第55話 敵討ち 後編
「く、くそ……」
這いつくばってでも起き上がろうとする2人。そんな彼らをプテラが少し離れたところから楽しそうに見ていた。
「残念だけど、お前らに勝ち目はね〜な」
その声にバンギラスとドダイトスは顔だけプテラの方へ向けた。体中の激痛のせいで彼らの目は半開きだ。
「お前らは十分やった。俺にここまでダメージを与えるなんてな。だけど、それは無意味なのさ〜」
そう言いながら、プテラは地上へと降り立った。その様子をバンギラス達は黙って見ている。
「“はねやすめ”だよ〜ん」
プテラは自分の翼を畳め、“はねやすめ”の状態に入ろうとした。これでかなりの体力を回復させるつもりなのだ。余裕綽々といった様子でプテラは笑っていた。
回復されてはマズいと思うのが普通だ。バンギラスとドダイトスは為す術はないのかと必死で作戦を練ろうとしているのかと思いきや、そうではなかった。口元で小さく笑っていたのだ。
(待ってたぜ……お前がそれを使う時をよ!)
渾身の力で2人は身体を起こし、互いに目を合わせながら頷いた。そして、技を放った。
『“じしん”!』
2人が放ったのは“じしん”。普通ならプテラには全く効果がない技だ。だが今はどうだろうか。“はねやすめ”で飛行できない今、持ち合わせているのはいわタイプのみ。そこに2人分の“じしん”攻撃はプテラにとって最強の一撃となった。
「なっ……がああぁぁ!」
回復技が仇になるとは思ってもいなかっただろう。“じしん”を受けたプテラは大ダメージをくらった。
「これで終わりだ! “はかいこうせん”!」
「“ハードプラント”!」
最後の力を振り絞り、バンギラスとドダイトスは自身の最強技をプテラに放った。赤色の光線はプテラを飲み込み、無数の鋭利な植物はプテラの翼を撃ち抜いた。
「……かはっ……」
プテラは力なく地面へ倒れこんだ。もう攻撃する力も残されてないようだ。
「はぁ、はぁ、や、やった……ついにやったぞ!」
息を切らしながらも2人はこの達成感を分かち合った。だがまだ安心はできない。プテラはまだ生きている。2人はよろけながらも倒れているプテラの元へ向かった。
「……うぅっ……!」
痛みと苦しみのあまり唸り声を上げるプテラ。その時ザッという音が聞こえてきて、目線をそちらへやった。目に入ってきたのは、大きなツメが生えている足。そこから辿るようにして顔を上にやると、そこにはバンギラスとドダイトスの顔があった。
「くっ……」
今はもう足掻くことすらできない。ただ上からバンギラス達に睨まれている。この時、プテラは初めて恐怖というものを感じたようだ。
「もう戦闘不能だな。俺らの勝ちだ」
静かに、だが威圧感がある低い声でドダイトスは言い放った。それを聞くと、何かを覚悟したかのようにプテラは息を漏らし、目をつむりながらいきなり仰向けになった。
「……わかったよ。俺の負けだ。好きにしろ」
とうとうプテラは降服した。一切抵抗する気はなさそうだ。それに応えるべく深呼吸したバンギラスは自分の右手を高く振り上げた。
(やっと、コイツの首を刎ねる時が来たぜ……父さん)
バンギラスも、後ろから見ているドダイトスも、今までの記憶が溢れかえっていた。まだラルフが生きていた時のこと、離れ離れになってから苦労してきたこと、願いが叶ってドダイトスと再会できたこと、そして――。
「…………」
あることが蘇ってくると、バンギラスの右手がそこで固まってしまった。今すぐにでもそのツメを振り下ろしたいはずであるが、右手が動こうとしない。そればかりでなく、何故か涙を流しているバンギラス。何かと葛藤しているようにも見える。
「どうした? 早くしろ」
少しじれったく感じたプテラが言った。殺すなら早くしてくれと思っているようだ。しばしの葛藤の末、バンギラスは泣きながら雄叫びにも近い声を発し、その右手を振り下ろした。
パシン!
