第105話 隔離
全員の開いた口が塞がらない。そこにいたのはホウオウの姿をしたギラティナではなく、東洋の龍のような見た目の、本来の姿をしたギラティナであったのだ。
「ちっ、すでに体は治っていたということか!」
「そうだ。汝らと面する以前に、入魂可能であった」
つまり、本領発揮できる体制にあるということだ。神族はともかく、ヒトカゲ達はギラティナの真の姿を目にすること自体初めてである。どれだけの速さで、どういった攻撃をしてくるかなど想像できずにいる。
「パルキア、姑息な手を使うでない」
「な、何がだよ?」
「汝のことだ、現界にて道標として置いたホウオウの羽、復活させんと数枚回収したのであろう」
ホウオウは不死鳥。体が滅びようとも羽が1枚でもあれば復活が容易に行える。パルキアはそれを知っているため、数枚の羽を現界から持ち込んでいたのだ。
「はっ、やっぱ俺達兄弟だな。お見通しってかー」
不服そうにパルキアはホウオウの羽を数枚取り出し、自身で羽を燃やした。両手を挙げ、もうこれ以上何も持っていないことを示す。
「ホウオウは我が思惑にすぐ気づいた。執拗にステュクスで我を探しまわり、我を目にした途端、すぐに止めよと説得。抗った我と戦い、互いに相当の傷を負った」
そこからは以前の推察通り、マナフィの“ハートスワップ”によりホウオウの体にギラティナの魂が入った。そこからは、ギラティナにとっては非常に動きやすい筋書きであった。
まず自身の体を修復させるため、この姿でディアルガに会う。ギラティナの様子がおかしいと冥界へ連れて行き、「空の体」を見せつける。油断した隙に赤い鎖で縛り付け、全てを打ち明けた。
ディアルガの時の力で体を再構築させている間に、ギラティナはホウオウの復活阻止を目論む。帰巣本能を利用し、金の結晶のある場所一帯を破滅させようと企てた。
「それって、グロバイルのことか……」
「いかにも。まさに我が滅せんと企てる少し前だ。彼奴が現れたのは」
「……それが、伝説の探検家・ライナス、か」
そう、ギラティナも後に知ることになるが、グロバイル壊滅後に金の結晶がないことに気づき探知をかけると、1人のルカリオ――ライナスが持っていたのだ。
ライナスは金の結晶に波導を流し、帰巣信号を捻じ曲げた。さらに詠唱技もしっかり習得していたこともあり、金の結晶を狙って追ってきたギラティナと互角にやり合っていた。そのため、ギラティナはライナスに逃げられてしまった。
「彼奴は我が驚く程の力を秘めた者であった。汝は彼奴の子息、汝も相当の実力と見た」
ルカリオを見ながら、ギラティナはライナスのことを思い出し、口元を笑わせる。それは嘲笑なのか、単なる笑みか、どちらとも取れる。
「ギラティナ、お願いだ。頼むから止めてくれ」
そう切り出したのはルギアだ。出来るのであれば戦いたくないという意思表示をしている。
「可能ならば、お前と同じ世界にいたい。そうできる方法を今まで探し求めてきた。それは私だけじゃない、他の神族も同じだ」
真っ直ぐに、自分の想いを伝えた。決して嫌っている訳ではない、むしろ追放される前の関係に戻れないかと提案している。これは神族全員の願いでもある。
「ルギア、我とて同じだ。何時もかつてのように有りたい。だが術なし。加え、汝らが冥界に来ている今、崩壊は着実に進行している」
そう言うと、ギラティナは空間にいくつか鏡のようなものを作り出した。そこには、みんなのよく知る現界――アイランド、ポケラス、ポケモニアの各所が映しだされていた。
しかし、ギラティナ以外の全員が愕然とする。映しだされている各所をよく見ると、草木が枯れはじめ、暗雲が立ち込め、岩石が風化して崩れてきていた。少しずつ、着実に、世界は“死んでいっている”のだ。
「嘘だろ……俺らのいた世界が、こんな……」
「自然も、民家も、空まで……!」
悲哀と同時に込み上げた怒りの矛先はギラティナに向かう。一斉に目を向ける。ギラティナの様子は変わりなく、無表情のまま冷たい目線で現界の様子を見ているだけだった。
「時間が経てば、この冥界も同じ様になる。万物が混沌に帰す。それを良しとせん汝らは此処へ来たのだ。ならば、汝らの決意、試させてもらおう」
次の瞬間、暗闇が視界を襲った。目の前が真っ暗になっただけでなく、音も聞こえない、自分の発する声も耳に入って来ない、そんな状態がしばらく続いた。
何が起こっているかを把握できる者は誰もいない。唯一わかることと言えば、視界がはっきりした時に、何かが待ち構えているということだけだ。気を張ってその瞬間を待っている。
「……えっ?」
