第102話 冥界
「どうやって行くんだ?」
シーフォードから移動中、ふとルカリオが訊ねた。それはメンバー全員が同じ疑問をもっていたが、さすがに「死んで直に冥界に行く」と思うものはいなかったようだ。
「ギラティナの奴、ご丁寧に入口を作っといてくれたみてーなんだ」
パルキア曰く、ここからさほど離れてない場所に、大きな岩場があるという。その岩の1つに鏡のように反射しているものがあり、そこから入ると冥界に繋がっているのだとか。
「なんでわかったんです?」
「ホウオウの羽だ。ラゼングロードから一定間隔で道に刺さっててよ」
「それが道標、ってことか」
そう言っているうちに、道端にホウオウの羽を見つけた。羽は虹色を帯びていないことから、やはり魂はホウオウのものではないとヒトカゲは確信した。
「……あれだな」
ルギアの目線の先には、先程の話に出ていた大きな岩と、グラードンの姿があった。どうやら先に移動して彼らを待っていたようだ。グラードンもルギア達に気づくと、体をそちらへと向ける。
「待たせたな、グラードン。何か変化はあったか?」
「否。何人も現れる様子すらない」
グラードンの目のやる方を見ると、先程の話に出てきたように、大きな岩のうち1つが鏡のように反射していた。覗きこむと、自分の姿がはっきりと映っている。
「ここから入るのか?」
「そうだ。水のように入り込める」
すると、お先と一言だけ残してパルキアがすっと前へ出た。水面さながら岩の側面が揺れ、パルキアの姿が岩の中へと消えていったのだ。メンバーは少々驚くも、簡単に冥界へ行けることに安心する。
「では、私達に続いてくれ。息はできるから安心しろ」
そう言うと、ルギアとグラードンが中へと入っていく。それに続こうとヒトカゲとルカリオも入ろうとするが、あと1歩のところで踏み止まってしまう。
恐れはとっくになくなったはずだ。だが心の中に引っかかりを覚えてしまった。戻れるか? やれるか? 自信を持っていたが、いざとなると緊張がそんなことを思い出させてしまう。
「ほら、詰まってるぞ」
何気なく、後ろからバンギラスとカメックスが2人の背中をトンと押す。体重の軽い2人はバランスを崩し、誰もが想像できるほど典型的なオチを迎える。
「あっ、ちょっとぉぉ!!」
ヒトカゲとルカリオの叫び声は、岩の中へと消えていった。
「ん、何も見えない……」
岩の中へ入って間もなく、ヒトカゲとルカリオは地に足をつけた。階段を1段降りた感覚で冥界に辿り着いてしまったようだ。辺りは濃い霧で覆われており、周りを把握できないでいる。
2人があたふたしているうちに、後ろから次々とメンバーがやって来る。彼らの視界も悪いため、目の前にいる2人にぶつかったり蹴飛ばしたりと、散々な目に合わされている。
「痛ぇーから!」
「ごめんごめん。何せ見えないもんだからさー」
とりあえず、声を聞いているうちに全員が無事に辿り着いたことだけはわかったようだ。ちょうどその時、突風が吹き荒れ、みるみるうちに霧が晴れていく。
「全員いるな」
そう言ったのは、メンバーの近くにいたルギアだ。“かぜおこし”で霧を払ってくれたようだ。視界がはっきりしたメンバーは、ルギアとパルキア、そしてグラードンの方を向く。
「これから“国”に向かう。迷いやすいから気をつけてついて来い」
『“国”?』
「そうだ。死んだ奴らが暮らす場所――名前もない“国”だ」
神達の言う“国”へ向かおうと足を踏みだそうとした時、ふとヒトカゲは横を見る。そこには見たことのある光景が広がっており、思わず足を止めてしまう。
「ん、どした?」
「……ここ、ステュクス?」
その言葉に、ヒトカゲ以外全員が彼の目線の方向を向く。反対側が見えないほどの幅の広い大きな川が1つ、流れていた。非常にゆったりとした流れのこの川の名前を、パルキアが教えてくれた。
「あぁ。この川はステュクスだ。現界(げんかい)と冥界の間にある境界線みてーなもんだな」
ヒトカゲは確信した。間違いない、ここで自分はホウオウの魂と出会ったと。1年前の光景を思い出しながら、ここであったことを説明していく。
「……ってことは、もしかしたらこの近くにホウオウの魂が?」
「私もそう思って気配を探っているが、どうやら違うようだ。ここではないらしい」
話を聞き、いち早くルギアが行動を起こしていた。しかしホウオウの居場所は別の所にあるという。いずれにせよ、“国”へ行けば何かわかるだろうと、全員の足を急がせる。
1時間ほど歩くと、ようやくメンバーの目に街のようなものが見えてきた。これが“国”であるとルギアは言う。始めは特異なものを想像していたが、実際に見てみると現実世界と変わらないものであった。
