第14話 殺意
「俺を、殺しに来ただと?」
いきなり目の前に現れたジュプトルから伝えられたのは、自分を殺すという予告。当然ながら冷静でいられるわけのないルカリオは、ただただ焦るばかりであった。
「な、何故だ? 何故俺を殺そうとする!?」
冷や汗を垂らしているルカリオとは逆に、ジュプトルは笑みすら浮かべず、ずっとこちらを睨んでいる。そしてジュプトルは体勢をやや前かがみにする。
「何故だと? 死に行く者が……知る必要などないっ!」
刹那、ルカリオの視界からジュプトルが消えた。“いなくなった”と頭の中で理解した時には、既にジュプトルはルカリオの目の前まで来ていた。
「“でんこうせっか”!」
「ぐうっ!?」
至近距離で攻撃をくらったルカリオ。攻撃の当たった腹部を抑え、顔は険しい表情に変わった。だが体力的にはまだまだ余裕のようだ。
「やってくれるな、殺せるもんなら殺してみやがれ!」
そう言った瞬間、まるで沈静させるかの如く空から雨が降ってきた。だが当のルカリオには関係なく、逆に気持ちが高ぶってきている。
再び素早い動きでジュプトルはルカリオに近づく。波導を使えば動きを把握することもできるが、そのような時間はない。考えたルカリオは咄嗟に構えた。
「“きんぞくおん”!」
“きんぞくおん”、本来ならとくぼうを下げるために使う技であるが、この音を聴いて不快に思わない者はいない。その特性を利用しようとしたのだ。
ルカリオの予想通り、ジュプトルの動きが少しだけ鈍くなった。それをルカリオは見逃さなかった。そこから動きを予測し、自分の目の前に現れるタイミングを計る。
「“はっけい”!」
勘を頼りにルカリオは“はっけい”をくりだした。タイミング的には問題なかったはずであるが、どういうわけか技が当たった感触がない。完全に手を振り払った時には、そこにジュプトルの姿はなかった。
(どっ、どこだ!?)
辺りを見回すが、どこにもいない。ふとルカリオの視界が若干暗くなった事に気付き、慌てて空を見上げると、そこにジュプトルはいた。何と“はっけい”が当たる直前に飛んで攻撃をかわしていたのだ。
「“はたく”!」
ジュプトルはルカリオの頭を思い切り叩いた。普通に叩く攻撃よりも、重力に身を任せている分、威力が増しているのだ。
「痛ってーなこの野郎! “あくのはどう”!」
地上に降り立ったジュプトルにすかさず攻撃を放った。ルカリオを中心として同心円状に黒い波導が放たれている。しかしこれも難なく高らかに飛び上がって回避される。
「“はどうだん”!」
「ちっ! 囮か!」
ジュプトルの言うとおり、“あくのはどう”は囮だった。空中で無防備な状態のジュプトルに攻撃を仕掛ける作戦だったのだ。ルカリオの“はどうだん”は真っすぐジュプトル目掛け飛んで行き、ぶつかるはずであった。
「“みきり”!」
間一髪のところで“はどうだん”を見切ったジュプトル。すれすれのところで“はどうだん”をかわすことができた。これには自身満々だったルカリオも舌打ちをして悔やんだ。
「“れんぞくぎり”!」
「だったら俺も“みきり”だ!」
体勢を立て直し、一気に攻めてきた。しかしジュプトル同様、ルカリオも“れんぞくぎり”を見切り、既(すんで)の所で攻撃を回避できた。
「…………」
一旦間合いを取り、互いに睨み合う。その間にも、降っていた雨はさらに強さを増している。ジュプトルは黙って構えているものの、ルカリオの呼吸は若干荒い。ようやくジュプトルのスピードについていけているようで、余裕が見られない。
「苦しいか? 今楽にしてやる」
「へっ! マッサージでもしてくれるってか?」
「減らない口だな……!」
張り詰めた空気の中、じりじりと互いに近づく2人。天候もなお悪化し、雷まで鳴り始めた。雷が落ちて辺りが一瞬明るくなった瞬間、2人はそれぞれ相手に向かって走り出す。
「“さきど……”!?」
ルカリオは“さきどり”でジュプトルのくりだす攻撃を出そうとしたのだが、どういうわけか、ジュプトルはルカリオに抱きついた。正確に言うと、体を両腕でがっしり掴んだのだ。
そしてそのまま高らかにジャンプし、空中でルカリオの体を地面目掛け投げつけた。そう、ジュプトルはルカリオより先に技をくりだしていたのだ。
「“たたきつける”!」
「……があっ!?」
地面に叩きつけられたルカリオは全身に痛みを被った。すぐさま起き上がろうとするが、その一瞬さえジュプトルは見逃さなかった。
「“リーフブレード”!」
ジュプトルはルカリオの真上に飛び上がり、緑色のエネルギーを纏わせている自身の腕にある葉っぱで切りつけようとしている。これをくらってしまっては、今のルカリオでは反撃するだけの力が残るかどうかわからない。何としてでも防ぐ必要があった。
(くそっ、間に合え!)