視界が急に明るくなった。白色から徐々に色づいた光景が目に入ってくると、最初に声を上げたのはドダイトスであった。
「元に、もどった……?」
その声を聞き、他のメンバーも遅れながら状況を把握し始める。そしてドダイトスと同じことを思ったのだ。驚きではく、不可思議、といったような感情とともに。
『“国”に戻ってきたのか?』
そう、先程までいた空間から、“国”に戻ってきたのだ。周囲の光景を見る限り、郊外の平地であろうとアーマルドは話す。しかし、先程とは違う点がいくつかあった。
「おい、ヒトカゲとルカリオは?」
「ルギアとパルキアもどこいった?」
メンバーが辺りを見回しても、ヒトカゲとルカリオ、ルギアとパルキアの4名の姿が見当たらない。どこか違う場所に移されたのかと辺りを見回すと、サイクスが何かを感じ取ったようだ。
「それより、かなりやべぇかも……」
サイクスの言葉で、勘のいいカメックスとジュプトルはすぐに気づいた。血相を変えた彼らの目線の先にある草陰から1匹のポケモンが現れた。
ただの一般のポケモンではないかと一瞬安堵する他のメンバーだが、刹那、四方八方から数多のポケモン達が彼らを取り囲んだ。ざっと見ただけでも、50は超えている。
「な、な、なんだこいつら!?」
「わからん! だが、あんまりいい状況とは思えんな」
ゆっくりと、一歩一歩メンバーの元へ近づいてくる。状況を把握しながらも対策を講じなければと考えている。試しにと、ベイリーフは“はっぱカッター”を当ててみる。
すると、技が当たったポケモンはすぐに倒れた。しかし他のポケモン達は見向きもせず、ひたすらにメンバーの方へとゆっくりと足を運んでいったのだ。
「まるで操られてるみたいね。というか、操られてる?」
「みてぇだな。誰か操り人でもいるということか?」
周辺を見渡すが、それらしき存在は見当たらない。それどころか、先程倒れたポケモン達がむくりと立ち上がり、再びメンバー達の方へと歩き出していたのだ。
「えっ、うう嘘だろ!?」
「さすがは幽霊、ゾンビさながらだな……」
そう、ここは冥界。そこにいる者は技を受けても意識を失うことはない。真因を見つけないかぎり、永遠に彼らは自分達を追い続けていくことになると容易に想像が出来た。
(これ程の数を操る力を持ちし者、ギラティナの他存在せん。我を“国”へ戻し……ん?)
ふと、グラードンがあることに気づいた。しきりに何かを探している様子にカメックスがいち早く気づき、どうしたのかと訊ねる。
「汝ら、すぐにこの場から離れるべし。我が推測が正しければ、希望は存在する」
「希望……?」
その頃、ギラティナは自身の元へ残した者達――パルキア、ルギア、ルカリオ、ヒトカゲを見ていた。一瞬にして消えた仲間達を探すかのように、彼らは首を右へ左へと動かしている。
「どういうつもりだ?」
「我の不安因子はヒトカゲとルカリオのみ。汝らも心に付いていたようだな」
不安因子、という言葉に2人が反応する。ヒトカゲとルカリオは互いに顔を見合わせ、同じ考えであることを確かめた。“不安因子は、おそらく詠唱のことだ”ということを。
「ギラティナ、おめー何か知ってるんだろ? こいつらのこと」
ほぼ同じことを思っていたパルキアがギラティナに問いただす。
「グランサンでガバイトを使って“偵察させた”のもおめーだろ? グラードン起こして、こいつらの能力がどれくれーあるってのを見るために」
この時、ヒトカゲとルカリオは初めて、ガバイトがギラティナと繋がっていたことを知る。思い返せば、ガバイトと共にやってきたメタモンが黒い粒子状になったことや、度々口ずさんでいた“滅び”という言葉が、ここに通じていたのだ。
「2人が詠唱を使えるという確証を得たのだな。ギラティナ、2人が詠唱を使える理由を知っているのではないか?」
核心に迫る質問をルギアが投げる。詠唱の使い手である2人ですら知らない、この能力の秘密。決戦前とはいえ、使い手にとっては気になって仕方がなかったことだ。
「存ぜぬ。だが、汝らも存ぜぬというのなら、答えは自ずと絞られる」
そこで、パルキアとルギアははっと気付かされる。思わず訊き返そうとルギアが口を開きかけるが、『待て』と一言、テレパシーでパルキアが止める。
悟られないよう、わざと頭に疑問符を浮かべる表情に切り替える。『どういうことだ?』と念を送っても『まー落ち着け』としか返ってこない。パルキアにどういった意図があるのか、この時はまだわからずにいた。
(……大体察しがついた。ヒトカゲとルカリオ、こいつらに詠唱の能力を吹き込んだ奴に、この場で直接話してもらおーか)