第103話 再会
なんで俺は手を離してしまったのだろうか。
なんで俺は助けてやれなかったのだろうか。
俺も一緒に落ちるべきだっただろうか。
レッドクリフの件以来、ルカリオが何度も考えていたことだ。時が経ち多少は和らいだものの、たまに夢にもあの出来事が現れると、同じことを思い返す。
手を離した瞬間、消えた1つの命。故意ではないとはいえ、自責の念が彼を苦しめた。その事実は今も変わりなく、一生つきまとうものだと思っていた。
しかし、こういう形で再会できることになるとは、夢にも思っていなかったであろう。今ルカリオの心の中にあるのは嬉しさでも後悔でもない。“逢いたい”ただそれだけであった。
「あの先に見える小屋だ」
先導していたルギアが指したのは、白色の壁面を持つ小さな小屋。そこがアーマルドの家だと聞いたと言う。
真っ先に、ルカリオが走りだす。彼に続く形で、他のメンバーも足を速める。その瞬間を求めて、彼らは小屋へと向けて一目散に走っていった。
「おい、アーマルド! おい!」
小屋の扉を叩きながら、中にいるであろうアーマルドのことをルカリオは呼び続けた。だが返事どころか、物音ひとつ返って来る気配がない。どうやら中に誰もいないようだ。
彼がここに住んでいるという情報が間違いであったのだろうかと思い始める。だがそんなはずはないとルギアが語る。いくらあのミュウツーでも、くだらない嘘をついたところで何も得しないことをわかっていたからだ。
「いないだけか……どこか探しに!」
家にいないことがわかると、ルカリオはすぐさまアーマルドのことを探しに行こうと、小屋を背に向けた。道を見つけるために顔を上げた、その時であった。
「……えっ?」
すぐ近くの茂みから、みんなの見慣れた姿が1つ、ひょこっと出てきたのだ。そのポケモンも目の前にいる団体に目が行くと、思わずその場に立ち止まってしまった。
直に、その場にいたメンバーのほとんどが目に涙を浮かべた。そこにいたのは、紛れもなく全員が会いたがっていた、“友達”なのだから――。
『アーマルド!!』
皆が叫ぶ。懐かしい顔ぶれにアーマルドの目にも涙が浮かび始めていた。彼が何かを喋ろうとした時、すっと、ルカリオが彼の方へと足を運ばせる。
まだ驚きが大きいからか、アーマルドはその場から動けずにいる。その間にも、ルカリオがどんどん彼へと近づいていく。メンバーも、感動の再会が待っていると思い込んでいた――のだが。
「てめぇグランサンで俺の財布盗ったろ!? あの後いくら探しても出てこなくて大変な目にあったんだぞ! えっ!?」
ルカリオの口から出てきたのは、財布の件。地獄で会ったら絶対に言ってやると決めていただけあって、その勢いは凄まじい。もちろん、再会の第一声がこれであることに全員の開いた口が塞がらない。
「え、えっ? あ、あ――財布! どこだっけ……」
「しらばっくれんな! お前の手癖悪いのは知ってんだ! 俺の物勝手に掴んで……」
そこまで言うと、ルカリオの怒号が止まった。一気にその場が静まり返り、アーマルドもどうしたのかと顔を覗かせた。すると、怒っていたルカリオが一変、涙していたのだ。
「……“勝手にいっちまいやがって”。ずっと逢いたかったんだからな」
その頃、別の場所ではパルキアとミュウツーが話を続けていた。パルキアは、ミュウツーがアーマルドの居場所を簡単に教えたことに引っかかり、探りを入れている。
「だけどよー、何で今回のことがポケモンと人間の共存に繋がるんだ?」
素直に質問をぶつけていく。そしてミュウツーも一切動じることなく、淡々と質問に対する答えを口にしていく。
「先程聞いたときに、世界を混沌に帰すのを阻止するって言っていただろう。それには人間のいる世界も含まれているからだ。あいつらのいる世界だけ護ることもできるはず」
「なるほどなー。でも、てめーの答えにしては幼稚すぎねーか?」
納得がいかない様子で、パルキアがミュウツーの顔を覗きこむ。「何がおかしい」という表情をしたミュウツーを見ながら、持論を述べていく。
「本当はあいつらに期待かけてんじゃねーか? “自ら諦めたこと”をやってくれるんでねーかって。でなきゃ、ここにお前が――」
「どうだかな。閻魔帳でも見てみるがいい」
そう言い放つと、ミュウツーはパルキアに背を向け、どこかへと立ち去っていった。しばらく背中を見続けながら考え事をし、直にパルキアもヒトカゲ達のいる所へと戻って行った。
彼が合流する頃には、感動の再会を済ませて大体の事情説明も終わっていた。ただ1つ、アーマルドにとって理解が追いつけずにいることがあった。ジュプトルである。
