第13話 薬草探し
夕方、観光を終えたヒトカゲ一行は、アイランドへ帰るウインディとデルビルをシーフォード近くまで送り届けた。買い物や食事にかかった費用は全てウインディが負担してくれたことに加え、「頑張れ」と励まされたヒトカゲの機嫌は一層良い……はずだった。
「はぁ〜……」
「溜息つくんじゃねーよ、俺までテンション下がるじゃんか」
ヒトカゲは歩きながら溜息をついていた。そう、今3人が歩いているのはシーフォードとインコロットを繋ぐ、辺りに民家が点在しているだけの1本道だからだ。
その道を、かれこれ2時間近くは歩いている。だがそこでようやく中間地点らしく、ヒトカゲとルカリオはさらに深い溜息を吐いた。
ちょうどその時、2人の後ろから“バタッ”と音が聞こえてきた。その音に気付いた2人が後ろを振り返ると、そこにはうつ伏せで倒れているアーマルドがいた。
『……アーマルド!?』
慌てて駆け寄りその場で体を仰向けにさせると、アーマルドは顔を赤らめ、息苦しそうにしていた。意識が朦朧としているのか、目が半開きだ。
「おい、しっかりしろ! おい!」
ルカリオが呼びかけるが、返事をする余裕もないようだ。辺りを見回すが、病院などない。仕方がないので、ルカリオはアーマルドを肩に担ぎ、1番近くの民家へ助けを求めることにした。
10分後、アーマルドはベッドの上で寝ていた。依然として容態が変わることはなく、辛そうな表情を浮かべている。その横では、ヒトカゲとルカリオが心配そうに見つめていた。
しばらくすると、この家の住人・ビッパが水で冷やした布を持ってきて、アーマルドの頭にそっとのせた。
「どうやら高熱が出ているようだね。まずは安静にしてないと」
ビッパは冷静に言った。だが2人は冷静でいられない。
「この近く、病院ないんだよね?」
「ああ、そうだった――!」
付近に病院がない事を思い出し、ビッパは慌てだす。このビッパ、どこか抜けている。1人慌てているビッパを余所に、ヒトカゲはずっとアーマルドに呼びかける。
「ねえ、大丈夫? 苦しいの?」
その問いかけに首を小さく縦に振って答えるアーマルド。若干余裕が出てきたのか、首を傾けてヒトカゲ達の顔を見ている。
「……ごめん……」
アーマルドが口を開いた。実は、ヒトカゲ達と一緒になってから初めて口を開いたのだ。申し訳なさそうに小さい声で2人に謝る。それにルカリオが応えた。
「何言ってんだよ。熱なんか誰だって出るだろ。俺達が何とかしてやっから、お前はゆっくり寝てろ」
これまた珍しくルカリオが優しい言葉をかける。そんなルカリオを見て惚れてしまったのか、ビッパは顔を赤くする。ちなみにこのビッパ、メスである。
「……って言ってみたものの、どうすっかな〜」
アーマルドを安心させるために言ったのはよいが、具体的にどうするまでは考えていなかったようだ。病院へ運ぶといっても、ここから2時間以上はかかってしまう。唸り声を上げながら必死で考えた。
ヒトカゲも一緒になって考える。首を傾げると、偶然ヒトカゲの目に観葉植物が飛び込んできた。その瞬間、自分がリザードだった時の出来事を思い出した。
「困ったな〜ポケモンセンターないよ〜」
数年前、とある林道でリサは熱を出したリザードを抱えて慌てふためいていた。そう、今のアーマルドと同じ状況にリザード――今のヒトカゲは遭っていたのだ。
「ん〜仕方ないなぁ……リザード、ちょっとの間ここで待っててくれる? すぐ戻ってくるから!」
リサはそう言うと、リザードを人目のつかない木陰にそっと寝かせ、どこかへ行ってしまった。
それからわずか5分後、リサは片手に2、3枚の葉っぱを持って戻って来た。
「リザード、これ食べて。これは“ゲフィ”という雑草なんだけど、これを食べると1時間で熱が下がるのよ♪」
言われるがままにリザードはゲフィと呼ばれる、五つ葉のクローバーに似た形状の葉っぱを食べた。苦々しい薬草と異なり無味であるため、難なく食べることができた。
1時間後、リザードの熱は本当に下がり、元気に歩けるまでに回復した。
「ルカリオ、“ゲフィ”っていう雑草探そう! それ食べれば熱下がるよ!」
過去に体験した出来事を全部思い出すと、ヒトカゲはその内容をルカリオに伝えた。これにはルカリオも喜びの表情を見せる。
「ホントか!? よっしゃ、今から探しに行くぞ!」
ヒトカゲはゲフィの特徴を細かく言うと、駆け足で玄関へと向かった。一刻も早く見つけて食べさせなければと半ば焦っている。
