第6話 脱獄犯
あれから昼食を食べ、2人はこれから先どうするかを考えていた。
「困ったな〜、ホウオウとディアルガ捜しだろ?」
イスに座り、腕組みしながらルカリオは頭をひねっていた。簡単に言ってしまえばただのポケ捜しになるが、その対象があまりにも崇高な存在故、ただ歩き回っていても見つかるものではない。
「そうだね。前はルギアの方からテレパシーが送られてきたから、どうすればいいかわかったんだけどね」
ヒトカゲも首を傾げたまま考えていた。引き受けたのはいいものの、改めてこれは無理難題だなと思ったようで、顔をしかめる。
「……よしっ!」
何かを決心したかのようにルカリオは気合いを入れて立ち上がった。
「どうしたの?」
「考えても仕方ねぇから、やっぱ捜査の基本、聞き込みから始めるしかねーだろ?」
地道に聞き込みをやっていくのが近道と思ったのだろう、ルカリオは得意げな顔でカッコつけながらヒトカゲに言った。早く行くぞと言わんばかりに手を差し出している。
「え〜本気〜?」
そんなルカリオの想いを知ってか知らずか、ヒトカゲは面倒くさそうに聞き返す。当然だが、それを聞いたルカリオの頭には血管が浮かび上がってきた。
「これはお前がやらんといけねーもんだろ……!」
「す、すみません……」
この1日で数回ルカリオを怒らせてしまったヒトカゲだが、今回は今までの中で1番恐かったようだ。ヒトカゲを見下ろすルカリオの目が赤く光っているように見えたらしい。
しばらくして、2人はシーフォードの中心街に到着した。昼過ぎだからか、多くのポケモン達が露店で買い物をしたり喫茶店でくつろいだり、はたまた井戸端会議をするものやただのウインドウショッピングをしているものもいた。
「昨日も見たけどすごいなー!」
ヒトカゲは改めて、この街に集うポケモンの多さに驚いていた。特に商店街のアーケードの方はポケモン密度が大きく、立ち入る隙間が少しもないほどだ。
「こりゃ骨だな」
提案したルカリオも小さく溜息を漏らす。自分が言い出したからにはやらなければ示しがつかない。
「仕方ない、やるか。ヒトカゲ、お前はあっちに行ってこい」
「了解!」
ルカリオの指示した方向にヒトカゲは走っていこうとしたが、何となく不安になったルカリオは一旦ヒトカゲを呼び止める。
「ちょっと待て!」
呼び止められたヒトカゲは不思議そうな顔をしながらも、ルカリオの元へ駆け寄った。
「お前、まさかとは思うが、『ホウオウとディアルガはどこにいますか?』なんて幼稚な質問しようとしてないだろうな?」
「えっ、それじゃいけない?」
ルカリオはそれを聞いて頭痛をもよおしたようだ。頭を抱えて大きく溜息をつく。
(……こいつ、本当にリザードンだったのかよ……)
思考そのものまで退化してしまったのかとルカリオは疑ったが、実際はそうではない。ヒトカゲは昔からこのままの性格が変わっていないだけなのである。
「あのなー、聞き込みってもんはな……」
そこまで言いかけた時、1匹のゴーリキーが何やら慌てた様子でこちらに向かって走ってきていた。手には紙切れが1枚しっかと握られている。
「おーい! 大変だぞ!!」
その声に気付いたポケモン達は、ゴーリキーの方へと近づいていく。その流れに乗って、ヒトカゲとルカリオもついていった。
「どうしたんだ?」
「これを見てくれよ! さっき掲示板に貼られたばかりのモンだ!」
ゴーリキーの周りには、その紙に書かれた内容を読みたいと思うポケモン達が我先にと群がる。そのせいでルカリオは他のポケモン達に阻まれて動けずにいたが、ヒトカゲはその隙間をかい潜(くぐ)ってゴーリキーのところまで辿り着いた。
「見〜せ〜て〜!」
なかなか紙に書かれていることが読めずにいたヒトカゲは思い切って、紙に群がる他のポケモン達によじ登った。紙に書かれている文字が読める位置まで登ると、1文字ずつゆっくり読み始めた。
「けいむ……しょで、しゅーポ……ケがだ……つご……く」
ヒトカゲは頭の中でもう1回その言葉を整理すると、ようやく意味が通じる文が浮き上がってきた。
「け、刑務所で囚ポケが脱獄!?」
叫びながらヒトカゲはルカリオに伝えるためにルカリオを捜す。群がっているポケモン達の頭の上をぴょんぴょんと跳ねながら移動すると、途中で見覚えのある青色の耳を踏んだ感じがした。
「あっ、いた!」
「……俺を踏むな」
もう1度その耳を見つけると、そのポケモンの頭の上に乗っかったヒトカゲ。間違いなくルカリオだとわかったのは、彼の怒った表情を見たときだ。
