第15話 ドジなのか?
その後、どうにかルカリオはヒトカゲに連れられてビッパの家へと戻った。だが依然として恐怖から来る動悸が治まらずにいるようで、大きく呼吸しながら苦しそうに胸を掴む。
やっとの思いで階段を上がると、ベッドから上半身だけ起こしているアーマルドがいた。あれからヒトカゲがゲフィを食べさせたおかげで、熱が下がったようだ。
「お、おうアーマルド。熱下がったか……」
肩で呼吸しながらも、容態が快方に向かっているのを見ると自然と表情が緩むルカリオ。だがアーマルドは表情が固くなってしまった。理由はもちろんあれである。
「……!」
アーマルドが指した先にあるのは、傷ついたルカリオの肩。驚くのも無理はない、怪我をしてからただ押さえているだけなので、行き場のない血が腰辺りまで垂れていたのだ。
「あ、あぁこれか……」
ルカリオはそこまで言うと、口を閉ざしてしまった。病み上がりの仲間に心配かけさせたくないと思ったが、流血を見られた時点で言い訳など通じるはずないと悟ったからだ。
「ただの怪我じゃないよね? ルカリオ、ちゃんと話して」
心配そうにしながらも、ヒトカゲは全てを打ち明けるよう説得する。アーマルドも目線でそれを訴える。嘘もつけないし黙ってもいられないと思い、ルカリオはまるで観念したかの顔つきで応えた。
「わかった。ちゃんと話すから、まずこの怪我の手当てさせてくれ」
「こ、殺されそうになった!?」
怪我の手当てを終えたルカリオはベッドに腰掛けながら、事の一部始終をありのままに語った。ジュプトルというポケモンに尾行されていた事、理由も語らず自分を殺そうとした事、技だけでなく武器も使用していた事までこと細かく。
「ああ。あん時ヒトカゲが来てなかったら、間違いなく俺死んでたぜ」
記憶を振り返りながらルカリオは話しているが、その間にも再び恐怖が湧き上がってきた。ジュプトルの殺気立った目が頭から離れない。間違いなく、あれは怒りに満ちていた。
「何でかは知らんけど、俺の事相当恨んでるようだったな。次会ったらズタズタに引き裂くって言ってたぜ」
「ひ、引き裂く……」
「…………」
これには2人は言葉を失う。まだルカリオと出逢って間もないが、誰かに恨まれるような事をするようなポケモンでないことくらい理解している。ジュプトルの行動が不可解に思えて仕方がなかった。
「まぁまた奴は俺を襲ってくるだろうけどよ、お前の“ブラストバーン”があれば大丈夫だろ。な、ヒトカゲ?」
ルカリオは気軽な口調でヒトカゲにそう言った。単にヒトカゲを信頼して言っているのか、これ以上話をするのが辛かったのかはわからないが、ヒトカゲは気遣って同じ口調で返す。
「うん、大丈夫だよきっと!」
この時、アーマルドは少しだけ悲しくなったようだ。自分はヒトカゲ程強くない、ならルカリオに何をしてあげられるのだろうかと考えたが、戦いでは戦力にならないと自分で決め付けてしまったのが1番の原因だ。
(俺にできる事……そうだな……ん? そうだ!)
何かが閃(ひらめ)き、アーマルドは目を見開いた。自分にもできる事があったと気づき、内心とても喜んでいる。
次の日、ルカリオはまだ傷口が痛み、1人で動けずにいた。完治するまでゆっくりしていっていいというビッパの言葉に甘んじて、しばらく家にいさせてもらうことにした。
いつものように昼過ぎに起きたヒトカゲは、これからインコロットに行って医者を呼んで来るという。ビッパを連れてヒトカゲはインコロットへ向かい、アーマルドはお留守番することになった。
「…………」
「な、何だよジロジロ見て……」
ベッドに横になっているルカリオを、アーマルドは隣のベッドに座りながらじっと見ていた。留守番してろと言われても、特にすることもなく暇を持て余していた。
「あ、そうだアーマルド。俺に何か飯作ってくれないか? よく考えたら昨日の夜から何も食ってなくてよ」
昼ご飯を注文するルカリオ。アーマルドにとってこれは願ってもないチャンスだった。昨日からアーマルドは、怪我が治るまでルカリオの世話をしようと考えていたからだ。
アーマルドはコクリと頷くと、1階に降りて何かを作りにいった。
20分後、アーマルドがルカリオの元へ戻って来た。彼が持ってきた皿の上にはおいしそうな焼きリンゴが盛られていた。
「すげぇ! 焼きリンゴじゃんか!」
まさか料理をしてくるとは想像していなかったのだろう、ルカリオは酷く驚いていると同時に満面の笑みで喜んだ。これにはアーマルドも顔を赤くする。
「それじゃ早速……って言いてぇけど、1人じゃちょっと食えないから、食べさせてくれ♪」
