第64話 訪れた「時」
『“エレメンタルブラスト”と“もう1つの詠唱”?』
初めて聞く技名に当然ながらみんなは聞き返す。だがそうこうしている間にミュウツーはこちらに向かって攻撃を放とうと構えていた。
「詳しく説明している暇はないから、みんなよく聞いて!」
ヒトカゲはこれからみんながすべきことを手短に話した。
「みんな、できる限り体力がギリギリになるまでミュウツーと戦って。限界まできたら僕達にエネルギーを送ってほしいんだ」
「……俺達の特性、“しんりょく”、“もうか”、“げきりゅう”を利用するのか?」
カメックスがそう言うと、ヒトカゲは黙って頷いた。ヒトカゲとルギアは彼らのエネルギーを浴びることで、前回よりもさらに巨大な威力を得ようとしているようだ。
「チャンスは1回。絶対に失敗できないから、タイミングは慎重に決める。いい?」
ヒトカゲが説明し終わると、みんなは「了解!」と大きな声で返事をした。時間はもう残されていない。今みんなができるのは、やれるだけのことを全力でするのみだ。
「消えろ! “シャドーボール”!」
痺れを切らしたミュウツーが攻撃を仕掛けてきた。“シャドーボール”はドダイトスに向かって放たれた。
「“エナジーボール”!」
すぐさま応戦するドダイトス。エネルギーでできた玉はぶつかり、煙を上げながら爆発した。そして煙の向こうから勢いよくミュウツーが出てきた。
「“かえんほうしゃ”!」
「ぐあっ!」
炎があっという間にドダイトスの背中に移った。それだけではない。ミュウツーは誰彼構わず“かえんほうしゃ”を放ち始めたのだ。チコリータはもちろん、ゼニガメやカメックス、そしてバクフーンも炎に身を焼かれる。
『“ハイドロポンプ”!』
少々荒い方法だが、ゼニガメとカメックスは同時に“ハイドロポンプ”を放って炎を防ごうとする。だがそれもミュウツーによって阻まれる。
「“10まんボルト”!」
『がああっ!』
またしても強力な電気が2人に襲いかかった。ミュウツーの攻撃はワンパターンだが、1つ1つの技の威力が強く、かつ相手の弱点を狙ってくる。そうする理由ははっきりしている。「確実に殺すため」、ただそれだけである。
「くっそー、“フレアドライブ”!」
負けじとバクフーンも“フレアドライブ”で立ち向かおうとする。
「“はどうだん”!」
だがミュウツーの方が素早かった。“はどうだん”は至近距離から放たれ、バクフーンの胸に直撃した。
「……がはっ!」
どうやら急所に当たったようだ。バクフーンは胸を押さえながら倒れた。
「まっ、まだまだ!」
しかし根性で起き上がると、再び戦闘態勢に入った。みんなも痛みに耐えつつ構えた。やってやる、それしか考えていなかった。
「往生際の悪い奴らだな……」
それからお互いに激しい攻防が続いたが、ほぼミュウツーの独断場であった。こちらがいくら攻撃しても相殺され、おまけに強力な一発をお見舞いされる。わずか数分で体力が限界に達しようとしていた。
「手こずらせやがって……」
ミュウツーはほぼ瀕死状態のみんなを見下していた。この時のみんなの体力は既に限界を超えていた。少しでも多くのエネルギーをと思って、敢えて耐え続けたのだ。
だがミュウツーにも疲労の色が見え始めていた。ここで“じこさいせい”を使われれば元通りになってしまう。
「ミュウツー!」
その時、ミュウツーの目の前に、ヒトカゲを背中に乗せたルギアが現れた。
「どうだ? お前が死ぬ前に全員が息絶えるのを見届けることができる感想は?」
ミュウツーは故意にヒトカゲを攻撃していなかったのだ。身も心もズタズタにしたかったのだろうとヒトカゲは思った。
「悪いけど、負けないよ!」
ヒトカゲがそう言った瞬間、みんなは最後の力を振り絞って体勢を立て直し、ヒトカゲとルギアのいる方を向いた。
「“にほんばれ”!」
チコリータは“にほんばれ”をくりだした。小さな太陽がそこにできると、数秒間だけドダイトスと共に目を閉じて集中した。
「まだ余力があったか。ちょうどいい、ここで始末……?」
