第3話 赤い稲妻
シーフォード、そこは砂浜の美しさがとても印象的な街。中心には飲食街や宿泊施設、銀行などがあり、この街は多くの観光客や探検家達が集う場所である。
「うわぁ〜♪」
船が出航した後、ヒトカゲはその海岸や街並みを見て感動していた。こんな思いをしたのは、数ヵ月前に、アイランドから少し離れたリゾート地『リーフアイル』にみんなで旅行に行った時以来だ。
「きれいだけど……お腹空いたから何か食べたいな」
花より団子、ヒトカゲによく合うことわざだ。食べ物を探し求めて、ヒトカゲは看板を頼りに飲食街目指して走って行った。
しばらくして、飲食街に到着した。お洒落なドリンクスタンド、家族向けのレストラン、高級きのみしか使用しない料亭などなど、ヒトカゲにとってここは天国そのものだった。
「ら、楽園でしょここ……」
今までに見たことがなかったほどの規模の大きさ、店数の多さ、そして街中に漂う食欲を刺激する香り、どれをとっても星5つものであると感じたようだ。
「え〜どうしよう、絶対1つに決めれないよ〜」
とりあえず街中を歩いてみるものの、目に入るもの全てが魅力的すぎるあまり最初は至福の時間を過ごしていたが、店を見る度にお腹もどんどん減っていき、徐々に苦痛になり始めていた。
「はぁ、ダメ。動きたくない〜」
これ以上動いたら絶対倒れてしまう、ヒトカゲはそんな表情をしていた。そんな時、1軒のカフェテラスを発見した。もういいや、ここで何か食べようと思い、ヒトカゲは店の外に並べられてあるテーブル席に腰かけた。
ふと自分の右側の席に目をやると、そこには1匹のルカリオが腕組みしながらうたた寝をしていた。そしてそのテーブルには焼きたてのポフィンが数個と、“ご自由にどうぞ”という立て札が置いてあった。
(ポフィンと、“ご自由にどうぞ”……)
こういう時、大抵自分の都合のいいように解釈してしまうのではないだろうか。ポフィンを注文したかどうかは別として、ルカリオは寝ている。ましてや今ヒトカゲはお腹を空かせている。
ヒトカゲの頭の中では、あり得ない解が導き出されていた。
「えっ、これ自由に食べていいんだ! やった〜!」
大喜びしたヒトカゲは、早速目の前に置いてあるポフィンを食す。おいしい。一口食べてそう思うと、もうその手は止まらない。無心になってひたすらポフィンを食べ続けた。
そしてしばらくすると、うたた寝していたルカリオが目を覚ました。
「……ん、寝てたか」
まだよく見えない目を擦る。大きく息を吸いながら思いっきり両手を上に伸ばし、シャキッと目を覚ましたルカリオ。ようやく見えるようになった目で最初に見た光景は、信じられない現実だった。
「……あ――!!」
ルカリオが見たものとは、自分の目の前にあったはずのポフィンが屑1つ残っていない状態の皿だった。あまりの衝撃に目を大きく見開いている。
「お、俺の、俺の……ポフィンは……?」
計り知れないショックを受けたのだろう、ルカリオは頭を抱えてその場にしゃがみこんでしまった。
「何故だ、何故俺のポフィンが、一瞬にして消えた……!?」
ルカリオが寝ていたのはわずか10分程度。寝てしまう前にはポフィンは届いていなかった。わずかな時間で誰かが盗んだのか、色々と原因を考えていると、自分の近くから声が聞こえた。
「ふーっ、おいしかった♪」
ふとその声のする方を見ると、1匹のヒトカゲが満腹そうにイスにもたれかかっている姿だった。しかも座っているのは自分の真向かいのイス。ルカリオはまさかと思いながら、ヒトカゲに声をかける。
「お、おい。ここにあったポフィン、知らないか?」
ヒトカゲは声をかけてきたルカリオの顔を見ながら、嬉しそうに話し始めた。
「いや〜ここのお店っていいよね! ポフィンご自由にどうぞって、なかなかないよ!」
間違いない、犯人はコイツだ。しかもえらい勘違いをしている。ルカリオはそう確信すると、ヒトカゲに対して憤慨した。
「ふ……ふざけんじゃねえぞてめぇ! どこの世界にポフィン無料で食べ放題の店があんだよ!?」
「ここ」
平然とした様子でヒトカゲは答えた。何か間違っていますかというような顔つきは、ルカリオをさらに怒らせてしまったようだ。
「だって、ここに“ご自由にどうぞ”って書いてあるじゃない」
「そ、れ、は、自由に席に座っていいって意味で、俺が注文したポフィンをご自由に食べていいって意味じゃねぇーんだよこのガキ!!」
ルカリオは左腕を振り払って怒りを露にした。その時、ヒトカゲがルカリオの方に目をやると、ルカリオの左胸に赤い稲妻の印があるのが見えた。
(“そうそう、ライナスの家系はみんな、左胸に赤い稲妻印がついているんだ。それもまたカッコよくてな……”)
それが目に入った瞬間、ヒトカゲは昨日ウインディが言っていたことを思い出した。その話が本当ならば、間違いなく、ヒトカゲの目の前にいるルカリオは、ライナス家のポケモンだ。
「あっ、それ!」
ヒトカゲがルカリオの左胸を指差す。ヒトカゲの驚く顔を見て不思議そうにルカリオは指された方を見ると、自分の胸の印があった。
「……見たな?」
何故か、ルカリオはヒトカゲを睨む。その気迫に押されてヒトカゲはおもわず後退しようとした。睨み続けたままルカリオはゆっくりとヒトカゲに近づく。
(何? 見ちゃいけないものなの!?)
