第1話 ルギアの頼み事
ミュウツーの計画を阻止し、ヒトカゲがポケモンだけのいる世界に戻ってきてから1年後、ポケモンアイランドのロホ島では、みんながいつも通りの生活を送っていた。
「ヒトカゲ、起きんか!」
「……ん〜まだ眠い〜……」
ヒトカゲは、こちらの世界での父親・ウインディにたたき起こされていた。それもそのはず、もう昼を過ぎていたのだ。
「今日はデルビルと約束しているんだろ!? 起きなさい!」
「……あっ、そうだった!」
デルビルと遊ぶ約束をしていたのをすっかり忘れていたようだ。ヒトカゲは慌てて起き上がり、真っ先に向かったのはリビングにあるきのみ置き場。
「急いでお昼ご飯食べなきゃ!」
両手いっぱいにきのみを抱えて自分の定位置に移動すると、ヒトカゲは勢いよくきのみにかじりついた。その姿は若干恐ろしさを感じるほどで、ウインディもおもわず1歩ひいてしまった。
「ごちそうさま〜♪ 行ってきます!」
早々に食べ終わると、すぐさまヒトカゲは家を出て行った。こんな光景は日常茶飯事のはずだが、ウインディは未だに慣れることができないでいた。
「はぁ、本当にリザードンだったのかあいつは……」
溜息をついて呆れるウインディ。始めは“子供な大人”であるヒトカゲにどう接していいかわからず試行錯誤していたが、今はどこからどう見ても子供。親として厳しいしつけを繰り返す毎日だった。
その場に座り、ウインディは休日だけの楽しみである昼寝を始めた。
「遅いよ〜俺どんだけ待ってたと思ってんのさ〜」
「ゴメンね〜」
ヒトカゲが待ち合わせ場所に到着すると、すでにデルビルが来ていた。待ちくたびれてその場で寝そべってうなだれている。
「ま、いっか。門限は相変わらずの夕方だろ? 早く遊んじゃおう!」
この世界に来てから、ヒトカゲの門限は1分たりとも長くなったことはない。これもウインディの教育方針のせいである。
「じゃ、何しよっか?」
いつもの如く、何をして遊ぶかに頭を使う2人。稀にだが、それだけで夕方になってしまうこともある。つい先日も、このように考えている間に寝てしまい、気づけば辺りが暗くなっていたのだ。
その時、海の向こうからとあるポケモンがこちらに向かって飛んできたのをデルビルは見た。最初は遠すぎて誰だかわからなかったが、徐々にその姿が大きくなってきた。白、というよりは銀色の体をした、翼竜に似た姿。
「あっ……」
ヒトカゲもそちらに目をやると、その存在に気づいた。約1年ぶりに会う、自分と共にミュウツーと戦ったうちの1人。せんすいポケモン、そして別名『海の神』と呼ばれる存在、ルギアだ。
大きな翼を広げたまま海上を滑空し、ヒトカゲ達が見続けているうちに自分達の元へ舞い降りてきた。
「久しぶりだな、ヒトカゲ」
再会を喜びたいところであるが、そこは神様。威厳ある風貌を保ったままルギアは喋った。それとは対照的にヒトカゲは右手を上げて気軽に挨拶した。
「ど、どうしてルギア様がここに……?」
ただ1人、目の前の尊い存在に腰を抜かしていたデルビルが思い切って訊ねてみた。「臆することはない」と優しくルギアが言うと、ヒトカゲの方を向いてここへ来た理由を言った。
「ヒトカゲ、お前に用があって来たのだ。デルビル、悪いがしばしの間、ヒトカゲと2人だけで話をしたい。連れてっていいか?」
断る理由もないため、デルビルは首を縦に振って承諾した。ヒトカゲは何かあったのだろうかと気が気でなかった。
「すまんな。ヒトカゲ、私の背中に乗れ」
言われるがままにヒトカゲはルギアの背中に乗ると、勢いよくその場から飛び立った。海上を飛んでいる間ヒトカゲは何かあったのかと訊いたが、ルギアは何も答えずにただ黙っていた。
直にルギアが降り立ったのは、アイランドの中央に浮かぶ島『ディオス島』だ。今は一時的にバリアを解いているようだ。そして島の中心に位置する洞窟の中に入るように、背中からヒトカゲを降ろしながら言った。
洞窟の中を進むと、大きな空洞のあるところへ辿り着いた。
「ここは……?」
口を開けながらヒトカゲは辺りを見回していた。頭上には鍾乳石、この空間の中央には石を削られてできたような台座が2つあった。
「ここは共鳴の部屋。私を呼ぶための場所だ」
一通りヒトカゲが部屋を見尽くすと、ルギアは改めて話を始めた。
「ヒトカゲ。私から頼みがある」
意外なことに、ルギアはヒトカゲに頼み事があるのだという。それが何なのかをヒトカゲが訊ねると、落ち着き払った話し方で用件を伝えた。
「私の友……ホウオウを捜してくれないか?」