そこまで言うと、ミュウツーは言葉を止めた。何故ならミュウツーが見たのは、みんなの構えている対象が自分でなく、味方なのだから。
そしてヒトカゲが右手を大きく上げた瞬間、みんなは今出せる最大級の技をルギアに向けて放ったのだ。
『“ソーラービーム”!』
チコリータとドダイトスの、“ソーラービーム”。
「“ハイドロポンプ”!」
ゼニガメの“ハイドロポンプ”。
「“ハイドロカノン”!」
カメックスの“ハイドロカノン”。
「“ブラストバーン”!」
そしてバクフーンの“ブラストバーン”。これらは瞬く間に1つのエネルギーとなり、ルギアに届く。エネルギーに包まれたルギアの表面は金色を帯びている。
「暗雲立ち込めし虚ろな空よ、我に雷撃を操る力を!」
ルギアがそう言うと、ルギアの近くにいくつもの稲妻が落ちてきた。ここから間接的にエネルギーを得るつもりのようだ。これで全てが整った。ルギアは口を大きく開けて攻撃する最終段階に入った。
《ヒトカゲ、唱えろ!》
テレパシーでヒトカゲに語りかけたルギア。それに頷くと、記憶の戻ったヒトカゲだからできる、ルギア以外誰も知らない詠唱を唱え始めた。
【生命を与えし七色の神よ……】
詠唱を始めたヒトカゲを見たミュウツーは本能的にまずいと感じ取ったのか、慌ててヒトカゲを攻撃しようとした。しかし次の瞬間、空中で体勢を崩してしまった。何故かと思い、自分の意のままに動かせなかった足を見ると、その理由がすぐにわかった。
「な、何をする!?」
何と、自分の両足には“つるのムチ”が巻かれていたのだ。その蔓を出したのはチコリータ。他のみんなはチコリータや彼女の蔓をがっちり掴んで踏ん張っている。
『ヒトカゲ! 早く!』
必死でミュウツーの足止めをしながらみんなは大声で叫んだ。これを無駄にしてはならないと、ヒトカゲはさらに集中して詠唱を続けた。
【……我に力を授けよ 我ここに誓う 我と汝の力ここに集結し時 全ての悪を持つものに 悪の滅びと善の再生を与えん また誓う 全ての善を持つものに 清らかなる生けし力を与えん!】
そこまで聞くと、チコリータは“つるのムチ”を放した。その反動でミュウツーはさらに体勢を崩し、視界からヒトカゲ達が消えた。
(みんなが作ってくれたこのチャンス、無駄にはしない!)
ヒトカゲとルギアは共に大きなエネルギーを集めた塊を造りきった。体勢を立て直し、ミュウツーは咄嗟に“バリアー”を作った。
「これで終わりだ! “ブラストバーン”!!」
「“エレメンタルブラスト”!!」
ヒトカゲとルギアは最大パワーの最強技を放った。それは今まで見てきたものの何よりも巨大なエネルギーだった。“ブラストバーン”と“エレメンタルブラスト”は1つの塊となってミュウツーへと突っ込んでいった。
「ぐおぉぉ!」
ミュウツーも全力で“バリアー”を使って耐えている。だがそれも束の間、“バリアー”から何やら音がし始めた。
「……! バ、バカな……!」
ミュウツーの耳に入ってきたのは、何かがバキバキと割れる音。目に入ってきたのは、自分が張っている“バリアー”に入っていくヒビだった。そのヒビは徐々に大きくなっていく。
刹那、とうとう“バリアー”は完全に砕け散り、そこに2人の放った技が一瞬にして入り込む。“ブラストバーン”と“エレメンタルブラスト”はミュウツーの身体へとぶつかり、その身に大ダメージを与えた。
ミュウツーの意識は遠退きつつあった。全身に力を入れることすらできず、ただ技の勢いに身を任せるしかなかった。ミュウツーは遠くに吹き飛ばされ、海へと落下していくのであった。
「……私の……計画も……ここまで、か……」
ミュウツーを倒したヒトカゲとルギアは氷上へと降り立った。みんなが駆け寄り無事を確認すると、全てが終わったことに歓喜の声を上げた。
互いに喜びを分かち合っている時に、ルギアは天を仰いだ。するとみんなの足元から淡い黄色い光が出てきて、怪我や体力を回復させていく。
「さあ、一旦アスル島まで戻るぞ。仲間が待っているのだろう?」
ルギアがそう言うと、完全に回復したみんなは元気よくアスル島に向かって歩き出した。
