第60話 真実
「うぐうっ!?」
その一言でヒトカゲはさらに激しい頭痛に襲われた。みんなはヒトカゲを心配しつつも、この意味不明な発言に困惑していた。
「リ、リザードン……? どういう事だ?」
「お前の事も含めて説明してもらおう」
ゼニガメとドダイトスは空中に浮かぶポケモンに向かって訊いた。チコリータは苦しむヒトカゲの横についている。そのポケモンはみんなを見下すような目つきで話し始めた。
「私の名はミュウツー。人間によって造られたポケモンだ」
そのポケモ――カイリュー達のボスの正体はミュウツーだった。それは理解できたのだが、みんなはその後の言葉が気になっていた。
“人間によって造られた”。この世界は人間と無関係。この世界に住むポケモン達は、人間は他の世界に住んでいる生き物としか認知してないのだ。では何故人間と関わりのあるポケモンがこの世界にいるのか。
「つ、造られた? 人間に? 冗談だろ。じゃあ何でここにいるんだよ?」
もう訳がわからなくなっているゼニガメ達に、ミュウツーは当然の事のように答えた。
「何でここにいる? 人間のいる世界から来たからだ。そうだよな? ヒトカゲ」
ヒトカゲの方を見ながら言ったミュウツー。その瞬間、ヒトカゲの頭に槍が突き刺さったような痛みが走ったが、それとともに頭の痛みが止んだ。
「…………」
思考が停止しているのか、その場で固まってしまっている。大量の汗が拭われることなく滴り落ちる。
『……ヒトカゲ?』
みんなは恐る恐るヒトカゲを気遣った。ゆっくりと上体を起こしながら、ミュウツーの方を向いたヒトカゲ。しばしの間何も喋ろうとしなかったが、何かを覚悟したかのようにその質問の返事をした。
「……そうだね」
誰もがその言葉に自分の耳を疑った。これはまさしく、ヒトカゲの記憶が戻った事を意味していた。それと同時に、信じられない事実を知ってしまうこととなったのだ。
「ヒトカゲ、『そうだね』って……」
ゼニガメが何かを確かめるようにヒトカゲに訊ねた。もう返事をしてしまったからには、全てを話さなければならない、そう思ったヒトカゲは全てを打ち明けようとした。
「ミュウツーの言うとおりだよ。僕は人間のいる世界から来たんだ」
『えぇっ!?』
「今から、僕に何があったか話すよ。僕はね……」
数ヵ月前、人間とポケモンが共存する世界。ここである1人の少女が、どこかの施設内でバトルを繰り広げていた。
「リザードン、“ブラストバーン”よ!」
「ガルッ!」
その少女は自分の手持ちのポケモン、リザードンに“ブラストバーン”を指示すると、目の前にいるゲンガーに向けて炎を放った。“ブラストバーン”をくらったゲンガーは直に気絶して倒れてしまった。
「ゲンガー戦闘不能! よってリーグ優勝者はリサ選手だー!」
「やったあ!」
リザードンのトレーナー・リサはその場で飛び跳ねてキャーキャー叫びながら喜んでいた。自分のポケモン達――ハッサム・ラプラス・カイリキー・ライチュウ・エーフィ、そしてリザードンを抱きしめながら。
「なお、今回の優勝者・リサ選手には、アーシア島2泊3日の旅無料招待券が与えられます!」
リサは大会委員長から賞品を受け取ると、満面の笑みで会場の観衆に招待券を見せびらかしていた。よっぽど嬉しかったようで、早速旅行に行く気満々でいた。
次の日、リサはもうはやアーシア島にいた。現地の人の案内を無視しながら洋服を買ったり、名物の試食をたらふく食べたり、珍しい民族衣装を身にまとった人を次から次へと写真に収めていたりした。
「はぁ〜いいところね♪ みんなもそう思うでしょ?」