ルカリオは両手を広げて、今注げる精神力のほとんどを両手に集中させ、波導を集めた。そしてそれはだんだんと棒状に形作られていった。
ジュプトルが“リーフブレード”を振りかざした時には、それは完成していた。かろうじて攻撃を防ぐことに成功したのだ。
「……なっ!?」
「ふっ、“ボーンラッシュ”のできあがり、ってな」
波導を骨の形にした武器を使う技・“ボーンラッシュ”。カラカラなどは骨を投げつけるだけだが、ルカリオの場合、これを棍棒のように扱うのだ。
「……どうやら俺は本気でお前を殺らなければならないようだな……」
不機嫌そうな顔つきでジュプトルはそう言うと、自分の手を背中へと回した。何をするつもりなのか、ルカリオはすぐに知ることとなった。
「そ、それは……」
ジュプトルの手に握られていたのは、銀色の、長くて鋭利な武器――“ぎんのハリ”だ。左手に1本、そして右手にも逆手に持ったものが1本。その構えはまるで剣術を扱う者に似ている。
「俺はこのぎんのハリで何人もの標的にとどめを刺してきた。お前もこれで息の根を止めてやる……!」
「“剣術”対“棒術”ってか? 悪いけど負けねぇぜ」
体勢を立て直したルカリオも構える。再び雷が鳴った瞬間、2人は1回も目を離さずに走り出し、互いの武器を振り払う。
ルカリオは自在に“ボーンラッシュ”を操りながらジュプトルの急所を突こうとしている。ジュプトルはと言うと、2本のぎんのハリで“ボーンラッシュ”を止めつつ、逆手に持った針でルカリオの体を横一文字に切りつけようと大きく針を振る。
互いに一歩も譲らない駆け引きは数分間続いた。とはいえ、ルカリオの方には明らかに疲労の色が見え始めている。最初は余裕で攻撃をかわしていたものの、今は攻撃が当たらないように防いでいるのがやっとだ。息も切れ始めている。
(まずいな、このままだと俺の方が体力切れでやられちまう。何か手を打たなければ……)
作戦を考えるのに意識を持っていってしまったせいか、ルカリオは雨で滑りやすくなっている地面に足を取られてしまった。刹那、“ボーンラッシュ”が宙に舞ってしまった。
「あっ!」
空中に放り投げてしまった“ボーンラッシュ”を目で追いかけているルカリオに、ジュプトルは攻め入る。持っていた針の1本をルカリオ目掛け投げつけた。凄まじい速さでそれはルカリオの左肩に命中する。
「ぐぁっ!?」
ルカリオはそのまま後方に倒れてしまった。右手で抑えている左肩からは出血がみられる。急いで立ち上がろうとするも、あっという間に目の前にそいつは現れた――ジュプトルだ。
「終わりだ……」
ジュプトルは地面に仰向けになっているルカリオに覆いかぶさるように立ちはだかる。ルカリオは抵抗しようと足掻くものの、無意味だった。出血箇所を押さえているルカリオの右腕を押さえつけ、右手に持っているぎんのハリを振り下ろした――。
「ルカリオ〜? どこ〜?」
針の先端がルカリオの目の前まで差し掛かった、まさにその時、聞き覚えのある声が近くからルカリオを呼んでいるのが2人の耳に入った。
それに気付いたジュプトルは腕の動きを止める。針の先端は目から1cmあるかないかくらいの所で止まった。あまりの恐怖にルカリオは目を見開き、大きく呼吸を乱している。
「……邪魔が入ったか……」
口惜しさでいっぱいの表情を浮かべながら、ジュプトルはルカリオから退いた。声の主・ヒトカゲが近づいてくる気配を感じ取り、ルカリオに去り際の台詞を並べた。
「ふん、命拾いしたな。今回は見逃してやる」
刹那、ジュプトルは目を大きく開き、蔑むような目つきで睨みながらこう言った。
「だが次に会った時には……その身をズタズタに引き裂いてやるからな!」
そしてルカリオに背を向け、ジュプトルは木々を渡りながら逃げていった。ちょうど入れ替わるように、ヒトカゲがフキのような植物を傘代わりにしてやって来た。
「……ルカリオ!?」
ヒトカゲが見たのは、雨が降っているにもかかわらず地面に大の字になっているルカリオの姿だった。慌てて近づくと、ルカリオはまだ目を大きく見開いたまま荒い呼吸を続けていた。
「はっ、はっ、はぁっ……」
殺されるという恐怖感を初めて体感したルカリオ。本気でジュプトルを恐れたようだ。彼は腰が抜けてしまったせいでしばらくその場から動けず、ヒトカゲに傷口を手当してもらうこととなった。