面。あれから改心していたようで、もし次に会うことがあれば、彼らはきっと仲良くなれるでしょう。
Lino ( 2018/06/18(月) 01:30 )