第50話 サイコグラビティ
次の日、ヒトカゲ達はフーディンと、フーディンの知り合いのバリヤードとユンゲラーに連れられ、何もない荒野へ向かった。フーディン曰く、「広い場所が必要なのだ」という理由らしい。
「ねぇ、どんな特訓するの?」
「それは着いてからのお楽しみだ。フフッ」
何故か不気味に笑うフーディン。それを見たヒトカゲ達は少々怖くなり、身震いをした。それから直に、みんなは目的地に辿り着いた。
「ホントに何もないんだな」
こんな所で何をするんだろうと思いながらゼニガメは辺りを見回した。そこは点々と草が少し生えているだけで、他には何もなかった。
「……よし、バリヤード、早速準備してくれ」
「はいは〜い♪」
フーディンに指示されるままに、バリヤードは何やら両手を動かしている。でもヒトカゲ達が見る限り、そこに何かがあるようには見えなかった。そしてあっという間にバリヤードはその作業を終えた。
「終わりましたよ〜♪」
「ありがとう。そしたらいつもの位置に花瓶を置いてくれ」
次にバリヤードは自分のカバンから花瓶を取り出し、慣れた手つきで花瓶を所定の位置にセットした。これを見てヒトカゲ達は、バリヤードは“ひかりのかべ”で部屋らしきものを作ったのだとわかった。
「ユンゲラー、もう始めるからスタンバイしてくれ」
「あぁ、わかった」
今度はユンゲラーが準備体操を始めた。ものすごく気合が入っている様子だ。フーディンも軽く身体をほぐすと、ヒトカゲ達を呼んだ。
「お前達、早速始めるか」
4人は言われるがままに、バリヤードの作った部屋に入った。そして壁に背中がつくように横一列に並ぶように指示された。ヒトカゲ達の数m先には花瓶が見えている。
「あの、何をするのですか?」
特訓の内容が気になって仕方がなかったチコリータが訊ねた。それに答えるかのように、フーディンとユンゲラーは花瓶の少し手前側から両手をヒトカゲ達の方に向けた。
次の瞬間、4人の体は後ろの“ひかりのかべ”に打ちつけられた。とても強い力で体を押されているため、身動きがまるでとれない。
(うぅっ、動けない……)
4人は必死で前へ進もうとするが、それどころか手を動かすだけで精一杯だった。そんな様子を見ながら、フーディンは特訓の説明を始めた。
「お前達にやってもらう特訓は、“サイコグラビティ”だ」
『“サイコグラビティ”?』
聞いたことのない名前にヒトカゲ達は首を傾げた“つもりになった”。今は首を動かすことすら困難なのだ。
「“サイコグラビティ”、つまり“念力重力”だ。ワシとユンゲラーの“ねんりき”で、今お前達には横方向の重力がかかっている。だから背中を打ちつけられているのだ」
なるほど、どおりでと思いながら4人は話を聞いていた。
「そしてお前達にやってもらうのは、この花瓶を割る、それだけだ」
『……それだけ?』
至って簡単な内容に少々驚いた。花瓶を割るだけなら簡単なことだと思っていた4人だが、これが至極難関であるとはこの時想像もしてなかった。
「んじゃ、早速割らせてもらうぜ! “みずでっぽう”!」
ゼニガメが思いっきり力を込めて“みずでっぽう”を放った。ゼニガメは余裕の表情でいたが、何と自分が放ったと思っていた“みずでっぽう”は顔から数十cmのところで軌道が変わり、自分の真正面に“みずでっぽう”が戻って来た。
「ええ!? うわっ!」
ゼニガメの顔が水浸しになってしまった。少し水を飲んでしまったらしく、喉にひっかかり咳き込んでいた。
「さっき言っただろ、これは“念力重力”。技だって重力のかかる方向に曲がるぞ。だから過酷なのだ、フフフ」
楽しそうに笑いながらフーディンは言った。どうやら昔から何匹ものポケモンにこの特訓を行ってきたようだ。フーディンが言うには、まだ誰も成功したことはないらしいが、特訓前より確実に強くなっていったらしい。
「ワシ達は“みがわり”がいるから疲れないが、お前達はかなり辛くなると思う。頑張れ」
『ずるくない!?』
4人はもがくが、どう頑張ってもこの“サイコグラビティ”に抵抗できない。とにかく手当たり次第に技をくりだして花瓶を割ろうとした。
「“かえんほうしゃ”!」
まずはヒトカゲ。自分では勢いよく放ったつもりの炎も、1mくらいのところで戻って来た。熱い炎が顔面に当たってしまった。
「次は私。“はっぱカッター”!」
次にチコリータ。はっぱなら重力の影響を受けにくいと思ってくりだしたが、その予想は見事に外れ、手裏剣の如く4人に向かって戻ってきた。
「だったら“タネマシンガン”!」
今度はドダイトス。勢いなら負けないと自我自賛している“タネマシンガン”を放った。すると結構な距離まで種は飛んでいったが、やはり戻ってきてドダイトスの体に命中した。
