第106話 捜し出せ!
「“りゅうのいぶき”!」
「“みねうち”!」
“国”に隔離された者達は、操られている住人達の追従を技で止めながら、中心街へと足を急がせている。彼らを先導しているのはグラードンである。
「なぁ、一体どうしようってんだ!?」
意外に足の速いグラードンを追いながら、サイクスが訊ねる。意図も伝えられないまま、ずっと冥界の住人達を傷つけない程度に攻撃しながら逃げているのだ。
「サイクス、汝なら直ぐに理解できん。パルキアの思惑也」
パルキアの思惑、そう言われてサイクスは冥界に来てからの行動を振り返ってみる。特段変わった動きはしていなかったはず、と思い返すが、あることに気づいてハッとする。
「あー! もしかして!」
「気づいたなら教えろ。目的は何だ?」
走らされて若干苛ついているのか、いつもより低めの声でカメックスが言う。1人だけ目的を理解したサイクスは笑顔でカメックスに話しかける。
「ほら〜、だからさっきさぁ〜、ぱるぱるが……」
「さっさと言え! 首折るぞ!」
「はいっ……」
本気で怒られ、サイクスは思わず引きつった泣き顔になる。ついでだと他のメンバーも集め、並走しつつ追手から逃げながらパルキアの思惑について話し始めた。
「ぱるぱるは“国”のどこかに、ホウオウの羽を隠したはずだ! そしてどこかに漂っているホウオウの魂を見つければ……」
『ホウオウが復活できる!!』
全員の声が揃った。パルキアが持っていたホウオウの羽はギラティナに気づかれたが、それを見越して“国”に残してきたはずだと、グラードンは察したのだ。
問題は、どこに羽を隠したかである。そのヒントを探すため、中心部へ向かって走っているところなのだ。思惑がわかるとメンバーの足取りも速くなる。
(ホウオウの羽か……だが、何か引っかかるな)
道中、ふとジュプトルが思うところがあったらしく、考え事を始める。パルキアの思惑をすんなりと受け入れられないでいるようだ。
(俺らが“国”に戻る保証などなかったのに、羽をわざわざ隠して誰かが見つけるのを待つのは賭けに近い。俺らが知っている者に託したのか? そしてギラティナはこの策を見破れなかったのか?)
様々な憶測が彼の頭の中を駆け巡る。そのためか、足取りが少し遅くなり、追手が追いついてしまった。相手の技を受けてしまうと思ったとき、誰かがジュプトルの視界を塞いだ。
「ぼーっとしすぎ」
「アーマルドか、悪い」
ジュプトルを護ったのは、アーマルドであった。少し前からジュプトルが遅れ気味になっていることに気づいたため、わざと足を遅めて様子を窺っていたのだ。
「気になることでもあったか?」
「いや、考えすぎただけだ。ホウオウの羽探しに集中しよう」
まずは羽を見つけることを優先しよう、いずれわかることだと言い聞かせ、ジュプトルは再び走りだす。アーマルドも特に心配いらないと判断し、彼の後を追う。
ひとまず追手から距離を離し、メンバー一同は街の中心部へ辿り着いた。さてどうやって探そうかと考えようとしたが、思わぬ誤算がここで生じてしまった。
グラードンの存在だ。
視界を遮る程の巨体、ましてや大地の神と呼ばれる存在が冥界にいようなら、只事ではないぞと周りの住人がぞろぞろと集まりだしたのだ。動こうにも動けない。
「よく考えりゃ、神が冥界にいるってだけでおかしいよな」
「否。本来、神は如何なる世界へ出向き、総括せんと動くのが勤め也」
グラードン曰く、冥界に自分がいること自体はおかしいことではないと言う。ただ訪れたことがあるのは数える程しかないため、物珍しさが際立っているのだとか。
「さてと、どうする? 手当たり次第ってわけにはいかねぇよ」
悠長にホウオウの羽と魂を探している余裕はない。とはいえ、ここに来るまでの間にヒントとなるようなものもなく、どうすべきか迷っているのが現状だ。それはグラードンとて同じである。
「我が知り得ていたのは、グランサンでの出来事のみ。汝らの繋がりのある者、此処に存在せぬか?」
グラードンは、メンバーと強く関わりのある者が“国”にいないかを問うた。例えばバンギラスの父親やラティオスのように、個人的な亡人はいたとしても、メンバーに直接関わりがあるわけではない。
そういえば、と思い出すように、ギラティナに遭遇する前のことをベイリーフが思い出した。
「ねぇ、パルキアが羽を隠したとすれば、私達と離れたあの時よね?」
「あぁ、アーマルドの居場所を探し……ん? そういや、誰に訊いたんだ?」
