第12話 観光
「金額はこちらになります」
その日の晩、ヒトカゲ達は道中にあった宿の中にいた。受付カウンター上に置かれた請求書を見て目から涙を流しているのはルカリオ。その様子を黙って見ているのはヒトカゲとアーマルドだ。
「くぅっ……お前らいつか払えよ、畜生!」
今までは何だかんだ言いつつも何とか間に合っていたのだが、今日からアーマルドが仲間に加わったことによって、彼の分まで負担しなければならなくなったのだ。一応、アーマルドはお金を持っている――何も買ったりすることはできない金額だが。
「…………」
ごめん、いつか必ず払うから、しばらくはよろしくな、とアーマルドは心の中で言った。もちろん本人には伝わっていない。これと正反対の事を実際に口にしたのは、ヒトカゲだ。
「やっぱり払わなきゃダメなの?」
ポフィンの件といい今といい、ヒトカゲは自分からお金を払おうという意思表示は1度もしていない。何気なく言った一言でルカリオはプッツン。
「今すぐ逝かせてやる……歯ぁ食いしばれや!」
「お客様、騒ぎは止めてください!」
「ごごごごめんなさいもう言いませんから!」
「…………」
騒がしい奴らだな、と思いながらアーマルドはカウンターに置いてあった試食用のきのみを食べながら黙って傍観していた。
次の日、次の街へ行く道程がわからなくなってしまった3人は、行き先を確認するためにもう一度インコロットに戻ることにした。今の3人に地図を買う余裕はない。
街に到着すると、道行く誰もがヒトカゲ達の方を見ながら驚いていた。その原因となっているのは、もちろんアーマルドである。今まで決して心を開こうとしなかったアーマルドが他のポケモンと一緒に歩いている事など、誰も想像すらできなかったからだ。
「お、おい見ろよ! あれって……」
「嘘だろおい……」
街中のポケモンが口あんぐりといった状態だ。ヒトカゲとルカリオは、どうだ参ったかと言わんばかりの笑顔で歩いているが、当のアーマルドは指を差されるのが嫌なようで、俯きながらヒトカゲとルカリオの後ろにピッタリくっついて歩いている。
「そんなに驚くことなのかな?」
「そんだけこいつが辛い想いしてきたってことだろ」
2人は自分達の方を見て驚いているポケモン達を見ながら話をしていた。ふとヒトカゲが目線をルカリオから自分の正面に戻すと、目の前にクリーム色のふさふさしたものがあった。
これは何だろうと不思議に思いながらさらに顔を上げると、ふさふさの中に橙色が見えた。そう、ヒトカゲの記憶によれば、これは犬だ。しかも自分がよく知る犬だと確信した。
「お、お父さん!?」
「ヒトカゲ、何してるんだこんな所で?」
そこにいたのは、船でアイランドまで帰ったはずのウインディであった。さらにウインディの隣を見ると、これまたいるはずのない奴がいた。
「何してんのー?」
ウインディの隣にいる、骸骨をかぶったような頭をしている黒い犬・デルビルがにこやかに話しかけてきた。その存在に気付いたヒトカゲはさらに驚く。
「デ、デルビルまで!? どして!?」
ただただ驚いているヒトカゲ。前回のように心配して様子を伺いに来る距離でもないし、なによりデルビルまで一緒にいる。一瞬思考が停止したが、はっと何か思いついたようだ。
(なるほど、僕が忘れたお財布、わざわざ届けに来てくれたんだ! やっぱりお父さんだな〜)
ウインディ達がいる理由をこう考えたヒトカゲの顔は綻(ほころ)んでいる。ようやく貧乏生活から脱出できる、そしたら美味しい物がいっぱい食べられる、そう確信していたヒトカゲの考えは、脆くも崩れ去ることになる。
「せっかく船使ってポケラスまで来たんだ、観光したっていいだろう」
それを聞き、ヒトカゲは一気にうな垂れてブルーになった。自分の考えは甘かったと反省したようだ。
「でもビックリだよ。まさか会えるなんて思ってなかったもん」
嬉しそうにデルビルは言う。その証拠に、ヒトカゲに擦り寄って顔をペロペロと舐めている。それを見たウインディはじゃれ合っているヒトカゲを銜(くわ)えて自分の目の前に立たせると、恥ずかしそうに小声で質問した。
「なあヒトカゲ。あ、あそこにいるのって……」
ウインディの目線の先にいるのは、本人は隠しているつもりだがハッキリと見えている、左胸に赤い稲妻印を持つポケモン、ルカリオだ。
「な、何ですか?」
ウインディに見られているルカリオは少し焦っていた。ウインディがルカリオを見ているのは、もちろんルカリオの父であるライナスのファンだからであるが、ルカリオはヒトカゲに行ってきた所業をバラされたのかと思っていたのだ。
(あ、あの野郎、チクリやがったな!)
