第8話 生意気ブイゼル
3バカが逮捕された翌日、ヒトカゲとルカリオは再びホウオウについて調べるために聞き込みや図書探しをしたが、何一つ情報を得ることができなかった。
その晩、宿に戻った2人が話し合った結果、この街には手がかりになるようなものはないと判断し、翌日に次の街へ移動することを決めた。
「もう寝よっか。おやすみ〜」
「昼まで寝るんじゃねーぞ」
実はこの日も昼まで寝ていたヒトカゲ。これにはルカリオも程ほど呆れていた。絶対朝には起きろと再三注意した後、2人は眠りについた。
「そういう日もあるって」
「……う、うるせぇ」
翌日の昼、2人はシーフォードを出て次の街へと続く道を、ヒトカゲは笑いながら、ルカリオはどことなく赤い顔をしながら歩いている。
「でもビックリしちゃったよ。僕が起きたらルカリオがまだ……」
「それ以上喋んじゃねぇ……!」
自分の行いを頭の中で必死に否定するかのように、その会話を遮断してしまうルカリオ。自分が寝坊してしまった事が彼にとっては大きな汚点となってしまったようだ。そしてそれを先程からヒトカゲにつつかれている。それがさらに彼を苛立たせていた。
「あ、ルカリオあれ見て」
そんなルカリオの事を全く気にせず、ヒトカゲはいつもの調子で声をかける。苛々しながらもルカリオはヒトカゲの指差す方向を見ると、その場に立ち止まってしまった。
「……ちっ、よりよって……」
2人が見たもの、それは分岐している道だった。そしておもわずルカリオが舌打ちしてしまったのは、ここに立ててあるはずの立て看板がどこにも見あたらないのだ。
2人は地図を持っていないため、看板を頼りにしながらここまでやって来た。つまりこれから先どの道にいけばいいかわからない状況なのだ。
「どうしよっか? ルカリオわからない?」
「俺もこないだ船でシーフォードに来たばっかだからな。全く知らねぇぜ」
どうすればよいか途方にくれていた時、後ろから1匹のブイゼルがこちらに向かって歩いていた。そのブイゼルが目に入ると、2人がこれはチャンスと言わんばかりの勢いでブイゼルに近づく。
「お、おい!」
呼び止められたブイゼルは、少し不機嫌そうに返事をする。
「何?」
「俺達、隣町のインコロットに行きたいんだ。よければ案内してくれないか?」
ルカリオはブイゼルの目線までしゃがんで優しく頼み込む。この時、ルカリオは100%このブイゼルが言う事を聞いてくれると確信していたようで、気が緩んでいた。だがブイゼルから返ってきた返事は意外なもので、おもわず聞き返してしまった。
「はぁ? 何で僕が?」
「ありが……えっ?」
まさかこんな言葉が返ってくるとは思ってもいなかっただろう、ルカリオは勘違いしてお礼を言いかけてしまった。ブイゼルの顔を見ると、あからさまに嫌そうな顔をしている。
「だから、何でこの僕がお前達の道案内をしなきゃいけないのかって言ってんの」
このブイゼル、どうやらヒトカゲとルカリオを見下しているようだ。上から目線のものの言い方しかしない。
「て、てめ……ふがっ!?」
ブイゼルの態度にキレかかったルカリオが殴りかかろうとしたのをヒトカゲが口を押さえて止めに入る。
「ん、んんんーんん(おい、何すんだよ)!?」
「まあまあ、相手は子供なんだからさ」
興奮気味のルカリオをヒトカゲがなだめている。そのやりとりがブイゼルの耳に入ったのか、今度はヒトカゲに対して同じ口調でふっかけた。
「お前だって子供じゃんか。ま、でもそのわりには会話が成り立ちそうだからまだそっちのバカそうなルカリオよりマシかな」
「……てめぇこのガキ一発ぶん殴らせろ!」
「お、落ち着いて落ち着いて!」
ヒトカゲが必死になって再びルカリオを止めている。それを馬鹿馬鹿しく感じているのか、ブイゼルは鼻で「ふん」と言いながらそっぽを向いた。
その後、なんとかルカリオを落ち着かせてヒトカゲがブイゼルに交渉すると、条件付きでインコロットまで道案内をしてくれることになった。ただしその条件というのが、今のヒトカゲにとってはとても危ないものであったのだ。
「次、右」
(……何で俺が……)
ピリピリしながら歩いているのはルカリオ。そして彼に肩車してもらっているのは、ブイゼルだ。ブイゼルが出した条件というのは、街まで肩車しろというものだった。
ルカリオがいつブイゼルを半殺しにしてもおかしくない、そう警戒しながらヒトカゲは2人の言動に注意して歩いていた。
「ねえ、僕お腹空いたんだけど、何か食べるもんない?」
そんな状況の中、ブイゼルは食べ物を要求してきた。傍から見ればブイゼルは王様気取りだ。ルカリオの顔つきが変わったのが目に入り、ヒトカゲは慌ててカバンを漁る。
「あっ、リンゴあるよ! これあげる!」
幸運にも、カバンの中にはリンゴが入っていた。それを取り出してヒトカゲが差し出したが、ブイゼルはそれをじっと見るだけで一向に受け取ろうとしない。
「どうしたの?」
「これ、ただのリンゴでしょ? 僕、おうごんのリンゴしか食べたくない」
(な、生意気なっ……!)
