第104話 追放
全ての母とも呼べる、創造の神・アルセウスが混沌から世界を創造したのは遥か昔の話。世界を創造するにあたり、3つの神を生み出した。
時間を司る、時の神・ディアルガ。
空間を司る、空間の神・パルキア。
反物質を司る、反物質の神・ギラティナ。
アルセウスは次に生命を創造する神を生み出した。
生命を司る、生命の神・ホウオウ。
生命の誕生する場である海を司る、海の神・ルギア。
生命の育む場を司る、大地の神・グラードン、そして水の神・カイオーガ。
彼らは生まれてから瞬く間に、無数の世界を造りあげた。ポケモンだけがいる世界、人間だけがいる世界、両方が共存している世界、両方ともいない世界――全てだ。
そしていくつもの世界で生命を誕生させ、レシラムやアグノムといった王や別の神によって育ませ、生態系を確立させていった。
彼らは“神族”と呼ばれる。
神族には階級があり、ディアルガ・パルキア・ギラティナは第1神族、ホウオウ、ルギア、グラードン、カイオーガは第2神族、以下、第3神族と定められている。
階級こそあるものの、彼らは“家族”。ごくごく一般的な兄弟姉妹のように接してきたのであった。ただ、アルセウスだけは“家族”といえど輪に加わらず、姿すら見せずに見守っているだけだ。
世界が広がりを見せていく中で、壊れていく世界も存在していた。その世界で生きている物に壊せる程の力はないため、神族の誰かによるものだと考えられる。
だが、誰にも意図して壊す理由がない。そして当時はまだ未熟な神故、深い考察もできないでいた。
そんな時、神族全員がアルセウスによって集められた。そこで告げられたのは、あまりに酷い事実であった。
「ギラティナをこの世界から追放します。ここにいてはいけません」
当然ながら、驚きの反応を浮かべる神族達。理由を聞く間もなく、その場からギラティナの姿は消えていた。何も言えないまま、何も反抗できないまま。
「正物質と反物質、それはぶつかった瞬間どちらも消滅します。今、正物質で創られている世界にギラティナが侵入することで、その世界は崩壊していくのです」
淡々とアルセウスが事情を説明し始めた。神族達はこの理屈が理解できても、追放する理由に直結しないと反抗する。すぐにでも元に戻せという声が出る中、アルセウスはこうするに至った経緯を話した。
「一方的に世界を破壊するままではいけません。ギラティナには、反物質で世界を創ってもらいます。しかし、彼は私やホウオウのように、命を吹き込むことはできません。
そこで、輪廻転生という概念を作ります。正物質で創られた世界で一定期間過ごした生命は、肉体を残し反物質で創られた世界へ行きます。そこでも一定期間過ごし、正物質で創られた世界へ戻るときに、以前とは別の肉体へ移ります。
命を扱うという意味ではどちらも変わりません。ギラティナも貴方達と同じ権利があります。ただ、正物質と反物質は相反するものなので、一緒の世界に居続けることは出来ないのです」
今更言われても納得がいかない神族達。これまで相当な時間を一緒に過ごしていて、今になって引き離すのはおかしいと抗議する。それを受け止めた上で、アルセウスはあるものを全員に見せる。
「これは、貴方達が創造した世界と、その世界にいた生命です。ギラティナが立ち入ったことで、徐々に消滅していくのがおわかりでしょう。
貴方達も、手塩にかけて創りあげた世界がこうも簡単に崩壊していくのは、気分もよろしくないでしょう。私も同じです」
見せられたのは、世界が崩壊していく始終だった。それを受けて振り返ると、いくら仕方のない事とはいえ、確かにいい気分にはならない。もどかしい、という言葉がそれに近い。
だからと言って、家族が引き離されることに同意できるはずがない。どうにかならないものかと懇願するが、それに対してはすでに策を講じていた。
「追放と言っても、互いに世界を崩壊させないために領域を分けるだけです。その領域の接続点として、正物質も反物質も干渉しない領域を設けます」
正物質の世界、反物質の世界、そして何にも干渉を受けない領域――それは後に、「現界」「冥界」「ステュクス」と名付けられた。このステュクスにおいては、ギラティナと他の者がいても崩壊が起きないという。
「もし貴方達がギラティナの世界へ立ち入ったとしても、ギラティナが創りあげた世界を崩壊させてしまうので、気をつけてください」
その出来事があってから直に、神族達はステュクスへ向かう。そこには、まだ途方に暮れているギラティナがいた。アルセウスから全てを伝えられてはいたが、他の者達同様、受け入れられずにいる。
それでも、アルセウスが決めたことに背くことは出来ない。ステュクスを境とし、ギラティナは反物質で構成される世界を1人で創っていった。
日を追うに連れて、ギラティナはステュクスに現れなくなっていった。はじめのうちはある程度神族達と会話もしたが、徐々にその頻度も減り、とうとうその姿を神族達の前に見せなくなってしまった。
様子がおかしいと気づいた神族達は、世界を壊すのを覚悟でステュクスから冥界へ行こうとする。特に第1神族であるディアルガとパルキアは常に心配していた。
だが、冥界へはどう頑張っても行くことができなかった。冥界に非常に堅いバリアが張られ、時間や空間を操作しても一切破れなかった。それ故、ギラティナに会って話すどころか、姿を確認することさえ出来ないでいた。
そしてとうとう、ステュクスにさえ立ち入ることが不可能となってしまった。ギラティナは完全に自分以外の者との接点を断ってしまったのだ。神族達は、拒絶されてしまったのだ。
こうなってしまったことに、神族達は心を傷めた。どうにか出来なかったのか、助けてやれなかったのかと悔やむが、時すでに遅し。変えられない現実がそこにはあった。
自ら殻に閉じこもってしまったギラティナは、泣いていた。
“同じ世界にいることができない”とアルセウスから聞いてから、ずっと泣いていた。
今後、永遠に他の神族達と一緒に過ごすことが不可能となるということは、辛いという言葉では到底表現できないものであった。
ギラティナは、泣いていた。
ステュクスで神族達に会えても、それはほんの一瞬のこと。自分の世界へ戻ると、家族は誰もいない。ただただ、孤独が待っているだけだ。
そう考えると、家族に会うことが段々と辛くなっていった。自分以外は同じ世界で過ごし、協力しながら世界を構築していく。自分は、1人で全てをやらなければならない。
ギラティナは、後悔していた。
なぜ、生まれたのか。なぜ、相反する正物質と反物質を創ったのか。こうすることに何の意味があるのだろうか。自分だけ隔離されることを前提としていたのだろうか。
永遠に孤独を抱えたまま冥界に閉じこもることに、誰も干渉しない唯一無二の神であることに意義があるとは思えない。ならばいっそ――
壊してしまえ。
壊して、最初からやり直せばいい。
世界の創造、否、我が命が誕生する前へ。
全てを混沌に帰すのだ。
ギラティナは、“滅び”を望んだ。
1度リセットをすることで、正物質、反物質という概念をなくし、隔たりのない世界を構築する。そうすれば、冥界に閉じこもる必要もなくなる。
もう1度、生まれ変わればいい。自分自身にとっても、他の神族にとっても納得の行く形にすればいい。きっと、それを望んでくれているはず。そうギラティナは考えていた。
ギラティナは、覚悟を決めた。
我が動かねば。
我がせねば。
我が力で、世界を混沌に帰すのだ。
――これ以外に、“今は”術無し。