勘違いしていたルカリオはヒトカゲを睨もうとするが、ウインディの目線を感じ、慌てて普通の表情に戻す。だが不運にも、ウインディが近づいてきたのだ。こうなるともう冷静でいられなくなる。
(お、おい説教か? 俺は悪くねーぞ。逆に被害者なんだからな。そうだ、そうやって言えばいい。でもあの親父さん怖そうだな……ある意味ヒトカゲより強そうだし……)
色々な考えをめぐらせているうちに、ウインディが目の前まで来てしまった。はっとそちらを見ると、緊張感が一気に増し、思うように口が動かせないでいた。
「あ、あのっ、お、俺……その……」
「……君が、うちのヒトカゲを……」
ここまで聞いた瞬間、ルカリオの顔面に一気に汗が出た。絶対に、確実にこのウインディに半殺しにされる、そう思ってしまいおもわず目をぎゅっと瞑って下を向き、ルカリオは怯えていた――数秒間だけ。
「うちのヒトカゲを世話してくれているのは?」
「うわあっ……? は、はい?」
ウインディが口を開いたと同時に奇声を上げたルカリオ。だがすぐにウインディが攻撃してくる気配がないとわかると、急に緊張の糸が解け、張っていた肩が緩くなる。
「え、ええ。俺がヒトカゲ君と一緒に旅させてもらってます、ルカリオです」
落ち着きを取り戻し、ルカリオはウインディに自己紹介をする。このとき初めてルカリオに君付けで呼ばれたヒトカゲは複雑な心境になったらしい。
「実は私、君のお父さんの大ファンでな、君が小さい時に1度見たことがあって……」
そこから始まったのはウインディの思い出話。どれだけライナスを愛していたか等、話せば話すほど深入りしていくことに気付いたヒトカゲは話題を逸らす。
「お父さん。このポケモンも僕についてきてくれてるんだ」
そう言って紹介されたのは、アーマルド。彼の心の中ではまだ挨拶できるまでに至っていないためか、ウインディとデルビルに軽く会釈するだけに止(とど)まった。
「初めまして〜♪」
それを知らないデルビルは挨拶しようとアーマルドに近づいたが、さっとルカリオの後ろに隠れられてしまった。
「えっ……俺、嫌われてるの?」
「違うよ。恥ずかしがってるだけだから、気にしないで」
ヒトカゲがすかさずフォローする。実際にアーマルドは本当に恥ずかしがっているようで、ルカリオの後ろから覗き見するようにウインディ達を見ていた。
「頼りになりそうな仲間だな。よかったなヒトカゲ」
だがウインディはそんな事を気にせず、仲間である以上きっと心配いらないと思ってヒトカゲにそう言ったようだ。嬉しそうにヒトカゲは「うん!」と返事をした。
「でもね、ルカリオったら、いつも……」
「いやーおじさんにそう言われると俺嬉しいです! 頑張ってヒトカゲ君と旅していきますよ!」
ヒトカゲがよからぬ事を言おうとしたのを察知し、ルカリオは大声でヒトカゲの発言を遮った。さらに注意を自分に向けさせるために、ウインディの目を見つめながら両足をがっちり掴んだ。
「は、はあ……」
ルカリオの勢いに負け、これにはただ返事をするしかなかったウインディ。
「…………」
こんな奴だったんだ、とアーマルドはルカリオを見ながら思った。アーマルドは黙っている間は誰かを観察するのがわりと好きなのだとか。
「あはは、ゼニガメ達と全然違うな!」
「うん。だから新鮮に感じるんだよね」
デルビルとヒトカゲは再びじゃれ合いながら話をする。ウインディもルカリオと話をしていると、ピンと名案が浮かんだ。
「そうだ。私達、今日の夕方の船で帰るんだが、それまでみんなでゆっくり観光でもしないか?」
ヒトカゲはこの街をゆっくり見ていなかったため、嬉しそうにその意見に賛同する。
「したいしたい♪ ルカリオ、アーマルド、いいよね?」
「あぁ、いいぜ」
ルカリオは親指を立てて、アーマルドは首を縦に振って返事をした。これにはヒトカゲとデルビルは大喜び。まるでアルプスの少女を連想させるような踊りで喜びを表現していた。
「じゃあ、早く行こうよ!」
ヒトカゲを先頭に、みんなはインコロットをゆっくり見て回るべく歩き始めた。
そんなヒトカゲ達の様子を、1匹のポケモンが息を潜めながら建物の影からじっと見ていた。
「ついに、見つけたぞ!」
不敵に笑うそのポケモンは、獲物を射すくめるような目つきでヒトカゲ達を睨む。正確に言うと、その中の1人を見続けていた。
標的を見つけることができて満足したのか、そのポケモンは足早にその場から立ち去った。