モンスターボールから出したポケモン達に言うと、みんなは短い鳴き声を上げながら笑顔で頷いた。
「えっと次は……『海の神に会えると伝えられている神殿のある島』! ここにしよう!」
ガイドマップを見て、海の神に会えるという伝説を鵜呑みにしたリサはすぐにこの島へ向かおうと、クルーザーのある海へ向かおうとした。
「お嬢ちゃん、どこ行くんだ?」
「港へ行くの!」
「そっちは山に行く道だべさ」
「……あっ」
約1時間後、リサはその島に足を踏み入れた。花が咲き乱れ、海からの潮風がとても気持ちよく、さらに自分以外の観光客がいない。まさに至福であった。
それからリサは島の半分を回った。依然海の神に関するものは何も見つかってなかったが、それよりも周りの景色を見るだけでも十分満足するようになってきた。
「ん〜最高♪ ちょっとだけお昼寝しようかな〜」
そう呟くと、芝生の上に仰向けになった。心地よいそよ風と暖かい太陽の光でリサは眠気に誘われていた、その時だった。突如リサのいる位置の反対方向から爆発音が聞こえた。それに加え弱くはあるが、爆風が向かってきた。異変に気づいたリサは慌てて起き上がる。
「な、何かしら? リザードン、連れてって!」
急いでモンスターボールからリザードンを出すと、リサはその背中に乗って爆発のあった方向へ飛び立っていった。
「な、何よあれ……」
島の反対の場所で、リザードンをモンスターボールに納めたリサが見たもの、それは2匹のポケモンが互いににらみ合いながら浮遊している姿だった。それに気づいた2匹のポケモンは、テレパシーを使ってリサに語りかけた。
≪人間よ、早くここから立ち去れ!≫
そうテレパシーを送ったのは、リサに背中を向けているポケモン、それこそが海の神・ルギアだった。
≪何故、人間の味方なんかするんだ?≫
ルギアに向かってそう言ったのは、リサを蔑(さげす)んだ目で見たポケモン、ミュウツーだ。リサはミュウツーの事を知っているようだ。
「ミュウツー! ロケット団が兵器として造ったと言われるポケモンが、何故ここに……?」
≪知りたいか?≫
口元で笑みを浮かべながら、ミュウツーはその経緯を説明し始めた。
≪私は、生まれた。何のために? 人間のいいように使われるために? そんな命など望んでいない。この世界に住むポケモン達もそう思っているだろう≫
リサは複雑な気持ちで聞いていた。実際にポケモンを都合のいい道具のように扱っている人間も少なからずいることを考えると、これは紛れもない事実なのだから。
≪ポケモン達は人間といてはいけない。だから私は決めたのだ≫
そう言いながら、ミュウツーはリサから視線を逸らした。その先には、見たことのない「歪み」が存在していた。当然リサは驚く。
「な、何なのあれ……?」
≪あれは空間を越えることができる穴。今から私はそれを通してポケモンしかいない世界へ行き、連れて戻ってくるのだ。人間と、人間に味方するポケモン共を滅ぼすためにな≫
高笑いするミュウツー。リサは俯いたまま何も言おうとしないが、その拳はわなわなと震えていた。絶対あってはならない、リサは強く思った。
≪人間に危害は加えさせん! そこの人間、早く逃げるのだ!≫
強い調子でルギアが警告した。しかしリサはその場から一歩も動こうとしない。それだけでなく、モンスターボールを1つ、握り締めていた。
「人間とポケモンを滅ぼす? 冗談じゃないわ!」
怒りを露にしたリサ。叫びながらモンスターボールを宙へ放り投げると、中からリザードンが出てきた。そのリザードンを見たルギアはある事に気づき、驚愕する。
(なっ……! ま、まさか……!)