ブイゼルのわがままを聞いて、ヒトカゲとルカリオは同じ事を思った。さらにブイゼルは、ルカリオの怒りのボルテージを上げる発言をした。
「ねえ、どっかで買ってきてよおっさん」
「お、おっさんだと!?」
この世に生を受けてまだ22年しか経っていないルカリオをおっさん扱いしたブイゼル。この瞬間、ルカリオの中で何かが破裂する音が聞こえた。
「……さ、さっきから黙ってりゃ調子に乗りやがって……」
ルカリオの怒りは最高潮に達している。もう自分には止められないとヒトカゲは悟り、ただ頭を抱えているしかなかった。
とうとうルカリオは我慢できなくなり、怒りを露にする。頭の上で騒ぎ続けているブイゼルの片足を掴むと、空中で宙吊り状態にした。突然の事にブイゼルは暴れだす。
「な、何するんだよ! やめろよ!」
「うっせぇ! 生意気なんだよクソガキ!」
ヒトカゲはその場で慌てふためいているが何もできないでいる。その間にもルカリオとブイゼルの口げんかは続く。
「ぼ、僕にこんなことしたら、もう道案内してあげないもんね!」
「おぉ上等じゃねーか! てめぇなんかに教えてもらうくらいならこっちから願い下げだ! 勝手にどこでもいきやがれ!」
こうは言うものの、実際はルカリオが道案内してくれと頼んでいるのだから、ずいぶん矛盾した発言になってしまっている。勢いに任せて言っているせいか、この矛盾に誰も気付かない。
「……と、言いたいところだが……」
少し冷静になったのか、落ち着いた表情でルカリオが言う。ヒトカゲもその様子を見てほっと一息ついたが、それは間違いであった。
「自由にする前に、ボコらせろ」
『ええっ!?』
ヒトカゲとブイゼルは目を大きく見開いて驚いた。ルカリオを止めようとした時には、既に彼の右手は固くしっかりと握り締められていた。どうやら宙吊りのままブイゼルを殴るようだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 子供にそんな事する気!?」
初めてブイセルが弱いところを見せた。だが今のルカリオにはどうでもよい事だった。
「子供だろうが老いぼれだろうが関係ねぇ。ムカつく奴はこうするんだよ!」
そう言うと、ルカリオは自分の右手を勢いよくブイゼルの顔面めがけ振った。目の前まで迫ってきた拳に臆し、ブイゼルはぎゅっと目を瞑った、まさにその時だった。
「待ってください」
突如、どこからか声が聞こえた。その声に気付いたルカリオはブイゼルの顔面すれすれのところでぴたりと拳を止める。辺りを見回すと、自分達の後ろに1匹のフローゼルが立っていたのだ。
そのフローゼルは黙ってヒトカゲ達に近づき、ルカリオに宙吊りにされているブイゼルを見た。そして何かを確認すると大きく息を吸い、大声でブイゼルに怒鳴りつけた。
「このバカ息子が!」
フローゼルはそう怒鳴りながら、ブイゼルの顎を思い切り殴りつけた。ルカリオが驚いて手を離してしまったため、ブイゼルは地面に突き刺さるのではないかというくらいの勢いで地面に潰された。
「“うずしお”!」
すかさずフローゼルは“うずしお”をくりだし、大きな渦潮の中にブイゼルを閉じ込めた。2人は唖然としながら見ているしかできなかった。
それが済むと、ゆっくりとフローゼルが近づいてきて、2人に深く頭を下げた。
「うちのバカ息子がご迷惑をかけ、申し訳ございませんでした」
『い、いえいえ』
絶対に散々迷惑をかけられたと言ってはいけない、2人は直感的にそう思って本当の事を言えなかった。
「実はあの子、うちで何かあるかにつけ家出しては、他人様に迷惑ばかりかけて……かなづちだからああやって“うずしお”に閉じ込めて反省させるんです」
さらにフローゼルは謝罪を繰り返す。それは水に流していいからとりあえず道を教えてほしいと2人が言うと、フローゼルが誠心誠意を持って案内してくれると言う。
「あの……ブイゼルどうするんですか?」
「あの子は放っておいて下さい。気絶するくらいまでやらないときっとダメでしょうから」
世の中には恐ろしい親もいるもんだ。2人はいい経験をしたと自分に言い聞かせながら、フローゼルの後ろを歩いていった。