あの時、ルギアとパルキアは誰かからアーマルドの居場所を訊いていた。ルギア曰く「かつての知り合い」とのことだが、共通の知り合いがいただろうかと考える。
「アーマルド、冥界に来てから誰かと会ったか?」
「何人かには。生活するのに必要最低限な……」
そこでアーマルドは口を止めた。そういえばと思い出すかのように、記憶を辿り辿りに話を進めていった。
「1人だけ、よくわからない奴がいた。白色の身体で、質問ばかりしてきたなぁ」
話によると、「何故ここへ来てしまった」「現界では何が起こっているのか」などと訊かれたそうだ。どの種族のポケモンだったかとゼニガメが問うたが、見たことのない種族だったという。
「見たことのない種族……まさか神族じゃあるまいし、そんな奴他にいるのか?」
ラティアスやジュプトルは見たことのない種族について悩んでいた。だが、サイクスやドダイトス達はすぐに気づいたようで、はっとした表情を浮かべる。
だが、その表情は青ざめていった。バンギラスやカメックスも同様に顔をこわばらせていく。そんなただならぬ様子を見て、アーマルドが声をかける。
「何かわかったのか?」
彼の問いかけに応えたのはゼニガメだ。そっと口を開き、小さい声で、ゆっくりとその者の名前を言った。
「……ミュウツー。人間の手によって造られたポケモンで、1年前にポケモニアを支配しようとしてた奴だ」
ここにきて、誰も想像しなかった存在と関わることになってしまったのだ。グラードンもミュウツーの存在をルギアから聞いていたため、どれ程の力を持っているかを把握していた。
またアーマルド達も話では聞いていたが、彼らがこれ程の反応を示す存在だとは思ってなかったからか、この場でようやくどういう相手かを察することが出来た。
「なんでこんな巡り合わせになったかは知らんけどさ、羽を持ってくれてるってんなら、行くっきゃないよな。なっ!」
一呼吸置いて、サイクスは持ち前の明るさで周囲を駆り立てる。昔の出来事より、今為すことをしなければ、そう思ったメンバーは気持ちを切り替えていく。
「なら急ごうぜ。アーマルド、奴の居所わかるか?」
「おおよそなら。ここからそんなに遠くない」
かくしてメンバーは急ぎ足で、羽の持ち主・ミュウツーの居場所へと向かっていった。
「さて、語りも此処までだ」
一方、ヒトカゲ達のいる空間では、ギラティナに追いつめられていた。じわじわと迫ってくる神を前に、ヒトカゲとルカリオは若干怯んでいる。
「まーまー、せっかく久々に会えたんだ、もうちょい喋ってもいーだろ?」
余裕の表れなのか、パルキアはいつもの調子でギラティナと話そうとする。
「パルキア、汝の事だ、策を練る間を欲しているだけであろう」
「あっ、あー、バレちまった? この状況を打開できる方法ねーかなって考えてたわけよ」
半笑いするパルキアだが、実際は策を練る時間を稼いでいたわけではない。すでに策を練っていたものをテレパシーでヒトカゲ達に伝えていたのだ。
その内容は、この戦いは相当な長丁場が想定できることから、詠唱を使うタイミングを神族2人から出す、というものだ。体力の消耗が1番危険と判断したのだ。
「諦めよ、と言おうとしたが、汝らは此処へ来た。我が力を以って応じるのみ」
そう言うと、ギラティナは身構えた。もう戦う覚悟を決めなければいけないようだ。先程言われたことを注意しながら、ヒトカゲとルカリオも身構えた。
「後方で自我を失いしディアルガ、救わんとせんのか?」
ギラティナが指したのは、赤い鎖で縛られているディアルガだ。先程と比べ体力がなくなっているように見えなくはないが、依然として暴走状態にある。近づくだけで困難を極める。
「俺がディアルガを助ける。それまで倒れんなよ」
「お前こそ、バテるなよ」
互いの目を見て意志を確認し合うと、パルキアはすぐさまディアルガの元へと飛び立った。ふとルギアがパルキアの方を向くと、いつもの調子の良い表情ではなく、いつになく真剣な表情がそこにはあった。
そして目線を戻すと、もう準備が出来ていると言わんばかりに体勢を整えているヒトカゲとルカリオがいた。ただ、怖さが取れたわけではない。懸命に恐怖の感情を抑えこんでいるのが見て取れる。
「事情は知らないけど、僕達は止めるよ。この大好きな世界を、なくしたくない」
「神だからって、勝手なことはさせねぇよ」
想いを伝えるため、神と戦わなければならない。結果の予測は不可能であっても、もうやるしかない。やるからには全力で挑む他ない。2人はそう強く言い聞かせた。
「ならば、我を止めてみよ!」
ギラティナの言葉と共に、世界の存続を賭けた戦いが、始まった――。