ルギアのそんな様子を見ることなく、リサはリザードンに指示を出し始めた。
「“かえんほうしゃ”よ!」
勢いよく口から炎を吐き出すリザードン。だがミュウツーは冷静な表情のまま左手をそっと前に出すと、そこで“バリアー”を作った。炎がミュウツーの体に触れることはなかった。
≪無駄だ……≫
次の瞬間、ミュウツーは“はどうだん”をリサに向けて放った。リザードンもそれに気づくが間に合わない。リサも為す術もなくただ立ちすくんでいた。
≪まずい!≫
咄嗟にルギアはリサを庇うように前に出た。そして“はどうだん”を自らの体で受け、リサを守ったのだ。
「ル、ルギア!」
≪心配無用だ。これくらいの攻撃≫
リサは心配そうにルギアを見たが、体に傷一つついていないことにほっとした。だがルギアがリサの方を振り向いたその隙をつき、ミュウツーは空間移動できる穴に入ってしまったのだ。あの攻撃は隙をつくるものだったのかと思ったがもう遅かった。
「ど、どうしよう……このままじゃ、この世界が……」
愕然とするリサ。そんなリサを見ながら、ルギアはテレパシーで思いもよらぬ事を言った。
≪……人間よ、頼みがある≫
「た、頼み?」
≪そうだ。お前の持つあのリザードン、私と共に連れて行かせてくれ≫
何と、ルギアはリサのリザードンと共にミュウツーをくい止めたいと言い出したのだ。不思議に思ったリサがその理由をルギアに問う。
≪私とあのリザードンが組めば確実にミュウツーをくい止められる、それ程の特別な力を秘めているのだ≫
「特別な力?」
≪そう、詳しく説明している暇はないが、リザードンが救世主になることは間違いない。頼む、人間よ。リザードンを連れて行かせてくれ≫
突然そう言われても、リサは戸惑うしかなかった。連れて行かせたらもう2度とリザードンに逢えなくなってしまうかもしれない、そう考えると手放したくないのが当然だ。
しかし人間とポケモンが滅ぼされては再会できないどころの話ではなくなってしまう。それに気づいた時には、リサの答えは決まっていた。
「お願い、リザードンを連れて行って」
一瞬だが、その答えを聞いたルギアは驚き、もう1度リサに聞き返した。
≪……本当にいいのか?≫
「彼が本当に救世主だと言うのなら、連れて行って下さい」
リサの目つきは本物だった。そして当のリザードンも行く気満々でいた。彼らの気持ちを確かめると、ルギアは軽く頭を下げた。
≪……感謝する。では、連れて行かせてもらう。リザードン、ついて来てくれ≫
そう言うと、ルギアはリザードンを誘導し、2匹は空間移動できる穴へと入っていった。その様子をリサは一粒の涙を流しながらじっと見続けていた。
(リザードン、頑張って! 絶対、絶対戻ってきてね!)
2匹が空間移動した先、それがポケモンしかいない世界に存在する、ポケモンアイランドだったのだ。通じていた場所はディオス島。ルギアが本来住処としている場所だ。
すっかり夜を迎えていたアイランド全体の視界はそれ程よくなかったが、ミュウツーを見つけるには十分な明るさだった。2匹はミュウツーを見つけるや否や、すぐさま攻撃した。
元々海や風を操るほどの力を持つルギア。死闘を繰り広げている間に天候は悪化し、アイランドの海の所々から水柱が生まれた。その水柱はとてつもなく大きく、アイランドの各島から確認できるほどだ。
数時間に及んだその死闘も終盤を迎えた。かなりのダメージを負っている3匹はそろそろ決着をつけるべく、自身最大威力の技をぶつけ合ったのだ。
技がぶつかり合った瞬間、巨大な太陽を思わせるような光が3匹を包み込んだ。
(な、何だこれは!?)
3匹はその光に包まれると、体中が焼け爛(ただ)れそうな程の熱さを感じた。それに加えて体力が削られていくのを直に感じ取った。
しばらくしてその光が拡散していくと、ルギアとミュウツーは意識を残しつつも、力なく空中から落下していく。
その時、2匹は自分の目に入ってきた光景を疑った。
2匹、いや、この世の全ての生き物においてありえない現象が、今ここで起こってしまったのだ。
(……リザードンが、ヒトカゲに退化してるだと!?)