その場に響き渡ったのは、生々しく肉が引き裂かれる音ではなく、乾いた破裂音に近いもの。そしてプテラは、まだ自分は死んでいない、だけど頬が痛いと感じ、恐る恐る目を開けた。
そこにいたのは、目からポロポロと水滴を落としているバンギラスの姿だった。この様子を見たプテラとドダイトスは大変驚いている。
「……生きろ……」
突如、バンギラスが思いもよらぬことを口にした。
「……生きて、一生かけてお前がやってきた罪を償え」
正直、バンギラスがどうしてこんな事を言っているのかわからなかった。当然ながらプテラはそう言った理由を訊ねた。
「な、何で俺のことを殺さね〜んだよ? 俺はラルフを殺して、お前達の半生を滅茶苦茶にした犯人だぞ!? なのに何故だ?」
すると、涙を拭ったバンギラスがその胸の内を語った。
「俺だって最初はお前を殺すつもりだった。だけどな、それじゃ意味がねぇんだよ。命を犠牲にしたって、そこから生まれるものは何もねぇんだ。残るとしたら、自分が殺したという罪悪感と、虚しさだけなんだ」
この言葉で、ドダイトスも気付かされた。復讐心にかられていて気づけずにいた、誰かを殺めるということが招く結末を。
「安易な死よりも、生きることの方が辛い。だったら俺はお前に生きろと言う。しっかり罪を償って、同じ過ちを犯さないようにしろ。いや、俺がそうさせる。それが俺の『使命』だ!」
ここまで言った時には、プテラは既に泣いていた。負けたことによる悔しさからくるものではない。彼の中に芽生えた、いや、誰もが必ず持っている“良心”が呼び覚まされ、慙愧(ざんき)の念でいっぱいになっていたのだ。
「……すまなかった。本当に、すまなかった……」
プテラは泣きじゃくりながらただただ謝り続けた。地面に頭をつけながら何度も何度も謝罪の弁を述べていた。ドダイトスも、バンギラスの話を聞いて納得したようだ。
「まったく、感謝しろよ……」
バンギラスがそう言ったのには訳があった。先程蘇ってきた記憶の中には、ヒトカゲとの出逢いがあった。
彼はヒトカゲから多大な影響を受けたのだ。ヒトカゲが抱えているものは相当辛いことであるはずだが、決してそれから逃げたりしない。それに加え、ヒトカゲには『使命』がある。
ヒトカゲは現実から目を背けずに生きることが使命だと考えている。それがバンギラスの頭に思い浮かんだ時、自分の使命は何だろうと考えた。父親の無念を晴らすためにプテラを殺すことが自分の使命か、そしてそれが正しいのか。
(……違う。こいつを殺しても、俺達の目の前から存在がなくなるだけ。俺は現実から逃ようとしているだけだ)
はっと気づかされたのは、首を刎ねようとする少し前。だけどどうするべきか。この怒りを抑えることも難しい、なら1発殴らせろと思い、平手打ちをしたのだ。
「なぁ、本当によかったのか?」
改まってドダイトスがバンギラスに訊ねた。体力が持たなくてその場に座り込んで話をする2人は、体力が回復するまでしばし休憩するようだ。
「いいんだ。どうせ、父さんは敵討ちなんて望んでないだろうからよ」
これで良かったんだ、これが1番の選択肢だったんだと、バンギラスは答えが出せて胸がすっとする思いでいた。
「……これも、ヒトカゲのおかげだな」
「あいつの?」
「あいつと出逢ってなかったら、おそらく俺は無意味な殺しをしてた。だけどあんなに固く約束した俺らの決意を曲げるなんて……すげぇよ、あいつは」
「そうだな。あいつ、ヒトカゲにはそういう特別な力があるのかもしれないな。なら尚更、記憶を取り戻させてあげたいな」
「あぁ。俺らができることは全てしてやるつもりさ」
月明かりが彼らを照らしている。その光は彼らの心までも明るい黄色で染めているようだ。長年に渡ってこの2人が心に決めていた敵討ちは、このような形で幕を閉じた。
時間は少し遡(さかのぼ)り、2人がプテラと戦う少し前に神殿の裏側では、チコリータとゼニガメがブラッキーと、一方ではヒトカゲとカメックスがカイリューと互いに睨みあっていた。
「あなた達、どうしても私達の邪魔するつもりなのね?」
「当たり前だろ! この前みたいにはいかないからな!」
ゼニガメが声を張り上げて宣言した。絶対に負けない。負けるくらいなら死んでやるといった意気込みが2人から感じられる。
「じゃあブラッキー、僕はこっちの2人から勾玉奪ってるから、よろしく〜」
手を振りながらカイリューが笑顔で言いながら、そのまま目線をヒトカゲ達に向ける。
「カメックス、こっちに戻るなら今のうちだけど?」
冗談交じりのカイリューの発言に対し、威勢よくカメックスが答えた。
「言ったはずだ。お前達と仲間になったつもりはないと」
「そうだったね。それじゃ、手加減なしでいくからね♪」
今のところ、カイリューの「もう1つの顔」は出てきていないようだ。その事を知らないヒトカゲとカメックスは、後に目にすることとなるとも知らないまま、戦いが始まろうとしていた。