第59話 救出と復活
カイリューの“はかいこうせん”とヒトカゲの“ブラストバーン”がぶつかり、そこで爆発が起こった。辺りは光と砂塵で包まれ視界不良となり、何も見えない。
数十秒後、徐々に視界がよくなり、みんなはヒトカゲ達の様子を見るために目を凝らした。そこにあったのは、地面に立っている小さい影と、うつ伏せになって倒れている大きい影。
はっきり見えずとも、立っているのがヒトカゲなのはすぐにわかった。直に完全に辺りの砂塵が晴れると、ヒトカゲを含めた全員がカイリューの元へ駆け寄る。
「……大丈夫、息はしている。気を失ってるだけだ」
カイリューの鼻に手をあてながらカメックスは無事を確認した。みんなはほっと胸を撫で下ろした。
「ったく、厄介な奴だったな」
「でも、カイリューも相当辛かったと思うわ。歪んでしまった心はそう簡単には戻らないもの」
ゼニガメとチコリータが互いに顔を見合わせながら今までのカイリューを振り返った。そして同時に救うことができて本当によかったと喜んだ。
「おい、今は話をしている場合じゃない。急いで神殿に向かわなくては」
ヒトカゲ達の方を向きながらドダイトスは早くするよう促した。頷いて返事をしてヒトカゲ達は神殿へ向かおうとした時、カメックスから声をかけられた。
「俺はカイリューの手当てをしてから合流する。先に行け」
そしてカメックスは「ヒトカゲ!」と大きな声でヒトカゲを呼ぶと、自分が持っていた水の勾玉をヒトカゲに向かって投げた。
「……頼んだぞ」
「任せて!」
全員が互いに目を合わせて気持ちを確認すると、4人は神殿へ向かって走っていった。
神殿の中に到着すると、4人は一気に緊張感がピークに達した。これで今まで頑張ってきた事が報われる、そう思うだけで胸が張り裂けそうになった。
「いよいよ、だね」
「そうだな。長かったけど、これでようやくだな」
「ええ、やっと助けることができるのね」
「海の神、ルギアをな」
4人は各々気持ちを整理し、大きく深呼吸を1つした。すうっと肩の荷が下りたように感じたのか、緊張の糸がほぐれ、少し表情が和らいだ。
(……だけど、カイリュー達のボスがいるんだよね。正直怖いけど、記憶が戻るチャンスだし、何よりルギアを助けることを第一に考えないと)
その事を考えると、ヒトカゲだけが再び緊張してしまった。だがかえってその方がいいかもしれないと思い込むことで、これからの事に集中することができそうだと思ったようだ。
「じゃあ、スイクンに言われたように勾玉を納めよう」
そう言うと、4人で手分けして7つの勾玉を部屋にある勾玉を納める溝に1つずつ、丁寧にはめていく。炎の勾玉・草の勾玉・雷の勾玉・地の勾玉・氷の勾玉・霊の勾玉、そして、水の勾玉。その1つ1つが淡い光を綺麗に放っている。
「これで最後だね」
みんなが持っていた勾玉が納められたのを確認すると、ヒトカゲは最後に、カメックスから受け取った水の勾玉を部屋の中心にある溝に埋め込もうとした。
ゼニガメにチコリータ、そしてドダイトスが、ヒトカゲが勾玉を納めるのを黙って見ていた。張りつめた空気が辺りを支配しているのを感じながら、ヒトカゲは水の勾玉を溝にはめ込んだ。
刹那、7つの勾玉それぞれから今までとは違う、強烈な光を放ち始めた。そして全ての勾玉のうち6つが中心の水の勾玉に向かって光が出ている。水の勾玉はその光を吸収しているように4人の目に映った。
直に、水の勾玉から、自らの光を含めた全ての光を天に向けて一直線に放出した。赤・橙・黄・緑・水色・青・紫、そう、虹となって高く高く昇って行った。
『なっ……!』
初めて見る光景にただただ呆然とする4人。しばらくするとその光は途絶えてしまった。そして何事もなかったかのように辺りに静寂が戻った。
「な、何だったんだ?」
いまだ天を見上げながらゼニガメは不思議そうに言った。他の3人も天を見上げたままだ。ここでヒトカゲはある事を思い出す。
「ルギアが言ったことと、図書館で読んだ本によると、勾玉を納めると……!」
そこまで言いかけると、ヒトカゲは何かに気づいた。目線の先に小さい影が3つ映ったのだ。だんだんとその影が大きくなってくると、ゼニガメ達もその存在に気づく。
『……あ、あれは……』
4人が見たのは、赤・黄・水色の体を持つ鳥のような存在。翼をはためかせながらこちらに向かって降りてきている。4人が驚いている間にその存在はヒトカゲ達のいる神殿の部屋に降り立った。その3人の存在を1人1人見ていく。
『……ファイヤー、サンダー、そして、フリーザー……』
やって来たのはヒトカゲの思った通り、伝説の鳥ポケモン、ファイヤー・サンダー・フリーザーだった。初めて見る神の存在に畏(おそ)れたのか、ヒトカゲ達から言葉が出てこない。
先にこの場の沈黙を破ったのは、サンダーだった。
「我らを呼んだのはお前達か?」
緊張のあまり本当に声が出ないのか、4人は黙ったまま首を縦に振って答えた。今度はファイヤーがヒトカゲ達に質問をした。
「我らを呼んだということは、ディオス島に行くということだな。如何なる理由だ?」
ファイヤー達が一斉にヒトカゲ達を睨む。さすがは神と呼ばれるポケモン、威圧感がまるで違う。気後れしないように4人は必死で勇気を振り絞った。
「ぼ、僕達……」
ヒトカゲは以前ルギアから言われた通りに、全ての事情をファイヤー達に説明した。話だけ聞けばそれは信じられないものだろうが、彼らがヒトカゲ達の目を見ると、それだけで嘘偽りがないことを見抜き、ヒトカゲ達の事を信用した。
