第53話 裏切り
「ど、どうして勾玉の事を……!?」
カイリューの発言にヒトカゲ達は驚かずにはいられなかった。カイリュー達も勾玉が必要かもという仮説は立てたことがあるが、その勾玉を自分達が集めている事を知られているとは思わなかったようだ。
その答えはすぐに返ってきた。相変わらず腹立たしい程の笑顔でヒトカゲを見ながらカイリューはこう言った。
「それは情報収集のプロに聞いたからだよ。ねぇ、カメックス♪」
『えっ!?』
全員の視線は一斉にカメックスの方に向けられた。それにたじろぐことなくカメックスは無表情で、沈黙を貫いている。
「そんな事いいからさ、早く勾玉をこっちに渡してよ」
誰の事もおかまいなしといった具合にカイリューが口を開いた。ヒトカゲ達は渡すまいとぐっと構えてその場から動かなかったが、1歩前に出た者がいた。ドダイトスだ。
「もうそろそろ話してもらおうか。お前達が何故ヒトカゲと、勾玉を狙っているのかを」
頃合いを見計らっての発言だった。カイリューはため息を1つつき、しょうがないといった様子で肩をすくめながらその理由を話し始めた。
「わかった、話してあげる。じゃあまずヒトカゲを仕留めようとしている理由……それは僕達のボスからの命令なのさ」
この時、ヒトカゲ達は初めて「ボス」という者の存在を知った。さらに話は続く。
「それで、ボスが今とある事情で動けないでいるから、僕達が代わりにヒトカゲを殺してほしいって言われたのさ」
「ボスって誰だよ?」
「それは、ヒ・ミ・ツです♪」
カイリューが自分のツメを左右に振りながら、ゼニガメの質問から逃げた。
「次に、勾玉についてだけど、これはボスを助けるためなんだ」
『ボスを……助ける?』
「そっ。今さっき言ったけど、とある事情で動けないでいるのさ。ボスが動けるようになるには、勾玉が必要なんだよね〜」
これを聞き、1つだけ気がかりなことが残ってはいるが、以前ヒトカゲが考えた仮説が正しいと証明されつつあった。ほぼ間違いなく、ボスはディオス島にいると。
「なるほどね、ようやく理解できたわ。でも、もう1つ、聞きたいことがあるわ」
そう言いながら、チコリータも1歩前に出てきた。
「ヒトカゲを狙っていたのはあなた達のボスだってことはわかったわ。だけど、そのボスがヒトカゲを仕留めたい理由は語られてないわよね?」
その場にいた全員がはっと気付かされた。核心に迫ったチコリータの質問はカイリュー達の口を一瞬ではあるが詰まらせた。執念深くヒトカゲの事を追いかけまわしてまで殺そうとしている理由を語ったのは、カイリューだった。
「……ヒトカゲが、この世界にいるポケモン全員の敵、って言ってたよ」
おもわず聞き返したくなるような回答が返ってきた。少しばかり衝撃を受け、そのせいか前に思い出したと思われるヒトカゲの記憶が再び蘇ってきた。
≪お前は、この世界中のポケモンの敵だ……≫
≪何故……の味方なんかするんだ?≫
≪仕方ない、ならば私がお前を葬るまで……≫
この1つ1つの言葉、今になってようやく、この声の主がカイリュー達のボスだとわかったのだ。ということは、記憶がなくなる前、ヒトカゲはボスと接触していることは明白になったのだ。
「僕が……?」
明らかにヒトカゲは動揺している。それを取り繕うかのようにゼニガメが必至でそれを否定する。
「そんなわけねーじゃんか! 嘘だねそんなの!」
カイリューは再びため息をつくと、少し疲れたといった表情でヒトカゲ達を見た。
「信じるも信じないも僕には関係ない。僕に勾玉さえ渡してくれれば事は済むんだよ」
嘘も甚だしいな、どうせ口封じするくせにとみんなは思った。その間にもカイリュー達が1歩1歩迫ってくるが、下手に動いてはただ攻撃をくらうだけ。みんなはじりじりと後退するしかなかった。
「ホントは7つとも持ってるんでしょ?」
カイリューは疑いの目つきでヒトカゲに訊ねた。だがそう言われてもないとしか答えられないヒトカゲは、「ないよ」と答えた。すると前回同様、カイリューは自分のツメをヒトカゲの首にあてた。
「もう1回だけ生きるチャンスをあげる。正直に答えてね。ヒトカゲ、君は勾玉を全部揃えてるよね?」
さすがにこの時のカイリューの迫力に戦(おのの)いてしまったヒトカゲ。しかし嘘をついたところでどうにでもなるわけではない。殺される時間が早まるか遅まるかだけである。