ヒトカゲは少々怯えていた。そしてとうとう自分の目の前までルカリオがやって来た。逆光のせいでヒトカゲがルカリオの影に隠れてしまっている。
「……黙っててくれないか?」
「えっ?」
ルカリオが言ったことが意外すぎて、ヒトカゲは聞き返してしまった。てっきり“赤い稲妻を見たものは生かしておけない”と言うと思っていたようだ。
「たぶんこの印を知ってるってことは、俺の家系――特に親父の事を知ってるんだろ」
「親父、ってことは君……」
「そうだ。伝説の探検家と呼ばれた、ライナスの息子だ」
何と、ヒトカゲの目の前にいるのは、伝説の探検家・ライナスの息子だったのだ。運命的な出会いにヒトカゲは大声を出して歓喜しようとしたが、ルカリオが口を塞いで阻止した。
「だから、黙っててくれないか!?」
「う、ううう?(えっ、何で?)」
ヒトカゲがじたばたしながら訊ねた。そのせいで、ルカリオとヒトカゲの姿を見た客がとてもルカリオを怪しんでいる目でこちらを見ている。ルカリオが、暴れるヒトカゲの口を塞いでいる。傍から見れば殺ポケ未遂とも取れる。
それを察知したのか、ルカリオはヒトカゲを連れてそそくさとその場を後にした。
「それでだな……」
誰もいない路地裏でルカリオが話し始めた。これはこれで怪しまれるのではないだろうか。
「この赤い稲妻印を見ると、誰もが俺を哀れむ。何故って? みんなが俺の親父は死んだと思ってるからさ」
約20年前、突如として行方をくらませたライナス。警察の捜査が打ち切りになった時点で、ライナスを知るものはライナスの生存を信じなくなってしまった。ルカリオを除いて。
「俺は、親父はどこかで絶対生きてるって信じてる。だから俺もこうやって探検家になって……」
「ルカリオ、探検家なの?」
ヒトカゲは少し憧れの目でルカリオを見た。頭の中にあるライナスのイメージとかぶったのだろう。
「ああ。探検家になれば情報が入ってくると思ったからな。でも、親父に憧れてるのが1番かな」
ふとルカリオは目線を遠くにやる。その目は決意を固め、想いのこもった熱い目だった。必ず親父と再会する、そう自分自身に言い聞かせているようにも見える。
再びヒトカゲの方を見るルカリオ。軽く微笑んでいる。
「なんか悪かったな。初対面のお前にいきなりこんな話して」
「ううん。ルカリオのお父さん、見つかるといいね」
心からヒトカゲはルカリオを励ました。するとルカリオの方から手を差し出してきた。何も言わず、ヒトカゲも手を差し出して互いに握手する。
「ありがとな」
ルカリオは嬉しかった。初めて自分の父が生きていると信じてくれる者がいたことに。
「それじゃあ、僕行くね。頑張ってね!」
「おう!」
ヒトカゲは手を振りながらルカリオに別れを告げた。ルカリオも微笑みながらヒトカゲに手を振っていた時、ある事を思い出してしまった。
「……って、ちょい待てガキ! 俺のポフィンどうしてくれんだよ!?」
そう叫びながら、ルカリオはヒトカゲを追いかけ始めた。あっという間にヒトカゲに追いつくと、ルカリオはもう1度同じ事を言った。
「あ〜……そういえば」
「そういえばじゃねーよ! 金払え! 全部で1.300ポケだ!」
仕方ないと思いながらヒトカゲはカバンを漁る。そして数秒後、顔が青ざめてしまった。
「……お金、家に忘れてきちゃった……払えないや。ゴメンね♪」
満面の笑みで赦しを請うヒトカゲ。ルカリオは衝撃のあまり、声がひっくり返ってしまった。
「な、ないだと!? ふざけんなよガキ!」
ルカリオはとうとうキレてしまった。食べ物の恨みは恐ろしいと言うが、どうやら本当のようだとヒトカゲは思った。
「今ここでお前をボコボコにしてやる! 覚悟しろ!!」
「ちょっ……ええっ!?」
食べ物の恨みによる、ルカリオとヒトカゲのバトルが始まってしまった。勝敗がついたところで、ヒトカゲが100%悪いのには変わりないのだが。