「刑務所で脱獄があったんだって!!」
「ああ、俺も聞いたぜ。しかもこの街に潜伏しているかもしれないらしいな」
さらにルカリオの聞いた情報によると、その囚ポケは過去に何度も脱獄に成功している、云わば常習犯とのこと。しかもそう簡単に捕まらないようだ。
「ルカリオ、捜そう!」
「言われなくてもわかってるさ!」
ポケ混みを掻き分けてポケモン達の少ない通りへ出ると、ヒトカゲとルカリオは二手に分かれて脱獄犯を捜し始めた。
その頃、街の中にあるポフィンのお店では、あの3人がくつろいでいた。
「いや〜案外うまくいくもんですね〜」
「そうだな。何回かやったけど、今回ほど簡単にできたことはないよな」
ポフィンを食べながら、2人のポケモンが嬉しそうに喋っている。その向かいの席には、そのグループの中心となるポケモンが座っている。
「まあ長かったけど、ようやくアタイ達もこうやって広いところに来れたわけだし、これからは思う存分やっていこうじゃないの!」
『おーっ!』
堂々と大声で何やら怪しい事を口にしているのは、何をするにしてもバカ丸出しである3人――華麗な泥棒猫・ペルシアン、俊足な狩猟蛇・アーボック、そしてこのグループのリーダーである、トリッキーウーマンことオオタチである。
「でも、さすが姐さん! あんな方法を思いつくとは、さすが!」
「俺達の中で1番頭がいいからなぁ」
ペルシアンとアーボックがオオタチの事を誉め称える。この中で見れば確かにオオタチは1番頭がいいが、サイクスと比べると天と地ほどの差がある。
「ふっ、そんなに誉めるんじゃないよ」
気分を良くしたのか、オオタチは若干照れている。もう1度言っておくが、この3人は誰もが認めるバカである。
「それにしても、ここのポフィン美味いっすね」
「当たり前だろ、ガイドブックにはこの街1番って書いてあるからな」
「アタイはアマリジョ島のエレデンポフィンが好きだけど、まぁ悪くない味ね」
3バカは談笑しながらくつろいでいる。若者ならまだしも、3バカの年齢はいわゆる「おじさん」「おばさん」と呼ばれ始めるくらいの歳なので、ウエイトレスのロゼリアはこのテーブルに行くのを少し嫌がっている。
そして遠くから見ても目立っている。その姿はこちらに向かって走ってきていたヒトカゲの目にもバッチリ映っていた。
「あれ? あれって……3バカ?」
ヒトカゲは直感的に、3バカが脱獄犯だと睨んだようだ。駆け足で3バカの元へと近づく。そして3バカの目にもヒトカゲの姿が映った。
「げっ、ヒトカゲ! 何でアイランドじゃなくここに!?」
3バカはまさかヒトカゲがポケラス大陸にいると思っていなかったらしく、相当驚いている。そんな事はお構いなしに、ヒトカゲは3バカを問い詰める。
「どうしてこんなとこにいるのかな?」
「どうして? いちゃいけねぇのか?」
ペルシアンが逆に聞き返す。悪びれる様子がないと感じたヒトカゲは、怒った様子で3バカに対して強い口調で話した。
「早く刑務所戻りなよ!」
『……も、戻りな!?』
3バカが口を揃えて言った。何か引っかかることがあるのか、ヒトカゲに対してどういう意味か訊ねると同時にそれを否定した。
「も、戻りなってどういうことだよ!?」
「あたかも俺達が刑務所暮らしだったみてぇな言い方じゃねぇか!」
「アタイ達が刑務所に? んなワケないじゃない!」
少々怒りながら3バカは、自分達はただくつろいでいるだけだと主張した。ヒトカゲも3バカの様子から、こいつらが脱獄犯というわけではなさそうだと悟った。
(そうだよね、こんなバカに脱獄なんかできやしない)
相当見下してもいるようだ。
「じゃあさっきと同じ質問ね。どうしてこんなとこにいるの?」
ヒトカゲは念のため3バカに対して、ここにいる理由について訊ねた。まだ少しだけ興奮気味のアーボックがそれに答える。
「俺らは貨物に混じってアイランドから船に乗ってこっちに来ただけだ。それに、脱獄どころか今まで捕まったことすらねぇよ」
その証拠なのだろうか、3バカは自分達の後ろにあった、大量のモモンのみが入った輸出用の袋をヒトカゲに見せつけた。その袋にはタグがついていて、印刷されている日付は昨日になっている。
「ホントだ……」
それを見て、3バカの言うことを信じたヒトカゲ。だがこれで振り出しに戻ってしまった。本当の脱獄犯は一体誰なのか、もう1度捜さなくてはならなくなったのだ。
いろんな意味を込めて、ヒトカゲは大きな溜息をついた。