ルカリオは甘え始めた。おそらくヒトカゲの前では見せない一面だろう。アーマルドは頷いて答えると、食べやすい大きさにリンゴを切ろうと自分のツメを振り下ろした。
刹那、焼きリンゴが小型爆弾並みの爆発をした。アーマルドがツメを差した瞬間に、中に入っていたドロドロのリンゴが一気にはじけ飛んだのだ。
「熱い熱い熱いいぃぃ――――!!」
その高温ドロドロリンゴはルカリオの顔に飛び散り、“ひのこ”以上のダメージを彼に与えてしまった。ルカリオはもがき、アーマルドは右往左往していた。
「……ごめん……」
「わざとじゃねぇんだろ? 全然気にしてねぇよ」
しばらくして、アーマルドはルカリオの顔に氷水の入った袋をあててあげていた。やはり火傷は避けられず、顔にはいくつか赤い点となって火傷の跡があった。
「それより、お前ちょっとは喋るようになったじゃんか」
「…………」
照れながらアーマルドは黙って頷いた。まだ「ごめん」の一言しか口を開いていないが、それだけでかなり成長したのだとルカリオは感じたようだ。
「ま、無理はするなよ。あ〜アーマルド。もうこの氷水冷たくないから、取り替えてくれ」
氷が完全に溶けてまるで水風船のように膨らんだ袋を、アーマルドは取り替えようと袋の底に手を回して持ち運ぼうとした。
しかしこれもまた袋にツメが刺さってしまったせいで、袋が音を立てて破裂した。行き場のなくなった水はその真下に落ちるしかない。もちろんその下にあるのは、ルカリオの顔だ。
「げほっぐほぶぐほっ!?」
大量の水がルカリオの口へ浸入する。これまたどうすることもできずにアーマルドは成り行きを見続けるしかなかった。瞬く間にベッドの上は水で濡れ、ルカリオは尋常でないほど噎(む)せている。
「てめぇドジなのか? それともわざとやってんのか? あ?」
「…………」
2度も災難に遭ったルカリオはさすがにキレてしまい、手の甲にある棘をアーマルドの首につきつけている。恐怖に怯えているアーマルドは必死に首を横に振ってルカリオの言葉を否定する。
「ったく、俺はケガ人なんだからもっと優しく扱えっつーの」
そう言うとアーマルドから離れ、ルカリオはアーマルドが寝ていたベッドで横になった。その時ふと自分の肩を見ると、包帯に血が滲み出ていた。
(まだ出血してるのか……取り替えた方がよさそうだな)
自分で包帯を取り替えようと、肩の包帯を外したまではよかった。だがやはり片手で新しい包帯を巻くのは困難なようで、何度も失敗している。
ふとルカリオが見たのはアーマルド。やはりこいつに頼むしかないのかと思うと、自然と溜息が出てしまった。なくなくルカリオはアーマルドに包帯を巻いてもらうことにした。
「いいか、慎重に巻けよ。失敗したらただじゃおかないからな」
脅しをかけられたアーマルドは、ゆっくりと包帯を巻き始めた。よほどルカリオの事が怖いのか、若干手が震えている。それでも確実に包帯は巻かれていった。
4回くらい巻いた頃に、アーマルドに悪魔が悪戯を仕掛けた。
「……ふぁっ……」
息を吸い、口を開けながらそう言った。これが欠伸でないとなると、考えられるのはただ1つ。反射的に激しく息を吐き出す生理現象――くしゃみだ。
「お、おいちょっと待てよアーマルド……」
それにルカリオが気付いた時には暴発寸前だった。アーマルドも全精神力を費やしてくしゃみを止めようとしたが、逆らうことは出なかった。
「……ックション!」
それ程大きなものではないが、耐え切れなくなったアーマルドはくしゃみをした。反動で体も動く。もちろん、包帯を持ったままの手も。
アーマルドの掴んでいる包帯は体の動きに合わせて引っ張られ、ルカリオの肩をきつく締め付けてしまった。
「痛っ……てえぇぇ――――!!」
肩に激痛が走り、ルカリオは悲鳴を上げる。漫画で例えるならその場で飛び上がる程の痛さのようだ。そのせいか、また包帯に血が滲んでいる。
しばらくして痛みが治まると、鬼のような形相でアーマルドの前に立ちはだかった。
「……アーマルド〜、覚悟はできてんだろうな〜?」
ルカリオに絶対に殺されると思ったのか、アーマルドは恐怖のどん底に落ち、顔からは滝のような汗が流れ落ちていた。
「ただいま〜」
夕方頃に、ヒトカゲとビッパは医者を連れて帰ってきた。ヒトカゲは早く2人に会いたかったのか、急いで階段を駆け上がり、2人のいる部屋の扉を開けた。
「お医者さん連れてきた……って、どしたの!?」
ヒトカゲが見たのは、部屋の隅っこで泣き伏しているアーマルドと、ベッドの上で胡坐をかき、頬杖をついている、物凄くお怒りモードのルカリオの姿だった。
「あの、一体何が……」
「あぁ!?」
「い、いえ、何でもないです……」
ルカリオの機嫌が直ったのは、それから2日も後の事だった。