「……という理由なんです。なので僕達をディオス島に連れて行ってください!」
ファイヤー達の目を見ながらヒトカゲ達は深々と頭を下げて懇願した。それに対する彼らの答えはヒトカゲ達の予想以上に早く返ってきた。
「よかろう。我らの背中に乗れ。ディオス島まで急ぐぞ」
サンダーがそう言うと、彼らはしゃがみ込んで自分達の背中を差し出した。ヒトカゲはファイヤー、ゼニガメはフリーザー、チコリータはサンダーの背中に乗った。
「お前は、私が海を凍らせるから走ってこい。そこまで距離は遠くない」
「わかりました」
唯一彼らの背中に乗れないドダイトスは、フリーザーが“れいとうビーム”で凍らせた海の上を渡って行くこととなった。
「これで大丈夫だろう」
神殿の外では、ちょうどカメックスがカイリューの手当てを終えたところだった。そこに、バンギラスとプテラが互いに体を支えあいながらやって来た。
「カ、カイリュー……」
プテラはカイリューが倒れていることに驚きながらも、暴走を食い止めることができたことに安堵の表情を浮かべた。
「カメックス、ヒトカゲ達は……」
「まだ神殿の中だが、お前達も見ただろ? 伝説の三鳥が降りたのを」
バンギラスとカメックスがそんな話をしていたところ、突如猛スピードで神殿の中から何かが飛んできた。その速さのあまり何が起こったのか理解できずにいた。
驚きのあまり辺りを見回していると、神殿の中からドダイトスがカメックス達のいる方へ走ってきた。
「どうした?」
「これからディオス島へ向かうところだ。今フリーザーが海を凍らせてくれる」
ドダイトスは簡潔に今の出来事を説明すると、すぐにディオス島に向かおうとした。
「ちょっと待ってくれ」
走り出そうとしたドダイトスに待ったをかけたのはバンギラスだった。
「カメックス、お前もディオス島に向かってくれ。体力的に余裕があるのはお前の方だ。俺がこいつらを見てる」
このまま自分が行っても足手まといになると思ったのか、バンギラスはカメックスに行ってくれるように言った。カメックスは右手の親指を上げながら黙って頷いた。そしてバンギラスに背中を向けると、ドダイトスと共にディオス島に向かって走っていった。
数十分後、ヒトカゲ達は海の上を大分進んでいた。フリーザーが凍らせた海の上をドダイトスとカメックスが走り、ファイヤー達はそのペースに合わせて飛んでいる。
「ファイヤー、聞きたいことがあるんだ」
海の上で、ヒトカゲは自分を乗せてくれているファイヤーに質問をした。
「何だ?」
「僕ができる詠唱に“紅蓮の炎を操る神”ってあるけど、それってファイヤーの事なの?」
ナランハ島の図書館で本を見て以来ずっとこのことが気になっていたのだ。ファイヤーは詠唱技についての説明と共にその答えを話し始めた。
「そもそも詠唱技とは、我々のような存在から力を借りることで、己の力を上げる技だ。つまりお前ができる詠唱は、我が力をお前に与えていることになる」
どうりで強くなるわけだ、と納得したヒトカゲ。ただ、それが“ブラストバーン”を使えることとは関係ない。それを考えていると、前方に島が見えてきた。ディオス島だ。
「あれがディオス島?」
「そうだ。もう少しだ」
ヒトカゲはディオス島をじっと眺めていた。あそこにルギアがいる、そう思っていた矢先のことだった。 突如、物凄く大きな爆発がディオス島から起こり、全員がその場で足を止めた。
そして直に、ディオス島から大きく丸い2つの光が飛び出してきた。1つは、銀色。もう1つは、紫色だ。その銀色はまさしく、ヒトカゲの記憶にある色だった。
その光は、互いにぶつかり合いながらヒトカゲ達のいる方へ近づいてきた。何かわからないその光を見続けていると、自分達の上空で動きを止めた。互いに間合いを取っている。
ヒトカゲ達は目を凝らしてその光を見る。するとそこには2匹のポケモンがいた。銀色の光に包まれた1匹は翼竜のようなポケモン。それはまさしくヒトカゲが予想していた通り、海の神・ルギアだった。当然みんなは驚きを隠せないでいる。
もう一方、紫色の光に包まれた1匹は人間の形に近く、長い尾を持っている、誰も見たことがないポケモンだった――ヒトカゲを除いては。
「……うぐっ!」
そのポケモンを見るや否や、ヒトカゲは激しい頭痛に襲われた。その様子を見たファイヤーは自分の背中からヒトカゲを降ろした。
『ヒ、ヒトカゲ!?』
ゼニガメとチコリータも彼らの背中から降り、ドダイトスも共にヒトカゲのところへと駆け寄ると、苦しそうに頭を抱えているヒトカゲがいた。
「まさか、記憶が戻っているのでは!?」
ドダイトスの言うとおり、今ヒトカゲの記憶が戻りかけているのだ。そのきっかけとなったポケモンの姿をみんなはもう1度見上げた。そのポケモンも上空からこちらを見ている。その様子からみんなは確信した、このポケモンがカイリュー達のボスだという事を。
そのポケモンはヒトカゲの方に目をやると、口元で笑いながら言葉を発した。
「久しぶりだな、ヒトカゲ」
やはりそのポケモンはヒトカゲと関係があった。ヒトカゲはそれに答えることができずに、ただ頭の痛みに耐えていた。
次の瞬間、そのポケモンが言い放った言葉は、みんなを驚愕・混乱させることとなる。
「……いや、『リザードン』だったな……」