「おい、どこら辺に生えてるんだ?」
「主にきのみが生(な)ってる木の下にあるみたいだよ。五つ葉のクローバーっぽい形!」
「じゃあ俺は向こうの方、お前はあっちを探してくれ!」
互いに行き先を確認すると、ルカリオは近くの雑木林の方へ、ヒトカゲは雑草が生い茂っている場所へ向かって走り始めた。
だが急にその足の動きを早めてしまったせいか、ただ足が短いせいか、ヒトカゲは数歩走っただけで真正面から転んでしまった。鼻を思い切り地面にぶつける。
「痛たたた……」
両手で鼻を押さえながら起き上がり、痛みをぐっと堪えている。あまりに痛かったのか、無意識に目から涙が流れた。しばらく堪えた後、ヒトカゲは涙を拭って立ち上がろうとした、まさにその時だった。
よくよく目を凝らすと、自分が転んだところに見覚えのある形があった。濃い緑色の、五つ葉のクローバーに酷似した形の葉っぱ。それはまさしく、ゲフィそのものだった。
「……え〜……」
いくら何でもこういう展開はあってはいけないのではないだろうか、ヒトカゲは何となくではあるが、居た堪(たま)れない気持ちになった。いっそ見なかったことにした方がよいのではとも思ったようだ。
そんな事になっているとは露知らず、ルカリオは必死になって木の下に目を凝らしてゲフィを探していた。しかし見つかるのは四葉のクローバーばかり。ルカリオはそのクローバーを摘み取るどころか、苛立ってブチブチ引き抜いていった。
「あ〜どこにあんだよ!? 早くしねーと熱長引くっつーのによ!」
キレ気味になりながらも、地面に這い蹲(つくば)りながらゲフィを探していた、その時だった。
(……ん?)
ルカリオは自分の背後に何か違和感を覚えた。それが気になり、立ち上がって後ろを振り向くが、そこには何もない。辺りを生ぬるい風が漂っているだけだった。
(気のせいか……)
気を取り直して、再びゲフィ探しを始めたルカリオ。だがまたすぐに背後から何かを感じたようで、ばっと後ろを振り向いた。しかし、何も見当たらなかった。
おかしいと思ったルカリオは、目を閉じて精神を集中し、波導を感じ取ろうとした。真っ暗な視界の中で青白く輝いているのは、草や花の波導、木の波導、そして――。
(なっ……!)
ルカリオがもう1つ感じた波導、それは明らかにポケモンから発せられる特有の波導だった。だがそれだけではなく、物凄く強い何かを一緒に感じ取ったようで、その勢いに押されて1歩後退してしまった。
「だ、誰だ!? 出て来い!」
林一帯に響き渡るくらいの大声でルカリオは誰かを呼んだ。しばらくは物音一つしなかったが、直にその沈黙は、謎の波導を放っている者によって破られる。
「……さすがは波導使い、気配を消しても意味がねぇってことか」
何処からともなく声が聞こえてきた。けれどもその声の主は一向に姿を現そうとはしない。相手の出方を窺いながらルカリオは対話を続ける。
「俺に用があるのか!?」
「ああ、あるとも。でなければこんな所にいる必要ねぇからな」
明らかに戸惑っているルカリオに対し、相手のポケモンは声色からして余裕が感じられる。さらにルカリオはそのポケモンを問いただす。
「い、いつから俺の事を……」
「昼間、インコロットの街中でお前を見つけて、それからずっと尾行させてもらったぞ。お前が1人になるのを待っていたが、こんなにも早いとは思ってもなかったぜ」
“尾行”という言葉を聞き、ルカリオは確信した。「こいつ、いい奴ではなさそうだな」と。面倒な事に巻き込まれてしまったのは間違いないようだ。
「嬉しいぜ、お前に会えてよぉ……」
「お前……何者なんだ? 目的は何なんだ!? 答えろ!」
ルカリオは痺れを切らし、核心をつく質問を出した。数秒間の静寂の後、相手のポケモンは鼻で笑いながら「いいだろう」と答えた。
刹那、ルカリオの周りの木々からガサガサと草が擦れる音がし始めた。どうやら木から木へと移動しているようで、その音はどんどん大きくなっていった。
瞬く間にそれはルカリオの背後へと回り、そのポケモンは木から降りた。慌ててルカリオは振り返り、そのポケモンを目にした。
「……お前は……」
そこにいたのは、全身が黄緑色をしたポケモンだ。腕は木の枝のような形をしており、腕や頭には特徴的な葉っぱらしきものがついている、トカゲのようなポケモンだ。
そのポケモンは静かに、そして低い声でルカリオの質問に応える。
「俺の名はジュプトル。ルカリオ、お前を……殺しに来た」