みんながアスル島に着いたときには、既に朝日が昇っていた。これほど綺麗な朝日は今までに見たことがないと思うほどだ。最初に出迎えてくれたのはバンギラスだった。あれからカイリュー達の手当てを続け、おかげでカイリュー・プテラ・ブラッキーは手遅れになることはなく、3人はぐっすり寝ていた。
「よくやったな! ありがとうな!」
バンギラスがヒトカゲの背中をバシバシ叩きながらお礼を言った。噎せるヒトカゲをみんなは笑う。
それから1時間後、神殿前にニドキング警視とピジョット警部が到着し、カイリュー達を逮捕した。手や足に錘をつけられ、連行されるところだ。
「なぁ、警部。ちょっとでいいから、時間くれないか?」
歩こうとしたプテラが足を止め、ピジョット警部に頼み込んだ。「いいだろう」と警部が許可すると、プテラはゆっくりとバンギラスとドダイトスのところへと歩み寄る。
「……俺が犯した罪を赦してくれとは言わない。だけどお前達がこうして俺にもう一度更生するチャンスを与えてくれた。この事を忘れずに生きていく。そして、刑期が終わったらラルフの墓参りをさせてほしい。謝りたいんだ」
全てを黙って聞いていたバンギラスとドダイトス。プテラに笑顔こそ見せなかったが、2人は暖かい気持ちでプテラを励ました。
「わかった。お前が本当に改心した時には、父さんの墓に来てくれ。それまで待ってるからな」
「もう、現実から逃げるような事はするなよ」
それを聞くとプテラは半泣きになりながら何も言わずに頭を深く下げ、警部の元へと戻った。そして今度はブラッキーとカイリューがヒトカゲの元へやって来た。
「私、見失っていた物が見つかったかもしれない」
ヒトカゲの目を見ながらブラッキーは真剣に語る。
「『光』。希望や未来、そして命を繁栄するもの。その光を自ら封じ込めていたけど、本当はその光が途絶えないように守っていくのが、正しい生き方なのね」
ブラッキーはそれ以上何も言おうとはしなかったが、ヒトカゲにはちゃんと伝わっていた。どんな辛いことがあったのかはわからないが、今は歩むべき道を歩もうとしていることを。
「ねぇヒトカゲ。僕、本当に変われるかな? これから先、リユの分まで、胸張って生きていけるかな?」
最後にカイリューがヒトカゲに訊いた。もうカイリューを蝕んでいたものは消え去っていた。それがわかるとヒトカゲはゆっくりと首を縦に振り、質問に答えた。
「大丈夫。思いが強ければ強いほど、誰だって変われる。胸張って生きていけるようになるから」
「……ありがとう……」
カイリューもプテラ同様、大きく頭を下げると、警視のところへ戻っていった。ニドキング警視の「行くぞ」という掛け声と共に、カイリュー達は港へ向かって歩いていった。
「とうとう、終わったな」
「ってか兄さん、俺どんだけ寂しい思いしてたと思ってんだよ!?」
「そうよ。取り乱しちゃうくらいだったもんね」
「お嬢、あまりそう言うことは口にしてはいけませんよ」
「いや〜お疲れバンちゃん♪」
「だ、誰がちゃん付けで呼んでいいっつった!?」
みんなは改めて、全てが終わり、平和が訪れたことを喜んでいた。ヒトカゲはみんなの笑顔を後ろから黙って見ていた。本当に、よかった。そう思いながら。
だがこの時みんなは、平和以外にもう1つ、ある「時」が訪れているとは考えていなかった。
「ヒトカゲ」
みんなの方を見ていたヒトカゲに、ルギアが声をかけた。みんなはお喋りに夢中になっていてこの事に気づいていない。
ヒトカゲは声をかけられた時から、ルギアの言おうとしていたことがわかったのか、「うん」と返事をしながらルギアの方を向いた。
「……いいのか?」
「うん。辛くなるだけだから……」
「そうか」
「ゼニガメ、本当に兄ちゃんが悪かった」
「まったく、本当だよな〜! なぁヒトカ……」
話し込んでいたゼニガメがヒトカゲに放しかけようと後ろを振り向いたが、その姿が見当たらない。
「あれ、ヒトカゲは?」
ゼニガメの声でみんなはヒトカゲとルギアがいない事に気づいて辺りを見回すが、どこにもいない。しばらくして、みんなはようやく状況を理解した。
――ヒトカゲが、人間のいる世界へと帰っていった――。