「いくらなんでも、敵だった奴をこの数分で受け入れろってのは……」
「無理もない。俺だって時間を要した」
一応互いに話はできるものの、アーマルドは気が入っていない。ジュプトルもそれを感じてはいるが、致し方ないとして受け入れるしかない。
「この犬が俺の言うこと聞くようになるまで随分手間取ったからな」
「あー確かに。すぐ怒るし、何かあれば他人のせいにするし」
「おい貴様ら」
この2人が打ち解け合うまでにそう時間を要さないだろう、と誰もが思った瞬間だった。
「それで、これからどうすればいいの?」
ルカリオが憤慨している横で、冷静に、というよりは空気を読まずにヒトカゲが発言する。そして見慣れたせいか、ルギアも淡々とヒトカゲの質問に答えていく。
「まずは北東で拘束されているはずのディアルガを助けねば。そこに行けばおそらくギラティナも近くにいるだろう」
「如何にして解放すべきか、術は見てみんことには……」
グラードンの言うとおり、助けるとは言ったものの、赤い鎖をどう解き放つかが問題である。そもそも赤い鎖には何か特殊な力があるのかという声に、パルキアが応じる。
「別に」
だそうだ。
「ただ、ディアルガを縛ってんだから、相当強力なもんだってことを頭に入れねーとな」
おそらく鎖を破壊するだけだとしても、神族レベルでもそれなりに苦労するため、容易な救出は難しいだろう。そしてその場にギラティナがいるとなると、厄介さが増す。
「じゃあ早めに行った方がいいんじゃないです?」
「早いに越したことはない。可能ならば今すぐにでも向かいたい」
感動(?)の再会もつかの間、早々にディアルガの元へと向かう気になっている神族達。彼らには力がある。しかし他のメンバーは至って普通のポケモン達である。策を練らなければ立ち向かえないと思っている。
そのせいか、なかなか足が前へ進まない。進めたくても、鉛の錘が巻き付いているかのように、意志に反して動かない。そんな彼らの背中を押したのは、パルキアだ。
「てめーらを連れてきた以上、俺らもフォローするからよ」
半ば強制的に巻き込まれたから当然だろうと思うところではあるが、今となっては、心強い言葉に聞こえたようだ。少しずつではあるが、足が前へ動くようになる。
1時間程歩いた頃だろうか、アーマルドが見覚えのある場所になってきたと言う。この時、周りには民家は一切なく、霧だけが辺りを埋め尽くしている一本道を進んでいた。
誰かが潜んでいる気配もなく、ただただ静寂と冷気を感じているだけだ。神族もこのような場所を訪れたことがないため、非常に警戒心を強めながらディアルガを捜している。
「うーむ……アーマルド、この先はどうなっているのだ?」
唯一、この道程の先を知っているアーマルドに、ルギアが問いかける。
「ある瞬間、1歩先進んだら全く別世界な場所になってた。そこはここと違って暗くて、空中にあるガラスの道に立っているような感じだった」
いまいちピンと来ない表現ではあるが、パルキアがよく創造する亜空間がそれに近い。とはいえ、アーマルド以外立ち入ったことも見たこともないため、実際に目にしないことには何も言えない。
しかし彼の言うように、ある瞬間その世界に変わるということは、心構えもできないまま敵の陣地に迷い込むことと同じだ。何が待ち受けているかもわからない。1歩1歩が慎重にならざるを得ない。
「いいか、この先何が待ち受けているかわからない。気を引きし――」
なんの前触れもなく、“ある瞬間”が訪れてしまった。一面霧だった視界が突如として暗いものとなり、アーマルドが説明した通りの光景が広がっていた。
『こっ、これは……!』
全員が驚きの声を上げる。足元を見ると下に地面らしきものは見当たらない。まるで宙に浮かんでいる感覚に陥っている。咄嗟に後ろを振り返るも、先程まで通ってきた道はない。
一気に全員の心臓の鼓動が高鳴る。緊張、恐怖、警戒などの感情が混ざり、息苦しささえ感じるほどだ。どうすれば良いかもわからず、その場から動けずにいる。
「どうする、どうすればいいんだ!?」
「落ち着け! まだ気配はない。急な攻撃に備えて構えておくんだ」
一同、警戒態勢に入る。ルギアとグラードン、そしてパルキアは精神を集中させて気配を探る。おそらく相手からは丸見えの状態のため、全方向から襲われる可能性がある。
1秒、10秒、1分――一向に気配を感じることなく、ただ時が進んでいく。一瞬彼らの集中力が切れた、まさにその時、天上から奴の声が聞こえてきた。
「よくぞ参ったな」
一切の気配を感じさせずに、冥界の神――ギラティナは全員の前にその姿を露わにした。