「えっ、ホウオウだって!?」
ヒトカゲが驚くのも無理はない。ホウオウと言えは、この世界でも人間のいる世界でも、とてつもなく高貴な存在。そのホウオウを捜してほしいと言われれば、聞き返したくもなる。
ルギアは何故このような頼み事をしたのか、説明を始めた。
「今だから話すが……ここ20年間、ホウオウが行方不明なのだ」
「ゆ、行方不明!?」
さらに驚くヒトカゲ。それに構うことなくルギアは続けた。
「仮にどこかに行っていたとしても、この部屋にあるあの台座に『金の結晶』と呼ばれるものを置けば必ずやって来るはずなのだが……それでも現れないのだ」
ヒトカゲは以前フーディンから聞いた、ディオス島の話を思い出していた。この島には2体のポケモンを呼ぶ場であり、台座に納めるのが『銀の結晶』であればルギア、『金の結晶』であればホウオウが現れるのだ。
「最悪の事態も考えたが……1年前、ミュウツーと戦った時にお前がやった詠唱が成功した。それはつまり、あの詠唱で引き出される力の源であるホウオウが生きている証拠だ」
ファイヤーより強力な力を得ることができる詠唱、その力の源がホウオウであることに改めて気づかされたヒトカゲは、その話に納得した。
「私はホウオウを捜してありとあらゆる所を回った。だが人間のいる世界でミュウツーと出会ったことで不覚にも自ら身を拘束することとなってしまった。だから私はアイランドの番人達に、ホウオウを捜すよう命じたのだ」
ヒトカゲはようやく理解した。何故番人達が自分達を見守るだけでいたのかを。単にヒトカゲ達に協力しなかったのではなく、ホウオウを捜すという任務を果たす義務があったため協力できなかったのだ。
「そっか、それでエンテイ達は……」
「そういう事だ。悪く思うな」
一息ついて、ルギアはヒトカゲの目を見つめた。
「お前しかできない“詠唱技”。それは時として莫大な力をその身に宿すこととなる。そしてお前の実力を見込んで、私は依頼したのだ。頼む、私の友を捜してはくれないだろうか」
何と、ヒトカゲの目の前でルギアが深々と頭を下げたのだ。神様が頭を下げるという事態にヒトカゲは大慌てで頭を上げるように言った。
「や、やります! 僕にホウオウを捜させてください! だからもう頭上げて!」
神様に頭を下げられれば、誰でも拒否することはできない。ヒトカゲは自分にホウオウ探しができるだろうかと悩んでいたところで頭を下げられたので、勢いあまって承諾してしまった。
「……ありがたい。もちろん私もホウオウを捜す。何としてでも捜し出してくれ」
そう言うと、ルギアは天を仰いで念じ始めた。するとヒトカゲの手元にある物が形作られて、手の上にぽとりと落ちた。それは横笛のようにも見える。
「これは……」
「それは“海神笛(かいしんてき)”。それを吹けば私はいつでもお前のところに行く」
海神笛を渡されたヒトカゲは早速試しに吹いてみようとして、笛の穴に口を近づけた。
「くれぐれも、興味本位で吹くことはしないように」
ルギアに注意されてしまったヒトカゲは笑ってごまかした。きっと“みらいよち”を使っているからだとヒトカゲは思ったが、ヒトカゲの事を知っていれば“みらいよち”を使わなくてもわかることだ。
「それと……」
次に何かを思い出したかのように、ルギアがヒトカゲにある事を訊ねた。
「……ヒトカゲ、リザードンに戻りたいか?」
「も、戻れるの!?」
目を輝かせながらヒトカゲが聞き返した。願ってもない事だ。再びリザードンに戻ることができると思うだけで希望が湧き、心が躍る。
「確証はないが、可能性はある。ディアルガに会うことだ」
「ディアルガって、あの……」
「そうだ。時を司る神・ディアルガ。ディアルガは時間を操ることができる。だからお前のその体も、時間操作すればリザードンに戻るはずだと思ってな」
それを聞くと、ヒトカゲは居ても立ってもいられなくなった。どこにいるのかとルギアに聞いたが、ルギアもわからないらしい。
「私も滅多に会う事がない。最後に会ったのはこの世界に現れた時だからな。普段は自分のいるべき空間にいるのだが、そこは私にはわからぬ」
ヒトカゲは少しだけ残念そうな顔をしたが、ディアルガに会えないと決まったわけではないので希望が持てた。
「わかった。会うことができたら頼んでみる!」
こうして、ヒトカゲは再び旅に出ることとなった。ルギアの友・ホウオウを捜すため、そして、自分の体を、元のリザードンに戻すことができるかもしれない、時を司る神・ディアルガに会う旅に――。