『ダメかぁ〜……』
ヒトカゲ達は落胆しながらも、強くなるために特訓を続けた。この時、各々の心の中には強い決意があった。
ヒトカゲは自分を狙う者達にもう殺されないようにするため、ゼニガメはヒトカゲを守るため、チコリータは旅に出る以上少しでも足手まといにならないため、ドダイトスはバンギラスと約束した敵討ちのためだ。
数時間後、フーディンとユンゲラーは特訓を“みがわり”に任せて休憩をとっていた。無我夢中で特訓に励んでいるヒトカゲ達を見ながら雑談をしていた。
「そういえばフーディン、この特訓って誰が考えたんだ?」
ユンゲラーが思い出したかのようにフーディンに質問した。すると、フーディンは何かを思い出すかのように空を見上げながら話し始めた。
「これはワシの曽祖父が考えたものだ。ワシの曽祖父は、それは立派なポケモンだったらしく、単に強いだけでなく豊富な知識も兼ね揃えていたようだ」
「曽祖父? ずいぶん昔だな」
「ワシがディオス島について詳しいのも、曽祖父のおかげだからな」
その言葉にユンゲラーは首を傾げながら、曽祖父のおかげとはどういう事なのかと訊ねてみた。
「……ワシの曽祖父は、ルギアに会ったらしい」
「なにっ、本当か!?」
驚きを隠せないでいるユンゲラー。驚くのも無理はない、ルギアに会えることができるポケモンは長い歴史の中でも稀少な存在なのである。
「何でも頼みごとがあったようで、7つの勾玉を集めて会ったそうだ。その時の様子をワシは父親から話しか聞いてないが、ディオス島について詳しいのはそういう理由だ」
この後もユンゲラーとフーディンはこの話題について話し続けた。ヒトカゲ達の話を踏まえて考えると、アイランドの住人は何も知ることなく、水面下で大きな何かが動き出そうとしていると2人は感じたようだ。
こんな会話をしている最中も、ヒトカゲ達は自分達のくりだす攻撃に耐えながら何とか花瓶を割るべく奮闘していた。体力的に相当辛くなった時にだけ休憩をさせてもらい、後はずっと特訓に励んでいた。
こうして長く感じた2日が過ぎた。もう何百回技をくりだしただろうというくらいヒトカゲ達は花瓶を割ることだけに必死になっていた。
「“オーバーヒート”!」
「“ハイドロポンプ”!」
「“マジカルリーフ”!」
「“リーフストーム”!」
4人が技を放った瞬間、強い思いを抱きながらやった特訓の甲斐あってか、ヒトカゲ達はとうとう“サイコグラビティ”に打ち勝ち、花瓶を割ることに成功したのだ。ユンゲラーもフーディンもこれには衝撃を受けた。
『なっ……“サイコグラビティ”が破られた……!』
今まで特訓を受けたポケモンでも、その者と花瓶の中間くらいまでしか技が届かなかったのだが、ヒトカゲ達は4人とも花瓶の位置まで技を放つことができたのだ。これは奇跡に近いものがあるとフーディンは言う。
帰り道の途中、ヒトカゲ達は崩れた洞窟があるのを発見した。
「これ、何?」
ヒトカゲに訊ねられたフーディンがしばらくその洞窟を眺め、何かを感じ取ったかのような顔つきになった。
「おそらくだが、この洞窟に悪者がいたようだ。今はほとんど感じられないが、おそらく勾玉に影響したのはこの洞窟から発せられた“悪”だろう」
「もう心配しなくていいんだよな?」
「あぁ、大丈夫だ」
みんなは町まで戻ろうと歩き始めたが、ヒトカゲは何となくその洞窟が気になっていた。崩れた岩の陰からはまだ枯れていない花が顔を出していた。それをヒトカゲはじっと見ていたが、ゼニガメに早く来るように言われ、仕方なくその場を後にした。
夕方になった頃、少し疲れた表情をしながら歩いていたみんなはようやく町まで帰ってこれた。
「よくやった。お前達、これなら自身を持って戦いに挑めるはずだ」
『ありがとうございます!』
4人は嬉しそうにお礼を言った。ヒトカゲ達は短期間で本当に実力がついたと実感できたようだ。するとフーディンが自分の右手をヒトカゲに差し出した。ヒトカゲも手を出すと、その手のひらに『霊の勾玉』が落とされた。
「後は『水の勾玉』だけだな。ワシがしてやれるのはこれくらいしかない。頼む、アイランドを平和にしてくれ」
フーディンがそう言うと、4人は力強く返事をした。
「では、ワシらが“テレポート”でアスル島までお前達を送ろう」
「えっ、マジで!? サンキュー!」
嬉しいことに、フーディンとユンゲラーが4人をアスル島へ飛ばしてくれるという。4人が寄り添うとフーディンとユンゲラーは念じ始め、「はっ!」という掛け声と共に4人は一瞬にしてこの場から消えた。
(頼んだ、ヒトカゲ。お前達ならアイランドを救えると信じてるからな!)
残るのは『水の勾玉』ただ1つ。ヒトカゲ達は様々な思いを抱きながら、最後の勾玉を目指す「旅」へと出発したのだった。