その場にしばしの沈黙が走った。もうどうするか悩んでいる暇はなかった。意を決してヒトカゲは正直に勾玉がないことをカイリューに告げようとした、その時だった。
「探している勾玉は、これのことかな?」
突如、ヒトカゲの後方から誰かが喋った。後ろを振り向くと、意外な光景がヒトカゲ達を含めたその場にいるほとんどのポケモンの目に飛び込んできた。
意外な光景――それは右手で『水の勾玉』を高らかに掲げているポケモンの存在だった。その正体は、誰もが予想もしなかったポケモン。左目に傷を持つ、ゼニガメの兄・カメックスだったのだ。
『ど、どうして!?』
カメックス以外の全員はただただ驚くしかなく、その様子を見たカメックスは今まで無表情だった自分の顔に小さな笑みをこぼした。それを見たカイリューは一言だけ言った。
「……裏切るんだね?」
その質問に平然とした様子でカメックスが答える。
「俺は最初からお前達の動向を探るために近づいただけだ。仲間意識を持った事は1度たりともない」
カイリューの顔に笑顔が戻った。いつものニコニコではなく、冷徹な笑みではあるが。そしてある事を思い出し、カメックスに訊ねてみた。
「もしかして、セレステ島でヒトカゲとゼニガメを助けたのは、君?」
「そうだ」
その質問にも、待ってましたと言わんばかりの笑顔でカメックスは返事をした。これに1番驚いたのはゼニガメだった。無理もない、以前カメックスと会った時に本人から攻撃を受けたのだから。
「ま、待ってくれ、兄さん、説明してくれ!」
身を乗り出してカメックスに説明を求めるゼニガメ。カメックスはゼニガメの方を向くと、ゼニガメの目をしっかと見て、今までの経緯を話し始めた。
「今から少し前、俺はいつものように誰か困っているポケモンがいないか探していた。偶然ディオス島の近くを通りかかると、不審な動きをしているお前達を見かけてな。追っかけてみたわけだ」
「ってことは、ポケ助けの最中だったってこと?」
「そういう事になるな。で、会話を聞いてみたら『標的(ターゲット)はヒトカゲ』とか、あまりいい内容でなかったから、思い切って潜入してみたってわけだ。……まさかここまで大事にはるとは思ってもなかったがな」
一通りの説明が終わったが、ゼニガメにはまだ気になることが残っていた。2回目にセレステ島を訪れた時のことだ。
「じゃ、じゃあ、何であの時、俺に向かって攻撃してきたんだよ!?」
「俺とお前の関係を悟られたくないから、わざと引き離したんだ。だが、お前達の事はずっと跡をつけさせてもらったぞ。心配だったからな。まぁ、カイリューにはうすうす感づかれてたようだがな」
カメックスは柔らかく、暖かな笑顔で「ごめんな」と言いながらゼニガメの方を見た。それに感極まったゼニガメは、ただ涙を流すことしかできなかった。本来なら、ここでゼニガメはカメックスに抱きついて再会を分かち合いたいところだが、今はそういうわけにはいかない。
「ふぅ……ってことは、片付けなきゃいけないのは6人ってわけ? 疲れる〜」
気だるい物の言い方でカイリューはだれた。一気に現実世界へと戻されたみんなは、ぐっと身構えた。
「最終決戦、とでもいこうか〜?」
いつもの陽気な口調でプテラが言った。プテラを見たバンギラスとドダイトスは感情を高まらせている。
「お前の相手は俺達……父さんの敵討ちだ!」
バンギラスとドダイトスはプテラを睨みながら構えた。プテラはふっと鼻で笑いながら空中から2人を見下ろしている。
「じゃあ、私はこの子でいいわね?」
静かに近づいてきたブラッキーが目をつけたのはチコリータ。ほんの一瞬だけ怖気づいたが、すぐに隣にゼニガメがやってきてくれた。
「じゃあ、俺も加えてもらおうかな?」
「ウフフ、決まりね」
ブラッキーと対決することになったのは、チコリータとゼニガメだ。
「それじゃ2人ともお願いね。僕はその間に勾玉を奪うからさ♪」
そう言って体を向けた先はヒトカゲの方だ。ヒトカゲは気後れしないように全身に力を込めながら、久々と言っていいだろう詠唱を始めた。
【紅蓮の炎を操る神よ 我ここに誓う 我と汝の力ここに集結し時 我の前に現る悪を持つものに 粛正の咆哮を与えん】
ヒトカゲは準備万端といった様子だ。そこにカメックスがやって来た。
「勾玉を捕られるなよ」
「わかってるよ」
カイリューは面白そうにヒトカゲとカメックスを見ながら、目つきを鋭いものへと変えた。
「今回は僕も本気で行くからね。覚悟してよ♪」
ついに、カイリュー達と決着をつける時が来た――。