家、道、植物、それら全てが自分達の知っているものと同じである。唯一違うものがあるとすれば、空の色が青ではなくて黄色く輝いていることであろうか。
「ここにいる奴ら、全員死んでるんだよな」
「そうだ。死んだ奴の大半はここでしばらくの間生活をする。そしてどのタイミングかは俺も知らねーが、全ての記憶を消され、新しい命として現界へ戻る。つまり輪廻転生ってやつだな」
パルキアの説明によると、全ての者が輪廻転生されるわけではないという。現世での悪事や、冥界へ来てからの言動によっては、魂を打ち砕かれることになるのだとか。そしてこれらを執行するのが、ギラティナなのだ。
「ギラティナは冥界の神。あいつは全ての者の命を操作できる。俺達神族はともかく、てめーらはいつ魂を砕かれてもおかしくねーんだぜ」
「あっ、だからこの前、『慈悲の心ぐれーは残ってるはず』って……」
「そういうこった。赤子の手をひねるくれー簡単なことだからな」
それを聞き、メンバーはギラティナの意図を想像し始める。本当に、自身の行動を止めてほしいがために生かしているのか、それとも別の理由があるのだろうか、各々が考えを巡らせる。
そうこうしているうちに、“国”の中心辺りまでやって来ていた。多くはないが、住人と思われるポケモン(実際には実体を持たない幽霊ではあるが)を見かけることができた。
「あのー、すみません」
誰よりも早く声を発したのは、ルカリオであった。何事かとメンバーが彼の方を振り向くと、近くにいたポケモンに話しかけていた。相手は年老いたコジョンドである。
「最近、ここら辺でアーマルドを見かけてませんか?」
「さぁ……毎日外に出歩いてるけど、知らないねぇ」
一言お礼を言うと、すぐさまルカリオは別のポケモンのところへ行き、同じ質問をする。彼がすぐにでもアーマルドに会いたがっているのは、一目瞭然であった。
彼らは住人に訊ねつつ、以前聴いたフリズムのメッセージにあった北東へと向かう。アーマルドが見つからないことに少々苛立ちを覚えてきたのか、ルカリオがため息混じりに声を荒げる。
「あー、どこなんだよ、正確な場所言えっつーの」
「来たばっかでそれは無理だろ。仕方ない」
ドダイトスがなだめるが、ふてくされた様子。それでも聞きこみをやめず、アーマルドの奴はどこだ、会わなきゃいけないんだと口にする。
もう2度と会えないと思っていた、旅のメンバー。本来の望んだ形ではないものの、再び会える機会が巡ってきたのだ。会ってこの事件の真相を掴むのはもちろん。会って伝えたいことがあるのだと言う。
そんな時、先に移動していたルギアがメンバーの元へ飛んできた。
「いい知らせだ。アーマルドを見つけたぞ」
『ほっ、本当!?』
一同、大声を出さずにはいられなかった。どこだどこだと詳細をせがむ彼らを落ち着かせながら、ルギアはゆっくりと説明し始める。
「ここからさほど離れてないところに木造の家がある。彼はそこに住んでいるとのことだ」
朗報が舞い降り、メンバー全員が歓喜の声を上げる。ヒトカゲが純粋な気持ちで「誰が教えてくれたの?」と訊くと、ルギアは少々言葉を詰まらせた。
「……かつての知り合いだ」
それ以上は答えようとしなかった。疑問が残ったが、それよりもアーマルドが見つかったという事実が上回り、そちらばかりに気を取られている。ヒトカゲはこれ以上聞くことはしなかった。
「案内する。ついて来い」
ルギアに従い、一行はアーマルドがいるという場所を目指して歩き始めた。
「しっかし、てめーがなぁー」
その頃、パルキアはというと、ルギアにアーマルドの居場所を教えてくれた者と話をしていた。口ぶりからするとパルキアもその者の事を知っているようだ。
「あのアーマルドだけではさすがに無理がある。それを知っていての狼藉(ろうぜき)か?」
「狼藉って……てめーこそ、よく協力する気になったな。仮にもヒトカゲが絡んでるんだぜ?」
会話の内容から、どうやらヒトカゲの事も知っている様子。パルキアの方に目をやりながら、その者は表情を変えずに淡々と話を続けていく。
「私は未だに答えが見つからずにいる。だが自身で答えを見つけ出す術を失った今、あのヒトカゲに答えを見つけてもらう他ないだろう」
ふーん、と言いながら、パルキアは頬を掻く。決して興味が薄れているのではなく、その逆だ。どう質問してやろうかと考えるときに、頬を掻く癖があるようだ。
「答えか……俺らポケモンと人間が共存していくことができるか、そしてそれが正しいか否か、ヒトカゲの行動を以って答えとする……そういうことだろ? ミュウツーさんよぉ」